田中家の協力
……、ということでだ。早速、夏樹と美香子のことを伝えてくれ少年。俺の名前は“俊介”。倉田俊介だ。
(はーぁ、やっと言えた、俺の名前!)
健斗君が必死になって教えてくれている。覚えること多いもんな。ごめんよ、おじさんチワワになってからというもの、助けられてばっかりだなぁ。
とか、そんなことを考えていると、先生は俺をベッドに降ろし、目元を見て、
「健斗。お父さんは信じるよ」
と言うと、急いで一階に降りていく。追いかける佳奈さんと少年。俺も後を追った。
杉のタンスを開け閉めする音が聴こえる。そして、真新しい紙とインクの匂い。これは、誰かに先生が手紙を書くに違いない。そう思った。
リビングに集う俺たち。
(何を書いてるんだ?)
チワワである俺は机の上に登れない。先生が誰にあてて手紙を書いているのかが気になった。
万年筆のカリカリという音と、時計の音。静かにきしむ椅子の音。
あとは、それを見守る二人の微かな息の音。
それらを聴きながら、俺は手紙が出来上がるのを今か今かと待っていた。
「佳奈。これを俊介さんに読み上げてくれ。そして、それを理解したなら三回吠えてくれませんか? 俊介さん」
先生は俺にそう言うと、出来立ての手紙を佳奈さんに手渡した。
「えーと……」
読み始める彼女。
手紙は二枚あった。
(どれどれ……)
◇一枚目
このたびは、思いもかけないことで、お悔やみを申し上げます。
新聞記事にてお父様のご逝去を知り、このような手紙を寄こした次第です。
ご家族の皆様のご心痛はいかばかりかと存じます。
診察以来ご無沙汰していたために、お父様のことも存じ上げず弔問にもお伺いせずに申し訳ありませんでした。
お力落としのことと存じますが、くれぐれも気持ちを強く持ってご自愛ください。
心よりお悔やみ申し上げます。
遅ればせながら、謹んでご冥福をお祈りいたします。
20××年 田中真治 倉田美香子様
◇二枚目
とても不思議なチワワが一匹、お二人に会いたがっております。
このような時に、お父様の名前を出すのは不謹慎かと思われますが、息子がそのチワワから、“俊介”様の本名を聞いたのです。にわかに信じられないことだとは思います。正直に申し上げますと、私どもも驚いております。
直接お伺いしたいところですが、今は心身ともに、お疲れになっていることと存じます。もし、可能であれば、しばらくの間、“メール交換”という形で、お話しませんか?
もちろん、他の者に文章や画像を見せることはありません。他言もです。
どうか、私を信じてくれないでしょうか。
俺は三回吠えた。泣きそうだった。先生は俺を信じてくれた。そして久しぶりに聞く俺の名前。
(そうか、メール交換! その手があったか!)
健斗君が居なくなってしまうと、通訳してくれる人が居なくなってしまう。それなら、少年を通して想いを伝えてくれる方がいい。
(ナイス先生!)
「それじゃあ佳奈。俊介さんを連れて、倉田さんの家に手紙を直接投函してくれないか」
「マスコミに内容がバレないためね」
「そういうことさ」
「でも、送り返してもらう方法は?」
「ここの住所を一枚目に。そして、二枚目の裏に、僕のスマホのアドレスと電話番号を記しておいた。これで写真の送信や通話もスムーズに出来るだろう。二人とも、他言は絶対にしないように」
佳奈さんと健斗君が返事をする。
あぁ、巻き込んでしまった。
(もし目をつけられてマスコミがここまで来たら……)
思いのほか協力的な人たちで嬉しいが、不安もあった。
(少年。何をされても秘密、守れるか?)
「ボク、嘘つかない!」
うぅ、お前。良いやつだなぁ。クソガキなんて言ってごめんな。
「それじゃあ、投函してくるわね」
「気を付けて。僕は仕事に行ってくる」
「お仕事頑張ってね、お父さん」
「健斗も、幼稚園でお友達作るんだぞ」
「はーい!」
それぞれが身支度をして、外に出かける。俺は佳奈さんに抱えられて、再び我が家へと向かう。少し優しく扱ってくれているように思った。爪の食い込みが減ったからだ。
それより、果たして美香子はあの手紙を信じてくれるだろうか。
今俺にできることは、返事が来るのを待つだけだ。
(全部全部、うまくいけ!)
俺は願いを込めて朝日にキャンと吠えた。




