この町は繋がっている 【後編】
「あ。えっと……、チカちゃん。北島っていう人知ってる?」
「はい、生きています」
夏樹がチカちゃんに北島について尋ねている。
一言一言が気になるが、奴はまだどこかで生きているようだ。本当に阿修羅から埋められていたら、シャレにならないからな。
でも、チカちゃんは兄の車で、俺が轢かれたことを知らないみたいだ。どういう家庭環境なんだろう。言葉を聞いているということは、一緒に暮らしているはず。
チカちゃんの親も、倉田家のことは知っているに違いない。
俺は、佳奈さんと先生の方を見た。笑顔で一緒に話しているチカちゃんの両親と思える二人組。そこには兄らしき人は居なかった。
他人の家庭環境を探るのには、マサミおばちゃん並みの情報収集力がいる。今の俺にはそんな芸当できそうにもない。
健斗君。もしよかったら、こう聞いてくれないか。
「お兄ちゃんと家族は仲いいの?」
少年の問いかけに首を横に震わせるチカちゃん。片方の目を隠している前髪がさらりと揺れる。そこに、ぶわっと、一風ふいた。
一瞬だけ、チカちゃんの顔が曇った気がした。
「よく阿修羅の集いに参加して、夜遅くに帰ってくる。お母さんもお父さんも、存在を隠したがっています」
そっかぁ、悪いグループの幹部的存在かと思っていたが、まだ集団の中の一人なのか。それなら、何とかなりそうだ。
チカちゃんとはまだ話しているみたいだし、完全に打つ手がないわけではない。
どんな奴にでも、弱い部分は必ずあるはずだ。それを探せばいい。みんなで。
「俺にゃ関係ねぇな。行こうぜ親父」
「すまねぇな、夏樹ちゃん。役に立てなくて」
「生きてたら、またライブで会おう!」
「……縁起の悪いことは言わずに、帰るよ。森梨」
え、え。
一気に人が減ってしまった。
せめて藤田君。お前だけでも残ってくれよ。空手強いんだろ。夏樹を守ってくれ……、ってそっか。
(アイツは歩ちゃん一筋だもんな)
残ったのは、健斗君とチカちゃん。そして夏樹たちだ。娘の友達も、複雑な表情をしている。
「大丈夫だよ。夏樹ちゃん。私たち。もう二度と裏切ったりしないから」
「ううん。いいんだよ、逃げても」
「でも……」
しばらくの沈黙のあとに、夏樹の友達が口にしたのは、
「見守り隊を作ろうよ!」
という言葉だった。
よくボランティアで、保護者の家族が、小学生の登下校を見守るというものだ。
だが、そう簡単に作れるものだろうか。
そうだ。健斗君。こう伝えてくれ。
「阿修羅撲滅キャンペーンをやればいいと思いまーす!」
悪しき根っこは引っこ抜いてしまえってやつだ。
阿修羅が何人グループなのか。何者なのかは知らないが、町中が一つとなれば、悪い輩も寄っては来なくなるだろう。
非力な俺には、誰かに頼ることしかできない。
だが、これもきっと何かの縁。
「阿修羅でもなんでも、夏樹の敵は私の敵。だかんね」
ミスボーンの心強い声。
その場にいるみんながそれに続いて、「おー!」っと意気込んでいる。
健斗君はほとんど意味が分かっていないみたいだが……。
「もうそろそろ帰るぞー。健斗」
先生の陽気な声が聴こえる。
声の方へ向かって、喜びながら走っていく健斗君。
その後ろをゆっくりおしとやかに歩いてついていくチカちゃん。
「何を話していたの?」
佳奈さんがチカちゃんに尋ねると、彼女は俺の方を見て、
「リンゴはどうして赤いのかについてです」
と答えた。
園児なりに気を遣ってくれた……。
本当に良くできた女の子だ。
「じゃあ、さようなら」
ちょっとフラグのような別れ方だが良いだろう。
公園は気が付けば夕方になっていた。
夏樹の友達は、我が家まで俺と娘を守るようについてきてくれた。本当にありがたい。彼女たちも目を付けられるかもしれないのに。
そういうところ、田中家にそっくりだ。
お人よし。
いつもと帰る時間が違ったからか、北島も居なかった。
「なんか大変なことになっちゃったね」
夏樹が俺に話しかける。
ぐにぐにと頬をこねくり回される。それに対して俺は、フサフサの尻尾を娘の膝に当てて振った。くすぐったかったのか、「きゃははは!」と大きな声で笑うものだから、嬉しくなって、自然と口が開く。
「ほんと、やっぱ信じられないなぁ」
(俺はパパですよーだ)
ほれ。ほれ。もっと構え。
俺が生きているときに言えなかったことがあったら、今言えばいいんだぞ。今だけは可愛いチワワで居てやる。
俺は夏樹の本音が知りたい。
さぁ、言え。言うんだ。
俺は、夏樹の膝の上で、耳をパタパタさせた。そしてあざとく、上目遣い。どうだ。言うんだ。
「コーヒー臭い。汗臭い。じめっとしてて気持ち悪い」
(‼)
酷い、全部生前の俺が言われていた悪口だ。
でも夏樹の顔は笑っている。なんだろう。俺嫌われてたんじゃないのか。
「遅刻魔。ノックせずに部屋に入る。バカなのに上から目線」
(そこまで言わなくてもいいじゃないか)
俺の大きな瞳は涙ぐんでいた。よくもまぁ、そんなに悪口が浮かぶ。俺の印象ってそんなに悪かったのか。あぁ、傷つく。もうやめてくれ、娘よ。
「いいところなんて、合格するまで言ってやらないんだから」
(!)
合格したら言ってくれるのか。
このツンデレめ。楽しみにしてるぞ。
そろそろ美香子が帰ってくる。
「ただいまー」
ほらほら。
俺は尻尾を振りながら玄関まで迎えに行った。
職場の近くでマサミおばちゃんに会ったらしい。見守り隊の話も町中に広がっているという。これで少しは阿修羅の奴らも大人しくしてくれたらいいのだが。
どうしてマサミおばちゃんが美香子の職場の近くをうろついていたかというと、孫英二さんの所に行けと念を押すためだった。まだ諦めていなかったらしい。
孫さん……。
あるSF映画に感化されて、空飛ぶ車とか、時空転移装置を造れると信じている、だいぶ変わったお爺さんだ。
俺がこどものころは、普通のサラリーマンみたいな人だったのに、創作物って、人生観を大きく変えてしまうんだなって思いつつ、
(実験体にはなりたくないな……)
これが本音だ。
ご飯を食べ終わって、寝支度をすると、部屋の明かりが消えた。
美香子のぬくもりを感じつつ、俺はスッと眠りについた。
明日は、孫さん家。
ダメもとで行ってみよう。まぁどうせ、犬と人間が会話できる機械なんて造れるわけないけどな。




