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短編集  作者: 黒瀬あい
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太陽が照らす砂浜で

「あの……よかったら一ついかがですか? 余っちゃって、俺たちもうお腹いっぱいで食べ切れないんですよ。残飯でちょっと申し訳ないんですけど……」


見覚えがあった。バイト先のコンビニでよく買い物してくれていた人だ。

水平線をぼんやりと眺めていた彼はこちらを向いて微笑んだ。暑さのせいかひたいが濡れている。


「ちょうどお腹減ってたんだ。ありがたくいただくね」


「いえ。受け取ってもらえてこちらも嬉しいです」


紙の皿を渡す。彼はすぐに皿にのった肉を一つつまみ口に放り込んだ。先ほどから思っていたことだが、咀嚼する横顔もなんだか憂いを含んでいて、より一層俺の心を疼くように刺激する。

俺たちがバーベキューと酒盛りを始めた一時間前から、彼は先にこの砂浜にいた。

手に持った煙草を吸っていたのだが、慣れていないのかむせている姿を何度もみていた。

煙草を吸う以外になにをするわけでもなく、ただただ海をずっと見つめている。


「あの……」


「なんでしょう?」


「……お口に合いました? そのタレ、俺の手作りなんですよ」


「やっぱり。市販のものと違ってなんだか優しい味がすると思ったんだよね」


「おれ凝り性なんですよ。市販のでもよかったんですけど。そこに金髪のガタイいいやついますよね。そいつがこの夏で海外に留学しにいくことになって、だから最後の思い出に花を添えたいなって思って。


俺が話しかけたのは、心配だったのだ。天気が良く太陽が強く照らすこの白い砂浜で、彼はなんだか浮いている。その浮いた状態のまま、どこか消えて行きそうな、そんな儚い存在だった。

気はあまりすすまないが、思い切って聞いてみることにする。


「なにかあったんですか? すっごい、なんていうか、寂しそうな感じがしてたというか……」


「好きだった人と別れてさ」


そう言って彼は馴れ初めなど。話してくれた。初めてのデートもこんな日だったとか、どれだけ好きだったとか。別れた時の心境なども。全て教えてくれた。こんな初対面の人に対しても臆せずに、心情をさらけだした。

そして最後に一言、付け加える。


「おれね、ゲイなんだよね。つまりいま言ったの全部元カレのこと。なんでこんな簡単にカミングアウトしたと思う?」


「いえ……」


「長年こっちの道にいるとわかるんだよね、君もでしょ?」


良い意味でも、悪い意味でも、胸が高鳴った。俺の返事はイエス、つまり俺も同性愛者だってことだ。

しかし驚きは隠せなかった。初めて話したのにも関わらず、どうしてばれてしまったのだろう。


「どうしてわかったんですか?」


「雰囲気とか物腰の柔らかさとか、かなぁ。まぁ自信満々に決めつけちゃったけど、実際は半信半疑だったけどね。君が正直な子で良かったよ」


俺たちはそこから日がくれるまで話し込んだ。なぜか仲間たちは茶々をいれには来なかった。長年の友達だったから俺の性格はわかっていたのだろう。物事に取り組み始めると、絶対に離れないと。だから邪魔も入らず、深い話をすることができた。

そしてこの人は話の運び方がうまいとわかった、最初は彼の話を聞くために話しかけたのにも関わらず、内容は俺の環境へと変わった。


「カミングアウトしようとは思わないの?」


「おれ、ちょっと怖いんですよね。そういうの全然したことなくって、あいつら全員普通の人たちですもん。別に信じてないってわけではないんですけど、こういうのは違うかなって思ったりして……」


「してみるといいよ。案外みんなあっさりだからさ。少しは戸惑うけどねー、でもすぐに理解してくれると思うよ。そもそも初めて話したのにも関わらず俺も気づいちゃったんだよ? 君なんかわかりやすいんだもん。みんなも少しは感づいてるでしょ」


そうかなぁ……と渋る俺だが、彼の言い分にも思い当たる節があった。俺の恋愛事情には深く突っかかってこないし、合コンとかにも俺はいつも誘われなかった。合コンに関しては俺じゃ呼ぶに値しないのかなぁと落ち込んだこともあったけど、こうして考えてみるとやはりどこかわかってる部分があったのだろう。

……でも。


「やっぱ怖いっす」


「そっか、無理強いはしないよ。でもね、この夏にいっておかないと君絶対後悔するよ。好きな人海外に行っちゃうよ?」


そう言ってこの人は無邪気に、あるいは意地悪く笑った。


「こっちの人ってさ、やっぱ雰囲気もあるけど一番は目線なんだよね。同性に向ける視線が普通の人と違うんだよ」


肝が冷えるというのはまさにこのことだろう。俺の頭の中を覗かれているみたいに、次々と言い当ててしまう。

と、そこで仲間の声が耳に届いた。全く気づかなかったけど太陽の位置もすっかり変わってしまっている。軽く二時間はたっているだろう。俺は慌てて立ち上がり、彼のほうを向いて言った。


「なんか最初も後も突然ですみません、俺そろそろいかないとヤバイみたいです。


「大丈夫だよ、俺も楽しかったからさ」


「こちらこそ楽しかったです。カミングアウトのことは家に帰ってじっくり考えて、自分なりの答えを出してみます。まだ沢山話してみたいし、報告も相談もしたいので連絡先とか教えてもらってもいいですか?」


「もちろん」


携帯電話を取り出して番号を交換する。


「お名前はなんていうんですか? 俺はコウスケっていいます」



名前を聞いてすぐに俺は仲間の元へ走った。

振り向いてみるとタバコを吸っている彼の姿が見えた。その姿も、やはりどこか憂いを纏っていた。

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