瑞翁院③ 「祈仙術」とは?
「まさか、僕の苗字の紫王院ってそこから来ているというわけではないですよね?」
何だか、言いようのない不安に駆られながら俺は尋ねた。
「さすがに察しがいいね。そのまさかだよ。柊太君の苗字の紫王院家は、紫祈仙術系の紫王院流の宗家となっているんだよ。」
寂明さんはとてつもなく重大なことをさらっと言ってのけた。
「そう言われましても、紫王院流とか宗家とか言われてもピンと来ないんですけど。」
俺は、自分のことを勝手に決められているような不満を抱きながら言った。
「そうだよな。柊太君からすれば青天の霹靂もいいところだよな。本来ならば、時期が来れば伝え残していくものなんだけれど、柊太君のお父様は伝え残す前に亡くなってしまったからな。」
またまた、疑問が閃いて俺は尋ねた。
「ひょっとして、僕の父の死にもその祈仙術が関わっているのですか?」
「うーん。そこのところは推測や想像の域を出ないので何とも言えないが、どちらともいえない。順を追って話をしていくから、そこのところはもう少し後で話をするとしよう。」
寂明さんはそう言ってお茶を一口飲んだ。
「さて、祈仙術という名前の通り、「術」というからには、常識では説明のつかない様々な超常現象を発現させることができるんだ。例えば、この本堂に入ってもらうときに私が言った『結界を張っている』ということも、その「術」の一つなんだ。これは、私たちが話していることを、外部から窺うことは勿論のこと、内部に仕掛けられた盗聴器や術なども無効化することができる術なんだ。これは『銀紐結界』という仰々しい名前が付いているれっきとした祈仙術のひとつなんだよ。」
寂明さんは一気にそこまで説明をした。
「そこまで、厳重にするということは、外に漏れたらまずい内容の話なんですね。」
「そうとも言うし、そうでもないと言える。普通、「術」だの何だの話をしたって、誰も信じないし、まあ酔っぱらいの戯言としか捉えられないからな。」
「では、何でわざわざ結界なんか張るんですか?普通に話をしても大丈夫じゃないんですか?」
ここまで来るのに、少し不思議な流れではあったが、話の内容的にはまだそんなに深刻なものと感じていなかった俺はそう尋ねた。
「柊太君は、そんなに深刻に捉えていないみたいだが、事は柊太君が思っている以上に深刻な状況なんだよ。さっき、祈仙術は6つの色に分かれて継承されているといったが、この6つの色が一枚岩というわけではないんだよ。こういえば、柊太君には分るよな?」
寂明さんは俺にこう問いかけてきた。
「はい。何となくですが、仲が悪いとか、内部抗争があるとか、そういったことですか?」
「そうなんだよ。内部抗争といっても、6つの色が2派に分かれて対立しているという構図になるかな。紫・青・赤の3色と黒・白・黄の3色の対立、ひいては『紫』対『黒』の対立ということになっている。もとは、6色が全て仲良く一律に活動していたらしいのだが、いつのころからか勢力争いが起きて、派閥争いが起きた。こういうことはいつの時代でも、どの世界でも起こるものなんだな。」
少し悲しそうに寂明さんが言った。
「ここに結界を張ったのも、ここのところ対立勢力の動きが活発だから念のために張ったんだよ。」
「それって、何か僕に危険が迫っているということですか?」
とてつもなく身に危険を感じて俺は尋ねた。
「今すぐにどうこうということはないとは思うが、何も知らないまま祈仙術の世界に巻き込まれて利用される危険性はあったと思うよ。」
「どうしてそう言えるのですか?何か事件があったのですか?」
「あったといえばあった。今日、若駒由美が柊太君の前に姿を現したことがまさにそうだよ。」
「さっきも聞きましたけど、あの若駒由美という女性は何者なんですか?」
「はっきりとした正体は我々にも分からない。」
寂明さんはうつむいて少し首を振りながら言った。
「分からないってどういうことですか?」
俺は、少しムッとして言った。さっきから掴みどころがなさすぎて少しイライラしていたのだ。
「まあまあ、落ち着いて。柊太君の気持ちも分からないでもない。この祈仙術の継承者や関係するものは『色』に関係した苗字を名乗っているので、なんとなくそれと分かるようになっている。柊太君の『紫王院』なんかは最たるものだし、申し遅れたが、私の苗字は『長春』という。これは赤色に属する意味を持つ苗字なんだよ。」
ここにきて、寂明さんの本名、苗字の部分だけを初めて知った。
「そこでだ。若駒という苗字についてだが、この苗字は色を表さないんだよ。それなのに何故かこの人物は祈仙術を使いこなせるのだよ。」
「いろいろと偶然が重なったんじゃないんですか?」
俺は努めて深刻にならない方に考えようと思って言った。
「そうであればいいのだが、いろいろと嫌な附合が多すぎるのだよ。柊太君のお父様が亡くなったこと、黒祈仙術一派が動き出したこと、若駒由美が祈仙術の世界に忽然と姿を現し始めたこと、この3つのことがほぼ同じ時期に起こっているんだよ。これは、偶然として等閑に付すには危険すぎるんだよ。」
「結局、若駒由美とは何者なんですか?敵なんですか?」
「そこが分からないんだよ。黒祈仙術一派との明らかな繋がりも見受けられないし、かといって、こちらとの明確な繋がりもない。そのくせ、「術」を使えるらしいんだよ。」
「「術」って、さっき言ってた祈仙術の継承者でないと使えないのではないのですか?」
そこらへんで、術やら超常現象やらが使われたらたまったものではないと思って俺は聞いた。
「基本的にはそうなんだが、条件を満たした「術具」を使えば、祈仙術の継承者ではなくとも「術」を使えるんだよ。申し訳ないが私は「術具」については詳しくないので、またその道に詳しいものを紹介するとしよう。」
分からないことの上に分からないことが重なったような感じがして、俺は少し一呼吸置くことにした。そこで、まだ聞けていない基本的なことを聞いてみることにした。
「ところで、寂明さんって何者なんですか?先程、苗字が『長春』さんってお聞きしましたけど。」
「そうだったな。私の自己紹介がまだだったな。私の名前は『長春梅夢』という。この、『長春』色というのは、灰色がかった鈍い紅色のことで、私は紫祈仙術系長春流の継承者だよ。普段は、ここの住職と胡弓の演奏家兼指導者をしているよ。「寂明」というのは、胡弓の活動をするときに使っている名前だよ。私のことは「寂明」と呼んでくれたらいいよ。これでいいかな。」
寂明さんはこのように自己紹介をしてくれた。
「ありがとうございます。そういえば僕の自己紹介がまだでしたで。僕は、」
俺が自己紹介をしようとしたら、寂明さんは笑って制止した。
「柊太君のことはよく知っているよ。柊太君には申し訳ないが、お父様が亡くなったときから、柊太君ともう一人の人物を、紫祈仙術一派の人間でマークしていたからね。」
「もう一人って誰なんですか?」
「君もよく知っている人物だよ。蒼ノ京いずみちゃんだよ。」




