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そんなことよりカレーが食べたい。  作者: すけさん
最終章 遥か異界は遠くになりにけり
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異世界における佳奈の最後の記憶はおぼろげで、浩二くんたちが停戦交渉の為に魔王領に旅立ってしばらくして、ある日突然『女神の加護』が消えて、魔王が死んだという事実が伝わった王国中が湧きたったあたりまでの事で泊まってしまっている。


それから何故か一月ほど時が飛んで、いつの間にか佳奈は地球に戻っていた。


ぼんやりとした意識が覚醒するといきなり母親の顔がそこにあって、それから母親が泣きながら抱き寄せて来た。

最初は夢かと思った。何せ記憶があいまいなのだ。

だが少しづつ、これが現実なのだと実感できるようになった。

母親の体温は温かく、耳元で「佳奈! 佳奈!」と叫ぶ声はとてもよく知るものの声だった。

母親越しの向こうで涙目になりながらもこちらを見つめてくる父親。少しカッコつけてそっぽ向いて、でも目元が赤くなっている弟。

それだけでもう充分だった。

いつの間にか佳奈は号泣していた。


「お父さーん! お母さーん! 大輝ーっ! 会いたかったよぉーっ!」それでようやっと佳奈は19年にもわたる心のわだかまりが溶けていくのを感じたのだ。


佳奈は心の底から地球に帰りたかった。大好きな家族が住む大好きな日本に戻りたかった。ずっとずっと夢見ていた場所に、佳奈はようやっと辿りついたのだ。



佳奈たちの一件はニュースなどにはならなかった。異世界転移の問題は日本にとってまだまだ難しい問題で、政府主導で報道規制がしかれ、一般には知らされていなかった。


佳奈たちの身の上については『クラスで課外事業があり、そこで痛ましい事故に遭い大勢の子供が亡くなった』、そう言ったカバーストーリーが用意され、これに従うよう国かなんかの偉い人に指導された。

事情が事情なので従ってほしいと頭を下げられ、みんなとしては言われたとおりにするしかなかった。



それからクラスのみんなは長いカウンセリングや検診を受け、それぞれにこの先の進路を相談し、あるものはあずさ台高校に残り、あるものは他の学校へ転校し、またあるものは心の傷がすぐには言えず、療養生活に入った。


佳奈は何人かの女の子たちとともに高校に残って、それぞれ別々のクラスに編入された。


地球に戻ってきた前後の記憶のない佳奈は、どこかフワフワした気持ちでかつての日常だった学校生活に馴染もうと四苦八苦している。


そんなふうにして佳奈たちクラスメイトの日常は少しづつ元通りになっていったが、そもそも最初からこの場にいないもの達もいる。


そう、異世界に残ったものたちだ。

タリアたちの解析調査から、帰還魔法は一度しか使えないことが分かっている。だからもう彼らとは二度と会えないことも分かっている。


成美ちゃん、阿久津くん、それから意外なところでは文学少女のありすちゃんは、異世界に残る選択をし、日本に戻ってこなかった。


そしてもちろん、浩二くんも。


けれどもそんな浩二くんたちとの最後の別れの様子を、佳奈だけが知らない。


「まさかあのありすが騎士団の男の子と相思相愛だったとはねぇ。」

「最後の最後で魔法陣から飛び出して、二人して抱き合って、なんかドラマみたいな結末だったよねぇ。」

「なんかあれはすごいよかった。すごい感動した。」


そんなふうに語る元クラスメイトの女の子たちの会話の輪の中に、佳奈だけが入っていくことができないのだ。


なにそれそのシーン! 私も生で見たかった!


「なんで私だけ記憶がないの!」そう荒ぶる佳奈に対して、もとクラスメイトたちのリアクションは冷ややかだ。


「いやだって。最後のひと月、佳奈は伊丹くんとキモイくらいにラブラブだったじゃん?

あたり構わずどこでもイチャイチャしまくって。

あたしらすべて無視して常に伊丹くんにまとわりついて。


そしたら思った通り、最後は号泣して伊丹くんにしがみついて。


『絶対に離れたくない! でも絶対に地球に帰りたい! 浩二と一緒に帰りたい!』ってゴネまくって。


そんで成美が密かに用意していた記憶抹消の薬飲ませて無理やり眠らせて。

正直ひでぇ扱いだとは思ったけど、それ以上に佳奈、スゲーウザかったから。


マジでキモイとしかいいようのないウザカップルだったから。しかもあんた一人だけ。


むしろ1か月の記憶がなくなって、前の佳奈に戻ってくれたおかげでみんなめちゃめちゃホッとしてるんだけど?」


いやいやいやいや!


ちょっと待って! 色々と突っ込みどころ満載だけどとにかく待って!


いったい最後の一月の私はどんなキャラだったの!?

みんながドン引きするくらいのウザカップル(あたしだけ)ってなに? 四六時中浩二くんに付きまとうとかって何やってんの?


そんなの私だって嫌だよ! そんな私、見たくないよ!



「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!」頭を抱えてその場にうずくまる佳奈に対し、女子たちが集まって残酷な報告会が今日も始まる。


「忙しすぎて目の下に隈作ってる伊丹くんに向かって、『あたしと仕事とどっちが大事なの!』とか訳の分かんない啖呵切ってみんなから怒られて、そしたらあんためっちゃ逆切れしてたよね。ウザかったわー。」

「王城だろうが街中だろうが、四六時中痴女みたいな恰好で伊丹くんにへばりついているのは見てて恥ずかしかったわ。よく伊丹くんは我慢して付き合ってたと思う。」

「惚れた男の弱みとか伊丹くんは言ってたけど、どう見ても佳奈の方がベタ惚れだった。あの日からあんた1カ月間、いつでもどこでも伊丹くんの話しかしないし。」

「いやーウザかったわー。死ぬほどウザかったわー。」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」だが集まる証言はすべて佳奈がギルティである事を指し示すものばかりであった。


「なんで信じられないのよ? だってあんた、今でも伊丹くんの事大好きでしょ?」


それを言われると、佳奈としては言葉に詰まってしまう。確かに佳奈の中には浩二くんに対する特別な思いが残っている。

それはとても奇妙な感覚で、かつて日本にいた頃にも、異世界に行って色々大変だった頃にも味わったことがないものだったのに、空白の一か月を経た今、いつの間にか佳奈の中に根付いた心なのだ。

自分にとって一番大切な人が誰で、その大切な人の一番が自分で、お互い確かに気持ちを交換しあったという確信が、佳奈の中にはちゃんと宿っている。

例え記憶がなくとも大切な部分は何一つ失われていない。


浩二くんはどうしてもあの世界に残りたい理由があって、私はどうしても地球に帰りたい理由があって。

それはうんと始めのころからお互いに分かっていたことで、だから本来は納得ずくで別れを選ばなければいけなかったのに、多分最後の最後で私の心が暴走して多方面に迷惑をかけたのだろう。


そう考えてしまうと佳奈としては何も返す言葉がない。

何せ自分の性格や傾向くらい想像がつく。なんとなくだが、正直自分でも大泣きして大暴れしそうな気がする。


記憶抹消とかある意味酷すぎる扱いだけれど、みんなが言うように浩二くんと心の底から愛し合ったのならば、きっと今頃まともに生きていけなくなるくらい心がぐちゃぐちゃになっていただろうと佳奈もそれはそう思う。


成美ちゃんはよく考えて佳奈に処置を下したのだ。おそらく。



それに佳奈は、実はそこまで落ち込んではいない。

何故なら佳奈は、地球に戻ってもまだ来ないのだ。


「うげぇーっ! ついに始まっちゃったよー。」

「ろくな思い出もない『女神の加護』だったけど、20年近くアレがなかったのだけは最高に良かったよね。」

そんな話をするクラスメイト達を尻目に、佳奈は自分のお腹をそっと撫でてみる。


確信があるのだ。これは生理不順なんかじゃきっとない。確かに『女神の加護』はろくでもないものだったけど、それでも佳奈たち女の子の心と身体を最低限問題ないようには守ってくれていた。だからみんな、加護が解けてしばらくするうちに、ちょっとづつ以前の身体へと戻っていった。

だから佳奈以外に生理がおかしくなっている子はいない。

それなのに、佳奈だけ未だにそれがないのだ。

理由は一つしかない。

例え記憶は失われようとも、どうしてこうなったかは身体が覚えている。

だから不思議とそんなに落ち込んでいない。



けれどもこの先どうしよう?


まずは検査をして。お父さんお母さんにも報告をして。


あーもしかして浩二くんのご両親にも挨拶しなけりゃいけないのかー。


まさか堕ろせなんて言われないよね?

言われたらどうしよう?

言われても絶対産むけど、でもそんな事で喧嘩になるのはいやだなぁ。


あーでもシングルマザーかー。

手続きとかどうするんだろ?


一応DNA鑑定とかもしなきゃなのかなー?


あー色々めんどくさいなあー。




形ばかりの不平不満を思い浮かべつつ、佳奈は自然とほころぶ顔にニマニマと笑っていると、事情を知らない元クラスメイト達がからかってきた。


「えーなに佳奈笑ってんの? なんかいい事でもあったの? もしかして忘れたはずの一か月の記憶、思い出しちゃったりした?」


「えー? 別にー?」適当な返事をする佳奈に更に絡んで来ようとした瞬間、次の授業の合図となる予鈴が鳴ってこの話はお開きになった。



本当のことを話したら、みんななんていうのかな? びっくりされるかな? 笑われるかな? 怒られるかな? それとも祝福してくれるかな?


秘密を明かす前の独特の優越感に浸り、佳奈は一人、いつまでもニマニマと笑い続けた。



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