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そんなことよりカレーが食べたい。  作者: すけさん
第三章 小麦をめぐる冒険
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その小麦粉は店のものに驚きをもって迎えられた。オーナーがずっと工房に入りびたりで何かを作っていることはみな知っていた。だが、情報の漏洩を恐れた浩二が店のものに対しても秘密にしたから、何を作っているかは誰も知らなかった。

それがある日幹部の皆が工房に招かれ、完成した試作機群の稼働する様を目の当たりにし、全員があんぐりと口を開けた。


工房には微妙に形の違う何台ものローラー群、フルイ群が所狭しと並べられている。

この機械群の端に脱穀ずみの麦を乗せ、端から順に処理に掛けてゆく。

すると順を追うごとにより細かく、より白っぽくなってゆき、最後にクリーム色の粉が振るい落される。

小麦の製粉が大掛かりになりがちなのは、このように段階を追って複数の機器を順番にくぐらせなければならなくなったからだ。もちろんこれはローラー式の新しい製粉だからこその問題で、昔ながらの石臼でゴロゴロとすりつぶすだけなら場所も取らずに小さく出来る。小麦の製粉技術が進むにつれ工場がどんどん大きくなっていった経緯は19世紀末の地球でも実際にあった話である。

ゴウン、ゴウンとうなりを上げて動く工作機械たちは、もはや料理とは何の関係もない何やら儀式のようなものを行っている特別な装置であるようにタリアなどには見えたのだが、フルイの下へと落ちてくる粉は確かに小麦の粉であった。

意味不明の光景に猫人族のシャーなどはさっきから何度も自分の目を擦っている。


さて、このようにして出来上がった粉は、その場にいるみなが見たこともない粉であった。これを「小麦」だと言われても、みな初めて見るものだから、どうにもうまく理解が出来ない。とにかく白く、細かく、滑らかなのだ。

浩二曰く「技術が進めばもっと白くすることも出来るのだが、今はこのあたりが限度だな。」との事であったが、タリアもチャナンも異世界の事など知らぬから、浩二の言う事が本当かどうかも分からない。ともかく今までと違う粉なのだという事だけが分かった。


ところで出来上がったばかりの粉はそのままでは使い物にならない。1週間ほど寝かせてやることで粘りのあるよい小麦粉へと熟成するのだ。この熟成がないと小麦粉は上手に取り扱えないのだ。


浩二の説明にチャナンは首を傾げた。料理長として今や浩二を越える知識と技量を持つチャナンだが、そもそも小麦粉に粘りが大事だとか膨らまないだとかという概念がない。余計なものが多い分相対的にグルテンが少ない全粒粉は、基本的にはそれほど粘らないし大して膨らまないからだ。むろんこの世界にも酵母を使ってパンを発酵させて膨らませる技術は大昔からあるが、チャナンにしてみれば食感をよくするためのちょっとした小ワザ程度の認識であった。

頭の上にたくさんの疑問符を浮かべるチャナンの様子に浩二は「ふふふ」と笑いながらも、工房の奥からすでに準備してあったものを運んでくる。

寝かせた小麦粉と、その小麦を使って作ってみせたいくつかの食材だ。


まずは寝かせた小麦粉。これは出来たてのものよりさらに白くなっていた。俗にエージングと呼ばれる熟成期間を経て、小麦はより白くなる。粉になった状態でもまだ生きている小麦は、酸素に触れる中で組成の変化が起こりさらに性質が変わるのだ。


そして小麦を捏ねて作り上げた麺とパンだね。

麺は小麦だけのうどん風のものと、にがりと卵を使った黄色っぽいラーメン風のものの二つが用意されている。

「へぇっ……!」みなは興味深く覗き込む。

好奇心旺盛なナリャ姫が膨らみきったパンを指でツンツンつついていると、浩二が楽し気に声をかける。

「このパンだねは酵母のおかげで元の3倍近く膨らんでいるぞ。窯にかければさぞかしふっくらと焼きあがるだろうな。」

ナリャはじゅるりとよだれを拭くそぶりを見せつつも「ホント!? それじゃあ焼いてみてヨ!」と声を上げた。

「ふむ。いいだろう。」浩二が大きく頷き、工房奥の厨房でさっそくの調理が始まる。


即席のパン焼き窯となる魔導オーブンがあったまるまでの間にまずは麺を2つ。

グラグラと湯を沸かした大鍋に麺の入った穴あきザルを数分程度くぐらせてみせる。

ちなみにこの穴あきザルはフルイの失敗品を適当に加工しなおして作ったミモザのアイディアアイテムだったりもする。チャナンは新しい調理器具を物珍しそうにジロジロと見つめてくる。

相変わらず目ざとい男だと感心しつつも、浩二は湯切りをしてから大皿の上に麺を盛る。

まずはうどん風。続けてラーメン風。小麦の種類が合えばパスタ風の麺も作りたかったところだが、残念ながらデュラム小麦はまだ見つかっていない。だからまず用意できるのはこの2種類のみ。

味付けはシンプルに塩のみとする。

だが舌の肥えたみなにしてみればそれで十分なのである。

幹部店員たちは待ってましたとばかりに一斉に大皿に箸やフォークを突っ込んで、我先にと口の中に麺を運ぶ。箸については、先日の佳奈たちの女子会に感化され、手先が器用なエルフの女性陣などが異世界伝来のこれを当り前のように使うようになっていた。


「おおうっ!」むくつけき料理人の男たちから唸り声が上がった。

「ああっ……!」可愛らしい給仕の女の子たちもため息のような声を上げた。


「すげぇな、オーナー。白い奴もすげぇがこの黄色い奴も独特だ……。こいつがあんたの言っていた粘りってやつだな。確かにこいつはすげえ食感だ。こいつがあれば料理の幅が広がる。いろんな使い道がありそうだ。

当然カレーに組み合わせることもできるんだろう?」

チャナンが目を輝かせながらそう話しかけてくる。

「ああ、もちろんだ。」浩二が頷くと、チャナンは心底嬉しそうに「へへへっ」と笑った。


そうこうしているうちに、オーブンの方から実に香ばしいうまいにおいが漂ってくる。窯にかけていたパンだねが焼きあがる豊潤な香りだ。

ナリャ姫が我慢できずに「コージ! コージ!」と浩二をせっついてくる。

「まあ待て、ナリャよ。もう少しだ。」浩二はナリャ姫を宥めつつ、時間を見計らって窯からパンの乗った台を引き出す。

丸いパンだねを焼き上げた可愛らしい丸パンが皆の前に姿を現すと、我先にとみな飛びついた。

「数に限りがあるからな。分け合って食べてくれ。」

浩二の一言に、手にしたパンを丸かじりしようとしていたナリャは、慌てて手でちぎり、隣にいた人族の寡婦、マルゲリータに半分を手渡す。そうして仲良く二人してアツアツのパンにかじりついた。

傲慢なハイエルフと身勝手な人族の女達が並んでパンを分け合うその様子に、ミモザは何事かと目を見開いた。ミモザは浩二の経営するカレー屋が国際色豊かな多くの種族、民族の働く店であることを小耳には挟んでいたが、彼らがこんなにも仲がいいとは知らなかったのだ。

この世界は僅かにも毛色の違うもの達は際限なくいがみ合うのが常である。

故郷のドワーフ王国では女が鍛冶をしているというだけで石もて追いだされたミモザとしては、驚きの光景であった。

そんなミモザの様子を気に留めるものもなく、みなは焼きあがったばかりの熱いパンにみな苦戦しながらも、夢中になってパンに齧りつく。


はふっ、はふっ!


しばらく、といってもほんの数十秒ではあったがみんなして無言であったが、

「すげえっ! 本当にふっくらしている! 中は真っ白で、フワフワだっ!」料理人の男の一人が大喜びで騒ぎ始めた。

「ああっ! こりゃすげぇ!」男達は堰を切ったように口々に賞賛の声を上げ始める。

「こんなパン、食べたことがない……!」

「美味しい!」女性陣も賛同の声を口にし、みながざわざわとお互いの意見や感想をぶつけ合い始める。

そんな中、チャナンが嬉しそうな顔で浩二のもとに寄ってきた。

「ボス、カレーの供にこんなうまいパンがあれば最高の組み合わせになりそうだ! さっそく試してみたい!」

浩二はせっかちなこの男の大はしゃぎする様子に笑い出した。

「まあ待て! チャナンよ。カレーより前にもう一つ、食べてもらいたいものがあるのだ。みなも!」


それから浩二はいったん調理場の奥へと引っ込み、銅で出来た寸胴鍋を両手に抱え戻ってくる。ドワーフ職人のミモザが作り出した洗練された鍋の形に思わずうっとりとなる料理人たち。

だがもちろん、料理の主役は鍋の中身の方である。鍋蓋を避け、湯気の立ち上るそれを覗き込んだ皆から感嘆の声が上がった。

「なんだ……。これは……。」

「真っ白だ。」

「白いスープだ……!」

「見ろ! 不思議なトロミがあるぞ! アレはどうなっているんだ!」


それはクリームシチューであった。小麦とバターを1:1で炒めたルゥをミルクで割るベシャメルソース。これをさらにチキンブイヨンで緩めて作り上げたそれは、小麦の白さがそのままシチューの白さに転化され、みなが見たこともない輝きを放っていた。

鶏肉、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、キノコといった、日本人ならばなじみのある食材もゴロゴロ入っている。


小皿に取り分け、みなで実食を進める。そのままスプーンで掬うだけでなく、パンに浸して食べたり、先ほどの麺と絡めて食してみたり。

ミモザなどはどこからか酒瓶を持ってきて、シチュー片手に酒盛りを始めてしまっている。


そんな中、チャナンはシチューをスプーンで掬ってはそのまま垂らしたり、皿の端で伸ばしたり、これを口に含んで舌触りを確かめたりと、熱心にこれをあれこれ調べ始めた。


ひとしきり調べて満足したチャナンは、キラキラとした目で浩二へと向き直った。

「ボス! もしかして、この粘りが小麦によるトロミだということか!?」

「ああ。」浩二は大きく頷いてみせる。「コリアンダーや片栗粉では出せぬ粘りだ。分かるか? チャナンよ。オレがカレーに持ち込みたいのは、この小麦粉による粘りなのだ。」


「はははっ!」チャナンは笑った。「全くボス、あんたはイカレてる! 確かにこいつは新しい味と食感のトロミだ! このトロミのためだけに、こんなに巨大な機械を自分で作っちまうなんて! ボス! あんたは本当に最高だ!」


両手を広げ、大声でゲラゲラ笑うチャナンの背後には、いくつものローラー、振るいによる巨大な粉砕機械群が所狭しと並べ立てられていた。



補足


■クリームシチューについて

・クリームシチューは日本人が戦後開発した日本の食べ物だったりします。1950年ごろから学校給食で提供されるようになって全国に浸透していった、新しい食べ物のようですね。

ベースとなるベシャメルソース(ホワイトソース)自体は500年以上前からある歴史あるソースではあります

ただ、本作品ですでに言及しているように、世界の小麦粉はほんの150年くらい前まで全粒粉しかなかったので、それまでのベシャメルソースは今日われわれが知るものよりはもっと茶色かったんじゃないでしょうか。

白い小麦粉が生み出されて真っ白なホワイトソースが作れるようになったのは本当に最近の事なんではないかと思います。


一回ちゃんと全粒粉で各種ソース作って検証してみたい気もしますが、なんか最近大掛かりな料理する意欲がなく先延ばしになってしまってます……。

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