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ショットバー「パープルナイト」③ ヒロさんといずみ

 場所は変わり、ここはバー「パープルナイト」の店内である。二人の男女がカウンターに並んで腰かけていた。テーブルには「マルガリータ」と「カシスオレンジ」が置かれていた。

「マルガリータ」は男性の主人公のもので、「カシスオレンジ」は女性の主人公のそれだった。

「さて、いずみちゃん。何から話をしようかな。」

男性の主人公、バーのマスターのヒロさんがマルガリータを口に運びながら言った。

「そうね。今日、柊太はここに来ていたの?ここでいったい何があったの?」

女性の主人公こと、蒼ノ京いずみはカシスオレンジを飲みながら一気にまくし立てた。

「柊太君ね。確かに来てたよ。でも、もう帰ったよ。というか、少し危険な予感がしたから私が逃がしたんだよ。今、彼は安全なところにいるから大丈夫だよ。今ここも、私が結界を張ったから安全だよ。」

ヒロさんが、もう何も隠さないとばかりに言った。

「逃がしたとか、結界とか、意味が分かんないんだけど。どういうことなの?」

蒼ノ京いずみが少し興奮気味に言った。

「まあまあ、順を追って説明していくね。柊太君は紫祈仙術系紫王院流の世継ぎなんだよ。」

ヒロさんが穏やかに言った。

「ますます分からなくなったんだけど、そのナントカ術っていったい何なの?」

「これはね。簡単に言うと、祈仙術とは奈良時代に端を発し、平安時代に発展していった呪術や仙術、天文学や暦学の要素が複合的に混ざり合い、民間信仰や自然信仰と融合して発展した学問・思想の体系のことなんだよ。」

ヒロさんが、寂明が柊太に説明した内容と同じことを言った。

「そんな術とかお呪いとか、今の時代にもあるの?」

いずみが訝しい顔をしながらヒロさんに聞いた。

「あるのだよ。ほぼ門外不出の一子相伝でしか伝わっていないから表には出ていないけれど、常識では説明のつかない超常現象なんかもあるんだよ。」

「そうなの。それで柊太にはどんな関りがあるの?」

いずみは、術そのものにはあまり興味を示さずに現実的なことを聞いた。

「柊太君は、さっきも言ったけど紫祈仙術系紫王院流の宗家であり、これは紫祈仙術系の頂点に立つ者という位置づけなんだよ。」

「そしたら、柊太は魔法使いみたいに火を出したり、瞬間移動したりできるわけなの?」

「そこまで派手な「術」は存在しないが、それに近いことは出来るよ。まだ、伝授されていないから使えないと思うけど、ここから少しずつ伝えていこうと思っているよ。」

「何のためにそんなことするの?別に「術」なんか使えなくても今のままの生活がしていけたらいいんじゃない?たまたまその家に生まれたからって絶対に受け継がなくてはならないものなの?」

いずみは少し抗議するような口調でヒロさんに言った。

「まあ、その通りなんだけどね。柊太君のお父様が亡くなった時に、このまま紫王院流は断絶させようかという話も出たんだよ。でも、そうはいかなくなったんだ。」

「それは何故なの?」

「それはね。祈仙術の内輪の話なんだけど、祈仙術の世界の中で内部対立というか内輪もめみたいなものがあるんだよ。柊太君は紫祈仙術系で、もうひとつの対立する一派があって、彼らは黒祈仙術系というんだよ。」

ヒロさんはここまで一気に話してマルガリータを一口飲んだ。

「以前までは水面下のごく小さい話であって表沙汰にはならないような問題だったのだが、ここ最近、黒祈仙術系の動きが怪しいんだよ。柊太君のお父様が亡くなったことも何か関係しているのかもしれないしね。」

「それって、犯罪なんじゃないの!警察に言うことはできないの?」

いずみが興奮しながら言った。

「うーん。難しいだろうね。明確な証拠はないし、社会そのものが「術」や「呪い」での現象を認めてはいないからね。」

「そうなのね。だいたい分かったわ。それで、柊太には何をさせようとしているの?その、黒祈仙術とやらと戦わせようとしているの?それなら私は反対よ。柊太には戦いは似合わない。術とやらを受け継ぐのは仕方ないけど、戦うならほかの人たちがやってほしいわ。」

いずみは、いつになく真剣な眼差しで言った。

「そうだね。我々も、無理矢理に柊太君をこの戦いに祭り上げようとは思っていないよ。ただ、柊太君が自分の身を守る意味でも、自分が何者か知っていてもらいたいし、そうでなくては弥が上にもこの戦いに巻き込まれてしまうからね。」

「良かった。少し安心したわ。ところで、マスターは一体何者なの?これで、何も知らない一般人ですっていったら怒るわよ。」

いずみが少し笑いながら聞いた。

「いずみちゃんには本当に参っちゃうね。何も隠せないね。私の本名は、緋里寛徳(ひざとひろのり)というんだ。これでも一応は紫祈仙術系緋里流の継承者なんだよ。」

ヒロさん自嘲気味に言った。

「へえ。すごいじゃない!何か術やってよ!火が出るとか、槍が降るとか!」

いずみが勢い込んで言った。

「いずみちゃん、さっきも言ったけどそんなに派手な術は存在しないんだよ。そんな術が横行していたら社会の秩序は保たれないよ。」

ヒロさんが笑いながら言った。

「ちぇ!つまんないの。で、柊太はこれからどうしていったらいいの?今、柊太はどこにいるの?」

「柊太君は今、私の知り合いの寺院にいるよ。多分、今ここで話をした内容とほぼ同じ内容の話を聞いているのではないかな。その寺院の住職は私の知人で、これまた紫祈仙術系の継承者だから信用しても大丈夫だよ。」

「分かったわ。もう一つ聞けていなかったけど、今日ここで何があったの?」

「ああ、それを言っていなかったね。実は以前からマークしていた要注意人物が来店したんだよ。」

「要注意人物って、さっき言ってた黒祈仙術系の人物なの?」

ちょっと不安そうな顔をしていずみがヒロさんに聞いた。

「いや、違うんだ。この人物は自称『祈仙術研究者』で名前は若駒由美というんだ。祈仙術の継承者というわけでもないのに、「術」を使いこなしたり、黒系や紫系のどちらにも顔を出している謎の人物なんだ。」

「ちょっと待ってよ。継承者じゃないのに「術」が使えるってどういうこと?」

いずみが慌てて言った。

「基本的には使えないんだけど「術具」を使用すれば使えるんだよ。「術具」と言っても簡単に手に入るものではないから、どこで手に入れたのか、誰かが手引きしているのかが分からないんだよ。そういう意味で要注意人物なんだよ。だから、今日、ここに若駒由美が来て柊太君の横に座った時に、『危ないな』と思ったから柊太君を逃がしたんだよ。」

「そうだったの。そんなことしてマスターは無事だったの?」

「私自身も危ないなと思ったし、この後の成り行きを把握したかったので、相手の術に対するバリアを張る術をこっそり先に使っておいたのだよ。」

ヒロさんが少し誇らしげに言った。

「それでどうなったの?」

「若駒由美がお手洗いで席を外している時に柊太君を逃がしたのだけど、席に戻ってきたときに『彼をどうしたの!』って怒りだしたんだよ。私が、『帰られましたよ』といったのだが、『嘘おっしゃい!あなたが逃がしたんでしょ!許さないわよ!』って言って私に眠らす術を使ってきたんだよ。」

「それでマスターは眠っていたのね。」

「違うんだよ。さっきも言った通り、私は相手の術に対するバリアを張っていたから、若駒由美が私に対して敵対して眠らす術を使ってきたのが分かったので、寝たふりをしていたんだよ。そしたら、若駒由美は少し慌てていたのか、私に術が確実にかかっているのかの確認もせず、店内の物色もせずに、店を出ていったよ。」

「良かった。マスターが無事でいてくれて。」

いずみがホッとした感じで言った。

「ありがとう。とりあえず、若駒由美の狙いが柊太君であることが分かったので良かったよ。そのことを、すぐに住職に連絡を入れていたら、油断したのか本当に眠たくなってきて、眠ってしまったんだよ。そのあとは、いずみちゃんに起こされるまでは分からないね。」

「そうなの!その間に、その若駒由美さんとやらが戻ってきて、店内を調べられていないかしら?」

いずみが心配そうに言った。

「そうだね。時間にしてそんなに経っていないと思うし、お店だからいつお客さんが来るかもしれないからそんなことはないと思うよ。また、調べておくね。」

「そうよ。油断は禁物よ。それで、これからはどうしていったらいいの?」

「今日はもう遅いから行動は明日からになるね。柊太君は今日のところは住職のところに泊まるみたいだから、明日の朝に『瑞翁院』に迎えに行ってあげてよ。」

「分かったわ。」

「いずみちゃん、気を付けるんだよ。敵の正体がまだはっきりしないからね。くれぐれも気を付けてね。何かあったらすぐに私に連絡してきておいで。」

「ありがとう。そういうマスターも気を付けてね。」


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