王妃様、語る
サイラス視点です。
43話と44話の間の話です。
「仕事、増えていないか?」
休憩 ―― 多分、マリーの様子を見に行っていたのだろう ―― から戻って来たエドワードが、机の上の書類を見て尋ねてきた。
「いや。気のせいだろ」
本当は、さっきロジャーが持って来たのだが。
「じゃあ、この“至急”と書かれた書類の束は何だ?」
「それぐらいじゃあ増えた内には入らないだろ」
「全く・・・」
ブツブツ言いながら、書類をめくり始めた。
文句を言いたいのはこちらの方だ。
数日前、エドワードが庭園でマリーと会った次の日から、あからさまに仕事が増えた。
エドワードがいない時間を狙って、ロジャーが持って来るってことは、誰の仕業かは明らかだ。
お前はマリーに何をした?!
「ちょっといいかしら?」
「げっ!母上!」
ドアがノックされ、入って来たのは王妃様だった。
いつもなら俺たちが呼び出されるのだが、ここにやって来たってことは、よほど急ぎの用件があるのか、それとも・・・。
「ねぇ、エドワード。マリーと久しぶりにゆっくり話が出来て嬉しかったのは分かるけど、あれはねぇ~。せめて服で隠れる位置にしましょうね」
うなじを指さしながら微笑む王妃様の視線は冷ややかだった。
仕事が増えた原因はそれか!!
王妃様は、エドワードの机の上に乗っている書類の山から何かを察したようで、
「エドワード、“婚約の儀”までは仕事に励みなさい。サイラスに迷惑かけちゃだめよ」
と、この先一週間、マリーに会うことをそれと無く禁止された。
「それから、サイラス。貴方にはこれを見て欲しいの」
王妃様に指示され、ソファーに腰掛けた。
「“婚約の儀”の一週間後、国民に二人の婚約の事を発表します。その翌日に発行する“王国新聞”の原稿です」
数枚の紙を渡された。
エドワードの生立ち。マリーの生立ち。そして・・・。
「二人の馴れ初めなんだけど、これが難しいのよねぇ」
紙には、幼少時に出会っていることのほか、マリーが王宮で勤め始めてからのことが箇条書きされていた。
「そうですね・・・。一応、エドワードの意見も聞いたほうが良いのでは?“マリーに惹かれた理由”など」
「確かにそうね。ねぇ、エドワード。仕事をしながらこちらの質問に答えなさい。貴方はマリーのどんなところに惹かれているの?」
「全てです!!」
即答だった。
「一応予想はしていた答えだったけれど・・・。もっと具体的に」
眉間を押さえながら王妃様がおっしゃった。
エドワードはしばらく考えてから、
「父上・・・、陛下の執務室で再会した時は、美しく成長した姿に驚きました。子供の頃の可愛らしい姿のまま成長した姿を想像していたので・・・」
マリーの子供の頃を覚えていたのか。俺は、子供の頃遊んだ女の子のことは朧げな記憶しか無い。
「王立大学を卒業したと聞いて、さらに驚きました。大学の入学試験が難しいことは、ロジャーを見て知っていましたから。女性なら尚更でしょう」
学年一番だったロジャーが、放課後や休日も努力して合格した大学だ。
貴族としての立居振舞などを中心に学ぶ“女学園”ではさらに努力が必要だったに違いない。
「貴族の令嬢なのに侍女もつけず、寮生活を送るなど、苦労も多かっただろう・・・」
・・・ん?コテージでの生活を満喫していたようだから、寮生活も楽しんでいたんじゃないのかな?
「仕事も、庭園の事だけではなく、母上の仕事のサポートであったり、大学の講師などを難なくこなすことが出来るのは素晴らしい・・・」
エドワードの語りが長くなりそうな気がしたので、語らせたまま打ち合わせを進めることにした。
「再会は、夜会という事にしておきませんか?王宮への卒業報告の時より国民も分かりやすいと思います」
「そうね・・・。夜会での再会は想像しやすいでしょうし、若い女性たちには受けが良いでしょうね・・・。」
「母上、サイラス、聞いていますか?」
俺たちが聞き流していることに気付いたようだ。
「ええ、もちろん。貴方は、マリーが努力家で、仕事に真摯に取り組む姿が美しいと感じているのでしょう?」
「ええ。少し真面目すぎるのではと思う面もありますが・・・」
関心するぐらい、マリーの事を理解している。
そんなエドワードの姿を、王妃様は嬉しそうに見つめている。
「一時期、『エドワードは女性に興味が無いのかしら?』なんて思ってしまったこともあったけど、そうじゃなくて良かったわ。マリーに来てもらって正解だったわ」
以前から疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「どうして、マリーを王宮で働かせようと思ったのですか?」
「そうね・・・。初めは、優秀な人材を眠らせておくのはもったいないと思ったからかしら?王立大学卒業ですからね、学園を普通に卒業しただけの男性よりは優秀でしょ。王宮の文官採用試験の上位合格者よりも、もしかしたら優秀よね?」
採用試験はかなり難しい。学園の上位十位以内に入る成績でないと無理だ。
ちなみに、王立大学の卒業生は面接だけ、短期コース受講者は試験の一部免除である。
「ちょうど私の仕事をサポートしてくれる子が欲しかったのよね。これから貴方達の仕事も増えていくから、このまま任せるのも気が引けるし、女官に簡単に任せられる仕事でもないですからね。すぐにマリーの母親を説得したわ」
ああ、『結婚相手を見つける』って約束したっておっしゃっていたな・・・。
「実を言うとね、初めはマリーの相手はサイラス、貴方を考えていたのよ」
俺の考えを読んだかの様に、王妃様がおっしゃった。
「「え?!」」
俺とエドワードの声が重なった。
「え?だって、エドワード、あなた、全然女性に興味なさそうだったし、『自分の相手は自分で見つける』って宣言していたじゃない。それに、貴方が結婚してからじゃないとサイラスは結婚する気は無かったようですし。それなら、サイラスに先にいい相手を探してあげようと思うのも当然でしょ。サイラスにたくさん迷惑かけているんですから」
「うっ・・・」
迷惑をかけていることは自覚しているんだ。
「それに、サイラスが相手なら、結婚してもマリーを私の元で働かせてくれるでしょう?夫婦で未来の国王夫妻のサポートなんて素敵じゃない」
叶わなかった未来を想像してしまった。
「子供の頃に会っていたことを二人ともあまり覚えていないようでしたし、そんな二人にいきなり婚約の話など持っていけないですからね。親しくなって貰いたいと思って、仕事を理由にして、二人が顔を合わせる機会を作っていたのよ」
ああ・・・。だから、王妃様のお部屋に呼ばれて行くと、必ずと言っていいほどマリーがいたのか。ダンスの練習相手もエドワードではなく、俺だった理由もそれなのか・・・。
「では・・・、サイラスが頻繁に母上の所に呼び出されていたのは、そのような理由だったのですか・・・?」
机の上で握られている拳が震えている・・・。動揺しているな。
「そうよ~。ダンスも息がピッタリで。いつ話を切り出そうかしらって思ったわ。秋に婚約を発表して、春に結婚式の予定でいたのよ」
「「えっ?!」」
本日、二度目。先ほどより大きな声になってしまった。
もし、王妃様の計画が実現していたら・・・、今頃は結婚式の準備で忙しかったのか・・・。
「ほら、再会したときのマリーに対するエドワードの態度が素っ気無かったから、マリーに興味が無いのかしらって、思っていたから・・・」
「いや!あれは、マリーがあまりにも美しくて、動揺していただけで・・・」
エドワードが焦って、否定をしている。
俺はなんとなくは気付いてたけどね。マリーを凝視していたから。
「だから、サイラスにと思って、計画を進めていたのに・・・。夜会での貴方の態度を見たら計画を変更するしかないじゃない。ここからは、マリーの気持ちを重視で成り行きを見守っていたのです。いつごろからかしら・・・?マリーの気持ちがエドワード、貴方に傾いていると感じたのは・・・?それなのに、貴方ときたらなかなか行動に移さないものだから、思い切って、サイラスに協力をお願いしたのよ。ホント、サイラス貴方には迷惑かけたわ・・・」
「ああ・・・。あれですね・・・」
年末の『婚約者騒動』
「あれ、かなり考えたのよ~。もし候補がサイラスだけだったら、マリーもすぐに返事をしてしまいそうだし、エドワード、貴方だって強く反対は出来ないでしょう?サイラス、貴方だって思うところはあるでしょう?」
王妃様からの話だ。マリーは断ることをしないだろう。エドワードは複雑な気持ちを抱えたまま、『おめでとう』なんて言いそうだ。俺だって、相思相愛の二人を強引に引き裂きたくはない。たとえ自分の想いが叶っても・・・。
「と、言うわけで、他にも候補者を探すと理由をつけて、時間を作ってあげたのよ。感謝しなさい、エドワード。それから、貴方がどれだけサイラスに迷惑をかけているか、分かったでしょう?だから、ここにある仕事、一人でするのよ」
王妃様はとてもいい良いお顔で微笑まれた。
「あれは“悪魔の微笑み”だ・・・」
王妃様の笑顔をエドワードはそう例えていた。




