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佳奈は膨らみ始めたお腹を抱えつつ、えっちらおっちらと浩二くんの叔父さんのうちに遊びに来ている。
浩二くんが異世界に心を囚われるきっかけとなったかつての勇者様、成神 智弘さんは、すらりとした長身の美男子で、見かけだけだと浩二くんとも似ても似つかなかったが、その体格や体臭がどこか懐かしいあの人にそっくりで、初めて会った時の佳奈は思わず泣きそうになってしまった。
今はさすがにそんな事もなく、同じ異世界転移の苦労を知るもの同士、ときどき会っては異世界あるあるのバカ話に興じたりと仲良くさせてもらっている。
そんな中、佳奈のクラスメイトが渡し忘れて今まで放置されていた浩二くんのカレーレシピが今さらながら出てきたので、それで今日は中身を智弘さんに検分してもらおうという話になったのである。
こういう大切なものは本来佳奈が直接管理して然るべきではあったのだが、なにぶん帰還直前の佳奈はアレな状態で最後には記憶も消されるような大騒ぎであったので、代わりにクラスメイトが預かってくれていたのだ。
「佳奈っ! ごめんっ!」
頭を下げるクラスメイトに「いーよいーよ」と軽く返しつつも、多分悪いのは私なんだけど、記憶がないせいで釈然としないなぁと、なんだかもやもやとする佳奈であった。
閑話休題。
「ねぇ佳奈ちゃん……。」智弘さんが困った顔で佳奈に語り掛けてくる。
「浩二の残したこのレシピ、しれっと『水は世界樹の雫を集めて用いるのがよい』だとか、『極上のヤックルの乳を用いよ』とか、『ゴブの実漬けをほんの少しだけ隠し味に使う』とか書いてあるんだけど、これ地球で再現不可能なんだけど……。」
えええええっ……。
「あーでも『本当はやはりカルダモンが使いたかった』とか恨み言みたいなことも書いてあるよ。あはは。」智弘さんは笑い出した。
「カルダモン、手に入らなかったんだね。やっぱり異世界では入手が難しい植物ってどうしてもあるよね。さぞかし悔しかっただろうね。」
「あーなんかそれは本人も実際に言ってました。アレさえあれば……って。多分そのカルダノン(?)とかいうスパイスのことだと思うんですけど。」
「だよねー。」智弘さんはしみじみとそう頷いた。
「あっでも! 最後の最後でバニラが見つかったんですよ! 浩二くんすごいびっくりしちゃって。それでなんか最後に何故かコーラを作ってくれたんですよ。バニラとクラーブ(?)でコーラが作れるって。みんな最後になって異世界でコーラが飲めるなんてーって爆笑したんですよ。」
「バニラ!」智弘さんは飛び上がらんばかりに驚いてみせた。「すごいよ! 佳奈ちゃん! 異世界にバニラがあるなんて! まさに奇跡の偶然だよ! やったな浩二! すごいよっ!」
そのあまりのはしゃぎっぷりにああーっと佳奈は思った。
浩二くんと全く同じリアクションだぁーっ。見かけは全然違うけど、トモさんも浩二くんは同じ世界の住人だよねぇ。
そんな佳奈のビミョーに白い視線に我が返ったか、智弘さんはおほんと一つ咳を挟みつつ、改めて手元のレシピメモをひらひらとさせてみせる。
「これはレシピを模した浩二の近況報告なんだろうね。あいつらしいね。異世界でどんなことがあったか、どんな苦労をしたか、何を見つけたか、なにが叶わなかったか、たった一枚のレシピに書きとめてみせたんだろうね。
本当にあいつは昔から、バカな事ばかり考える。」
なんだかしんみりとしてしまった。
それでともかく、このレシピをもとに可能な限り味の再現をしてみようという話になって、異世界拉致被害者の会の皆さんで集まってみんなでワイワイカレーを作った。
ホールでなってるスパイスの種をすりつぶすところから始まる本格的なもので、異世界サバイバル経験方法な会の皆さんはそれぞれ役割をもってテキパキと動き出す。
料理のあまり得意でない佳奈も、玉ねぎのみじん切りなどで少しだけ頑張った。
主に男の人たちが中心になって、ビール片手に楽しそうに調理をするさまに、佳奈はドキリとなった。
佳奈は一度も、浩二くんが料理している姿を直接目の当たりにしたことがない。
浩二くんはカレーをこよなく愛するカレー料理人だったというのに、佳奈は彼が調理場に立つ姿を一度として目にしたことがないのだ。
一度でいいから浩二くんの料理している姿を目にしておけばよかったと佳奈は今さらながらに後悔した。
それで佳奈は訳もなく悲しくなってポロポロと涙をこぼしてしまい、慌てた智弘さんが駆け寄ってきて調理作業が一時中断する一幕もあったのだが、ともかくいろいろあって浩二くんレシピのカレーが完成した。
最初の一口を食する栄誉は佳奈の手にゆだねられた。
みんなが固唾をのんで見守る中、ぱくりとカレーを口に入れた佳奈は、飲み込んだ後にどうしようか困ってしまった。
「どう? 佳奈ちゃん!」不安げな智弘さんに対し、「あー……、えー……」佳奈は返答に窮してしまう。
「正直に答えた方が、いいですよね、その。」
「うん」と頷く智弘さん。
「すごくおいしいんですけど、すごくおいしいカレーだと思うんですけどその……。」
なんかちがーうっ!!! ちがーうっ!!! ちがーうっ!!!
心の声による叫び声を心の中で木霊しつつ、
「これは浩二くんのカレーではありません。」と正直に告白した。
がっくりとうなだれる一同。
それからともかくみんなで試食しようとテーブルを囲んでカレーの寸評会が始まった。
「旨いっちゃうまいが、まあフツーのカレーの範疇だわなあ。」
「浩二のやつ白い小麦の製粉に成功したって、佳奈ちゃんそれ本当? 昔冗談で作り方教えたのぼくだけど、あれシロートがすぐに何とか出来るもんじゃないんだよ? 浩二すごいなあ。」
「ヤックルとかいう動物ならあれはオレも分かるぜ。あれはオレの行った異世界にもいた。見かけはアレだがあいつの乳は牛とほとんど変わらねぇはずなんだ。
やはり『ゴブの実漬け』とかいうものがネックなんだろうな。誰か聞いた事あるヤツいるか? くそう気になるな。どんな味がするんだろうな。」
それぞれにカレーを頬張りつつ、みんなでワイワイといろんな話が飛び交う。
「一応主要なスパイスの配合と投入タイミング、食材の処理なんかは全てレシピ通りに実現できたと思うけど……。どこか見落としていたところでもあったかなぁ。」
そんな中、改めてレシピをしげしげと眺める智弘さんに佳奈は声を掛けた。
「たぶん、そういうことじゃないんだと思います。浩二くんのカレーは異世界で浩二くんが何年もかけて編み出した新しい味で、多分地球では絶対に食べられない新しい食べ物だったんだと思います。」
「まあ、そういうことなんだろうね。」大きく頷く智弘さん。それから優しい目になり佳奈に向かって訊ねてくる。
「浩二のカレーは美味しかった?」
「はい! とっても!」佳奈は何の偽りもなく、心の底からそう返事をした。
それからさらに月日がたって、休学中の佳奈は出産を経験した。
初産だというのに4000gを超えていて佳奈は産み落とすのも一苦労だったのだが、ともかく無事に元気な男の子が生まれた。
佳奈は伊丹家のご両親に相談し、特別に養女に迎え入れてもらったから今は伊丹 佳奈となり、生まれてきた子供も伊丹性を名乗ることとなった。
この小さな男の子がどんな大人に育つのか、佳奈にはまるで想像がつかない。
けれども願わくば。
異世界に無理やり召喚されるようなひどい目に合ってもゲラゲラ笑いながらこれを吹き飛ばしてしまうような、お父さんみたいな素敵な人間に育ってほしいなあと、佳奈はそう願わずにはいられないのだ。
未来は可能性に満ちている。
生まれたばかりのこの幼子が未来においてどんな新しいものを生み出すかは、別の機会に語られる新しい物語となるだろう。
ここまでで本編は終わりとなります。
後はハーレム展開に発展する幕間が一応あるんですけど、浩二と佳奈の純愛ものでハッピーエンドにするならハーレム展開不要だなーって思ったので、別枠の短編として出すことにしました。
ハーレム展開嫌いな人は短編の方は無視していただければと思います。
また、これとは別に後日談が一つあるので、それはこの物語の最後に投稿して本作品は終話となります。
もし最後までお読みいただけたかたいたらありがとうございました。




