第十話:肉喰いてぇ
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第10話をお届けします。
『――種火の魔法の解析が完了しました』
ディスプレイに映し出されたランディからの報告を前に、確認すべきかしばらく躊躇した。自身の警鐘を無視して起こした「やらかし」が脳裏をよぎる。
しかし、ここをハッキリさせないと、今後魔法カードを使う際のリスクになりかねない。意を決して、詳細内容の報告をランディに指示する。
解析に至った背景、経緯、推定とその根拠――相変わらず理路整然とした報告が出力され、その最後に表示された簡単な要約に目をやった。
『第1小節は"基本関数"、第2小節は"マナを捧げる、炎よ起れ"、第3小節は"腹が減った、肉が食べたい"です』
数秒、俺の思考が完全に停止した。
(肉が喰いてぇ? はぁ?!……知らんがな!)
持っていたマウスを叩きつけそうになる。
だが、これはランディからの報告だ。十分な検証の上での結論だろう。それに、あの事故の時、最後の小節にマナを送れなかったのに、魔法が発動した事実も、これが本当なら筋が通る。
しかし、魔法とは神秘的で超常的な現象をこの世に具現化する、素晴らしくも恐ろしいもののはずだ。そんな魔法を発動させるプログラムである呪文。たった3小節でそれを実現させるなら、効率的かつ合理的で、極力無駄を省いたコード構成になっていると思うのが普通ではないか?
腹が減った、とか、肉が喰いたい、とか、魔法と何ら関係がない。
いや、無理やり関係付けようとすれば「肉を食べるため、火起こしに種火の魔法を使った」とこじ付けることは出来なくもないが……。
シシリィさん曰く、魔法とはこの世界が形作られた時、数多の神々が人々のために授けてくれた贈り物だそうだ。
となると、数百年、あるいは千年を超える歴史の中で、この世界の人々は「肉が喰いてぇ」と口にしながら種火を灯していたのか?
(シュールだけど、笑えんぞ……)
なぜ、そんな事態になった?
現世と比べ、こちらの世界は中世ヨーロッパくらいの文化や技術レベルがあると感じている。ならば、過去に魔法を解明しようとした研究者や学者がいたはずだ。
……いや、魔法の呪文が神々からの贈り物である以上、その呪文に疑問を持ち、研究すること自体が「禁忌」とされていたのかもしれない。
それに、俺がこの事実に気付けたのは、俺が呪文を発声できない転生者であり、現世に相棒のランディがいて、さらには「魔法カード」という新しい発動手法を見出したからだ。
ずっと呪文の詠唱で魔法を使ってきたこの世界の人間が、俺と同じ"気付き"にたどり着くのは、極めて困難だろう。だから誰も疑問を持たず、今も変わらず同じ呪文を唱え続けているのだ。
となると、爆発の魔法と同じく、種火や爆音の最終小節も「無駄なバグコード」ということになる。では、光の魔法はどうなのか?
俺はランディに、光の魔法にも同じような無駄なコードが含まれているのか、追加の解析を依頼した。
結果として、種火と全く同じ古代文字での記述は無かった。また、解析も完全には完了しておらず、現時点での状況は以下の通りだった。
『第1小節:"〇〇(おそらく神の名前)よ、私は貴方の敬虔なる信者"』
『第2小節:基本関数』
『第3小節:"マナを捧げる、光よあれ"』
『第4小節:種火の魔法とは異なる文章であり、解析未了』
ランディからの報告を見ながら、俺はふと以前聞いた司教の言葉を思い出していた。
「種火の魔法」は下賤で野蛮な魔法であり、一方で「光の魔法」は別の神が授けた尊い魔法だ、と。
少し納得がいった。
「種火の魔法」には、第1小節にあるべき「神を讃える言葉」が存在しないのだ。だからこそ、神を讃え祈りを捧げる教会において、その呪文を口にすることが禁じられているのではないか?
しかし、その理由について司教は「古くからの仕きたりであり、神が定めた規律だ」としか教えてくれなかった。つまり、司教自身も本当の理由は知らないのだ。
少しずつ、この世界の魔法の成り立ちや歴史の背景が見えてくる。
しかし、以前のように「魔法カード」を作り上げていく時の純粋なワクワクやドキドキは無かった。
背筋を伝うゾワゾワとした感覚。長い歴史の裏に隠され、現地の人々すら知らずに秘匿されてきた事実が、うっすらと姿を現しつつある。
これ以上は聖域であり、禁忌の領域だ。知りたいような、知りたくないような、実に複雑な心境だった。
色々とありすぎた一日を締めくくるには、あまりに重すぎる報告だ。
疲れているのに脳が冴え渡ってしまっていたが、それ以上に心身の疲労が限界を超えていたのだろう。ベッドに横たわり、思考を巡らせているうちに、俺はあっという間に深い眠りへと落ちていった。
◇
――その後、俺が何に手をつけたか?
当然、種火の魔法と光の魔法を使った追加実験だ!(懲りない奴だと、俺自身も思う)
ただし、以前のような性急な実験ではなく、時間がある時にゆっくりと、段階的に検証を行うことにした。結果として、ある程度の成果が出るまで1年近くの歳月を要した。
まず、光の魔法の「第1小節」と「第4小節」を省いて発動するかを試した。
第1小節(神への讃辞)を省くと、そもそもカードの古代文字が灯らなくなった。プログラムにおける必須のヘッダー情報のようなものらしい。
次に第4小節を省いた実験を行った。
物凄い光を放つのではないかと身構えたが、正直何の変化も見出せなかった。強いて言えば、ほんの少しだけマナの消費量が少ない程度だ。
省エネはありがたいが、仕組みが分からないまま使い続けるのはリスクが高いため、光の魔法については第2小節(基本関数)のみを調整対象とすることにした。
さて、次は問題の「種火の魔法」だ。
サイズを変え、原単位も慎重に調整した爆発の魔法であの大爆発だ。第3小節(安全装置兼ノイズ)を省いた種火が、どれほどの威力を発揮するか想像もつかない。
そのため、原単位を小さくし、サイズと座標を大きめに設定した種火の魔法から、第3小節を省いて実験を行った。
そうして現れた「種火」は――見た目の大きさこそパラメータ通りだが、放たれる熱量は桁違いだった。
光の魔法の原単位と同じ程度に抑えているにもかかわらず、普段の種火の倍以上の熱を感じる。このままでも風呂くらいは温められるのではないか、と思えるほどの熱量だ。
そこから慎重にパラメータを調整していき――最終的に、俺の手の上1メートルの位置に、轟々と燃え盛る炎の球体が完成した。
これぞ、万人が思い描く「ファイヤーボール」そのものだった。
俺はそれを、「空」の前に出来た大きなクレーターの中心に向けて解き放った。
――ブンッ!
空気を切り裂く音を響かせ、クレーター中央に着弾した炎の球体。
着弾と同時、内部に溜め込んだ炎のエネルギーを撒き散らし、周囲2メートルほどを凄まじい熱量で炙り立て――やがて、ふっと何事もなかったかのように消え去った。
思い描いた通りの魔法を完成させた俺。
しかし、以前のように浮き足立つことも、心が躍ることもなかった。
間違いなく人を死に至らしめる威力を持った魔法の完成。
さらには、爆発や爆音なども調整し直せば、いくらでも恐ろしい威力を発揮できてしまうという事実。
底知れない恐怖を感じ、俺はただ一人、その場で立ちすくんでいた。
なお、この魔法の名前は「炎球」とした。
カタカナで「ファイヤーボール」としたかったが、これまで漢字で名付けてきた手前、これだけカタカナにするのがどうにも落ち着かなかった。ただそれだけの理由だ。
炎球が消え去り、黒く焦げたクレーターをぼんやりと眺める。
異世界に来て、もうそろそろ5年が経とうとしていた。
大澤拓郎、40歳、独身。
思いもかけずやってきた異世界で「快適スローライフ」を送ることを目標にしてきたが、なんだか色々とえらいことになってきた。
ふぅ、と長く息を吐き出し、爆発の余波で樹木が吹き飛び、一部分だけ妙に眺めが良くなった空を見上げる。
(はぁ……お腹減ったな。今日のご飯に、肉はあるかな?……)
(第1章 完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
本作が初めての投稿となりますので、至らない点や読みづらい部分もあったかと思いますが、お付き合いいただき感謝いたします。
これにて「第一章」は完結となります。
少し準備期間(お時間)をいただいた後、第二章の執筆・投稿をスタートする予定です。
続きも楽しんでいただけるよう頑張りますので、ぜひブックマークや評価、感想などをいただけると大変励みになります!
それでは、第二章でお会いできるのを楽しみにしています。




