ラダム拡声器
まったりした時間が流れる。
それは、孫さんが来るまでの貴重な時間だった。
「ハローグ・モーニング♪」
ドアホン越しに、陽気な声が聴こえる。そうか。もう正午になったんだな。夏樹がスマホを取り出して、時間を確認する。
「ほんとにぴったりに来たんだ」
「几帳面な人だね」
宿題を終えた娘たちがのんきな声で言うのも束の間。
孫さんは、相変わらずの身なりでリビングに上がり、透明なごみ袋の中に沢山のガラクタ。おそらく発明品を持ってきた。
なんだか、オイルの匂いがする。大丈夫か……。
「おー、チワウワ! 元気そうじゃのー」
そう言いながら、発明品を床に並べていく孫さん。実に楽しそうだ。だが我が家に漂うオイルの匂い。爆発とか、しないだろうな。
(心配だ)
けれど……、なんだか面白そうだぞ。
なんだ、このワクワクは。まるでオモチャでも見つけたかのような気分だ。
「あの、お茶です」
美香子がリビングテーブルに湯呑をコトリと置いた。だがこの爺さん、全く聞いていない様子で、発明品の説明を勝手に一人で始めていた。
エタナールコマ回し機・飛び出すスッパイダーネット・カステイラネット……
(いったいなんのことやら)
だが、阿修羅戦で、役に立ちそうなものもあった。
“ラダム拡声器”
説明を聞いたところによると、ラダムは、ランダムと言いたかったようで、要は、いろんなシチュエーションの音がこの拡声器で出せるというもの。
試しに使ってみた。
――火事です。直ちに非難してください。繰り返します――
(わー! わー!)
ミスボーンを含む家族全員が慌てふためいた。それは近所もそうだった。慌ただしくなるご近所さん。もう少しで消防車を呼ばれるところだった。
「インプァクト大じゃろ! なはははは!」
「何なのこのジジイ……」
ミスボーンが、呆れた表情で孫さんを見ている。美香子はご近所さんに、謝罪をしまくっている状態だ。
(うん、迷惑)
きっと夏樹もそう思っているに違いない。
(……あれ?)
笑っている。
どこか楽しそうだ。どうして。
「孫さんは、見守り隊に参加してくれるんですか」
娘が尋ねると、彼は、クシャっと笑って、
「若者が驚く顔がルックしたいからの~。ワシも混ぜよ!」
白衣のポケットから、黒く分厚いゴーグルを取り出して、まるでそれがサングラスであるかのように格好つける孫さん。どこか活き活きしている。
こんな変わり者が一人くらいは居ても……、いいかな。
ということで、作戦会議が始まる。
意外なことに、阿修羅メンバーのヨウ氏の両親も、協力してくれることになった。というのも、孫さんが来て一時間ほど話していた頃。
我が家に一通の電話がかかってきたのだ。
「ヨウの父です。この度は誠に申し訳ありません」
かすかに聴こえる、すすり泣くような声。
(もしかして、チカちゃんか?)
美香子の対応を見守る、三人と俺。
さすがの孫さんも、俺の事故については茶々を入れたりしなかった。少し気まずそうに事の成り行きを静かに聴いている。
車を運転していたのは、ヨウ氏ではなく、拓馬だそうだ。ヨウ氏は、助手席で隣町のカラオケに行く予定だったそう。
拓馬は、一見優秀な好青年に見えるが、わざと相手に一度だけ恩を売って、何か物を返さないとなると、激高する性格らしい。
(うわー、厄介なタイプだー)
そんな拓馬がヨウ氏に売った恩というのが、スリの見逃しだ。
「スリ……」
ミスボーンが、夏樹と美香子の表情を見て、申し訳なさそうな顔をした。微笑み返す二人。きょとんな孫さん。
よく聴いてみると、拓馬がバイトをしていたコンビニで、スリをしようとしたヨウ氏が、目をつけられてしまったという訳だった。
まぁ自業自得だが、中学生なら好奇心でやっちゃうことも……、ないか。
しばらくお詫びの言葉が続いて、通話は終わった。
「ヨウを更生させてください。そのためなら何でもします」
とのことだった。
後ろでずっとシクシク泣いていたのはチカちゃんだろう。辛いよな。実の兄が、悪い輩にパシリにされているのを知っているんだから。
「最近の若いモンは、ルックしているワルードが狭いのー」
この爺さんに関しては、ノーコメントにしておく。
だって、世界観わからないんだもん。
なんだかんだ言って、厳は車いすだから無理だが、秀一は参加してくれるようだ。散々嫌味を言われたが。
そして、音楽の力でけんかを止めるという歩ちゃんも参加すると言えば、セットで付いてくるのが藤田君。
また、田中先生も来てくれるみたいだ。俺の親友のマーガレットと久しぶりに会えるぞ。やったぁ。
そしてそして、町のみんな。
それらが午後の十一時に、寂れた工場で集結する。
真正面から、阿修羅を攻撃するのだ。そして、町から追っ払う。
そして、もう一つの目的。チカちゃんの兄、ヨウ氏を更生させること。
「私も夏樹らに、こっちに引っ張ってもらえたんだ。出来るよ絶対」
ミスボーンが、俺に手を差し出した。
(お手か?)
ポスッ……、
「パパ。一緒に仇を取りましょう」
まるでミルフィーユのように重なる手と手。空気を読んだのか、孫さんも、慌てて最後に手をかぶせる。
「えいえいおー!」
「え、いぉー!」
夏樹たちの声が我が家にこだまする。いいぞー、孫さんが俺たち家族の空気に呑み込まれてきている。
(お前も俺たちの大事な家族に入れてやる!)
あー、早く夜にならないかなぁ。
そんなことを思っていたら、マサミおばちゃんから連絡があった。
おいしい白菜を炊いたものを作ったから、夕方にごちそうするというものだった。
買い物に行く手間が省けたが、俺たちはその間、孫さんの発明品の説明や、科学とは何たるものかを、有名なSF映画を用いて語られた。
そして夕方。
例の如く醤油臭い、こってりした関西風のすき焼きが、マサミおばちゃんによって提供される。やっぱりこの人、独り身なのかなぁ。
(いいぞ。マサミおばちゃんも家族だ)
寂しいならそう言えばいいのに、にっこり笑って何かを隠している。
まぁ、歳を取れば、そんなことの一つや二つはあるのかなぁ。
時間まであともうすぐ。
待ってろよ、拓馬。俺を轢いたこと、後悔させてやる!




