深泥池③ 「術」の伝授
場面は戻って、ここは深泥池のほとりである。
「さて、「術」について話をしていくこととしようか。現在使われている「術」はだいた20種類ぐらいじゃ。」
老人こと太公望さんが言った。
「現在使われているって、では今は存在しない「術」もあるのですか?」
こちらは「俺」こと、紫王院柊太である。
「そうじゃ、なんせ千年以上にわたる歴史を持っている祈仙術じゃ。時代とともに淘汰された術もあれば、新たに誕生した「術」もある。昔は100以上の術が使われていたこともあったようじゃが、管理も伝授も大変だから整理統合されていったのかも知れんな。」
「そうなんですか。具体的にはどんな「術」があるのですか?」
「基本的にはそんなに大掛かりな術はないんじゃよ。基本的には目立たない地味な「術」が多いんじゃよ。寂明のやつから何か伝授されたらしいが、何の「術」じゃ?」
「はい、結界の『銀紐の術』と『破斬の術』です。」
「ああ、基本の「術」じゃな。今日はここで、いくつかの「術」の伝授をしておこう。そちらのお嬢ちゃんは今「術」が使えない状態じゃな。」
「分かるのですか?」
こちらは蒼ノ京いずみである。いずみは驚いた表情で言った。
「分かるとも。わしとて、もう何十年もこの「術」に関わってきているでな。」
太公望さんが穏やかに笑いながら言った。
「では、そちらのお兄ちゃんにいくつか「術」を伝授するとしよう。お嬢ちゃんは、封印を解いてもらうか、「術具」を使用するかじゃな。あとで、「術具」の話も少ししておこうかの。それではまず「術」じゃな。今日は、『守盾の術』、『白夢の術』、『考破の術』、『皆話の術』の4つの「術」を授けることとしよう。一気に詰め込むから心して聞くようにするんじゃよ。」
太公望さんが表情を引き締めて言った。
「はい、分かりました。」
今朝の伝授を思い出し、簡単にはいかないなと思って俺は緊張した。
「まず、『守盾の術』についてじゃ。これは、相手の使ってくる「術」に対してバリアを張る「術」じゃよ。いわば守りの「術」じゃな。外目にみると何の変化もない地味な「術」じゃよ。」
「ああ、この「術」はヒロさんから聞きました。」
いずみが横合いから言った。
「そうじゃろ。緋里のやつからも連絡があってな。『守盾の術』と『白夢の術』については蒼ノ京のお嬢ちゃんに話をしたよということだったでな。とっかかりもあることじゃし、今回の伝授に使おうと思ったんじゃよ。」
太公望さんは笑いながら言った。俺はこれが、いずみが言ってた「眠らされた」とか「バリアを張った」ということなんだなと思った。
「『守盾の術』は日常的には使わないが、相手が敵対関係にある祈仙術の使い手の場合には有効じゃよ。なんせ、相手の「術」を効かなくしてくれるわけじゃからな。ただし、一つだけ注意が必要じゃ。この「術」は相手の力の方が上回っている場合に効果がないときがあるんじゃよ。力が拮抗している場合には大丈夫じゃが、力の差が激しいときには効果が発現されないんじゃよ。使い方はこうじゃ。」
そう言って太公望さんは『守盾の術』のお呪いを唱え始めた。俺は必死で覚えようとした。今朝、伝授してもらった「術」とお呪いの唱え方が何となく似ていたので、今回はそんなに苦労することなく覚えることができた。
「さすがに覚えるのが早いな。若いだけあるわな。」
太公望さんが笑顔で言った。
「そんなことないですよ。今朝、伝授していただいた「術」と似ていると思ったのでね。」
俺はそう答えた。
「そうじゃな。だいたいの雰囲気はどの「術」も似ておるよ。ほら、お兄ちゃん、寂明のやつからもらった羊皮紙を出してみるんじゃ。」
「はい、分かりました。」
俺はリュックから、寂明さんから貰った羊皮紙を取り出した。
「中を見てみるんじゃ。」
太公望さんが羊皮紙を開くように言った。俺は、羊皮紙を開いてみた。そしたら、驚いたことに、今朝の段階では書かれていなかった『守盾の術』についての記述があるではないか!
「これはどういうことですか?」
さすがに薄気味悪くなって俺は太公望さんに聞いた。
「これこそ超自然的な力の一つじゃよ。その羊皮紙は修得した「術」のみ記述が現れるようになっておるのじゃよ。ちなみに、お兄ちゃんにはその文字が読めると思うが、お嬢ちゃんからみたら読めないはずじゃ。ほら、お嬢ちゃん見てみなさい。」
太公望さんが、いずみに羊皮紙を見るように勧めた。
「はい。あら、ほんとだ。全く読めないし、見たこともない文字だわ。」
いずみが驚いたように言った。
「では次じゃ。次は『白夢の術』といってな、相手を眠らせる「術」じゃよ。この「術」は相手に効果が発現される面では比較的動きのある「術」じゃよ。」
「これが、ヒロさんが眠らされそうになった「術」ね。」
いずみが納得したように言った。
「お呪いはこうじゃ。」
太公望さんがお呪いを唱え始めたので、俺は懸命に覚えようとした。少しずつ緊張もほぐれて慣れてきたのか比較的はやく覚えることができた。
「優秀じゃな。羊皮紙も確認してみい。」
俺は言われたとおりに羊皮紙を確認してみた。なるほど、そこにはこの術の記述が増えていた。
「では、どんどん進めていくぞ。次は『考破の術』じゃ。この「術」は相手の考えていることが読み取れる「術」じゃよ。これは傍から見れば何の動きも見られない地味な「術」じゃな。でも、ものすごく便利じゃよ。くれぐれも悪用せんようにな。お呪いはこうじゃ。」
太公望さんがお呪いを唱え始めた。俺は慌てることなくゆったりと所作やお呪いを覚えていった。この「術」もスムーズに修得できた。羊皮紙の方も確認してみたが、しっかりと記述されていた。
「では、本日最後の「術」じゃ。『皆話の術』といってな、動植物と話ができる「術」じゃ。話をするといっても、声に出して話をするわけではなく、頭の中でのやりとりになるんじゃ。言ってみればテレパシーみたいなもんじゃな。傍から見ると、対象の動植物をじっと見つめているように見えるから、くれぐれも怪しまれんようにするんじゃよ。お呪いはこうじゃ。」
先程と同じような感じで俺はすんなりと修得できた。こちらも、しっかりと羊皮紙に記述されていた。
「どうじゃ?駆け足で伝授したが、修得できたかな?」
「はい。ありがとうございます。4つとも修得できました。」
「それは良かった。」
太公望さんはニッコリと笑った。
「お嬢ちゃんは封印が解けたら、そっちのお兄ちゃんから伝授してもらえばええ。でも、宗家がお嬢ちゃんの封印を解くかどうかは分からんがな。あとは、「術具」を使った「術」の使用ができるんじゃ。」
そういって太公望さんはカバンの中から紫色の巾着袋を取り出した。
「これは便利な巾着袋でな。術具がコンパクトに収納できる代物なんじゃよ。術の巻物と同じで超自然的な力が宿っておる。しまい込むときには小さくなり、取り出すときには元の大きさに戻るんじゃよ。」
「これはすごいですね。そしたら、ノートパソコンなんかも持ち運びがしやすいですね。」
俺は素直に感動して言った。
「それは無理なんじゃよ。収納できるのは「術具」だけじゃ。」
太公望さんがケラケラ笑いながら言った。
「そうなんですね。今は何か入っているのですか?」
「今は何も入っていないよ。今から君たちには東王路大学に行ってほしい。そこには「術具」に詳しい人物がいるでな。その人物に会ってほしいんじゃ。」
「今度はどんな方ですか?」
俺はなんだか終わりのない迷路に入ってきたような感じがして聞いた。
「東王路大学の歴史学部の教授じゃよ。名前は、常磐教授という。普段は祭祀の研究などをしている傍らで祈仙術の研究もしておるんじゃよ。話せば長くなるから詳しくはこの人物に聞いておくれ。君たちが行くことはわしから伝えておくから直接行ってくれたらええ。」
「はい。分かりました。本日はありがとうございました。」
俺といずみは太公望さんに礼を言った。
「気を付けて行くんじゃぞ。これだけ動いていれば相手方にも動きが察知されて、何らかの接触や妨害があるかもしれんからな。」
太公望さんが真顔で言った。
「はい。気を付けて行ってきます。」
俺たちはもう一度太公望さんに礼をしてその場を後にした。




