瑞翁院④ 次への道しるべ
さて、舞台は少し戻り、ここは瑞翁院の本堂の中。
「蒼ノ京いずみって、僕の彼女じゃないですか!彼女の身が危ないのですか?」
「実は、彼女も祈仙術の家系を継ぐ者だんだよ。紫祈仙術系蒼ノ京流の血筋なんだよ。家督は彼女の父親が継承しているが、まだ彼女には「術」のことは何も言っていないみたいだね。彼女には兄がいるから、そちらの方にだけ伝えようと考えているのかもしれない。」
寂明さんは少し考えこみながら言った。
「随分と曖昧な感じですね。同じ紫祈仙術系なのにつながりはないのですか?」
「そこなんだよ。蒼ノ京家はこの争いには巻き込まれたくないという姿勢なんだよ。さらにいうと、いずみちゃんの父親は自分の代で祈仙術を断絶させようと考えている節があるようなんだ。」
俺は、いずみの父親の想いが分かるような気がした。今の時代に、そんなものは必要ないと思うし、受け継がずにみんなが自分の代で断絶させていけば祈仙術自体が自然消滅できるのではないかと思った。
「今、柊太君の考えていることも分かる。祈仙術自体がなくなればいいと思っているんだろう。でも、問題はそう簡単にはいかないんだよ。」
「どうしてですか?」
「そうだな。どう言えば上手く伝わるかは分からないが、祈仙術自体が千年以上の歴史を持つものであり、一部のコミュニティ内では深く根付いてしまっているわけだよ。各流派の中には祈仙術を廃止していくことに反対する者もいるだろうし、そうすれば残った流派が絶大な力を持つことになり、抑止力が効かなくなる。これは国際社会の軍事力とよく似た構図だと思うんだよ。」
寂明さんは真剣な表情で丁寧に話してくれた。
「そうですね。分かります。」
「あと、もう一つ問題がある。それは、黒祈仙術系の一派が祈仙術を悪い用途で使おうとしている節があるんだ。」
「何か具体的な動きがあるんですか?」
「まだ、確たる証拠はないのだが、ある大会社の社員が祈仙術を己の私利私欲のために利用としている。この社員と、黒祈仙術系の一派が接触しているらしいし、あの若駒由美の動きも気になる。だから、この問題が片付くまでは、祈仙術をどうするかといった議論は一旦棚上げにしなければ仕方がないんだよ。」
「それは、そうですね。それで、僕はどうしたらいいのですか?その黒祈仙術一派とやらと対峙しなければならないのですか?」
俺はあまり気が進まないなと思いながら聞いた。
「無理にとは言わないよ。もし、柊太君が無理なら我々だけで対抗しようとは思っている。勝てるかどうかは分からんがな。この話をしたのは二つの意味がる。一つは柊太君が祈仙術のことを何も知らないままにこの争いに巻き込まれることを防ぐこと。もう一つは、あわやくば柊太君が我々の同志となって共に戦ってくれることを期待したからだよ。」
寂明さんが悪戯っぽく笑いながら言った。
「そんなこと急に言われましても、すぐにはお返事できませんよ。それに、僕自身にそんな力があるとも思えませんしね。」
「そんなことはないんだよ。柊太君は祈仙術系の中でも有数の血筋であり、術を受け継げば間違いなく一番の使い手になるよ。」
「そうなんですね。全く実感が沸かないです。少し頭を整理したいので時間をいただけますか?」
「ああ、構わないよ。もう時間もだいぶん遅いから今夜はこの寺で泊まっていきなさい。明日の朝に、次の道しるべを案内するから今夜はゆっくりと休みなさい。」
「ありがとうございます。」
翌朝、ここは瑞翁院の居住スペースの一角である。言ってみれば、家の中である。柊太はダイニングキッチンで寂明さんと向かい合うように椅子に腰かけていた。
「なんかすみません。朝食までご馳走になりまして。」
「いいんだよ。こんなものしか用意できなくてごめんな。」
寂明さんが目玉焼きトーストを口に運びながら言った。こんなものといっても結構贅沢なメニューだと思った。目玉焼きトーストに、野菜のたっぷり入ったミネストローネ、大根サラダにヨーグルトまでついていた。
「お寺さんなのに、随分と洋風なメニューを食べられるのですね。」
俺はスープを口に運びながら言った。
「あんまりこだわりはないよ。私は好きなものを食べるようにしているだけだよ。柊太君の口に合うかは分からないけどね。」
「すごく、美味しいですよ。このミネストローネは野菜の甘さがしっかりと出ていてとても美味しいです。」
「ありがとう。食べ終わったらコーヒーを飲みながら昨日の話の続きをしよう。」
そこからは何となく二人とも無言で食べ続け、食器を片付けた。そのあと、寂明さんが二人分のコーヒーを用意してくれた。
「さて、この後の柊太君の道しるべだったな。」
寂明さんがブラックコーヒーを飲みながら言った。
「柊太君が良かったらの話だが、この後は深泥池に行ってほしいんだよ。」
「深泥池ですか?あの心霊スポットで有名なところですね。」
なんだか、「術」といい「深泥池」といい少し超常現象の度が過ぎるなと思いながら言った。
「本当に心霊現象があるかどうかは分からないが、その池のほとりに散歩がてらでやってきて椅子に座ってスケッチをしている老人がいるんだよ。その人物に会って話をしてほしいんだよ。」
「その人物も、祈仙術の関係の方ですか?」
なんとなく流れが分かってきた俺はそう聞いてみた。
「その通りだよ。詳しくは会ってからその老人に聞いてくれればいいが、この老人は「術」について精通している老人なんだよ。だから、「術」についての詳しい話と、「術」の伝授を受けてほしいと思う。」
「分かりました。行ってみます。」
なんとなく俺は「術」とやらと、この後の流れに興味を持ったので行くことにした。
「ありがとう。私からも少しばかり「術」の伝授をしてあげよう。私は基本的な「術」の伝授しかできないがな。」
そう言って、寂明さんは何やら古めかしい羊皮紙を持ってきた。
「私がこれから柊太君に伝授するのは『銀紐の術』、『破斬の術』の二つだ。今から「術」の概要と、「術」をかける方法を教えるからしっかりと聞いてほしい。まず、『銀紐の術』についてだが、これは、いわゆる「結界を張る術」のことだよ。敵対する誰かに話を聞かれたくないときや、様子を探られたくないときに用いるんだ。もう一つの『破斬の術』は、この反対の効果がある術だよ。敵対する誰かが結界を張っているのが分かった時に、これを破る術だよ。」
寂明さんが羊皮紙を読みながら言った。
「今から、「術」を発効させるお呪いと作法を教えるからしっかり覚えてほしい。」
「そんなにすぐに出来るものなんですか?」
なにか胡散臭さを感じて俺は聞いてみた。
「柊太君は紫祈仙術の継承者だから、比較的すぐに身につくと思うよ。継承者でないものが「術」を使うとなると、「術具」が必要になってくるんだよ。」
「へえ、「術具」ってなんですか?」
「いわゆる、『念』や『祈り』などを込められた品物のことだよ。「蠟燭」とか「草鞋」とか「鏡」とかいろいろとあるが、詳しくは深泥池の老人に聞いてくれ。今は、「術」の修得に専念してくれ。」
そう言って寂明さんは、お呪いを唱え始めた。とてもじゃないけど一回見聞きしただけでは覚えられるものではなかった。覚えて唱えてみて、何となく効果が実感できるまで何回、いや何十回かかっただろうか?その間、寂明さんは嫌な顔ひとつせずに、何回でも教えてくれて、何回でもやり直しをしてくれた。
「どうやら、修得できたようだね。念のため、この羊皮紙は柊太君に渡しておこう。これは、『祈仙の羊皮紙』というんだよ。お呪いを忘れたときなどに、参考にしてほしい。いわゆるカンニングペーパーだよ。でも、くれぐれも、用心して保管してほしい。」
寂明さんが真剣な眼差しで言った。
「分かりました。ありがとうございます。」
「それでは、まだまだ話したいことはあるが、ひとまず深泥池に行ってくれないか?あの老人は少し気紛れでな。いない可能性もあるからな。」
「僕はその方のことを知りませんが、行ったらすぐに分かりますか?」
「ああ、大丈夫だよ。他にあんなに変わった人はいないから、すぐに分かるよ。人々はあの老人のことを『深泥池の太公望』と呼んでいるよ。」
寂明さんが笑いながら言った。




