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猫と、雨  作者: 周防駆琉
18/31

5 Month Later (3)

 あれから俺たちはすぐにあの場所を離れ、予定通り首都に戻ってきた。馬車の中で改めてリタの身体を確認すると、返り血を浴びてはいたが怪我がなくてほっとした。



「はぁ……」



 屋敷の俺の部屋に入ると、俺はソファーに沈みこんだ。リタは俺に謝ったが、本当に謝罪しなければならないのは俺のほうだ。俺の狭量さが判断ミスを生み、リタを危険にさらしてしまったのだから。自己嫌悪で頭を抱えたくもなる。




 そもそも今回の事の発端は現王の素行の悪い弟から俺宛に夜会の招待状が届いた事だった…―――


 現リズダイク国王は御年55歳で、内々では来年内にも王位を息子に譲る予定となっている。今回はその王の一番下の弟が全ての首謀者であった。年若い王弟は今度の王位継承に当たって自分がその身分に似合った地位を与えられないことに不満があったらしい。それを直接あの人に言っていれば完膚なきまでにあの微笑みで叩きのめされ、こんなことは考えなかっただろう。


 だが王弟は裏から手を回し始めた。自分になびかないあの人を更迭し、俺を自分の側に取り込んだ上で宰相にすることで高い地位を得る計画だ。ロセット伯爵家とクヴァント公爵家は世間では不仲だとされているし、俺の事もよく調べずに家督を継げなくて可哀相にふらふらしている三男で、簡単に取り込めると思ったんだろう。


 だからあの人は俺が呼ばれた『優秀な地方青年貴族の発掘』を目的とした遠方の夜会に出かけ、俺は宰相拉致監禁計画が予定されている多少危険な視察に向かった。あの人は(唯一の弱点なんだが)武器を扱えないし、あの人が王弟から直接話を聞きだしたほうが信憑性があるということでベストな人選だった。今頃は王弟の策略の証拠を掴み、意気揚々と首都に戻って来るところだろう。


 そして、首都のほうも全て計画通りに進んでいた。唯一、リタが馬車を飛び出していったことを除いては。向こうにあれだけの私兵が居ることを掴んでいなかったといえ、やはりヒューズ団長に同行してもらうべきだった。大袈裟になりすぎて向こうが警戒するかもしれないし、当初の情報ではむこうの人数は20人だということから断ったのだが、その後ろに団長をリタに近寄らせたくないという私情がなかったか、と聞かれると即答できない。


 俺のつまらない我儘で、リタは俺を守るために凶刃の前に飛び出したのだ。

 


「リタだけど…入っていい?」



 小さなノックに顔を上げると、リタがドアを少しだけ開けて部屋を覗き込んでいた。汚れてしまった身体は風呂を使って綺麗な薄桃色に染まっている。あの肌に傷がつかなくて良かった。もしも怪我をしていたら立ち直れなかった。



「どうした?今日は仕事の手伝いはいいから、疲れてるだろうし早く寝ろ」


「うん。でも、ちょっとお話したいの。あの、今日は約束破っちゃって本当にごめんなさい」



リタはおずおずと部屋に入ってくると、ソファーに座らずに俺の前に立つと頭を下げた。薄い夜着の胸元が重力に従うのを見て、俺は慌てて視線を逸らしてソファーに座るように促す。自己嫌悪をしていてもリタに欲情してしまう自分に一層落ちこんだ。



「謝らないといけないのは俺もだ。俺のせいでリタを危険な目にあわせた。本当に悪かった」


「そんな、謝らないで…駄目って言われたのに視察について行って、約束も守らなかった私がいけないんだから。ね、だから気にしないで」


「襲撃があるとわかっていながら同行させたのは俺の責任だし、相手を甘く見てヒューズ団長に来てもらわなかったのも俺の判断ミスだ。怖かったろ、ごめんな」



 俺が落ち込んでいるのに気が付いて、リタはわざわざ慰めに来てくれたらしい。つい、癖でリタの頭を撫でると、今日はちゃんと乾かしたらしい。南国の深い海を想わすような色の髪が指を滑っていく。



「…馬鹿。シェイドの馬鹿っ!!」


「は?急になんだよ、リタ………うわっ!!」



 頭を撫でられて黙ったリタが、何を思ったか急に俺をソファーに押し倒して乗っかってきた。目のやり場に困って反射的にそっぽを向くと、リタが両手で俺の顔をはさんで無理やりに視線を合わせられた。と、思ったら乱暴に唇が重なった。一瞬だけど。



「ちゃんと私を見てる?私はフェグリットからリズダイクまで旅をしてきたし、こう見えても戦場にいたことだってある。多分シェイドよりずっと剣を扱える!!なのに、どうして信頼してくれないの?どうしたらシェイドと同じところに立てるの?甘やかされるだけじゃ嫌なの!!」



 すぐ目の前でリタが俺をまっすぐに見つめている。頬は赤く染まり、黒い瞳は潤んでいるが内に秘めた強さは失われていない。言いたいことを言い終えたのか、再びリタが覆いかぶさってきた。唇、頬、鼻先、額…リタの唇が俺の顔を撫でていく。



「っ……わかったらから、やめろっ!!」



 もう一度、リタがキスをしようとした事で俺は正気に戻ってリタを押しのけた。それでもリタは俺の身体から降りようとしない。



「お前っ…この間言っただろ!!俺は男で、お前は女なんだから軽々しくこういうことはするな!!」


「馬鹿シェイド!!私だってシェイドのペットや妹じゃない!!シェイドだから、だからなの……でも、嫌なんでしょ?」



 あまりにもいきすぎたリタの行為に声を荒げると、リタは間髪いれずに怒鳴り返してきた。しかし、その勢いは徐々に消え、ついには俯いて顔は隠したが涙声になった。泣かせてしまったことに焦りも覚えたが、それ以上に「シェイドだから」の言葉に頭が冷える。ここで間違ったら取り戻せない気がする。


 そっとリタに俺の身体から降りるように促すと、俺は起き上がってリタを抱きしめた。回した手でその背を擦って落ち着かせる。



「リタ…嫌じゃない。嫌じゃないから、困るんだ」


「困る…?どうして?」


「…リタを傷つけたくなるから。なあ、リタ。俺、期待してもいいんだよな?」



俺の胸から顔を上げたリタは頬だけじゃなくて目も鼻も赤くなっていた。瞬きで潤んだ瞳からこぼれた涙を拭ってやると、リタは小さいけれど、しっかりと「…うん」と頷いた。



 

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