第九話:顛末
ご覧いただきありがとうございます!
第9話をお届けします。
激しい衝撃を受け、おそらく脳震盪でも起こしたのだろう。視界がグニャリと歪む。
強烈かつ、死を覚悟するほどの恐怖。想像だにしていなかった大爆発。
正直、俺の処理能力を完全にオーバーしていた。
骨の数本でも折れていそうな激痛が、身体中至るところを走り抜ける。
――ただ、痛みを感じるということは、まだ死んでいない。変なところでホッとしている自分に気づく。
一体、何があった?
最後の1小節を残したまま、ゴブリンに投げつけた爆発の魔法カード。あれがなぜか発動し、以前の実験を遥かに超える大爆破を引き起こして、俺を吹き飛ばした。
おそらくは、そんなところだろう。ただ、理由なんてわかる訳がない!!
……いや、そんな事より、ここは町からも近い「空」のすぐそばだ。これだけの爆音と衝撃が起きたなら、町の人が気づいて様子を見に来るに違いない。
「空」は分かりにくくカモフラージュしてあるが、本格的に探索されたら、隠した非常食が見つかってしまう。いや待て、今はそんな事よりゴブリンがどうなったかを確認するのが先決だろ!!
ダメだ……思考がまったく纏まらない。
死への不安と恐怖、あまりに激しい環境の変化に、脳が完全にパニックを起こしている。
体も思考も思うようにならない中、「ズキっ」と全身を苛む激痛のおかげで、何とか周囲を確認するだけの冷静さを取り戻す。
だが――それはそれで、新たな混乱を引き起こすだけだった。
「空」の周囲は、鬱蒼とまでは言わないまでも、それなりに木々や下草が生い茂った森だったはずだ。
しかし今は、ある一点を中心にして木々も草もすべて薙ぎ倒され、まさに「爆心地」と化していた。
そしてその中心地点から、ドス黒く、真っ赤な血痕が、俺とは反対側に向けて生々しく拡散している。
定まらない視界のまま周囲を見渡すと、周りの木々の所々に、千々に千切れたゴブリンの手足が引っかかっていた。
さらに正面奥の幹には、頭部らしき物体が、粘り気のある血を流しながらぶら下がっていた。
この惨状を目にして「助かった」と安堵できる様な神経を、俺は持ち合わせていない。
だが、少なくとも今すぐ死ぬ危険はない、と頭で理解した瞬間――押し殺していた激痛と恐怖の波が一気に押し寄せ、俺の意識は呆気なく刈り取られた。
◇
それから、どれほどの時間が経ったのだろうか。
うっすらと目を開けた視界の先に、ベッドの傍らで俯き、必死になって祈りを捧げるシシリィさんの姿があった。
「シシリィ、さん……」
かすかな声をかけた瞬間、シシリィさんの顔がガバッとこちらを向いた。
俺の意識が戻ったことを確認すると、彼女は誰憚ることもなく、横たわる俺にしがみつき、強く、強く抱きしめてくれた。
「良かった……! 良かった、本当に……!」
大粒の涙をこぼしながら、俺の生還を心から喜んでくれる。
(生きて、帰ってこられたんだ……)
その実感が、シシリィさんの温もりと共に胸に押し寄せ、気づいた時には止めどない涙が溢れ出していた。俺は年甲斐もなく、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
――反省すべき点が、あまりにも多すぎる。
この異世界に来てからの4年間、一度もモンスターに遭遇していないから、モンスターはいない、と高勝手に思い込み、完全に油断していた。
シシリィさんや店の常連さんから、世間話ついでに情報を集め、モンスターがいるのか、いるなら遭遇を避けるノウハウを、事前に確認しておけば。
それに「空」の中に隠した非常食だ。高い場所に置いておけば大丈夫だ、とタカをくくっていたが、そもそもシシリィ食堂でまともな食事が取れるのに、必要のない非常食を「秘密基地みたいで面白いから」という軽率な理由で、現世から持ち込んでしまっていた。
どれをとっても、危機管理がまったくできていない。
今回の直接的な原因は、ゴブリンがたまたま空の近くにやってきたことだ。
だが、俺が遭遇して死にかけたのは、事前の情報収集不足や無用なリスクの放置など、どれか一つでも止めていれば避けられていたかも知れない。
現世の職場で、装置トラブルが発生した際に、「スイスチーズ・モデル」という安全管理の考え方を聞いたことがある。
事故やトラブルは、単一の原因で起きるのは非常に稀で、スイスチーズの穴のようにいくつも重なった隙間(間接原因)をすり抜け、すべての穴を貫通した時、初めてトラブルは発生する。
だからこそ、途中の穴をたった一つでも塞いでおけば、事故は未然に防げると言う考え方だ。
俺はその「穴を塞ぐ」という努力を怠り、もう少しで本当に「死」という最悪の事態を引き起こすところだった。
シシリィさんに強く抱きしめられ、子供のように泣きじゃくりながらも、頭の片隅にいる冷静な俺が、客観的に状況を分析している。
魔法カードのしくじりにしろ、今回の事態にしろ、自分がどれだけこの世界を甘く見ていたか。所詮は漫画やアニメのような、現実感のない世界だと高をくくっていたのか。
そして、自分をこれほどまでに心配してくれる人を、どれほど傷つけ、不安にさせたのか。
自分のあまりの至らなさに、呆然とするしかなかった。
その後、町の憲兵に事情聴取を受けたが、シシリィさんが終始付き添ってくれた。
幸いにも、取り調べを担当した班長がシシリィ食堂の常連客だったこともあり、俺の身柄や身元が疑われることはなかった。
だが――「現場で一体何が起きたのか」を問われた時は、冷や汗が出た。
『自分が作った魔法カードを使おうとしたら暴走しました』なんて、口が裂けても言えない。
どう言い訳しようか、冷や汗を流していると、シシリィさんと班長が「こんな子供が、あんな状態を目の当たりにして、まともに答えられるわけがない」「おおかた、ゴブリンがどこからか盗み出した、鉱山用の爆薬でも誤爆させたのだろう」と勝手に結論を出してくれた。
おかげで俺は、早々に解放されることとなった。
シシリィさんに肩を貸してもらい、食堂の奥で温かいスープを飲ませてもらっている間も、俺の頭から離れなかった疑問。
――なぜ、未完成の爆発の魔法は発動し、あれほどの威力となったのか?
こんな死にかけた状況でさえ、そんな疑問に囚われている自分に呆れる。
だが、致し方ないのだ。これまで俺が検証してきた「魔法の前提」が、根底から覆る可能性があるのだから。
魔法は、呪文というコードで起動するプログラムだ。
必要なコードを最後まで正しく入力しなければ、プログラムは起動しない。
これは、俺がこの世界で魔法を解明し使用するための、絶対的な土台であり大前提だ…だったはずだ。
最後の小節を入力していないのに魔法が発動するなんて、あり得ない。ましてや、通常を遥かに超える威力が出るなど――。
(必要なコードを入力しなくても発動した……? なら、あの『最後の小節』は、最初から不要だったのか?)
至極当然の思考に至った瞬間、頭のどこかで、これまでとは違う種類の警鐘が鳴り響いた。それは、『これ以上踏み込むことへの警鐘』、もしくは『ブラックボックスや禁忌に触れる前の感覚』に近かった。
スープを飲み干し、事象の解明に思考を占領されていた俺に、シシリィさんが優しく声をかけてくれた。
「もう帰るんだろう? 道中、本当に気をつけるんだよ」
異世界に来てから色々なことがあったし、恐ろしい目にも遭った。
けれど、この世界で最初に出会えたのが、シシリィさんだったことは、何物にも代え難い幸運だったと、心の底から感謝した。
◇
九死に一生を得る、激動の一日だった。
ほうほうの体で現世の自室に戻り、今日起きた凄惨な事象と状況をランディに共有する。
疲れ果てた俺がベッドに倒れ込んでいると、しばらくして、ランディから「今最も知りたく、そして危惧していた報告」がもたらされた。
『――種火の魔法の解析が完了しました』
ご覧いただきありがとうございます!
無事に生還を果たした拓郎ですが、シシリィさんの優しさに包まれつつも、エンジニアとしての思考が止まらず「なぜ未完成のカードが発動したのか」という最大の謎にぶつかっております。
そして、次回・第10話で【第1章完結】となります!
ランディから明かされる「第3小節の解析結果」とは――?
最後までお楽しみいただけますと幸いです。
ブクマや評価、感想などもいただけますと大変励みになります!




