戦いの時は迫る!「霧の社」へ
「そろそろ夕方の5時を回ったかな。少し早いが、夕食を済ませて現地近くに行っておくとしよう。私が車を出すから表で待っておいてくれ。」
俺といずみは本堂を出てお寺の山門前に向かった。しばらくして寂明さんが車を回してきてくれた。その車は黒色のコンパクトカーと呼ばれる普通車だった。俺といずみは後部座席に並んで座った。乗った感じはとても広く感じた。
「さて、夕食は何を食べようかな?何か、食べたいものはあるかい?」
寂明さんがハンドルを握りながら聞いてきた。
「うーん。すぐに思いつかないですね。」
俺は思案しながら言った。いずみも同じようにすぐに思いつかない感じだった。
「そしたら、近くにあるステーキレストランに行くとしようか。」
寂明さんがそう言ってハンドルを切った。
「いつも思うんですが、洋食ばかり食べて大丈夫なんですか?」
俺はお坊さんにステーキがどうにも合わないなと思って思わず聞いてしまった。
「前にも言ったけど、そこら辺りは大丈夫だよ。私は食べたいときに食べたいものを食べるようにしているからね。でないと、僧職にあるものは洋食やお肉を食べられなくなってしまうよ。」
笑いながら寂明さんがそう言った。そんなことを話しているうちに目的のステーキレストランに到着した。
「ここなら、霧の社からだいぶん離れているし、奴らに会うこともないだろう。」
俺たちは店内に入った。ウィークデーではあるが、ゴールデンウィークということもあり、店内は比較的込み合っていた。それでも、数席は空いていたみたいで、俺たちはすぐに席に案内された。
「戦いの前だ、好きなだけ食べなさい。」
寂明さんが言った。
「ありがとうございます。」
俺はメニューを見た。ステーキレストランだけあってハンバーグやステーキのメニューが豊富にあった。俺はチーズハンバーグのドリンクバーセットにした。いずみはというと、和風おろしハンバーグに同じくドリンクバーのセットにしていた。
「そんなものでいいのかい?ステーキを頼めばいいのに。遠慮していなくていいよ。」
寂明さんが言った。
「いえ、大丈夫です。」
俺といずみが言った。
「私はステーキを頼むこととしよう。」
寂明さんはサーロインステーキにドリンクバーのセットを注文した。
「まあ、8時までまだ時間があるし、ここでは少しリラックスしようか。」
「そうですね。今から緊張していたら持たないですからね。」
料理が届いてからは、8時からの話はせずに、主に世間話をして食事をしていた。寂明さんには若くして亡くなられた奥様がいらっしゃったこと、娘さんが1人いらっしゃって今は大学生になり、地方で一人暮らしをしていることなどを話してくれた。寂明さんは独身だと思っていたので意外だった。さらに、娘さんがいらっしゃることにも驚いた。いずみも同様の所感を持ったようだった。そんなことを話していると時間は6時半を回ってきていた。
「さて、そろそろ向かうとしようか。」
寂明さんが伝票を持って立ち上がった。俺といずみは財布を出そうとしたが、
「いいよ。ここは私が出すから。」
といって制止された。
「ありがとうございます。ごちそうさまです。」
俺といずみは丁寧に礼を言った。車に乗り込み、霧の社方面へと車が走り出した。30分ほど走って、霧の社から少し離れたところのコインパーキングに車を停めた。
「さて、ここから歩いて行くとしよう。ちょうどいいぐらいに時間に向こうに着くだろう。忘れ物はないかい?」
俺たちは荷物、主に巾着袋を確認した。忘れずに携行していた。時間も7時を回って周りは闇の支配する時間になっていた。しばらくは、街の明かりがあるから良いが、雑木林に入ってからは少し難儀するなと思った。しばらく歩いて、霧の社に向かう雑木林の入り口に辿り着いた。
「しばらくは薄明りで我慢してくれ。少し奥に入ったら「術具」の『蜻蛉の火影』を使うからね。」
寂明さんが言った。『蜻蛉の火影』とは「術具」の一つでいわば蝋燭のことだ。範囲は狭いが周りを明るく照らしてくれる効果がある。普通の蠟燭とどう違うかというと、念ずるだけで明かりが点くところと、蠟燭なのに減っていかないというところだ。いわば蝋燭の形をした小型の懐中電灯といったところだ。雑木林を少し進んで、周りが真っ暗になったところで、寂明さんが『蜻蛉の火影』を灯した。見た目は蠟燭に火がついた感じで周囲がほの明るくなった。その明かりを頼りにしながら俺たちは少しずつ霧の社に向かって歩いて行った。今の時間は7時半ちょうどぐらいだった。あと5分もすれば霧の社の到着するであろうと思われた。おそらく、俺たちが先について相手方を待つことになるだろうなと思った。そこから数分歩くと、何としたことか前方にかなり明るい光があるのが見て取れた。方向的に霧の社のある方角だ。今このタイミングで関係のない第三者が霧の社に来て明かりをともしているとは考えにくいので、おそらく「黒祈仙術一派」の3人が先に来て待ち構えているとしか考えられなかった。
「相手はもう来ているようね。」
いずみが小声で言った。
「そのようだな。まさか、不意打ちを食らうことはないだろうが、こちらもここで備えをしてから行くとしよう。」
寂明さんが言って,『守盾の術』と『金腕の術』、『蓋世の術』を唱えてくれた。『守盾の術』は以前にも使ったことのある、術に対するバリアを張る術であり、『金腕の術』は腕力が強くなる術であり、『蓋世の術』は体に力が満ちてくる術である。あと、『疾速の術』という足が速くなるという術も使おうと思ったらしいのだが、対峙する場所が狭いので逆効果になる可能性が高いので止めたそうだ。術の効果がでてきたのか、体に力がみなぎってきた気がした。ちなみに、あれだけ明るくなっているのは『蜻蛉の火影』よりも広範囲をあかるくすることができる『幻惑の不知火』という「術具」を使っているのであろうということだった。『幻惑の不知火』というのは提灯であり、こちらも念ずるだけで明るくなるという代物だ。
「これで良しと、まだ約束の時間にはなっていないから用心に用心を重ねてゆっくり行くことにしよう。」




