5 Month Later (1)
「クヴァント様。いつから煙草を嗜まれるように?」
既に半袖が標準だというのに、慣れないこの宰相服にはジャケットが欠かせない。煙草の匂いが付かないよう窓を開けると爽やかな夏の風と、俺の手にあるものを咎める声。もう一歩で吸えた煙草が遠ざかるこの瞬間は何とも言えない。
声の主はずかずかと宰相室に入ってくると抱えていた大量の書類を机に乗せる。俺を咎めたリタは今、下官の制服姿ではなくいつもの俺とほぼ同じ一般官吏の制服を着ている。幼さを隠すためか、薄く化粧をしているのが背伸びをしていてカワイイ。
「ここまで見ている人はいないと思うのですが…」
仕方なく執務机に座って両側に積まれた書類の片方に手を付ける。一方の書類は宰相印が必要なもの、もう一方は補佐室長の確認が必要なものだ。つまりそれらはすべて俺が処理しなければならないもの、ということである。
「物事に100%はありませんから。それと、午後一で財務部長との追加会議が入りました」
「わかりました。リタさん、お仕事に熱心なのはいいのですが、警戒心を忘れてはいけませんよ」
「………すごく変ね」
リタは苦い顔でそう呟くと宰相室を出て行った。しょうがないだろ、あの人はいつもこんな感じなんだから。
今の俺はラース・クヴァント宰相だ。ちょっと問題があって、本物のあの人は俺が行くべき場所に行っている。俺とあの人は瞳の色が同じ紫紺、かつ背格好が近いためにこうして入れ替わることがある。あの人のほうが結構年上なのだが、整った容姿が年齢詐欺を可能にしている。
もちろん働く官吏達にはばれてしまうため、部屋から出る時は夏風邪を言い訳にマスクをして顔を隠す。もう何度もしているのであの人の仕草を真似るのも板についた。
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「ただいま戻りました」
「お邪魔いたします」
いつもの部屋でなくあの人の屋敷に帰ると、使用人たちも慣れたもので「お帰りなさいませ」と普通に俺を迎える……のだが、今回はリタが居るせいか視線がいつもと違う気がする。
「二人ともお帰りなさい。もう、リタちゃんもただいまでいいのよ。シェイド君の恋人なら私たちにとって妹だもの」
「そ、そんな…私とシェイドはそんな関係じゃないですって。ね、シェイド?」
リタがわざわざ出迎えに来てくれたクヴァント夫人にからかわれてい、助けを求めるように俺に話を振ってきた。その後ろでは夫人が「このヘタレ」という表情を俺に向けている。
「……まだ仕事が残っているので、リタでからかうのもそれくらいにして下さい」
イエスとは言えず、ノーとは言いたくない。この間、偉大な酒の力でリタにキスをした日以来、リタは俺が男だと意識し始めたようだが、依然と変わらない態度が俺を悩ませている。俺のほうはキスをした時のあいつの顔や、身体のラインを忘れられないっていうのに。
これ以上からかわれるのを回避するために、俺は仕事に逃げた。夫人を溺愛しているあの人は日頃決まった時間に帰宅するので、定時で終わるはずのない一人二役の俺の仕事はまだまだ残っているのだから。
――あの人が帰ってきたら休暇をもぎ取とろう。




