金洛堂の偵察 いざ!『皆話の術』
「さて、今から帰ってお父様とお話をするけど、その前に一つやることがあるわね。」
いずみが電話を終えてこちらに向かって来ながら言った。
「何だい?そのやることって?」
俺は、今日はこれ以上やることはないなと思ったので不思議に思って聞いた。
「今から金洛堂に行くわよ。」
いずみはそう言ってコインパーキングの精算機に向かった。
「今からって、アポも取っていないし、だいたいもう会社の営業時間は終わっているんじゃないかな?」
俺はますます不思議に思って聞いた。いずみが何を考えているのか全く理解ができなかった。
「さっきの由美さんの話の裏付けを取りに行くの。出来たらだけどね。全員が全員、定時で退社するわけではないから、近くで張り込んでいれば何か手掛かりがつかめるかもしれないわよ。それに、近い将来、由美さんが言っていた「豊原」と対峙する可能性が高いわけだから、下見も兼ねて見ておきましょう。」
精算を終えたいずみは車に乗り込んだ。俺も慌てて助手席に乗った。
車を15分程走らせたところのコインパーキングにいずみは車を停めた。株式会社金洛堂はもう、目と鼻の先のところだ。俺といずみは車から降りて金洛堂の近くの自動販売機の近くに陣取った。そこは、駅へと通ずる道ということもあり、人の往来も割にあった。現に、金洛堂から出てきて駅に向かう社員の姿も見受けられた。今はだいたい夕方6時ぐらいだ。だいぶん薄暗くなっては来ているが、「夜」という感じはしなかった。まさに「逢魔が時」という表現がぴったりの時間帯だった。「魔」が現れるというわけではなさそうだが、何か事態が進展するようなことが起こりそうな辻占がするような感じだった。そんなことを考えていると、それは徐に起こった。
「最近の豊原は何かおかしくないか?」
「そうだよな。何かアイツに都合のいい出来事ばかりが起こっているような、そんな感じがするよな。」
「妙に目が血走っているし、クスリでもやっているんじゃないか?」
「ありえるな。」
先程、金洛堂からでてきた30歳代と思しき男性社員2人がそんな話をしながら足早に駅へと向かって行った。
「ほら、ごらんなさい。収穫があったでしょ。由美さんの言葉の裏付けが取れたし、豊原っていう人が怪しいということも分かったわ。」
いずみが得意そうに言った。用意周到というか、何というか、俺は自分の単純さが情けなく思った。
「本当だね。さて、どうする?金洛堂の前を通ってみる?」
俺はこの後、どうすればいいのか良く分からなかったのでいずみに聞いた。
「最初はそうしようかと思ったけど、今日はやめておくわ。」
「どうしてなの?折角ここまで来たのに。」
俺は、ここまで来たのだから金洛堂の外観だけでも見ておいた方がいいかなと思って言った。
「豊原の評判があまりにも簡単に手に入ったので、少し警戒した方がいいのかなと思って。備えなしにバッタリと出くわしてしまったら、こちらが不利になるからね。」
いずみが思考をめぐらしながら言った。
「それよりも柊太。今日、伝授してもらった「術」のなかに動物さんとお話しできる「術」はなかったかしら?」
いずみが唐突に聞いてきた。
「ああ、あったよ。確か『皆話の術』だったかな。」
俺は今日、伝授してもらった「術」を思い出しながら言った。
「そしたら、その「術」を使ってみてよ。そうね、あの、電線の上にいるカラスさんたちと話をしてみてくれないかしら。」
いずみが、電線の上に数羽並んでいるカラスを見つめて、おとぎ話のようなことを真剣に言った。
「カラスと?何の話をするの?」
俺は訳が分からなくなった。いずみが気でも触れたのかなと思ってしまった。
「カラスの知能は非常に高いのよ。そろそろねぐらに帰るころだから、早くあのカラスさんたちとお話ししましょう。だいたい、このあたりを縄張りにしているカラスさんだと思うから、金洛堂のことは毎日のように見ていると思うの。ひょっとしたら何か面白い情報が得られるかもしれないわよ。」
いずみが悪戯っぽく笑いながら言った。
「ああ、そういうことか。分かったよ。ちょっと話をしてみるよ。」
俺はそう言って、周囲を確認した。あまり、挙動が不審だと注目されてしまうかもしれないからだ。幸い俺たち二人に注意を払っている人物はいなかった。俺は一安心して、「術」を唱え始めた。傍から見ても、何か考え事をしているようにしか見えないだろうと思う。そして、その瞬間はすぐにやってきた。
「やあ、兄ちゃん。オレ達に何か用かい?早くしないとオレ達はねぐらに帰るぜ。」
並んでいるカラスの一羽が反応を示してきた。頭の中に直接声が響いているようだった。当たり前のことだが初めての感触だった。あまり時間が取れないと思った俺は手短に質問していくことにした。
「これは、突然にすまないね。実は俺たちは今、金洛堂の豊原について探っているんだ。何か耳寄りな情報はないかい?」
「ああ、あいつか。いけ好かない目つきをした営業部の係長だな。何だか今度の人事異動で、営業部の課長補佐になるらしいぞ。何でも、今の課長補佐である吉山さんが体調不良で長期休暇をとるらしいんだよ。」
「それは怪しいことなのかい?」
「兄ちゃんは何も知らないらしいな。特別に教えてやろう。豊原ってやつはまだ30歳そこそこなんだよ。その年齢で係長をしているってだけでもあのお堅い老舗企業にしては異常で、そこへきて、課長補佐になるというのはさらに異常なんだよ。これは何かあるなってオレ達は思っているんだよ。」
「何かって何かな?」
「ここから先は有料になるぞ。」
頭の中でカラスが笑って言った。
「有料って、いくら払えばいいんだ?」
「兄ちゃんはバカだな。オレたちがお金を使える訳ないだろ。そうだな、今度でいいから、そこの埋め込みのところに、ナッツを散らしておいてくれたらいいよ。また、食うから。多すぎてゴミに見えたりしないように自然に散らしておいてくれ。」
「分かったよ。約束する。それでは続きを教えてくれないか?」
「いいだろう。豊原はよく財務部に行くんだ。そこの社員、名前は確か中藤だったかな?そいつの弱みを握っているみたいで、何か不正をやっている節がある。よく2人でコソコソ話しているところを見るよ。あとは、怪しげな人物がちょいちょい出入りしているな。その時に限って、必ず豊原がその場にいる気がするが、この情報は少し不確かだな。また、情報を仕入れておくよ。しばらくしてから、また来るがいい。兄ちゃん、ナッツを楽しみにしてるぞ。ではな。」
そう言い残してカラスたちは並んで飛び立っていった。俺は思わず「ありがとう。」と口走っていた。
「こら!急に声を出さないの!不審人物になっちゃうわよ!」
横からいずみに頭を軽く叩かれた。
「ごめんごめん。あのカラスがたくさん情報をくれたから思わずお礼の言葉が出ちゃった。「術」を使っている時の俺はどんな感じだった?」
「難しい顔して何か深刻に考え事をしているように見えたわよ。注意深く見なければ怪しいことはないと思うわ。」
それは良かったと思った。周囲の目を気にして少し注意して使えば、この「術」は使えるなと思った。
「それで、カラスさんは何て言ってたの?」
「ああ、それね。」
俺はさっき、カラスとの話の内容をかいつまんでいずみに話した。
「そうだったの。ますます「術」が悪用されている可能性が高くなったわね。それと、出入りしている怪しげな人物というのも気になるわね。多分「黒祈仙術」一派の人物でしょうけど。近いうちにナッツを持ってまたここに来ましょう。」
いずみが、カラスが去っていた方の空を見つめて言った。




