瑞翁院再び 戦いへ向けて
「柊太君かね。先日の本堂の方へ回っておいで。結界は私がすでに張っているから大丈夫だよ。」
先日なら、訳の分からない話だったが、今の俺は、「結界」だのと言われても全く動じなかった。果たしてそれがいいのか、悪いのか・・・。それは、さて置いて焦眉の急から片付けていくとしよう。
俺は、本堂に回り、靴を脱いで中に入った。置かれていた座布団の上に正座をして待っていると、ほどなくして寂明さんがやってきた。今日は先日の夜に会った時と同じで黒色の僧衣姿だった。
「柊太君。いろいろとたいへんだったようだね。ここを後にしてからの話を教えてくれないか?」
寂明さんが座布団に腰かけながら言った。
俺は、あのあと、太公望さんに会ったこと、東王路大学に常磐教授を訪ねて行ったこと、由美さんにあったこと、金洛堂に偵察に行ったこと、今日に入り、小雪さんに会ったこと、翠風院家を訪ねたこと、山吹タクシーに乗ったこと、霧の社に行ったことを委細漏らさず寂明さんに説明した。寂明さんは、俺の話を途中で遮ることなく最後まで聞いてくれた。
「よく分かったよ。ありがとう。一つひとつ片付けていくとしようか。その前に、飲み物の準備をしておこう。昨日と同じものしかないが、柊太君はどうする?」
「そしたら、お茶をいただきたいです。」
「私もそうしよう。いずみちゃんはどっちがいいかな?」
「お茶で大丈夫と思います。」
寂明さんは本堂奥の脇間の方へ行き、段ボールの中からペットボトルのお茶を3つ持ってきてくれた。
「さて、順を追ってすり合わせていこうか。まずは、常磐教授だね。私も会ったことはあるが、確かに保守的な考え方の方だったね。若駒由美にそんな経緯があることは知らなかったが、あの教授は「黒祈仙術一派」との接触もあると考えていた方がいいかもしれないね。」
「それは、翠風院様も同じことではないでしょうか?」
ふと後方から元気な声がした。
「おお、これはいずみちゃん。初めましてというべきかな。私が寂明です。この度はたいへんだったね。まあ、上がってくれたらいいよ。」
寂明さんが本堂の入り口に佇んでいるいずみに声をかけた。車を家に置いてきたいずみが、いつの間にか到着していたみたいだった。
「それでは失礼します。」
いずみは本堂に上がってきて、空いている座布団のところに座った。
「そうだね。いずみちゃんのいう通りだね。「術具」を作る家系、いわゆる「緑色」の家系はいわば中立だから、「紫」と「黒」のどちらとも親交があるのだよ。」
寂明さんが少し忌々しげに言った。
「今回のように、明らかに「祈仙術」が悪用されている事態にもかかわらず、どちらにも属さないという姿勢が私には少し納得がいかなくてね。」
俺は少し寂明さんの気持ちが分かるなと思った。いわゆる「日和見」というやつであり、よく言ったら「中立」であり、悪く言ったら「どっちつかず」、「いい方につく」といった感じに見えるのだろう。
「そしたら、「緑色」の家系はあの豊原とも親交があると考えるべきなんでしょうか?」
俺は少し気になって聞いた。
「それはないと思うよ。というか、ないと信じたいね。あの豊原は、「黒祈仙術一派」としか繋がりはないと思うよ。」
「それは何故ですか?」
今度はいずみが聞いた。
「理由は2つある。まず、1つは今までというか、近代に入ってからは「緑色」の家系が直接、「祈仙術」と無関係の人物に「術具」のやりとりをしたという事例はないらしんだよ。ある意味、その点が近代における「緑色」の家系の矜持でもあるようだからね。あと、もう1点が、今回の件では「黒祈仙術一派」がおそらくは金目当てで豊原に近づいた感が強い。そこで、「緑色」の家系と豊原が直接のやりとりがあれば「黒祈仙術一派」のいわば旨味がなくなってしまうからね。」
寂明さんはここまで一気に言った。
「よく分かりました。豊原が由美さんのことを嗅ぎ付けたら由美さんは危険だということですね。」
いずみが端的に聞いた。
「そうだな。それは若駒由美、本人次第だと思うがね。」
寂明さんが少し煮え切らない感じで言った。
「由美さん次第とはどういうことですか?」
「それはだね、若駒由美が金に目が眩んで豊原と手を組んでいなければということだよ。君たちは若駒由美に会ったことがあるから、若駒由美を好意的に見ているが、私から見れば胡散臭い、悪く言えばほぼ敵方の女だからね。」
「そうなのですね。私が会ってお話をした感触では、豊原と手を組んでいるようには感じられませんでした。むしろ、豊原のことを忌み嫌い、警戒している感じでした。あれはとても演技でできることだとは思えません。」
「そうだとしたらいいがね。」
「今、由美さんとは連絡が途絶えている状況で、私は心配しています。こちらとして、何か手立てはないでしょうか?」
いずみは心から心配している感じで言った。
「そうだな。うーん。太公望さんにでも頼んでみようか。」
「それはどうしてですか?」
「太公望さんはああ見えて、元は東大路大学で教鞭を取っておられたのだよ。こういったらだいたい分かるかな?」
「分かりました。あの常磐教授とつながりが出てくる訳ですね。」
「その通りだよ。常磐教授は太公望さんの教え子の一人でもあるんだよ。いわば、蘇芳研究室を引き継いだ感じかな。」
「そうなのですか。それで、何か私たちに対して居心地が悪そうにしていた訳ですね。」
いずみが納得した表情で言った。
「あの教授は悪い方ではないんだが、人物が小さいというか、いかんせん気が小さくて保守的だからね。言われたことはきちんとするが、自分から動いたり、自分から考えて何かをしたりということはまずないからね。」
「それで、由美さんのことを持て余していた感じなのですね。」
「その通りだよ。平穏に過ごしていたい教授にとっては、自分のキャパを超える事態になって困惑していたんだろうね。」
「そしたら、常磐教授が豊原の脅しに屈することなないのでしょうか?」
何だか置いて行かれそうになっていた俺だったが少し気になって聞いてみた。
「それは大丈夫だと思うよ。ヤバくなったらあの教授は、翠風院様か我々に助力を乞うてくるからね。」
寂明さんが笑いながら言った。まさに、日和見主義の極みみたいな生き方だなと俺は思った。
そういいながら、寂明さんはスマホで太公望さんに連絡を取っているみたいだった。
「これでよし、と。太公望さんならうまく立ち回ってくれると思うよ。」
「少し安心しました。」




