深泥池②及び黒幕の登場
「青色がいずみのことで、紫色が僕ってことですよね?深泥池の太公望さんってお呼びしたらいいですか?」
少し遅れてその場に到達した俺がその人物に言った。
「おお、これは察しがいいな。そのとおりじゃよ。お兄ちゃんが紫王院柊太君、お嬢ちゃんが蒼ノ京いずみちゃんじゃな。君たちが来るのを待っておったのじゃよ。」
その人物、その老人は俺たちを見上げて言った。
「そしたら柊太が会おうとしていた人はあなたなのですか?あなたは何者なのですか?」
いずみが立て続けにまくし立てた。
「まあ、そう急くな。今日は陽気もいいし、ここで少し座って話をしようではないか。」
そう言って老人は大き目のショルダーバックから、小さめの折り畳み椅子を二つ取り出した。
「さあ、座りたまえ。」
「ありがとうございます。」
俺といずみは椅子を開いて腰掛けた。
「椅子をご用意していただいていたということは、今日、僕たちが来ることを知っていたのですか?」
俺は不思議に思いながら尋ねた。
「いやいや、寂明のやつから連絡があってな。それで用意してきたのじゃよ。いつも一つは持ってきているんじゃがな。」
「それはどうしてですか?」
今度はいずみが聞いた。
「それが『釣り』じゃよ。」
老人は笑いながら言った。
「?」
俺といずみは訳が分からず顔を見合わせた。
「『釣り』といってもな、魚を釣るわけではないんじゃよ。なんというか、わしは『人を釣る』といった表現をしておる。これは、わしに興味を持った人間とコミュニケーションをとるといった意味じゃよ。こうしておると、さっきのお嬢ちゃんのようにわしに話しかけてくる人間が結構おるでな。その人間といろいろな話をするのが楽しみなんじゃよ。ほら、よく見てみろ、この画板は真っ白じゃ。」
そういって老人は痛快そうに笑った。
「ホントだ。気づかなかった。いつも何も描かずにおられるのですか?」
いずみがびっくりしたように聞いた。
「全く何も描かないという訳ではないんじゃがな。気が向いたら風景画なんかも描くが、ぼーっと座っていることの方が多いかもな。だから人呼んで『深泥池の太公望』と呼ばれているんじゃよ。」
老人は快活に笑った。
「寂明さんからあなたにお会いするように言われて来たのですが、あなたも祈仙術の関係の方ですか?」
少し話が逸れていきそうな気がして、俺は口を挟んだ。
「その通りじゃ。紹介が遅れたが、わしの名前は蘇芳高徳というんじゃ。こう見えても紫祈仙術系蘇芳流の流れを汲む者じゃよ。わしのことは「太公望」と呼んでくれればええ。それで、寂明のやつからなんて言われてここにきたんじゃ?」
太公望さんは俺の方を向いて言った。
「寂明さんからは、太公望さんが「術」について精通しておられるので、「術」についてのお話をお伺いするのと、「術」の伝授を受けるように言われてきました。」
「おお、そうか。少し長くなるが時間は大丈夫じゃな?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」
さて、ここは株式会社金洛堂の営業部のフロアの打ち合わせスペースである。株式会社金洛堂とは京都では名の知れた老舗の健康食品などを扱う会社である。健康食品の製造や卸を主として、最近は海外にも多数拠点を置いている有数の大企業である。
「これで、打ち合わせを終わります。お疲れさまでした。」
少し疲れた感じで40代前半ぐらいの細身の女性が言った。
「補佐、何かお疲れのようですね。」
こちらは30歳ぐらいのがっちりした体型の男性が言った。髪は短く切りそろえて、油断ならない目つきをした男だ。ピッタリとしたスーツを着用している。
「そうなのよ。最近、疲れが取れなくて困っているのよ。仕事もミスが多くて困っているのよ。豊原君、何かいいお医者さんとかはいないかしら?」
「そうですね。吉山補佐は今までのお疲れが溜まっているのではないでしょうか?ここは思い切って一旦長期でお休みされてはいかがでしょうか?」
「そうよね。一度、病院で検査してみるわ。原因が分かれば対策の立てようもあるものね。それにしても、豊原君の最近の営業成績や社内での仕事ぶりには目を見張るものがあるわ。係長になってまだ半年かそこらなのに大したものだわ。31歳で係長っていうのは異例なんだけど、実力で示しているわね。これからも頑張ってね。応援してるわよ。」
そう言って吉山は自席に戻って行った。
「ありがとうございます。僕はまだまだ上を目指して頑張りたいと思います。」
豊原はギラギラした視線を隠そうともせずに言った。
(あんたには恨みはないが呪いをかけさせてもらっているよ。まあ、病院で検査をしても原因不明と出るだろうがね。そうして、吉山補佐を休職に追い込めば、俺が代理でその仕事をすることになるだろう。そうすれば、課長補佐の椅子も間近になってくるぞ。フッフッ。ああそうだ。軍資金が心許なくなってきたな。財務部に行って金の融通をしてこよう。)
豊原が動き出そうとしたときに、彼のスマホが光った。某SNSアプリからのメッセージだった。
「首尾はどうかな?」
差出人は「ハヤブサ」とあった。
「おかげさまで順調だよ。また、近々いろいろとお願いすることになると思うよ。今、金の段取りを今しているところだ。」
豊原は人目を気にしながら素早くメッセージを打った。
「そうか。分かった。連絡を待っている。」
メッセージを確認した豊原はスマホをポケットにしまい込み、大股に歩きだした。




