この町は繋がっている 【全編】
公園の方から、懐かしい音がする。
このでたらめなギターの音色。そして透き通った声。間違いない。歩ちゃんだ。相変わらず元気なことで。
(あ、藤田君もいる)
俺は嬉しくなって、ついつい尻尾をふりふりと振りまくった。そして、歓喜の鳴き声を上げる。テスト中はじっとしていたから、その反動が大きい。
自然と俺は、二人に向かって全速力で走っていった。
なんだろう。この、自分の感情を抑えられない気持ちは。
でも、忘れるぐらいならどうでもいいか。きっと今の俺は娘の願いが叶って幸せなんだ。それでいいじゃないか。
「あ。ソラだ!」
歩ちゃんは、夏樹に負けないぐらいに明るい笑顔で俺を抱き上げると、ミスボーンを見て、警戒したような顔をする。
そうだ。もともと、ミスボーンは美香子のカバンを盗もうとしていた。
(……、でも、事情があるんだろ?)
「君たちこの人の友達なの」
藤田君が低い声で威嚇するように尋ねたが、娘は真顔で、「うん」と答えた。一秒もかからなかった。
「夏樹……」
申し訳なさそうなミスボーンの声。悔い改めろ。まだ若いんだ。やり直せるさ。
「あのさ、私……」
観念したのか、ミスボーンは自分の置かれている環境を説明し始めた。
ミスボーンが幼いころ。
父親と母親は寂れた工場で働いていたが、過労が原因で父親が亡くなってしまったらしい。残された母親は、学費と生活費のために、夜の仕事で働くようになったという。
ミスボーンはそのことに深いコンプレックスを抱いていた。
家に帰っても、酔いつぶれて寝ている母親の姿か、夜の街へと向かう母親の後姿しか見たことが無い。彼女は、「会社を訴えたらいいんだ!」と言ったが、
「お金がない人は負けるのよ」
と母親に教えられて育ってきた。
――お金が無い人は負ける
その言葉は、ミスボーンのデリケートな心の灯を消してしまった。最も信頼している人は、お金というもので、全て奪われたのだと。
こんなの、社会から裏切られたのと同じだ。
両親をこき使って、あげく父親まで過労死させた工場の社長は、給料の入った封筒を、顔の見えない窓口からスッと出しておしまいだったという。
(あぁ、なんて惨めなんだろう)
その話を母親から聞いて、ミスボーンの心の中が空っぽになった。
というお話。
「だからといって、盗みはいけないよ」
藤田君からのお説教。でも、心を許してはいるみたいだ。緊張の空気が無くなった。
「ごめん。こんな私でも、友達って言えるのかな……」
ふふん。
かつての敵。ミスボーン。お前は夏樹をどんな子だと思っている。少なくとも涙を流している女の子をひとりぼっちにするような娘じゃないぞ。
もちろん俺もな。
「言えるよ。だって、みんな友達だもん。ね?」
夏樹を選んで友達になってくれた子たちが、目の前で肩を震わせて泣いている女の子を放っておくはずがない。みんながミスボーンのもとに駆け寄っていた。
「私たちも一度、夏樹ちゃんのこと裏切ったもんね。裏切られるってきついよね。……、ごめんね」
その言葉によって、本当の意味で、夏樹たちは本物の友達になれたのだと思う。
(ミスボーンは友達だ)
お。歩ちゃん、ギターなんて取り出して。
さては、これを祝して一曲弾くつもりだな。
曲名は分かっている。
(さぁ、歌え歌え!)
微妙にみんなの表情が引きつっているようにも感じるが、ここは、歩ちゃん・藤田君ワールド。公園にいるなら無料で見られる路上ライブだ。
存分に楽しむがい……、
「うるせぇなぁ、お前らのせいでウォーキングのリズムが狂っちまう!」
「秀一。かわいい子にゃ優しくしとけ。もてねーぞ」
「うっせークソ親父!」
(あれ?)
厳と秀一じゃないか。おやじのほうは車いすに乗っているな。
寒い冬だというのに、暑苦しい息をポッポと吐きながら、秀一が車いすを押して、こっちに向かってくる。
(まるで蒸気機関車)
心の中でそう思ったら面白くなって、尻尾を振ってしまった。決して喜んでいるわけではない。面白いんだ。秀一が。
あれから結構経った。
おやじの面倒を見ていたからか、なんだか二回りほど小さくなっている気がする。すごい。本当にコイツ変わる気なんだな。それはとても良いことだ。
「公園ってのはな、公共で使うもんなんだ。他人の迷惑も考えろ」
(お前も親父に迷惑かけてきたろ)
えっと……、えっと……、あぁいうやつのこと、なんていうんだったっけ。まぁ、いっか。
「わたしは皆さんに夢と希望を与える、スーパーアーティスト!」
「うるせぇ、ブス」
「誠に命じる。ぶっ飛ばせ」
「気持ちはわかる。けどしない」
みんなが、三人のやり取りをぽかんと口を開けて見ている。
厳は、突然、「カッカッ」と笑って、
「いいねぇ、だから俺はこの町から出れねぇや!」
そう言った。
言っている側から、さらに賑やかになってきたぞ。
というのも、幼稚園児と保護者たちが公園に集まってきたからだ。
(あの幼稚園はいつも土曜日の午後で終わるからなぁ)
ということは……、
「いるよ! 相棒!」
その眼鏡に生意気そうな顔。
ちゃんと覚えてるぞ。健斗君……、と、チカちゃん。
(お前も、友達生活うまくいってるのか!)
「うん!」
しっかり手を繋いでるとは。その情熱さはお父さん譲りかな。
俺たちが会話をしていると、決まって、「誰と話しているのか」と聞かれるが、チカちゃんはそんな不思議な健斗君のことが気に入ったみたいだ。
遠くの木陰で、佳奈さんと先生も健斗君たちのことを見守っていた。そして、チカちゃんの保護者らしき人とも話している。
「なんだぁ、この町。五郎の知り合いばっかじゃねぇか……、きめぇ」
キモイのはお前だ。秀一。おやじの主治医に恋しやがって。あげくストーカーまがいのことまでしてるんだぞ。
(身の程を知れ。このクズ野郎!)
「――って、言ってるよー」
(!)
健斗君。それは言わなくていいんだ。ほら、ちょっと怒った感じになっちゃってるじゃないか。コイツ面倒くさい性格なんだ。
「はっ、俺が恋? ばっかじゃねぇの。つか、そいつ本当に倉田家の親父なのかよ」
全身真っ赤になっていく秀一。
すげぇ。本当に蒸気機関車みたいだ。
おっと、このことは奴には言うなよ健斗君。
(というよりも、マサミおばちゃん。こんな奴にまで情報を……)
「倉田家と聞いて思い出しましたが、私のお兄ちゃんが言っていました」
(ん。なんだ、チカちゃん?)
片方の目が隠れた前髪をそろえる様にチカちゃんが口にしたのは、
「倉田家、マジで潰す。阿修羅の名に懸けて……、と」
という一言。
阿修羅……。嘘だろ。
……。
(この町、すっげぇ狭いんだけどぉおお‼)
その言葉を聞いた夏樹たちの背筋が凍ったのがわかる。俺の尻尾はくるりと内向きになっていた。やべぇよ。波乱万丈だよ。万事休すだよ。
「万事休す?」
(お前は何も言うな! 健斗君‼)
俺は、この世で最も貧弱な鳴き声を発したかもしれない。
(まさか、全て繋がっているなんて、奇跡にもほどがあるだろ!)
俺は神に祈る気持ちで、太陽に向かって吠えた。




