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それは晩餐というよりは一家の夕食といった席であった。
先に用いられた大広間の長テーブルではなく、ごく親しい身内のものだけが集まって日常的に食事をするための小ぢんまりとした食卓に、今回は魔王、ご息女のリシャーナ姫、リリム将軍、成美、そして浩二の5人が席についていた。
前回のようなお飾りだけの聖王国の国王夫妻などは完全に排除している。
腹を割って全てを打ち明けたいと願う浩二の希望に沿った人選に、魔王陛下が快く応じてくれた結果の一席となった。
給仕としてハイエルフのタリア、それから魔族側の配膳係として無理を押して協力してもらっているダークエルフのマーラにそれぞれ控えてもらって、浩二の指示のもとまずは一皿が運ばれてくる。
「まずはこいつを見てほしい。見かけはともあれ害のない食材ではあるが、好みの別れる食べ物だから口に入れるかどうかはみなにお任せする。」
そんな浩二の説明と共に出てきた皿を前に眉をひそめ、最初に口を開いたのは成美である。
「浩二くん? この見るからに身体に悪そうな紫色の物体はなんなのかしら?」
続けてリリム将軍も嫌悪感をあらわに不満を口にする。
「おまけに何やら臭いぞ。
イタミ卿。よもやそなた、陛下に毒でも食わせようなどというのではあるまいな?」
だが浩二はそんな二人の声には頓着せず、向かいに座る魔王の事だけをじっと観察し続けた。
魔王はそんな浩二に向かってフッと軽く笑みを見せ、それからナイフとフォークを両手に取り、器用に紫の塊を切り分けてから破片を口に運んだ。
その様子に満足した浩二は自身はフォークを使って豪快に紫色の物体をぶっさし、そのまま丸ごと口の中に放り込んだ。
魔王も続けて淡々とふた切れめ、さん切れめを次々と口に運んで行く。
そんな浩二と魔王の様子に覚悟を決めたか、残った三人もそれぞれの方法でこの物体の切れ端を味わってみせる。
「うげぇっ!」涙目になって舌を出すリシャーナ姫。
「なんだこれは……。酸っぱいし苦いし、後味も悪いし、なにより生臭い! 本当にこれは食べ物なのか!?」
浩二はそんな姫に対し、「無理に食さずとも構いませぬ。あくまで参考までに用意したものなのです。」と声を掛けたが、続けて魔王が「出されたものはすべて食しなさい。」などと父親の顔になって言うものだから、浩二としては申し訳ない気持ちになってしまった。
代わりに浩二はタリアに耳打ちし、口当たりのいい果実水を彼女に届けるよう手配させる。
その横で成美がギブアップとばかりに手を上げる。
「ごめんなさい……、浩二くん。それに魔王陛下にも。私これはちょっと、無理……。どうしても生理的に、受け付けない……。」
「無理はするな、柿野坂。人には誰しも食せぬ食い物というものがあるものだ。」浩二はそう成美を慰めつつ、魔王の不興を買っていないか注意深くその様子を伺った。魔王は成美に対して苦言を呈するようなそぶりもなく、別段特に変わったところはないように思える。
どうやら娘への教育方針と対外的な対応は分けて考えられる人物のようであった。
今代の魔王とは理知的に振舞う事の出来る立派な人物であると、改めて浩二は評価を新たにした。
この人物とは話が出来る。
未だ予断を許さない状況ではあるものの、浩二はこの時点で会談の成功を確信した。
リリム将軍は皇女殿下に倣ってか、顔を青くしながらも紫色の物体を完食してみせた。浩二としては彼女はいくら親しくとも魔王サイドの人間なので、特に声などはかけぬようにする。
さて、このようにして全員が一通りこの紫色の物体との格闘を終えたところで、浩二は改めて全員を見渡す。
「まずはいきなりの珍妙な食材に、みなを驚かせてしまったことをお詫びする。中には不快に感じたものもあるだろうから、その点については重ねて申し訳なかった。」
浩二は軽く頭を下げる。それから続けて、「だがどうしてもこのオレは、重要な二度目の晩餐の始めにこの食材を魔王陛下にお見せしたかったのだ。」と、そう説明を加える。
「それでいったい、この珍妙な食べ物は何なのだ?」何とか完食して果実水での口直しに暇がないリシャーナ姫が、水をちびちび舐めつつも訊ねてきた。
「うむ。」浩二は大きく頷いた。それから魔王に向かって声を掛ける。「魔王陛下はすでにお心当たりがあるように見受けられる。
ここはぜひとも閣下の口から皆に答えをお伝えいただきたい。」
「ふっ。ふふふっ。」魔王は実に楽しそうに笑った。
「これはゴブの実だ。ゴブリンどもが魔の森で育てている彼らの常備野菜だ。そしてこの醜悪なにおいは、ゴブの実を腐れミミズと合わせて漬けるゴブ漬け固有の発酵臭であろう。懐かしいな。大昔に人族に里を追われ、逃げ込んだ魔の森で匿ってくれたゴブロ族のものどもから馳走になったものだ。
当時は食うものもなく仕方なく口にしたものだが、数百年もの時を経て再びこうして味わってみると、どうしてなかなか感慨深い食べ物ではある。」
「うむ。」と再び大きく頷く浩二。
「まさに陛下のおっしゃる通り! 皇女殿下よ。これはあなたの父君の若かりし頃の苦労の味なのです。
当時の人族の追撃は厳しく、焚火など上げようものなら即座に彼らに見つかってしまう。食べ物にはずいぶん苦労したと、在りし日を知る古参のものより事情を伺っております。
まともな食い物にもありつけないようですと栄養が偏る一方でしょうから、味はともかくビタミンなどの豊富なゴブの実漬けは魔王陛下の命をつなぐ大事な役割を果たしたことでしょう。」
「そうなのですか?」目をキラキラと輝かせてそう父親に訊ねるリシャーナ姫に「さて、どうだったか。なにぶんずいぶんと昔の話であるからな。」と苦笑で返す魔王。
代わりに浩二が姫に応える。
「不摂生な食生活の中では壊血病などが恐ろしいものです。時には死に至る深刻な栄養失調となりうる。ビタミンの摂取は人間にとってとても大切な事なのです。
それはほかならぬゴブリンが証明してくれている。もともと寿命の短い彼らではあるが、このゴブの実漬けの発明で彼らの成人してからの平均寿命が10年は伸びたと言われている。
彼らにとってこれはまさに命をつなぐ文字通りのソウルフードなのです。
そして同じく若かりし当時の魔王陛下にとっても大切な栄養となったのです。」
「なんと!」姫は喜色ををあらわにした。
浩二は急な会食の準備のためにこの姫にも魔王についてあれこれ聞きまわったりと随分無礼を働いたものだが、皇女殿下は嫌な顔こそしたもののきちんと真面目に付き合ってくれた。
良い教育と良い愛情を一身に受け、素直で優しい人柄に育ちつつある少女の在り様に、傍若無人を自認する浩二としても自然と畏敬の念が芽生えていた。
だからリシャーナ姫が敬愛する父の側面を知り喜ぶさまを見るにつけ、我が事のように嬉しく感じられたのだ。
愛くるしい皇女殿下の微笑ましい様子に目を細める浩二であったが、ここでオホンと咳払いするものがあり、慌てて我に返る。
わざとらしい咳で気を引いてきたのは成美であった。
「オホン! ……それで浩二くん? これがゴブリンの食べ物だという事は分かったけれど、あなたが見せたいものはこれだけではないのでしょう?」
「ああ、そうだったな。いや失礼。では次の皿を。」浩二は取り繕うようにして白黒二人の美しいエルフに指示を出し、次の料理が運ばれてくる。
それは深皿の中に肉やら野菜やら得体のしれないものがごっちゃになって混在する煮込み料理であった。
見た目はなんとも野暮ったい茶色い煮物の塊であったが、不思議と妙に食欲をそそるなんともいえぬかぐわしい香りが漂ってくる。
運ばれてきた料理を前に、浩二の解説が始まる。
「済まないが今回用意した料理とはこの一品のみだ。
ただしお代わりはたっぷりあるし、食い飽きないように味を変えるための薬味になるものもいくつか用意してあるので、好みに応じて好きに試してもらったらいいだろう。
後はこれに合わせパンを好きなだけ食べるもよし。ワインに合わせても悪くない味付けになっているから酒の当てにするもよし。
いわば毎日の家庭料理の延長のような一皿だから、しゃちほこ張らずに気軽に食べてくれればいい。
皇女殿下はこういった料理の食べ方は分かりますか? マナーなど考えずに自由に食べてよい料理となりますが、問題ございませんか?」
「ううむ?」目の前の珍妙な一皿を前に困り果てた様子のリシャーナ姫。きちんとしたテーブルマナーを幼いころから厳しく躾けられてきたであろう姫には却ってこれは難しい料理になってしまったようであった。
しまった! 浩二は焦ってしまう。なにぶん準備期間が短かったため、姫の事までは考えが回らなかったのだ。
若い時分に苦労が多かったであろう魔王や、戦場での粗雑な食事に慣れたリリム将軍などであれば問題ないだろうと、大衆居酒屋の煮物料理を出してしまったが、これでは姫に対して無礼になってしまう。
そんな浩二の心配に手を差し伸べてくれたのは魔王であった。
魔王は困り果てた姫の目の前で豪快に素手で骨付き肉の骨の部分を手づかみすると、そのまま肉にかぶりついてみせた。
目を真ん丸にしてその様子を見守るリシャーナ姫の前で、器用に肉だけを全て喰いとり、骨だけになったそれを皿の端に戻してみせる魔王。それから小脇に置かれたナプキンで手を拭きつつ、「今日は特別に無礼講だ。いくら汚しても叱ったりなどせぬから、作法など忘れて好きなように食べてみなさい。」と笑いながら娘に語り掛ける。
「分かりました! お父様!」姫はそのまま父親に倣うようにして、骨付き肉を手づかみにしてむしゃぶりつく。
ビッグボアの肉はホロホロになるまで徹底的に煮込まれ、口に含めばとろけるような柔らかさで驚くほど簡単に飲みこめる。
一口味わっただけでその素晴らしい味わいに魅了されたと思しきリシャーナ姫は、弾けるような笑顔で美味しそうにその肉を頬張った。
二人に倣い、リリム将軍や浩美も同じようにそれぞれの食し方で料理に手を付ける。
みな一口食べてはその味に驚き、続けて二口、三口と手を動かし始めた。
どうやら浩二の一皿は皆に喜んでもらえた様である。
浩二は嬉しさにニヤつく口元を堪えつつ、自らもスプーンを手に取りスープを口に含んだ。
こうして二度目となる奇妙な食事会が幕を明けた。




