第十一話:新しい魔法
11話、二章の開始です。
二章からは、少し更新頻度を抑えますが、引き続きよろしくお願いします
「タクロー!行くよぉ」
シシリィさんの声に「はぁ~いっ!」と答え、急いで手荷物を整えて玄関に向かう。
今日は午前中から教会での5S活動があり、折角だからと朝食を食堂で頂き、お祈りに行くシシリィさんと一緒に教会に行く事になった。
今日の朝食は、パンと野菜がたっぷり入ったスープだった。
「タクロー、スープの野菜残しちゃダメよ? 」
「残すはずないよ!シシリィさんの料理は最高だからね」
「ふふ、ならよろしい!」
世のアラフォー独身男性の例にもれず、現世での俺の朝食はコンビニのおにぎりかサンドイッチにブラックコーヒーが定番。多少懐に余裕があれば立ち食い蕎麦屋で鳥天をつけるのが至高、という生活だった。
つまり、圧倒的に野菜が足りていない!
一方、平日の偏食生活に比べ、こちらでの食事は塩分が少なく、食材の味を大事にしたオーガニック料理。異世界に来て6年目に入ったが、ぶっちゃけシシリィさんの手料理のおかげで、不摂生がカイゼンされて健康状態はすこぶる良い。(シシリィさんマジ神)
「暑くなってきたわねぇ」
そう言って雲一つない空を見上げるシシリィさん。こちらは現世に比べ、一年を通して気候が安定している。とは言え四季はあり、夏に向けて徐々に暑くなる日々。(平和だなぁ)
そんなことを考えながら、隣のシシリィさんを横目で見る。
こちらに来たときは肩に届かなかった背丈も、今では殆ど変わらない。現世と変わらず、リアルに成長していく自分の体。「どちらが現実?」とか哲学的な悩みを持ったこともあるが、結局はどちらも現実、と納得した。
「ほら、何ぼやぼやしてるの?!行くわよぉ!」
「あっ、ちょっと待って!」
教会までの道のりは、他愛のない話をしているとあっという間だった。
いつも見慣れた教会。その前には、こちらも見慣れた老司祭がニコニコと立っていた。
この教会には、街の親切なおじいちゃん神父である「司祭」と、たまにやってくる偉い「司教」がいる。今日出迎えてくれたのは、いつもの優しい老司祭だ。
「おはよう、シシリィ。おはよう、タクロー」
「おはようございます、司祭様。本日もよろしくお願いします」
「おはようございます司祭様! 今日は清掃に来ました!」
「いつもありがとう。今日は中庭をお願いできるかね? 何か分からなければ、近くにいる教会の者に聞いておくれ」
老司祭様の言葉にうなずいて中庭の方に走り出そうとするが、シシリィさんに腕を掴まれた。
「ちょっと、教会に入るのに祝福をまだ受けてないでしょ」
「あっ……ごめんなさい」
俺をたしなめたシシリィさんは、老司祭に「お願いします」と首をたれ、祈りの姿勢を取る。老司祭が祝福の魔法を唱えると、シシリィさんの体全体がほのかな光に包まれ、数秒で光は消えた。
(あれっ?)
シシリィさんの後ろに立っていた俺は、光が無くなると同時に、石畳の上に黒い何かがパラッと落ちるのを目にした。シシリィさんが老司祭へお礼している間に、こそっとその黒い何かを拾い上げ、拳の中に隠した。
シシリィさんに続いて俺も首をたれ、祈りを捧げると、老司祭が祝福の魔法を唱えてくれた。「祝福ってどういう効果?」と司祭様やシシリィさんに聞くと、「心身を清めてくれる奇跡」とのことだ。
実際に魔法を受けると、確かに身綺麗になる気がしてスッキリする。ただ……心を清める? アラフォー独身男性の心を、たった数秒の光で清められるとでも!? などと言うつもりはないが、魔法を受けた後も、充分に物欲や魔法探求の欲求など、欲にまみれている。
(今日も魔法に勝ってしまったか……)
良く分からない事を考えながら、シシリィさんと別れて中庭に向かった。
なお、こっそり拾ったモノは、細い木炭の燃えカスだった。
◇
中庭に生えた草抜き、ベンチの清掃など、目につく場所の清掃に始まり、壊れかけた柵の補修などを効率的に進めていく。
最近では教会も5Sが行き届きつつあり、過去のように散らかる事は無くなった。このため、確認する範囲を5つのエリアに分け、毎回一つのエリアを確認していく、いわゆる『5Sの維持・管理フェーズ』に移行したのだ。
(次はマイエリアの設定だな……)
と、俺は次なる段階に向けた作戦を練りながら、ふと中庭の中央に立つ神様「シン」の像を見上げる。
この教会はかなり古くからこの町にあるようで、建物だけではなく設備も控え目に言ってボロボロだ。しかし、この「シン」の像だけは、まるで今日納品されたかのように埃一つなく、ひび割れなどもなかった。
また、教会の人たちからは「像の清掃はやらなくて良い」と言われてきた。俺が信徒ではないから神聖な像に触ってはいけない的な話かと思っていたが、どうも違うようだ。
むしろ「やる意味が無い」というニュアンスだった。
その時ちょうど、視察で滞在している「司教様」が立派な法衣を翻して中庭を通り過ぎていたので、これまでの疑問を投げかけてみた。
「司教様、お忙しいところすみません。神様の像は掃除しなくて良いと言われているのですが、なぜなのか教えてもらってもいいですか?」
「ふふっ、この神像は神代の時代に我らが神、シン様が我々に与えたもうた神秘なる像。なので、汚れる事も壊れる事もありません」
優しく微笑む司教様は「こちらに来なさい」と、像の裏側を指さした。台座のあたりに二箇所、古代文字が刻まれている場所がある。
「見ていなさい」
『刻印バトン』と同じく、司教様は古代文字で刻まれた一つ目の魔法を起動した。像全体がほのかな光に包まれ、うっすらと被っていた埃が一瞬で取り除かれる。(あれっ?)
続いて二つ目の魔法を起動する司教様。今度はもう少し明るい光が像を包み込み、表面の微細な擦り傷や僅かなひびが、すべて綺麗に消え去っていた。
「これは、神シン様が我々に残して下さった奇跡、『清掃』と『修繕』の魔法です。定期的にこの魔法を使用する事で、神像は永遠に美しく保たれるのです。ですので、タクローの5Sも神像には不要なのですよ」
恭しく神像に頭を下げた後、優しく丁寧に説明してくれた。(ヤバいっ……!)
折角清められたはずが、暴れまわる探求の欲求を無理やり押さえつけ、無垢で無欲な子供を必死に演じる。
「近くで、その文字を見てみてもいいですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ」
司教様がそう言って礼拝堂の方に戻ったすきを見て、いつも隠し持っている小型カメラで「清掃」と「修繕」の古代文字を素早く撮影する。
(よっしゃぁ~~!!)
声に出せない歓喜。新しい古代文字の入手に興奮が冷めやらない。(がっ、しかし!)
趣味は趣味、仕事は仕事。大澤拓郎40歳、公私を弁えるのは社会人の鉄則だ。先ほどまで浮かれていたとは思えないほどの切り替えで、淡々と今日の5S業務をこなしていく。
ただ、体を動かしながらも頭の中は新しい魔法でいっぱいだった、不謹慎?ふんっ!仕事は成果さえ出れば良いのだよ。
◇
一日の業務を終え、食堂で待望の夕飯を貰った後、少し早めに自室に戻り、入手した画像データをランディに読み込ませる。
「ランディ、新しい魔法の古代文字だ。一つ目が『清掃』で、二つ目が『修繕』の魔法。解析できるか?」
『(解析中)……未知の古代文字が多く、音声データが無いと詳細な解析が出来ません』
画面に表示される冷静なランディからの回答。しかし俺には一つの予想があった。今朝、シシリィさんから落ちた細い木炭の燃えカス。あれは朝食の準備で竈の火付けをしていたシシリィさんの服についていたものではないか? であれば……
「ランディ、一つ提案だ。『清掃』の古代文字と、昔手に入れた『祝福』の音声データを比較・照合してみてくれ」
『承知しました。照合を開始します』
ディスプレイではデータの照合が進む。ジ、ジジ、っと俺のPCが急に増加した負荷に不平を漏らす。数分待つと――
『照合が完了しました。適合率88.2%、極めて高い一致が確認されました』
(やっぱり!!)
「じゃぁ、『修繕』の古代文字と、『回復』の音声データを照合してみてくれ!」
未知が既知になる……抑えきれない興奮とドキドキ。これに飲まれてはダメだ、同じ轍を踏むまいと目を閉じて逸る心を落ち着かせるが……頭の中はお祭り騒ぎだ。
俺の苦労をよそに、ランディからの回答がディスプレイに表示された。
『照合が完了。適合率90%――『修繕』の古代文字と『回復』の呪文は、同一の構造と判断します』
第11話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回より、いよいよ【第2章】がスタートいたしました!
シシリィさんの服から落ちた炭くずから「祝福=清掃」「回復=修繕」という魔法の正体にたどり着いた拓郎。
次回第12話は、拓郎が大好きな、魔法コードの解析回をお届けします。
第2章も拓郎の異世界快適ライフをお楽しみいただければ幸いです。
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