第八話:遭遇
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第8話をお届けします。
アラフォーにもなって、やらかした俺。
結果についてランディに報告したところ、「みっともない……自業自得ですね」と素気無いコメントが返ってきた。(せめてランディには、もう少し慰めて欲しかったし、若干扱いが雑じゃないか? とも思う)
その後どうしたかって?
もちろん、種火の魔法パラメーターの調整を続けたに決まっている。
「反省していない?」「怖いもの知らず?」……馬鹿なことを言っちゃいけない。
こちとら、姿が変わるとはいえ、ケガをすれば痛いし血も出る。こちらでのケガが現世にも引き継がれることは、3年を超える異世界生活で経験済みだ。だから正直を言うと、種火の魔法カードすら持つのが怖い。
しかし、怖いからと何もしなければ、折角手に入れかけた「魔法カード」という強力な手札を無駄にしてしまう。このため、まず手掛けたのは『誤作動』という非常に危険な可能性の排除である。
実はこれ、思いのほか簡単に対策が取れた。
魔法カードを使用する際、魔導インクに直接触れている部分からマナが吸われている感覚があったのだ。ならばと、魔法カードをクリアファイルに入れて魔法が発動するのかを確認してみた。(もちろん、光の魔法カードを使ったのは言うまでもない)
結果、クリアファイル越しでは、どれだけ強く指を押しつけても魔法カードの古代文字に光が灯ることはなかった。
さっそく、いつもの100均で購入したクリアファイルを加工・調整し、カードゲームよろしく魔法カードをファイリングして安全に持ち運べるようにした。
なぜ、そこまでして種火の魔法のパラメーター調整をするのか?
正直に言うと、あれだけの爆発を引き起こす力を手放したくない、そういう感情が無いとは言えない。ここは安全・安心の現代日本ではないのだ。たとえ猪一頭でも、森の中で出会えば軽い傷では済まない可能性がある。閃光の魔法があるとは言え、「爆発」の魔法は最終手段として、持っておくに越したことはない。
また、今回は明らかに俺の「やらかし」である。
原単位のパラメーターを一気に「55」まで上げたのは、冷静になればやり過ぎで、段階的に上げていけば、あれほどの暴走は起こらなかったはずだ。また、サイズも種火の小ささのままだと威力が一点に集中しやすい。逆に、光の魔法くらいの大きさにすることで威力の分散・調整も可能と考えた。
色々と対策を取りながらパラメーター調整を行った結果、原単位パラメーターを「31」、サイズを「2」から「5」にすることで、殺傷能力は低いものの、まともに当たれば失神する程度には強力な『爆発の魔法』を制作するに至った。
なお、これを作成する過程で、サイズと原単位をともに「31」にした魔法を試したところ、爆風や熱の発生は殆どないものの、デカい音だけが出る『爆音の魔法』も完成した。
光、種火、閃光、爆発、爆音。
五つの魔法カード、それぞれのゴム板ハンコ、保護フィルム、カードホルダーまで準備する一方、5S活動も順調。
しくじりはあったが、さらに生活が充実してくる中で迎えた4年目の異世界ライフ。
――それでもなお、己の考えがどれほど甘かったかを、痛感する事態が起こった。
◇
その日はシシリィさんの食堂での業務を終え、メインに副菜二皿、スープ付きという最高の晩御飯をいただき、満腹感と共に気持ちの良い疲労を感じつつ、さて帰ろうといつもの空に向かっている時だった。
(……いつもと違う?!)
何だか分からないが、自分の中で猛烈な警鐘が鳴っている。
あの爆発事故以来、自分の中の危機感を大切にしている俺だが、具体的に何が違うのかが分からない。
ゆっくりと空に近づく中で、違和感の正体に気づく。
匂いだ。
いつもと違う匂い。鼻の奥にねっとりと残る、不快な何か。生理的に呼吸することすら躊躇うような悪臭。
足を止め、ゆっくりと周囲を窺う。少し先の空を見ると、入口あたりに何かが散乱している。野生動物が漁らないよう、非常食は内部の一番高い所に隠していたはずだが……熊か?
音を立てないよう、ホルダーから「爆発の魔法カード」を取り出し、保護フィルムを外す。いつでも発動できるよう、左手でカードを持ち、右手をカードに添える。
魔法カードはある。しかし、大型の野生生物とタイマン張るつもりなんてサラサラ無い。ゆっくりと後退りしながら街に戻ろうとした、その時――そいつが現れた。
背丈は1メートルくらい。小学2〜3年生ほどの小柄な体格。腕が妙に長く、月明かりの下で大きく黄色く濁った目が、こちらを捉えた。
(ゴブリン……!)
誰かに教えてもらったわけではない。だが、現世の知識と直感で一瞬で理解できた。
創作のアニメや漫画なら、スライムと並び立つ「雑魚敵」であり、初期レベリングの絶好のカモ。
しかし、目の前にいるそいつを「雑魚敵」などと呼べるか?
背格好こそ小学生並みだが、醜悪な顔、大きく裂けた口、長い腕の先の節くれた指に握られた棍棒。
コイツを「カモ」と呼び、好んで戦いたい奴がいるなら、今すぐ病院に行って精神鑑定を受けることをお勧めする。魔法カードを持っていることなど、何の支えにもならなかった。
今すぐ町に逃げ帰りたい。……だが、恐怖で足が動かない。
こちらを窺いながら、ゆっくりと近づいてくるゴブリン。手に持つ棍棒をゆっくりと揺らし、粘着質な視線で俺をねめつける。それに伴い、腐敗臭と獣臭の混ざり合った地獄の悪臭が強くなっていく。
こちらの顔が見える位置まで近づいた時、そいつは「にちゃり」と、形容しがたい醜悪な顔で笑った。
俺が恐怖に怯えていることに気づいたのだ。
(あぁ……『獲物』だと思われている)
言葉は分からない。だが、その表情が何を意味しているのかは痛いほど分かった。
ゾクリと冷たい怖気が全身を駆け抜ける。やらなきゃ、殺される。
恐怖で埋め尽された思考を無理やり叩き起こし、魔法カードへマナを送るため、指を古代文字に沿わせる。
だが――(ダメだッ……!)
あまりの恐怖、濃厚な殺意、目の前に突きつけられた具体的な「死」。どれもこれまでの人生で経験したことがない。
頭では「カードの文字を指でなぞるだけ」と分かっている。何度も繰り返し練習したはずだ。
しかし今、俺の体と頭は「怖い!」「逃げたい!」という本能の悲鳴に支配され、パニックで簡単な作業すらおぼつかない。
ゴブリンの不快な呼吸音すら聞こえる距離になって、ようやく2小節まで光が灯る。もう少し……あと少し……!
だが、ゴブリンは待ってくれなかった。
もしかすると、俺が何かを企んでいることを察していたのかもしれない。あるいは俺を最大の絶望に叩き落とせるタイミングを謀り、跳びかかってきたのかも。
自身の背丈ほどもある棍棒を大きく振りかぶり、見た目からは想像もつかない跳躍力で一気に迫ってくる。
ダメだ! 間に合わない!
最後の1小節が灯っていない魔法カード。このままでは何も起こらない――そう思いつつも、目の前に迫る狂気を少しでも遠ざけたくて、俺は未完成の爆発の魔法カードを、迫り来るゴブリンに向けて無我夢中で投げつけた。
**―――――ズドンッッ!!!!**
以前の実験とは比べるべくもない重低音とともに、形容しがたい衝撃波と熱風が吹き荒れる。
煽られた俺の体はあっけなく宙を舞い、そのまま背後の大木の幹へ猛烈な勢いで打ち付けられた。
あまりの衝撃と激痛に、何が起こったのかすら思考できない。
――しかし、この夜。
魔法カードの「間違えた使用方法」によって、異世界で長らく語られず、誰一人として疑問に思わなかった“謎”の一端が、数百年の時を超えて現れる事となった。
お読みいただきありがとうございました!
平穏だった異世界生活に突如現れたゴブリン、そしてパニックの中で投げつけられた「未完成の魔法カード」。
一体何が起きてしまったのか……!?
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