円山公園 氷の芸妓「小雪」登場!
表に出ると外は雲一つない快晴だった。綺麗な朝日が臨めて、今日は良い日になるような感じさえした。そんなことを思っていると、向こうからいずみの車がやってくるのが見えた。
「あら、柊太やればできるじゃない。まだ約束の時間の10分前よ。」
いずみがあいさつ代わりに憎まれ口を叩いてきた。
「ははは。大丈夫だよ。昨日は本当に飲んでないからね。」
俺は半分笑いながら応じて、いずみの車の助手席に乗り込んだ。
「あら、柊太も結構、服装に悩んだんじゃない?なかなか、それしかないっていうファッションをしてるわね。」
いずみが俺の服装を見ながら言った。
一方、いずみの方はというと、こちらは、お洒落なブラックのワイドスラックスを穿き、上にはグレー系のニットカーディガンを着用していた。首元にはゆったりとした銀色のネックレスをして、少し大きめの黒いショルダーバッグを持っていた。また、手持ちで羽織れる用のピーコートを持っていた。
「いずみも、かなり悩んだんだね。今日は全くのカジュアルという訳にもいかないし、動き回る可能性もあるからね。」
俺はいずみの服装を見ながら言った。
「そうなのよね。翠風院様はかなりの家柄だから気を遣うわ。昨日の常磐教授の紹介状と、お父様に書いていただいた紹介状があるから大丈夫だと思うけど。」
いずみが少し不安げな顔をして言った。
「いずみのお父様も紹介状を書いてくれたんだね。いずみのお父様と翠風院家はつながりがあるのかな?」
「付き合いというほどではないけど、つながりはあるみたいよ。お手紙でのやり取りはあるし、もちろんお会いしたこともあるみたいよ。」
「そうか、それなら少し安心だね。」
「何が安心なのよ。お父様はお父様で、私たちは私たちでしょ。もう少し緊張感を持ちなさい。」
「はい。分かりました・・。」
また、怒られてしまった。少し気を張っておくことにしよう。
「昨日の蒼ノ京家の家族会議の様子を教えて欲しいな。」
俺は少し気を遣いながらいずみに聞いた。
「もう少し待って。車を降りて、翠風院家の場所を確認した後、ゆっくりとお話ししましょう。多分、結構時間は取れると思うから。」
いずみはそう言いながら車を走らせていた。世間はゴールデンウィ―クに入っていることもあり、ウィークデーではあるがこの時間帯にしては道が空いているなと思った。しばらく車を走らせていると、東山区の手前まで来て、目的地から少し離れたコインパーキングに車を停めた。
「ごめんね、柊太。近くまで行くと駐車料金が跳ね上がるから、少し離れたところに停めさせてもらうわ。悪いけど少し歩いてね。」
それは、最もだと思った。祇園のど真ん中や清水のあたりに車を停めたらいくらかかるかわかったものじゃない。ここなら、少し歩くがだいぶんと安いだろうと思った。
「大丈夫だよ。仕事でいつもあるいているからね。」
車から降りて、歩き出そうとしたら、いずみが「ちょっと待って」と言ってトランクを開けた。そこには、上等な紙袋に入った、少し大きめの荷物が2つあった。一つは、「蒼ノ京信親」と書かれた熨斗紙が貼られた長めの箱だった。もう一つは、上等な蒼色の風呂敷に包まれた桐箱だった。2つとも翠風院家への手土産だと思うが、随分たいそうなものだなと思った。
「重たそうだね。持とうか?」
俺はいずみから荷物を預かろうとした。
「ありがとう。くれぐれも、慎重に持ってね。これ二つで、京都市内に家が建つと思うから。」
トンデモナイことをいずみは平然と言ってのけた。そういえば、蒼ノ京家も随分と由緒ある家系だったなと思った。蒼ノ京家は伝統的な「京焼」の窯元であり、製造や卸を手掛けている。現在の当主はいずみのお父様であり、お兄様が家業を継ぐ予定で、共に働いている。いずみは、家業を継ぐ気はないらしく、別の会社で働いている。そういえば、俺の家、「紫王院家」は何を生業としていたのだろうか?父も母も仕事のことは、聞いてもはっきり教えてくれなかったなと思った。まあ、そのうち誰かが教えてくれるだろう。この辺りの楽天的なところがいいのか悪いのか・・。まあ、今はいろいろ考えるのはよそう。そう思って俺は注意深く荷物を持った。
「重たくない?大丈夫?いつでも交代するからね。」
いずみはそう言いながら俺の前を少しゆっくりめに歩いている。荷物のことがあるから、わざと歩調をゆっくりめにしてくれているのだ。この辺りのさりげない配慮がいずみらしいなと思った。15分から20分くらい歩いたところで、目的地を指呼の位置に臨んだ。
「あちらが、翠風院様のお屋敷よ。場所は確認できたし、ここから円山公園の方まで歩きましょうか。」
いずみが翠風院家を見つめながら言った。
「そうだね。約束の時間は10時だからまだたっぷり時間はあるね。」
俺といずみは翠風院家を後にして歩き出した。路地から東大路通りに出て北上していくと、ほどなくそれは見えてきた。円山公園とは、明治時代中期に開設された京都市最古の公園である。八坂神社の東、東山を背に約9万㎡あり、回遊式の日本庭園を中心に、料亭や茶店がたくさんあり、知恩院にも隣接している。また、京都でも有数の桜の名所でもあり、その時期は観光客でごった返している。俺といずみは八坂神社を越えた入り口から円山公園に入って行った。少し道なりに歩くと、料亭や茶店が軒を連ねているが、時間が早いためいずれも開いてはいなかった。そのまま、祇園枝垂桜の方へ向かって歩いていると、向こうから芸妓さん風の着物を着た人物が歩いてきた。
「おはようさん。」
その人物が声を掛けてきた。口元は笑っているがどことなく冷たい感じがした。氷の微笑という表現がぴったりだなと思った。
「おはようございます。」
いずみがやや警戒気味に答えた。
「お若いのに、こんな早くからおでかけどすか?」
その人物が相変わらず冷たい笑みを湛えながら言った。
「いえ、いいお天気なので散歩をしているのです。あなた様は芸妓さんですか?」
今度はいずみが相手に聞き返した。
「そうどすえ。小雪いいますの。今日は、朝からなかなかはんなりした若者さんにでおうたさかいに、ほっこりしとるところですえ。また、良かったらお座敷に遊びにきておくれやす。」
そう言って小雪さんは巾着袋から花名刺を取り出して、俺といずみにそれぞれ渡してきた。そこには桜をあしらったデザインの絵柄に「小雪」と行書体で書かれてあった。裏面には、住所と簡単なご挨拶が書かれてあった。
「ありがとうございます。」
俺といずみは声をそろえてお礼を言った。
「これはこれは、ご丁寧におおきに。紫色のお兄ちゃんに、青色のお嬢ちゃん。」
小雪さんが妖艶な笑みを浮かべて、聞き捨てならない台詞を口にした。
「小雪さんはいったい・・。」
俺は言葉に詰まってしまった。いずみはというと、キリっと口をつぐんで小雪さんの方を油断ならない目で睨みつけていた。
「お嬢ちゃん。そんな怖い顔したらあかしまへん。せっかくのかわいらしいお顔が台無しどすえ。また、お目にかかるかと思うて、ご挨拶がわりどす。」
小雪さんは余裕の笑みを浮かべて言った。
「あなたの本名は何て言うの?私たちの敵?それとも味方?」
いずみが小雪さんのペースに乗せられないように矢継ぎ早に言った。
「それはまた、今度お目にかかった時までのけときましょ。今日のところはかんにんどすえ。」
そう言い残して小雪さんは悠然と去って行った。いずみは何か言いたそうだったが、何も言わずにそのまま俺と二人で小雪さんを見送った。
「あの人は何だったんだろう?」
俺は半ば独り言のように言った。




