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猫と、雨  作者: 周防駆琉
17/31

5 Month Later (2)

 事件が起こったのはクヴァント様が戻られる前日だった。



「リタさん。今日の視察には同行しなくていいですよ。道が良くないらしいので」



 今の私の身分は相補佐室下官だが、ちょっと仕事で出かけている『シェイド』の代役として宰相付きとして細々とした仕事をしている。だから今日の視察も一緒に行く予定で、私は遠足みたいでちょっと楽しみにしていた。それなのに一体急にどういうことだろう。


――クヴァント様をしている時のシェイドは表情が読めないけど、なんだか怪しい。



「フェグリットからここまで来たんですから、平気です」


「無理をしないでいいんですよ。仕事はいっぱいありますから」


「明日、シェイド様が戻られたら手伝って頂くので大丈夫です」


「………困りましたね」



 やっぱり何かあるらしいが、食い下がる私に対して穏やかな微笑みを絶やさず、我儘な子供に手を焼くような態度でいるのは流石だ。いつものシェイドだったら絶対に眉をひそめただろう。



「仕方がありませんね。では、一つだけ約束をしてもらいます。何があっても無茶をせず、私の後ろにいてください」


「わかりました。では、私も準備がありますので、またお迎えに参ります」




***************************************************************************



「視察はいかがでしたか?道が良いので馬車の中でお話ができて良かったですね」



 視察の道は悪いどころか良い道で、馬車の中で話していても舌を噛むことはない。嫌みを言いながら、一体どうして私に来てほしくなかったのかと考えてみるけど、特に何もないまま後はクヴァント様の御屋敷に戻るだけになってしまった。


 私たちが視察に訪れたのは首都から北へ半日弱の地方都市。ぎりぎり日帰りで帰ってこられる距離だから、視察そのものはほんの少しで大部分はシェイドと二人きりで馬車に揺られている。



「……リタさんはあの騎士団を見てどう思いましたか?」



 私の嫌みにも、シェイドは表情を変えない。クヴァント様は本当に穏やかな人物なのだ。


 目的の都市は首都の北側防衛線の要であるため、今日はその騎士団を見てきたのだ。だから視察団の文官は私達二人だけ、あとはヴィルさんの部下である騎士が5人という少人数。ちょっと少なすぎる気がするけど「慰問みたいなものですから…それに俺だし」と言うことらしい。



「リズダイクの北の国境は高い山脈ですし、その向こうの国とも友好関係にあることを考えると設備や規模は妥当ですね。気をつけるべきは癒着と汚職でしょうか…少し騎士たちの士気が低いかと」


「そうですね…しばらくヒューズ団長を放り込んでみましょうか」



 やっぱり、ヴィルさんとシェイドの間には何かあるらしい。にこっと笑った顔は確かに穏やかだが、決してクヴァント様にはない黒いものが隠されている。



「さて、リタさん。約束を守る時が来ましたよ」


「え?……っ!?」



 まだまだ休憩場所までは距離がある森の中で馬車が、がくん、と急に止まった。座席から落ちないようにしがみつくと、正面に座っていたシェイドがなぜか私の隣に移動してきてその大きな背中で私を隠す。


 ちらり、と外の様子を窓から伺うと手に武器を持った集団に囲まれており、今まさにその一人が剣を騎士に向けたところだった。


――山賊の類じゃない、誰かの私兵。宰相を狙ったもの…?


 私たちを囲っている彼らの動きには無駄がなく、ならず者の技ではない。腰に手を伸ばしながら焦らずに状況を確認していくと、シェイドや騎士の様子がおかしいことに気が付いた。皆、落ち着き過ぎている。


 なるほど、この襲撃は予定されていたらしい。だからシェイドは私を同行させたくなくて、先ほどの条件を出したのだろう。いざという時には守る気はないけど。



「思ったより手こずってるな…」



 しばらく様子を見ていた。外からは剣のぶつかる高い金属音や大きな声が聞こえてくる。5人の騎士に大きな怪我はなさそうに見えるが、敵はまだかなりの人数が残ってる。



「シ、クヴァント様、さがっていて下さい」


「…は?それは私のせり…っ!!」



 バタン、と乱暴に馬車の扉が外から開けられた、と同時に私は腰に隠し持っていたナイフを抜き放ち、そのまま扉を開けた男に体当たりをして馬車から外に転がり出た。すぐに立ち上がると扉を閉めてそれを背でかばうと、すぐに次が来る。ふるわれた一撃目は避けるが、それではらちがあかない。先ほど仕留めた男の身体からナイフを抜き取り、次の男に投げて隙を作ると今度は片手剣を拾い上げて切りかかる。


――鈍ったわね


 国を出てから剣を扱うことはなかなかなかったし、リタと名乗るようになってからはヴィルさんと手合わせした一回だけ。剣を受け止める度に手が痺れ、動きが鈍っているせいで返り血を浴びた。こんな自分は認めたくない。首都に戻ったらシェイドを説得してヴィルさんのところに通おう。


 4人目を仕留めたところで私は剣を下ろして馬車の扉の前から3歩ほど離れる。敵が逃亡を始め、周囲に他の人の気配はない。他の騎士も鞘に剣を戻し始めた。



「リタ!!お前、怪我は!?」



 するとすぐに馬車からシェイドが飛び出してきた。よほど心配したのだろう、クヴァント様の仮面は剥がれて顔色も悪い。それを見たら、約束を破ってしまった事もあり罪悪感がこみ上げる。



「大丈夫、です。あの、約束破ってすみません…」


「……はぁ。この馬鹿、先に謝られたら怒るに怒れないだろ。無事で、よかった…っ」



 血とか泥とかで汚れているし、騎士たちも見ているのに止める間もなくシェイドは私を抱き締める。クヴァント様と入れ替わってから、こうして抱き締められることはなかったから久々の抱擁だ。煙草の香りはしないけど、すごく安心する。



「…馬車に乗ってろ」


「きゃっ!!」



 私の無事を確認して安心したらしく、シェイドは私を抱きあげて馬車に乗せると死体を検分している騎士のほうへ歩いて行った。


 

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