怪しげなタクシー
「じゃあ、「霧の社」へ行きましょうか。」
そう言いながらいずみは通りに目をやり、タクシーを物色していた。ものの数分で1台のタクシーが目の前に停まった。白いボディに山吹色でラインが引かれた個人タクシーだった。なるほど、タクシーの車体には「山吹タクシー」と書かれていた。ドアが開いたので、俺といずみは後部座席へと乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで?」
運転手は結構高齢の男性だった。
「東山区〇×付近までお願いします。停まりやすいところで結構です。」
いずみは「霧の社」から少し離れた住所を運転手に告げた。
「了解。では出発するよ。」
運転手は軽い感じで言った。
「お客さんは観光客かね?」
運転手が聞いてきた。
「いいえ、地元の人間ですよ。」
いずみが笑いながら答えた。
「そうなのか。あんなところで降りるお客さんなんかまずいないからねえ。あそこあたりには、不気味なお社さんぐらいしかないからねえ。」
運転手がボソッと気になることを言った。
「何ですか?その不気味なお社って?」
いずみが、少し顔を引き締めながらも平静を装って聞いた。
「いやいや、聞いた話によると、何でも道なき道を入って行ったところにお社があるらしいんだよ。道に迷い込んだ人が、「幽霊を見た」とか「何人かの人がいて何かをやっていた」とか言うんだよ。」
運転手がいかにもありそうな感じの話をした。
「それで、迷い込んだ人はどうなったのですか?」
「無事に出てこれたみたいだけど、もし、お客さんがその辺りに行くのだったらくれぐれも用心して行くんだね。ほら、着いたよ。ここらあたりでいいかな?」
「ありがとうございます。ここで結構です。」
「運転手さん、お名刺をいただけますか?」
いずみが運転手に聞いた。普段はこんなことは言わないから、きっと何か魂胆があるのだろう。
「ああ、これ。また使ってくれよな。」
運転手は車内に置いてあった名刺をいずみに渡した。
「ありがとうございます。」
いずみは、礼を言ってスマホで決済を済ませた。タクシーはそのまま走り去って行った。
さて、そこに残されたのは俺といずみである。さっきの出来事をどう見るべきなのだろうか?いずみの方をチラッと見ると、難しい顔をして名刺を見つめていた。
「いずみ、どうしたの?」
「さっきの運転手さんね。私の推測だけど、おそらく「黒祈仙術一派」の人だと思うの。」
いずみが推測と言いながらも確信に近い口調で言った。
「どうして?ただのタクシー運転手だよ?」
俺は何故そうなるのか分からなくて、いずみに言った。
「私ね。タクシーに乗る時から「変わった色のタクシーね」って思っていたの。あそこまで鮮やかな黄色のラインを引いたタクシーなんて滅多にないもの。それに、タクシーの中での話の内容と、もらった名刺でそう判断したのよ。」
「まあ、お社の話はびっくりしたけど、他には珍しいだけで、そう判断できるほどの内容ではないんじゃないかな?」
俺にはまだよく分からなかった。
「いいこと、「黄色」は「黒祈仙術一派」の色なのよ。この運転手さんのお名前は山吹順三郎さんっていうのだけれど、「山吹色」っていうのは見ての通り「黄色」系の色なのよ。それに、柊太に言った通りにお社の話でしょ。これは、「1+1=2」で断定してもいいと思うの。」
「そういうことか、分かったよ。断定しないまでも、「そうであろう」ぐらいには思っておいた方がいいってことだよな。」
俺は納得して言った。
「そういうことね。でも、何でこのタイミングで私たちの前に現れたんでしょうね?」
「たまたまかな?と思いたいけど、そうではない可能性を考えておいた方がいいのかもしれないな。」
「あら、そういうことだわ。今はやけに頭が冴えているじゃない?何か「術」でも使ったの?」
折角いい感じできてたのに、ここでおなじみのいずみの毒舌が炸裂した。
「あの運転手さんは何かを私たちに伝えたかったのだけれど、それが何かが分からないの。」
いずみが考えながら言った。
「何かをって、「黒祈仙術一派」ならば敵方じゃないか。あの車へのイタズラやビラみたいな遠まわしな嫌がらせじゃないのかな?」
「何か少し違う気がしたの。あのビラや、今朝の小雪さんとは違ってあの運転手さんからは、明確な敵意は感じられなかったわ。きっと私たちに何かを伝えたくて、あえて近づいてきたんだと思うのだけど、その何かっていうのがわからないのよ。」
「そうだなあ。あの運転手さんは「くれぐれも用心して行くんだね」って言ってたような気がするけど、別に変ったことは言ってなかった気がするなあ。」
俺はタクシーの中での会話を思い出しながら言った。
「やっぱり、それしかないわよね。」
いずみが、少し納得した感じで言った。
「それって何だ?」
「用心するっていうことよ。」
いずみがサラッと言った。
「普通のことだと思うけど・・・。」
俺は困惑して言った。
「用心するっていうのは一般的な用心のことではなくて、「祈仙術」としての用心のことだと思うの。」
「どういうことかな?」
「一般的に用心するっていったら、周囲に気を配ったり、ひったくられにくいカバンを持ったりとか、そういうことだと思うのだけど、この場合は違うの。どう違うかというと、「術」に対するバリアを張ったり、結界を張ったりとか、そういうことだと思うの。」
「なるほど。でも、敵方がそんなことをわざわざ俺たちに言いに来るかな?」
「だから迷っていたのよ。明確に、そうとは言わなかったけど、私はそういうことだと思っているわ。「霧の社」では、「黒」と「紫」の継承者は「術具」を作成できるっていうから、きっとその辺りのこともふまえてのことだと思うの。」
「だとしたら、さっきの運転手の意図が分からないな。」
「うーん。これは、私の推測の域を出ないのだけど、「黒」にしろ「紫」にしろ、その一派の中も必ずしも一枚岩という訳ではないのかも知れないわね。私の父は、「紫」の一派の中でも明らかに違う意見を持っていたし、太公望さんなんかはかなり独自のお考えを持ってらっしゃると思うのよ。」
「ふーん。遠回しに「注意しろよ」って言ってくれたようなものかな。」
「そう、取ってもいいと思うわ。」
いずみが、いく分かすっきりした表情になって言った。
「さて、そういうことなら、少し人目のつかないところで備えをして「霧の社」に行きましょう。」




