流行りの曲
嫌悪感があった。自分の中に芽吹く好意と、それを摘み取る思い出。そんな矛盾を抱くようになったのは数年前からだった。人間の感情のブレなんて曖昧なもので、プラスにマイナスにも、ゼロにも至る。なかなか寝付けない夜には思い出してしまって落ち込むこともあるし、日常の大半では全く意識なんてしない。
オレンジ色に染まる教室から校庭を走るサッカー部を見ていた。熱気が抜け、涼やかな風が体を包むようになったとはいえ、体を動かせば汗は滴るだろう。よくやるなぁ、と口には出さないで呟きながら少年は帰りの支度をはじめた。
参考書とレポート用紙、そして筆記用具を入れた鞄を持って教室から出ようと思った矢先、廊下から一人の少年が入ってきた。
「まだ帰ってねーの?」
「やることがあってさー、それがなかなか終わんなくってよ」
鞄を持った金髪の少年が話しかけると、少しの戸惑いを顔にあらわしながら応えた。鋭い目つきも今は泳いでいて、その夕日が照らしている金髪の少年のことを、なかなか直視出来ないでいた。
「お前こそなにしてんの?」
「俺もちょっとめんどいけどやんないといけないことがあってな……ってかお前暇ならちょっとどっか付き合ってくんね? 第三者の意見ってなかなか侮れないものでさ、それ欲しいわ」
「え、めんどくさ」
「そんなこというなよー。飲み物くらいは奢ってやるし」
「ドトールのアイスココアな。おれ最近それにはまってんの」
「んじゃ決まり。早く行こうぜ」
帰宅ラッシュの波が落ち着いた駅前でも、土曜日前ではやはり浮かれているサラリーマンが多いようだ。数人のグループが居酒屋の前でこれからどうするかを談議していた。二人の少年はその姿を横目で追いつつ、居酒屋から少し先の喫茶店へと入っていった。
自動ドアを抜けるとエアコンの冷気が体の熱を奪う。滲んでいた汗も徐々に引いていく。
二人は席を用意してから、注文口へ向かう。金髪の少年はメニューのうえに指を置いて、言う。
「アイスカフェラテとアイスココア。あ、ガムシロ三つください」
「お前甘党だったんだな」
「今更すぎるだろ」
そんなやり取りをしている間にも手際のいい店員はトレイの上にコップとストローを二つのせ、差し出してきた。受け取ったのち、二人はそれぞれの席に腰掛ける。
テーブルの上にはドリンクが二つと、広げられたレポート用紙。三枚は書き終わっているみたいだが、四枚目の冒頭で少年はペンを置いていた。なかなか筆が進まないようで、時折その金に染まった頭をガリガリと引っ掻いてはもう一人の少年に愚痴を投げている。
「コウスケー。窓の重要性って、光と、開放感とか以外になんかあるか?」
「シュウってさ、インテリアの勉強してない凡人にさ、レポートの確信に迫る答えを求めるくらいアホなの?」
「うっせ。頭が煮詰まっててなんも出てこないんだよ」
シュウと呼ばれた金髪はまたもや頭を引っ掻き回していた。ボールペンを握っては離し、ときたまぬるくなってしまったカフェラテを胃に流し込んでいる。
コウスケはシュウに目もくれず、iPhoneでTwitterを開いてはなにかをツイートしていた。
アイスココアを取り、飲む。そん間にももう片手ではiPhoneをいじっている。グラスの汗がコウスケの制服に滴り、紺のスラックスに斑点を作った。
「あ、カーテンって重要じゃね?」
ようやく画面から目を離したと思いきや、思いつきを口にした。
「なんで?」
「部屋のイメージの要じゃね。家具とかもいいけど、どの色を使うか、ってなったらおれはカーテンから始めるかも」
「……Twitterで良いアドバイス貰ったんだな」
「……うるさい」
「でもありがと、なんか出てきそうな気がする」
シュウは苦笑いを浮かべつつも、素直に感謝した。コウスケの顔を見やり、言葉にする。しかしそこで一瞬の間が生まれた。
コウスケの頬に付いたクリームに気づいたのだ。
「ドヤ顔してるとこ悪いんだけど顔にクリーム付いてる。ださ」
「は? どこだよ?」
「ここだよ」
そういってコウスケの頬についたクリームを指で拭き取る。
「いやいやいや、なにしてんの。俺たちカップルかよ」
「……なに意識してんの?」
「あーあ、律儀にアドバイスとか求めるんじゃなかった」
コウスケは少しの苛立ちからか投げ捨てるような態度で苦言を放つ。そして恥ずかしさもあるのはあまり日焼けしていない白い肌は、軽く赤に染まっていた。
若干の嫌悪感はあった。しかしながら感情の波は今回、プラスへと傾いた。シュウはバカにしつつも楽しげに笑った。
喫茶店では有線から最近流行りの曲が流れている。小さな雑談も、二人の会話も、騒がしさを多少抑えるには調度良かった。




