親心子知らずって言うだろ?
そして朝がやってきた。晴天。夏樹は自室で受験勉強をしている。
美香子が朝食を作る後姿を眺めながら、大きなあくびを一つ。今日は、美香子のバイトは休みだ。
(今日は卵焼きとおにぎりか)
何だかお弁当みたいな朝食だなぁと思いつつ。
まぁ、俺のはニンジンと大根を軟らかく炊いた水煮なんだが。
目の前に置かれたそれをじぃっとみつめながら、やはり肉が食いたいと思う俺だった。
(違う違う!)
今日は阿修羅たちとの全面対決。
夏樹は家で勉強をしなきゃいけないから、留守番。ちょっとばかし不安だが、しっかりした娘だからきっと大丈夫だろう。
――ピンポーン
ドアホンの音が鳴った。
美香子はガス栓を閉めてスリッパをパタパタと鳴らしながら、ドアホンのスイッチを押す。画面は見えなかったが、声の持ち主は分かった。
ミスボーンだ。
「あら、あなたは……」
過去のいざこざにはあまり拘らないのが美香子のいい所だ。ミスボーンが事のすべてを話したら、簡単に玄関の扉を開けた。
(よっ!)
俺は、キャンとあいさつ代わりに鳴いた。自然と揺れる尻尾。こいつは悪くない奴。俺はそう認識した。一度信じたら、俺はそれを貫く。どうだ、偉いだろ。
「こんな早くにどうしたの?」
美香子の質問に、ミスボーンは申し訳なさそうな顔をした。
なんだ。嫌な知らせか。今夜、阿修羅との決戦だとういうのに……。
「その、宿題がわからなくて」
あぁ。そっちか、
学生だもんな。で、友達の夏樹の所へ来たという訳か。そういうことなら上がってけ。茶菓子の一つでも二つでも用意してやるぞ。
俺は、夏樹に来客を告げるために、二階へ上がる。
そして、娘の部屋の前でキャキャンと吠えた。条件反射で扉にタックルする。俺にとっては、ノック代わりだ。
「もーなんなのー……、あ!」
一階の楽しそうな話し声が聴こえたのか、夏樹は俺を置いて、階段をかけていく。ちょっとだけ、寂しい。な。
(待てー)
そんな気持ちを秘めながら、俺も三人のもとへと向かった。
ミスボーンが我が家に来たのは、勉強のことだけじゃないみたいだ。見守り隊。彼女の母親は欠席するという。
まぁ、そうだよな。夜の仕事をしてるんだ。仕方がない。
「ごめんね、夏樹」
「気にしてないって」
「……、私が守るから」
「え?」
「私が夏樹ら家族を守るから」
ミスボーンは、真剣な声色で落ち着いた口調で言った。
「私は受験なんてしないし、失うものもないからさ」
ミスボーン……。そんなこと言うなよ。
彼女は、自分の家庭で精いっぱいのはずだ。なのに、俺たち家族のことを気にかけてくれる。
最初こそは意地の悪い奴だと思っていたが、話していけばいくほど、良い奴じゃないか。きっと、この子を産んだ母親も、亡くなった父親も、良い人だったんだろうなぁ。
「あなた、勘違いしてるわ」
「?」
そうだ、美香子。言ってやれ。
ミスボーンにはまだ失ってはいけないものがある。
それはだな……、
「本当に生活に困っても、親は子どものために頑張れるの」
あかぎれをミスボーンに見せる美香子。そのまま妻が続けて話す。
「それは、何のためだと思う?」
「お金のため」
「それだったら、あなたを捨てて一人で生きた方が楽なのよ?」
「……」
固まってしまった。
そっか。ミスボーンにはわからないか。親心。
パパにはわかるぞ。
どれだけ家族がピンチになっても、守りたいって思う本当の理由。
「何が何でも、一緒に生きたいからよ」
俺は心の中で深くうなずいた。
夏樹が産まれた日を思い出す。あの、大変で一生懸命で命がけだった日を、俺たちは忘れない。きっと、ミスボーンの家族もそうなはずだ。
「でも、夜の仕事なんて。カッコ悪いよ……」
静まり返るリビング。ぐぅう。居づらい。とっても居づらいぞぉおお……。
「――そうだ!」
夏樹が思い出したように机をダンっと叩く。暗い雰囲気を一掃させようとしたのだろう。それは成功した。俺の目は、真ん丸のさらに真ん丸になった。
「阿修羅って夜に行動するんでしょ? だったら、夜の店の人たちに情報提供してもらう方が早いんじゃない?」
「あら、北島さんの情報は?」
美香子の問いかけに、夏樹が、「要らない」ときっぱり言った。こういうところ、こういうところが……、俺は好きだ。
「連絡はとれないの?」
ミスボーンはスマホが無かった。だから、今自宅でぐうぐう寝ている彼女の母親に、直接我が家から発信してみる。
「はい?」
子機から聴こえてきた音は、少しぼやけた声だった。酒焼けしたような、疲れているような、ちょっと疑っているような声。
しかし、ミスボーンが、
「もしもし、お母さん」
と発すると、大変驚いた様子で、
「今どこにいるの!?」
と声を荒らげた。それは、子機から大きく漏れて、直接会話しているのと同じぐらいの音量だった。思わず閉じてしまうつぶらな瞳。耳キーン。
「どこだと思う?」
「早く言いなさい!」
「友達ん家だよ」
「……、友達」
事情を話すと、ミスボーンの母親は落ち着いてくれた。
そして、夏樹がミスボーンと友達だということを知ると、なんと見守り隊の情報部員になってくれたのだ。
彼女は、店の仲間の情報をつてに、ある情報を俺たちにくれた。
「リーダーの拓馬は、廃工場の中で基地を作っている。そして、それに属するのが阿修羅。絶対に一人であそこに近づいてはいけない」
もしかして、歩ちゃんが変質者に襲われたところか。
(よし、目星はついた!)
俺の決意が尻尾に宿る。
美香子は、お礼を言って電話を切った後に、ご近所さんにそのことを広めた。ここは小さな町。噂など、流そうと思えば、簡単に流れる。
――ピロリン♪
夏樹と美香子のスマホが同時に鳴る。どうやらメールのようだ。なんだ、俺は今ヘルメットを被っていないぞ。
(誰からだ?)
「え、孫さん。また何か作ったんだって」
「孫さん?」
夏樹のスマホをのぞき込みながら首をひねるミスボーン。
どうやら彼のことを知らないらしい。
ちょうど昼時。正午に合わせて我が家に来るというメール内容だった。
(いや、別にいいんだが……、自由すぎないか。あの爺さん)
まぁでも、これを機に、何かの進展があるかもしれない。どうせなら、阿修羅戦の前に来てもらおう。効果あったし。ワンダースタンド翻訳機。
「じゃあ、宿題ちゃっちゃと終わらせよ!」
「そうだね」
「頑張ってね。二人とも」
夏樹とミスボーンが、「はーい」と声をそろえる。
そんな二人のために、朝食兼昼食をふるまう美香子。うん、これも家族。大切な家族。俺の守りたいものだ。




