翠風院家④ 祈仙術の故郷「霧の社」
俺といずみは思わず顔を見合わせた。お互いに考えていたことは一緒だろう。
「そこはどこだろう?」とか、「何をしに行くのだろう?」といったところか。
それを察してか、「いきなり言われても訳が分かりませんよね。この「霧の社」のある場所はここからはそう遠くないところにあります。場所は東山区××です。まあ、少し時間はかかりますが歩いていけるでしょう。」
清長さんは一旦ここで言葉を切った。
「この「霧の社」とは、祈仙術にとっていわば菩提寺のような存在です。ここには、「紫」と「黒」の二つのお社があります。それぞれのお社には「紫色の壺」と「黒色の壺」が封入されています。」
「壺っていいましたら、「術具」を作成する壺と解釈してもよろしいのでしょうか?」
いずみが丁寧に聞いた。
「そうですよ。基本的に「術具」作成は、私たちの「緑色」の家系にしかできないことなのですが、例外的に「紫」と「黒」の宗家にだけ「術具」が作成できるようになっています。作成できるといっても、精度は格段に落ちますし、壺を持ち出すことができないので、「霧の社」の境内でしか作成することができません。」
「それでは、「霧の社」は人手に渡ったり、騒ぎになったりしなかったのですか?」
今度は俺が聞いた。
「そこなんですよ。「霧の社」はあなた達が想像しているよりも、うんと寂れた佇まいです。もの凄い力を秘めたお社なのですが、見た目はには手入れもされず、今にも崩れ落ちそうな感じです。」
「何故、お手入れをしないのですか?」
いずみが聞いた。
「それはですね、あまり綺麗にすると人目についてしまうからです。人目についてしまうと、どうしても祈仙術の存在や、その非科学的な力が世に知れてしまう可能性が高くなってしまうからです。そういう意味からしても、人知れず、祈仙術関係者にのみ受け継がれていけば良いのです。」
「そうですね。分かりました。でも、壺を悪用されることはないのですか?」
「それは大丈夫なんですよ。「紫」と「黒」の壺は、それぞれ古めかしいといえば聞こえはいいですが、言ってみればボロボロの木の箱に収納されています。この木の箱がなかなか厄介で、「紫」及び「黒」の宗家にしか開けることができないのです。他の人が明けようとしても、「嚙み合わせが悪くて開かない」といった感じになるのですね。」
「そうなんですか、それはすごい仕掛けですね。」
「このあたりが、祈仙術の歴史や非科学的な力を感じるところですね。さらに言うと、木の箱を開けたところで、壺を持ち上げることは、宗家であれ、出来ないのです。」
「それは、そうしてですか?」
「それはね。「術具」の拡散を防ぐ意味あいからです。「霧の社」のその場所でしか、「術具」を作成できないとなると、じっくりと腰を据えて作成することができません。いくら人目につかないとはいえ、いつ何時、誰が通りかかるか分かりませんからね。あと、「術具」の作成には、ものすごい集中力が必要です。私たちでも意図した「術具」を必ず作り出すことはできません。失敗することもあります。」
「そんなに難しいのですね。」
「そうなんですよ。だからいくら宗家といえども、普段作り慣れていない者が「術具」を作成しても、成功する確率は格段に下がります。さらに、「霧の社」の境内のみという付加的条件も加味すると10回に1回くらいしか成功しないと思われます。」
俺は「術具」の作成がそんなに難しいものだとは思っていなかったので驚いた。10回に1回ということは俺や「黒」の宗家では10%かそれ以下の確率でしか作成できないということになるんだなと思った。
「お話はよく分かりました。では、私たちは「霧の社」で何をすれば良いのでしょうか?」
いずみが要点をまとめながら聞いた。
「そうですね。まずは、「霧の社」にご挨拶といったところですね。祈仙術の関係者にとっては避けて通れない場所ですからね。あとは、間違いないとは思いますが「紫」の壺が確実に存在するかどうかといったところですね。」
「分かりました。後ほど必ずお参りとご挨拶に伺います。少し、ご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?私に答えられることなら何なりとどうぞ。」
清長さんが少し警戒する表情に変わって言った。
「翠風院様は、今、祈仙術が悪用されているのはご存じなのでしょうか?」
いずみが、いきなり核心に近いことを聞いた。
「ああ、知っていますよ。金洛堂のことでしょう。早く落ち着いてくれればいいのですが。」
俺が思っていたよりもあっさりと清長さんが言った。どこか他人事のような口ぶりだった。
「そこには「術具」が使われているみたいなのですが、その辺りはどう思われますか?」
こらこら、いずみよ、キミはいったい何を聞くのだね。俺は、清長様が気を悪くしないか気が気でなかった。
「これは、随分とあけすけに聞いてくれるものですね。一つ断言できることは、その「術具」は我が翠風院家で作られたものではないということですね。どこで作られようが、翠風院家に仇なすものあらば、返り討ちにしてくれるのみです。」
冷ややかに清長さんは言った。
「分かりました。お答えしにくいことをお伺いして申し訳ありませんでした。ときに、翠風院様は、「小雪」という芸妓をご存じでしょうか?」
この時、清長さんの表情が少し動いた気がした。
「申し訳ないが、その質問にはお答えしかねます。私は「紫」にも「黒」にも属さない「緑」色の家系の者です。こういったら、利発ないずみお嬢ちゃんには答えになったかとは思いますが。いずれ明確な答えは、あなた達の目の前に形になって現れることでしょう。」
表情を元に戻し、悠然と清長さんは言った。
「ありがとうございます。本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございました。この後、「霧の社」の方に参りたいと思います。」
「こちらこそ。あなたたちとお話ができて楽しかったですよ。また、何かあったら遠慮なしに訪ねてきなさい。あなたたちのことは執事には伝えておくから、直接来てくれたらいいですよ。」
俺たちは丁寧にお礼を言い、翠風院家を後にした。




