巡る季節と枯れるクローバー
どうしても手放せないものというのが誰にでもあるものだろう。昔から使っていた毛布や、いつかお婆ちゃんに買って貰ったぬいぐるみ。どんなに汚く汚れてしまったとしても、なかなか手放せない、思い出に足を取られて前へ進めない。そんな何かを誰しも一つは抱いているだろう。
「その指輪、誰から貰ったんですか?」
右手の小指にはまったシンプルなシルバーリング。浅く刻まれているのはひとひらの葉。そのリングは大小問わず傷が目立つが、黒ずみが見当たらないのはよく手入れされている証拠だろう。彼の場合はそれだった。
遠い昔。彼が友人から貰ったものだ。関係はもう消滅しているが、彼にとっては大切な意味を持つ一つのアイテムだ。
ひぐらしが遠くで鳴いているそんな昼下がり。ベンチで隣に座っている大柄な少年に彼は問われた。
「今度教えてやるよ、だから今は答えを置いといてもいいか?」
「あ、ごめんなさい」
「いや、気にしなくてもいいよ。そんな思い出とか詰まってるわけじゃないし。……なんか、三年間くらいはめてると習慣になっちゃうんだよな。出掛けるときとか、体が勝手にってほどでもないけど付けちゃうんだよなぁ。」
そんなふうに少しの憂いを浮かべた顔で、空を見上げた。雲がまばらに漂っている快晴。海からは潮を含んだ冷たい風が二人を通り抜けている。
彼の行動はまるで指輪をみないようにする、そんな意図も含まれていたのだろう。もう片方の手で指輪を覆って、そして握った。
じんわりと肌を濡らす汗が一つの雫となって、顎を伝い、左手の甲に落ちた。
「……ちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど、いいか?」
「いいですよ、どこですか?」
「隣駅だよ。ん、電車で行ったとしても駅からちょっと歩くんだよなー。車で行くか。そんで途中で線香買ってく」
彼がそう言うと、少年は悟った。常に楽しげな笑みを浮かべていた顔も少し引き締まる。
線香の香りがその場所全体に漂っていた。丁寧に切り取られた大理石などの石の数々。あるものは綺麗に磨かれていて、打ち付けられた水がまだらに乾いていた。そう長くない前の時間に、誰かが来ていたのだろう。
彼はその横を通り、入り口から奥まった場所にある一つの墓の前でしゃがんだ。
持っていた線香のひと束に、ライターで火を灯して、台のうえに置いた。
「ごめんな、いきなりこんなとこに」
少年は訝しげな顔をしながらも、死者を弔う気持は持っていたのだろう。軽く微笑んで、うなずき、彼の言葉を否定した。
「大丈夫ですよ、盆の時期ですもんね」
「ありがとう」
少しの間を置いて、二人は同時に手を合わせた。
ひぐらしの声は近い。しかしその声は優しげで、風にざわめく木々の嬌声に飲まれていった。
「この指輪な、仲の良い四人のグループで付けてたんだが、一人の友達がおかしいんだよ。付けてるのを見ると顔を真っ赤にして怒るんだ」
自嘲気味な笑みを少年に向けて言った。彼は泣いていない。しかしその頬を伝う汗を涙とイコールで結んでも、今の場合は間違いではない。
決して心情を隅までみられたくない。精一杯な虚勢と、どこからか広がる決別の念。付き合いは短いとは言え、彼の性格を少年は把握していた。
「なんかおれお腹減っちゃいました」
少年もその場を突つくものではないと理解していた。だから持ち前の能天気さで雰囲気を弛緩させる。
さあ、どこへ行こうか。というかさっき飯食ったばかりだろ?
まだまだ成長期なんすかね?
180後半もあるのにお前まだ伸び代があるっていうのか、少し縮め。見上げるのも疲れるんだ。
軽口を叩く二人。その片方の手にあるはずだった銀色の輝きは、墓石の隅へと移動していた。
ひぐらしの声がまた、遠くなる。




