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金洛堂の戦い④ 豊原の落日

「何がですか?」

俺がおそるおそる聞いた。

「あの『魔召の壺』はただの壺ではない。この世に作られた瞬間から意思を持っている。劣勢だと判断したら、自ら姿を消してしまうのだ。そうなると、災いをまき散らすようなものだから、逃げられる前に叩き壊したかったのだ。」

 なんと、壺が独りでに姿を消すとは!つくづく「祈仙術」とはトンデモナイ世界だなと思った。ふと、寂明さんの方を見ると、最後の一体を密陀僧が砕いたところだった。こちらも、10体全てが砕かれたときに、そのすべてが煙に覆われ、跡形もなく消え去って言った。

「よし!お前たち!ここは取引をしようじゃないか!」

豊原が負けを悟ったのか、急に猫撫で声で言ってきた。

「取引って何だ?」

黒焔院が意地悪そうに聞いた。

「そうだ。俺の手元にはまだまだ「術具」がたくさんある。これからは、もっと上納金を払う。それに、俺の立場が上がっていったら、お前らにいいポストも用意してやろう。どうだ?悪い話じゃないだろ?どうせお前ら碌な仕事をしていないだろうしな。」

「そうか。そしたらまず「術具」の確認をしてみることだな。」

「どういうことだ?」

すると扉から萌黄原さんが入ってきた。

「若、豊原の「術具」を根こそぎ持ってまいりました。」

わざとらしい大き目のゴミ袋に入れた「術具」をこれ見よがしに床にばらまいた。

「お前ら、いつの間に・・・。そうだ!俺の手元には、若駒由美がいる。あの女がどうなってもいいんだな?」

「この卑怯者!」

「外道じゃの。」

いずみと静音さんの声が重なった。

すると、扉からまた新たな人影が現れた。

「若、若駒由美を救出しました。」

山吹老人の声だった。横には、ヒロさんと由美さんもいた。

「ご苦労だったな。どこにいた?」

「中藤の実家の物置に眠らされて監禁されていました。中藤を脅し付けたら簡単に白状しました。」

「どいつもこいつも役立たずめ!こうなったら、「祈仙術」の存在を暴露してやる!そうされたくなかったら俺の言うことを聞け!」

豊原はこの期に及んで叫んだ。

「もういいだろ。お前の負けだ。覚悟しろ!」

黒焔院が冷たく言い放ち、豊原の元へと近づいて行った。

「お前!何をする気だ!俺に手をかけたら、警察沙汰になるぞ!それでもいいのか!」

「大丈夫だ」

 黒焔院が近づくにつれて、豊原は恐れをなして後ずさっていった。そして、豊原が壁にさしかかったとき、豊原はその場に崩れ落ちた。それを見た黒焔院は巾着袋から灰色の粉が入った小瓶を取り出した。そして小瓶の蓋を取って豊原に灰色の粉を振りかけた。

「貴様!一体なにをしたんだ!」

そう言って豊原は意識を失った。

「何をしたのですか?」

俺は黒焔院が豊原を殺してしまったのかと思って聞いた。

「これは「忘却の粉」と言われるものだ。便利なことに、「祈仙術」に関係する部分の記憶が失われたり、別の記憶に置き換わる作用がある。ヤツの言った通り、「祈仙術」を世に広められたら困る故にな。」

黒焔院は事もなしげに言った。

「ああ、良かったです。僕は、豊原が死んでしまったのかと思いました。」

俺は心底ほっとして言った。

「こんな奴、殺すにも値せん。あとは、あいつの悪事だけが表沙汰になるであろう。この後は、翠風院様が動いてくれる段取りになっている。」

 初めて聞いたぞ。こいつが「様」を付けて呼ぶ人物を。こいつも相当怖いが、翠風院様が途轍もなく大物であると改めて認識させられた。

「さて、早々に現状復帰をして撤退するぞ。豊原はマンションのベッドに放り込んでおけ。ここも、机と椅子を元通りにしておこう。あとは、電気を消して施錠をして撤退だ。」

 黒焔院が矢継ぎ早に指示を出した。俺たちは、「紫」、「黒」は関係なく協力し合って作業を進めた。そして、1階のロビーに集まった。

「ああ、そうだ。静音さん、いずみを助けていただいて本当にありがとうございました。」

 別れる前にこれだけは言っておきたかったので俺は静音を見て深々と頭を下げて礼を言った。

「何をこそばゆいことを言うんじゃえ。わらわは当然のことをしたまでじゃ。礼にはおよばぬえ。」

 静音が少し動揺気味に言った。まさか、礼を言われるとは思っていなかったのだろう。

「静音はな、車でこっちに戻る時から「早く行かぬか!わらわはあの小娘が心配じゃ!」と言っておったからな。」

黒焔院が可笑しそうに笑って言った。

「若!そんなこと言わないでください!ひどいではありませんか!」

静音が顔を赤らめながら抗議した。

「やっぱり私、静音さんのことだーい好き!今度お茶しましょうよ!」

いずみが静音に抱き着きながら言った。

「こら!抱き着くでない!いいかげんにせぬと怒るぞえ!」

静音がいずみを引きはがした。

「ごめんなさい。今度、お座敷に遊びに行ってもいいですか?」

「もはや、好きにするがよい。」

「よし、時が移る。今回は流れで共闘したが、次は敵同士かもしれん。それまで、壮健でな。静音、密陀僧、行くぞ!豊原も連れてこい!」

「はい、分かりました。」

「では、我々はいく。」

黒焔院と静音、密陀僧の三人が豊原を連れて去っていった。

「では、我々も動くとしようか。」

 残った俺たちも金洛堂ビルの外に出た。俺が『授封(じゅふう)の術』を使ってビルの出入り口に鍵をかけた。これは、大事なものに封印を施したり、施錠をしたりする術である。これは、「紫」と「黒」の継承者のみ使える「術」である。

 山吹さんの車にヒロさんと萌黄原さんが乗り、寂明さんの車に俺といずみ、それに由美さんが乗った。由美さんは今日のところはいずみの家に泊まってもらうことにした。多分、今日はみんな泥のように眠ることになるだろうと思う。


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