22
数分ほどそれぞれが無心に料理を味わってからの事である。
「ふうむ」と唸り、少しだけ考え込むそぶりを見せていた魔王が、顔を上げて浩二に語り掛けてきた。
「この料理には、先ほどのゴブの実漬けが使われおるな?」
「おっしゃる通りです、魔王陛下よ。」浩二はニヤリと笑ってみせた。
「この料理のベースとなる味付けにはゴブの実漬けを使っている。もうお気づきになるとは慧眼ですな。」
「えっ!?」これに驚き顔を青くしたのは成美であった。つい直前までうまそうにスープを啜っていたのに、知らされた途端にスプーンを動かす手が鈍くなり、恐る恐るといった様子でこれを口に運び、一口舐めては「えええっ?」とか「えええええっ……!?」とかヘンな声を上げだした。
リリム将軍もびっくりしたようで、確かめるように味わってから、
「間違いないのか? わたしにはさっぱり分からないぞ?」と眉根に皺を作りながら浩二に尋ねてくる。
「ああ、間違いない。むろんオレは料理人として持てる技術の粋を凝らしたからなかなか気付きづらいところはあるかとは思うが、これは間違いなくゴブの実漬けを用いた料理なのだ。
この独特の風味はゴブの実漬け無くして決して生み出せん。
まさに異世界ならではの完全なオリジナル料理だ。」
「ほほう……!」関心するリリム将軍を横に置きつつも、だがしかし魔王の目はギラリと光り、厳しい口調で浩二を咎めてきた。
「つまりは何か? そなたはゴブの実漬けのような醜悪な食材でも地球の技術があればここまでのものを作り出せると、そう自慢でもしたいと申すか?」
だが浩二はこれを一笑に付した。
「まったく違いますな! 魔王陛下よ!」
更に浩二は続ける。
「地球の優れた食文化でなんとかしてやろうなどという驕った考えでこの食材に取り組んでいるうちはろくなものが出来なかった!
むしろそのようなちんけな矜持を捨ててからが本番でありました!
ちょうどこのオレはカレーなる地球料理を一番にしているカレー料理人であるのだが、少し前にここにいる柿野坂という友人がこのオレを叱責してくれたのです。
世の中にはカレーばかりが料理ではないと。もっと他にも目を向けろと。」
「いやあれは……。そういうつもりで言ったんじゃ……。」成美は思わぬ話の成り行きに頭を抱えた。
「そうなのか? まあ、真意はどうあれこのオレにとっては柿野坂の訓戒は至言であった。
ゴブの実漬けはそもそも腐れミミズを用いる過程でどうしても生臭くなる。これを消すためにカレーの持つ様々なスパイスを組み合わせようと随分試したが、どうにもならなかった。
だが発想を変え、発酵プロセスそのものを見直すことで味の大幅な改善があったのだ。
もともとゴブの実は毒性の強い食べ物だ。魔素の強い半ばダンジョン化した森に多く自生するこれを生のまま食せば胃腸が爛れてのたうち回る結果となるだろう。
ゴブの実の毒は強力で、地竜もフェンリルもこれを嫌がって近づきもせん。お陰でたいていどこの森でもこの実が溢れている。
そこでゴブリンどもは下等な魔的生物である腐れミミズに目を付けたのだろう。腐れミミズはゴブの実をむしろ好んで食べるからな。これを何とか活用しようとあのような漬け物に仕上げた労苦は想像に難くないが、つまるところミミズが体内に解毒作用のある特別な菌類を飼っていたことがその秘密だったのだ。
だからミミズのはらわたを引きずり出してこの実と合わせて漬けてやるだけで、いともたやすく毒性は分解され、むしろうま味の元となる酸を合成するのだ。
仕組みが分かってしまえば、後はこの特別な菌を培養してやればよいとなる。なに、麹菌よりはよっぽど扱いやすい、素直な菌であったよ。
こうしてゴブ菌とでも呼べるこの新種の菌を直接用いて漬け上げた新しいゴブの実漬けは単体では少々使いづらい仕上がりになってしまったが、生臭さも消え素晴らしい調味料へと化けたのだ。
このように様々な料理のもとして使うことで複雑な香味を生み出すことが分かったのはごく最近のことだ。
それがこの一皿なのです。」
胸を張り堂々と料理を前に高説を垂れる浩二。
だが魔王の顔は優れぬままだ。
「つまるところそれは、そなたはゴブの実漬けとやらをうまく自身の才覚でまともなものに仕立て上げたという自慢話であろう。」
浩二は首を強く横に振った。
「違うのです! 魔王陛下よ! わたしの伝えたいことはそういった話ではないのだ!
偉大なのはゴブリンだ! 彼らが異世界において新しい料理の礎を開いたのだ! このオレのしたことなど、最後のひと工夫に手を入れた程度のお飾りだ!
これは彼らの偉業なのだ!」
そして魔王と浩二はバチバチと二人でにらみ合う。
この事態にすっかり青くなったリリム将軍は、あわあわと二人の様子を交互に見やるばかり。幼いリシャーナ姫も不安げな様子で父親を見上げている。
ここで二人の諍いに水を差したのは成美である。
成美は「はーあ。」と大きなため息を一つ間に挟んでから、「申し訳ないけど浩二くん。私は魔王陛下に同意見よ。あなたの主張はよく分からないわ。ゴブリンが半ば魔界化した森で毒の木の実を加工して食べられるようにしたからって、どうしてあなたがそこまで持ち上げるのかさっぱりだわ。」
「ぐぬぬ。」唇を噛みしめ唸り声を上げる浩二。
更に成美は続ける。
「魔王陛下のおっしゃるように、これはどう見てもあなたの功績でしょう? だってゴブリンじゃない。あいつらすぐに増えてすぐに飢えるから、森のものならどんなものだって食べようとするでしょう? ゴブの実だってそりゃああいつらは工夫を凝らしてでも食べるでしょうよ。それだけの話じゃない。」
「それだけの話ではないのだ!」浩二は吠えた。「確かにゴブリンは雑食だが、そもそもの我らだって雑食ではないか! 地球にいる人類だって、食うものがなければ木の根でも土くれでも何でも口に運ぶ! 同じではないか!」
だがこの浩二の訴えは成美の逆鱗に触れる結果となった。「あんなものと人間を一緒にしないで! ゴブリンはバケモノよ! あいつらは生きているだけで害しか生まないケダモノだわ! 人と一緒にしないで!」怒りに顔を真っ赤にし、今にもつかりかからんばかりの勢いで浩二に食って掛かる。その声は震えていた。
ゴブリンは人のメスを見るととかく犯したがる。手足を折り、口を塞ぎ、動けなくしてから執拗に何度も犯し、人間に自らの子を孕ませようとする。
そんなゴブリンに成美は何かとても嫌な思い出がある、そう察せられる剣幕であった。
しかし浩二は怯まず成美に反論した。「ゴブリンは人だ! 彼らは我らと同じ人族だ! そんな事も分からぬのか!」
「なんですって!?」椅子から立ち上がる成美。
ここでさすがにまずいと思ったか、二人の間に給仕を務めていたタリアやマーラが割って入った。
「落ち着きなさい、二人とも!」
「王の御前だぞ!」
必死の形相で宥める美しい白黒のエルフに成美も我を取り戻したか、成美は魔王に向かって「申し訳ございませんでした。」と淑女の礼をとったうえでその場に腰を下ろす。
一連の騒ぎにすっかり静まり返った場内だったが、次の瞬間、「はっはっは!」と魔王が豪快に笑い出した。
それから魔王は身を乗り出してきて、
「実に面白い見世物であった。そなたら人族はこの余を楽しませるためにわざとやったのか?」などと浩二たちに聞いてくる。
「いや。まったくの偶然です。たまたま議論が白熱したのです。みっともないところをお見せした。」浩二は素直に頭を下げた。
「右に同じです。楽しい食事をつまらないものにしてしまいました。重ねてお詫び申し上げます。」改めて並んで頭を下げる成美。
「良い! 気にするな! そもそも堅苦しい晩餐ではなくこのような食事会にしたのはこのような話も気楽にするためであろう? むしろ成功ではないか?」
魔王は深い皺の刻まれた顔をくしゃりと歪ませて、ニヤリと笑う素振りまでして見せた。
その様子を見て浩二はああと嘆息した。恐らく魔王はわざと喧嘩を吹っ掛けてきていたのだ。そうであろうとは感じていたが、むしろ釣られた成美がヘンに噛みついてきたことの方が意外だった。勇者と魔王は強制的に争い合うよう定められていると聞く。
『女神の加護』を受けた成美は、『邪神の恩恵』のある魔王に中てられて少々心のコントロールが難しくなっているのではないか? そんな印象を覚えた。
となれば逆に、同じく影響のあるであろう魔王が平然としている事こそが恐ろしいのだ。
老獪な魔王は自らの心を完全に掌握しているに違いない。
全く恐るべき老人であると、浩二は心の中で襟元を正した。
そんな魔王は続けて浩二に話しかけてくる。
「それよりもイタミ卿。そなた随分と面白い事を言ってのけたな。
ゴブリンが同じ人族だと? そんな話は400年生きた余も初めて聞いたぞ。エルフどもはどうか?」
「いえ……。」「初耳だ。」揃って首を横に振る二人の白黒エルフたち。
「わたしも寡聞にして存じません。」とこれはリリム将軍。
「なんと……!」今度は浩二がびっくりする番だった。「てっきり魔王陛下はご存じかと思っていたが。」
それから傍らの成美に目を向け、「柿野坂? お前もそうなのか?」と訊ねると、「ゴブリンは忌むべき化け物よ。あれは人とは別種の生物だわ。」と吐き捨てるようにそう言った。
ブルブルと頭を振るような仕草を見せつつも、浩二は呟く。
「そんなはずはない。ゴブリンとは間違いなく人の一種であるはずなのだ。」
「なにか根拠のようなものはあるの?」と問い質す成美に、浩二は「ある。」と強く頷いた。
「ところで魔王陛下は我らの元の世界である地球が多くの異世界からの強制転移や転生などの犯罪被害の憂き目にあっているという事はご存じか?」
「何の話だ? さっぱり分からぬ。」と困り顔のリリム将軍の隣で、「そのような噂はある転生者より耳にしたことがある。実はこの世には様々な異世界があり、いずれも地球と類似した亜世界であると。」と魔王は頷く。
「うむ。やはりご存じであったか。」重ねて浩二も魔王へ頷き返す。
それから続けて、「知見のないリリム将軍のために補足すると、我らの地球は特に近年、人々が勝手に召喚されたり魂を転生させられたりと、多くの異世界からあっちこっちに引っ張りだこなのだ。
このオレの叔父もこことは違う異世界に拉致されてな。まあ色々大変だったそうなのだが、そういうことがよくあるのだ。お陰で異世界拉致被害者の会などというものまであるくらいなのだ。」
「ほほう」と関心するリリム将軍はともかくとして、なぜか向かいの成美まで目を丸くしていた。
「私も初耳だわ、浩二くん。」
「まあ、あまり一般には認知されていないことではある。日本でも一般的な失踪事件は年に10万件はあるが、そのうち異世界拉致は数パーセントにも満たないからな。
それでともかくだが、特に拉致召喚されたものは運が良いと地球に帰れることがあるからな。その際に持ち帰った装備などを検分するだけでもかなりのことがわかるのだ。
それこそ例えば、武器や防具に付着した血痕などのDNA鑑定等の検証を経て、異世界で命をやりあった生物のあらましなどを調べることが出来る。
そこでゴブリンを始めとする多くの異種族が人属の亜種であると、地球ではすでに証明されてしまっているのだ。」
「そんな……!」真っ青な顔になった成美が何とか反論を試みようとしてくる。「でもそれはあくまでここではない、別の異世界って話でしょう?」
「むろんそれはそうだが、残念ながら多くの異世界がゴブリンなどの亜人を含め、共通の遺伝子を持っているだろうこともほぼ証明済みなのだ。
これは例えば植生についても同じことが言える。殆どの異世界ではどういう訳だか地球に同じブナやカシ、あるいは杉などの植物が当然のように生育している。これらが地球と同じものか、あるいは地球のものの亜種であることは持ち帰えってきた種子などで鑑定済みだ。
動物などについても一部魔物化しているものもあるが、これまた多くが地球に準じて牛や狼、あるいは魚や蜂のような昆虫まで、同じものやよく似たものが当り前のように存在しているのだ。
オレはこの世界に呼ばれて真っ先に森の様子を見に行ったが、残念ながら地球とほとんど変わらぬ様相であった。
この時点でまあお察しだ。同じような動植物があって地球と遜色ないというのに、どうして人だけそうではないと言えようか。
この世界においてもゴブリンが人族の亜種であろうことはほぼ間違いないだろう。」
「今さらそんな事言われたって……」成美は顔を伏せ、懸命に首を振る。「私はあいつらが人とは違うバケモノだと思ったからこそ、どう扱おうとも何の恐れもなかったのに……。」
浩二はそんな成美に向かって話しかける。
「なんとも奇妙な話ではあるな。賢いはずの柿野坂がこんな簡単な話に気付けぬとはな。
そもゴブリンだけでなく、オーク、オーガなどのバケモノ種であったり、サキュバスや魔族、竜人族などの魔族サイドの種族も、獣人族、ドワーフ族、エルフ族などの人族サイドの種族も、これらはみんな人と交わり子を為すことが出来るのだぞ。
更にはドリアードなどの精霊族も、はたまたドラゴンのようなモンスターも、更には女神のような神族もみな人間の仲間であろう。
かなり特殊ではあるが、やはり同じく交配できるのだ。
生物の授業で習わなかったのか?
同じ属に所属するからこそ血を交えることが出来る。つまりは同じホモ属の亜種なのだ。
現代の地球において人間に最も遺伝子配列が近しいのはチンパンジーだが、遺伝子の同一性が96%ほどもあるあの種との間に人間が子を設けることは出来ん。遺伝子とはたった数パーセントの差違があっても交わらないように設計されているからだ。
だがかつて絶滅したネアンデータル人などはホモ属の亜種ネアンデータレンシスと類され、これは人族と交配可能だしちゃんと血も一部が我らの中に残っている。
ゴブリンなどもネアンデータル人と立場は同じようなものだろうと、科学者たちはすでに結論付けているのだ。
そしてこれは純然たる遺伝子調査によってもたらされた事実なのだ。」
ここで魔王が発言を挟んでくる。
「イタミ卿よ。そなたの話しぶりでは余とそなたも同じ種族の亜種だという事になるな。そしてそれは、進んだそなたら地球のカガクとやらで証明された事実であると、そなたはそう申すのだな?」
「おっしゃる通りです。」肯定する浩二に魔王は破顔した。「はっはっは! なんとも愉快な話ではないか! では何か! これまで魔族と人族はお互いに、自らを脅かす異物であると争いあってきたが、その実同属同士が身内の争いに終始していただけだと申すか! なんたることか!」
魔王はひとしきり大笑いをすると、凄みのある顔になってテーブルに肘を置き身を乗り出してきた。
「それでイタミ卿? よもや話はそれだけという事ではないのだろう?」
「もちろんです陛下。」浩二もまた両手を組み、身体を前にする。「ここで肝心なのは、とはいえ地球にはゴブリンなどいないという事実です。
となるとゴブリンとは何なのか? そう言った疑問がわいてくるのは当然のことだ。
これについても地球の化学はある程度の予想をすでに持っている。
例えば美しいエルフ。これは美しくも長命な種族ではあるが、これはもしかして地球人類が自らを遺伝子改良し優れた血脈を残し続けた結果、いずれ至るであろう未来の我々の姿ではないかと考えられている。
あるいは醜悪なゴブリン。これまた人類が劣悪な環境下で退化していったもう一方の未来の人族の姿であるという考えがある。
獣人族などはこんなふうに推測されている。あれは未来の人類におけるファッションの一つではないか? とね。
つまり人が自らの肉体をも着飾るようになったとき、あのような猫耳やしっぽ、髭などをつけ身体能力の高いものへとつくり変えたりするのでは? とね。
他にも魔族なども全て、いずれ地球人類が至る進化の可能性を切り取ったものではないかとこう推測されているのだ。」
成美が疑問を挟んでくる。
「仮説とはいっても、それは科学的根拠のある推論なの?」
「ああ」と浩二は頷く。「やはりDNA鑑定の結果からある程度の予測が立つのだ。いくつか、現人類にはないが彼らに共通の遺伝子配列などが確認できそうだと研究が進んでいる。つまり、未来の人類が新たに獲得するであろうと予測される配列だな。
だが圧倒的に情報不足だ。もし成美たちクラスメイトの中でこの後地球に戻るものがいたら、是非この世界の亜人たちの髪の毛などを持たせて研究機関に渡してほしい。
みな喜ぶと思う。
もしやその配列とは魔法や魔力に関わる遺伝子ではないか? そんな期待もされているのだ。」
「分かったわ。みんなにも伝えておく。」成美はこくりと首を縦に振った。
「さて、話が逸れてしまったがともかくこれら新しいホモ種は、異世界では亜人などと蔑称され虐げられることも多いが、実際には旧人類と交配可能な人類の後継種である可能性が高いと目されている。
そうなってくると異世界というものの見かけは大きくその意味を変えてしまう。
先にも伝えた通り、地球は今本当にたくさんの異世界から狙われて、毎年たくさんの人間が連れ去られているのが現状だ。
異世界の数は観測されただけでも1000を超えるが、戻ってこれずに終わるものの多さを鑑みれば実際にはどれほどの数があるかも分からぬ。
地球と似て非なる無数の環境。地球と同種の動植物もあれば、新種の見たこともないそれもある。
人族も地球では単種であったのが、ホモ属に所属し混血可能な複数の亜種が設置され、時に共闘したり反目したりを繰り返している。
また、このような無数の疑似地球世界にはときおり地球の意識を持った人族が転生あるいは転移され場を引っ掻き回す。
まるでこれは、何やら壮大な実験が行われているように見えないか?
神だかなんだか超常の存在が、オレたちをいいように使って何かを確かめようとしているとは考えられないか?」
この浩二の問いかけにすぐに答えるものはいなかった。
成美は信じられないと青い顔で首を振るばかりだし、魔王は押し黙ってじっと宙を睨んでいる。
リリム将軍には少々難しい話だったかオロオロと交互に魔王と浩二を見比べるばかりで、リシャーナ姫に至っては何故かワクワクした面持ちで浩二の方へ目を向けていた。
脇に控えるタリア達も困った様子で立ち尽くしている。
なんだかおもしろくなってきた浩二は更に続けて話してしまうことにした。
「さて、魔王陛下よ。あなたは1週間前の晩餐会において、このオレの用意したカレーを前に自らの存在の不確かさを嘆いておられたな。
しかしそもそも、そのような問い自体が愚かであるとも言える。
結局のところ、異世界がいかに地球の劣化コピーであったとしても、我らは等しく超常の存在の実験に使われる道具にしかすぎんのだから、その優劣を競うのは馬鹿げているとオレは思う。
では我らは自らをこのようなところへ貶めた超常のものを恨むべきなのだろうか?
否!
何故なら彼らもまた悩んでいるようにこのオレには思えるのだ。
というのも、複数の微妙に異なる異世界を大量に生み出し、これを競わせるようなやり方は生存競争なのだ。
良い結果を残した異世界の要素は次の異世界にフィードバックされ、更にその結果をもとにより良い次の異世界群がセットされる。
途方もない時間を使って試行を重ねる彼らもまた、恐らく答えは持ち合わせていないのだ。
だからこんな迂遠なやり口で重ねて検証するしか手がないのだ。
彼らは人類に何かを創造させたがっているのだ!
おそらく彼ら自身にも分からぬ特別な何かを!
奴らが生み出す異世界は表向きは実に陳腐だ。だがその目的は実に深謀遠慮であるとこのオレには感じられる。
取ってつけたような勇者と魔王の争いの向こうで、あるいは貧乏貴族の末っ子などの国盗り物語のその陰で、あるいはどこかで見たような乙女ゲームの悪役令嬢断罪の悲喜劇の裏側で、いかにもな地球と似て非なる世界の中で、彼らはオレたちに新たなる何かの創造を期待し、その機会を求められているとオレは感じる。
女神だの邪神だのといった存在が未来における人類の管理者の仮の姿なのか? あるいは人類滅亡後に残されたAIのなれの果てなのか、それとも遠い別宇宙から来た人類とは別種の知的存在なのか、正直なところその正体は分からん。恐らく決して分からぬよう、最後まで巧妙に隠し続けられるのではないかとも言われている。
だがその目的だけは最初から明確だ。
ともかく何かを生み出してくれ! 人類は自らを越える新たな人類に進化してくれ!
彼らはそう切に願っていると、このオレには思えて仕方がないのだ。
その結果の一端がゴブリンやエルフなどといった新しい種族であり、あるいは魔法などの新しい能力であるとオレには思える。
だが恐らく、まだそれでは足りないのだ!
魔王陛下よ。
あなたは先日、ご自身の住まわうこの異世界の事を、地球によく似た出来損ないなどと言ったな。
地球を知るものから言わせてもらえばそこまで悲観するほどのこともない。地球だってある意味出来損ないみたいな下らぬ世界だ。
21世紀になってなお未だに疫病だの戦争だのに苦しめられる愚かしい人族に支配される憐れな星だ。
だがこうして、あまたに広がる多くの異世界との間に相互に緩やかな関連性を持ち始めることで、地球と世界は少しづつ変化しようとしているように思える。
この世に無数に現れた異世界群はお互いに僅かながらでも干渉し合い、各世界が少しづつ関わり合う中で、人類は何か別種の新しいものへと生まれ変わるチャンスを与えられているのだと、このオレにはそう強く感じられる。
そしてその変化はきっとこんな毎日の食卓に上る一皿にすら溢れているのだとオレは思う。」
ここで浩二は目の前の料理を指で指し示してみせる。
魔王は眼前のゴブの実漬けシチューを前に、片眉を上げた。
「この一皿がそうだと?」
「ああ。」大きく頷く浩二。「これはゴブリン族という新しい人類がこの異世界の地で新たに生み出した、まったく新しい食べ物だ。こんなものは地球にはない。どう足掻いてもオレたちが地球では再現不可能なものなのだ。
この食べ物もまた、地球とあまたの異世界の未来を切り開く、新たな灯火となるだろう。」
魔王はまっすぐ射貫くような目線で浩二を貫き、対する浩二も同じ視線でもってこれに応えた。
「こんな食べ物一つに、随分と大きく出たものだな、イタミ卿。」
「確かにオレの話は大言壮語に過ぎるかもしれぬ。
だが魔王陛下よ。確かにオレはこの世界に一つ新しいものを生み出したぞ。
だからこそオレはあなたにこう問い質そう。
あなたはどんな新しいものをこのオレに見せてくれるのだ?
魔王陛下よ。先日あなたはこう言ったな? 『我は一体なんであるか?』と。
その問いにオレなりの答えを提示しよう。
我々がなにものであるかを決めるのは常に新しい我らだ。
我ら人類がそれまでにない新たな何かを生み出した瞬間、我らは少しだけ新しい我らとなり、その新しい部分で我らは少しだけ新たに規定されるのだ。
そしてその僅かな一部分こそ、間違いなく我ら自身の分身であると明言できる。
あなたがなにものであるかを規定したければ、あなたにしか作れない何かを新たに生み出せ!
それがなんにせよ、新たに生まれた何かこそがあなたのあなたたる根源となるのだ。
魔王陛下よ! あなたはこの世に生をうけてから何を為した? あなたは何を新たに生み出した? 自らの不遇を呪う暇があるのなら、その手で為したものを確かめればよいのだ!
それがあなただ! あなたがこの世に為した新たな何かこそが、あなたを表すあなたの全てだ!
それと同時に我らはなにものであるかを少しづつ知るのだ!
魔王陛下よ! ゴブリンはゴブの実漬けなどという新たな食材を生み出して見せ、オレはこれを用いて更なる新たな料理の創生に取り掛かっているぞ!?
あなたは何を為した! そして何を生み出そうとしている!? あなたはこのオレに何を見せてくれるのだ!
どうか今度はあなたがオレに見せてほしい! 世界の誰もがまだ見た事のない、新しい何かを!」
これを受けて魔王は。
魔王は長い沈黙の後、「余がそなたに見せられるものなど、何一つないのだ。」と酷く残念そうに小さくつぶやいた。
それから、「余は疲れた。」と一言告げ、そのまま立ち上がり後ろを向くと、重い足取りでそのまま外へと出て行ってしまった。
その後ろ姿に先ほどまでの矍鑠とした様子はなく、酷く年老いた老人がその身を引きずるような歩みはとても弱々しかった。
だがそんな魔王を追いかけられるものはこの場にはいなかった。
彼は魔族の中の頂点に立つ魔王であり、彼よりも立場の高いものはこの場には一人もいないからだ。
この状況に一番混乱していたのは浩二だ。
先ほどまでの浩二は嬉しかったのだ。この魔王はとても知的で、優秀で、浩二の話にもきちんと耳を傾けてくれる懐の深さがあった。
だからついつい浩二は気分がよくなってしまい、あることない事思っている事を全て魔王に話してしまった。
最後には自説を振り回し、魔王を問い詰めるような無礼まで働き、でもきっと魔王は楽しんでくれていると勝手に思っていたのだ。
それがどうだ。憔悴しきった魔王は逃げるようにして立ち去ってしまった。
最愛の娘であるはずのリシャーナ姫にすら声もかけずに。
唖然となる浩二に「浩二くん……。」成美が話しかけてくる。
「柿野坂よ。オレは何か間違えただろうか? オレは魔王に無礼を働いてしまったのだろうか? 何か魔王の気に障るような発言が合っただろうか?」
「分からない。分からないわ、浩二くん。」成美も顔を青くしたまま首をふるふると横に振る。「魔王陛下は途中までとても喜んでおられるように見えたわ。浩二くんとのやり取りを楽しんでいらっしゃった。
最後の最後、浩二くんが魔王陛下に新しいものを生み出す話がネックだったのだろうとは思うけど、それにしたって違和感は感じなかった。
何か陛下にだけしか分からないポイントがあったのでしょうけれど、それがなんなのか、良い事なのか悪い事なのか、交渉にどう影響があったのかも、全く予測もつかないわ。」
「ともあれ何があっても柿野坂の命はこのオレが守る。もともと魔王と命を賭けたのはオレ一人だ。柿野坂が巻き添えを食うのはとばっちりだ。その点は責任を取る。」
「馬鹿を言わないでちょうだい。ただの一般人であるあなたが聖女たる私を守れるわけがないでしょう?
あなたの命は私が守る。ただその代償として聖王国の国王夫妻辺りはスケープゴートに使わせてもらうけど、それくらいはいいわよね?」
「まあ、それくらいは仕方のない代償だとは思うが……。」
などといったひそひそ話を浩二と成美で交わしていると、同じく困り果てた様子のリリム将軍が、招き入れた自分の部下たちとともに二人のもとに近寄ってきた。
一瞬身構える成美であったが、将軍の「ともかくおかしなことになってしまった。お二人には客間にお戻りいただきたいが、従ってもらえないだろうか?」という一言に力を抜き、「どうもそちらとしても予測不能の事態のようね。」「ああ。」などと互いに状況を確認しあった。
それでともかく、浩二たちは言われたとおりに客室に戻るくらいしかすることがなかった。
最後に晩餐のテーブルを見返すと、浩二の用意した料理を奇麗に完食した魔王の一皿だけが浩二に少しだけ安心を与えた。
浩二は少なくとも料理人としての責務は果たしたのだ。
翌日、玉座の間に呼びつけられた浩二を待ち受けていたのは、気丈な様子で涙をこらえ必死に胸を張る皇女殿下と、奇麗に切り取られ台に乗せられた魔王の首であった。
1年近くもせっせこいろいろと書き連ねてきて、いい加減そろそろ『すけさん節』なるものが新たに生み出されようとしている気がしなくもない。




