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「頼もうっ!」意気揚々と乗り込んだ先は、ドワーフ鍛冶師であるミモザの店、その名も『調理器具・ミモザ』であった。
ミモザは珍しい女性ドワーフの鍛冶師で、作るものはさらに珍しい料理道具ばかりであった。兜は作らないが鍋は作るし、盾はこさえぬがまな板はこさえるし、剣は打たぬが包丁は打つ。卓越した鍛冶の技を調理器具にのみ発揮させる、ありていに言って変人であった。
だいたいドワーフの女性というものは細工物や織物、工芸品といった火を扱わぬ職人になることが多く、ガラス職人の中に女性がちらほら混じることはあっても、鍛冶師になることはまずありえない。
豪快な性格とは裏腹に保守的な考え方を持つものが多いドワーフ族は、「嫉妬深い火の精は女が近づくと加減が利かなくなる」などといった迷信を信じて鍛冶場にいっさい近寄らせないのだ。まあ迷信というものには少なからず生活の知恵が紛れていることも多い。キツイ火仕事を女性にさせては身体に障りがあっていけないといったそれなりお根拠もあるのだろうが、些か時代遅れの考えと言えなくもない。
ミモザは若くして両親を亡くし、引き取った養父が相当な変わり者だったようで、迷信などには頓着せず、鍛冶に興味を持ったミモザをあれこれ仕込んだ結果、ドワーフの中でもはねっかえりの変わり者の女性ドワーフ鍛冶師が生まれた経緯があった。だが、そんなミモザを快く思わないドワーフどもは多かったらしく、養父が不慮の事故で亡くなった後、彼女は故郷のドワーフ王国を石もて追われるような格好で人族の街へとやってきて、以来料理人のための鍛冶を何十年も続けている。なお彼女に石を投げたドワーフは女性の方が多かったそうである。色々と悲しい事情のある職人がミモザであった。
だがまあ浩二にしてみればそんな裏事情はどうでもよい。ともかく一級の職人であり、優れた技術者でもあり、なにより料理に懸ける情熱が素晴らしい。彼女はその卓越した技術を調理器具の為だけに用いようとする、素晴らしい感性の持ち主なのだ。
多少割高である点などは些細なものだ。むしろもっと高くてもかまわない。浩二がさほど発展していない南方都市国家の一都市に店を構えることにしたのも、このミモザの工房があるからといっても過言ではない。
浩二は口は悪いが腕のいいこの女ドワーフにほれ込んでいるのだ。
「はあーっ……。まぁた訳の分かんない注文を持ち込みやがって。だいたいこれ、もはや調理器具でも何でもねーじゃねーか! テメーはアタシになに造らせようとしてんだ!」
「まあそういうなミモザよ。これは完成すれば世界の小麦料理の歴史を塗り替えることになる、偉大なる装置なのだ。
真っ白な小麦から生み出される真っ白なパン、極上品だぞ。食べてみたいとは思わないのか?」
「食うだけなら食いてーに決まってんだろ! その為に工作させられんのがアタシじゃなけりゃな! なんでこんなめんどくさいもん作らなきゃなんねーんだよ! アタシゃめんどくせーのが大っ嫌いなんだよ!」
「まあまあ、そういうなミモザよ。だいたい鉄鍋と五徳の件では随分儲けさせてやっただろうが。これだって完成すれば大儲けできるのは間違いないんだから、この俺に乗る以外に手はないとは思わんか?」
「クソッ! それを言われると返す言葉がねーじゃねーか……。」
浩二が最初にミモザに依頼したのが底が球形の鉄鍋と、これを支える台であった。いわゆる中華鍋と五徳である。厳密には浩二が頼んだのはインドのカダイと呼ばれる鉄鍋なのだが、形はほぼほぼ似たようなものなので大した違いはない(カダイの方が少し深めで全体的に厚底ではある)。
ミモザは浩二からは高い金をとって注文生産でこの鍋を特別に作っておきながら、その便利さ、合理性に気付くや否や大量生産し知り合いの料理屋などに売りまくり、この数年の間にひと財産を築いた経緯があった。
意匠権やライセンス、特許といった概念が一切ない世界である。良いものはすぐにパクられる事があるとは浩二も予め理解していたから特にミモザに怒ったりはしなかった。ただしミモザがこさえた初期のものは作りが色々甘かったので、浩二は何度も注文を付け、より使いやすいものへ改良する手伝いをした。
結果としてこのひねくれた職人は浩二に一目置くようになり、文句は言いつつも色々と浩二に協力するようになっていた。
他にも浩二主導の元、フォーク・ナイフ・スプーンといった店舗常設用のカトラリーを製作したり、握りやすく扱いやすい適切なサイズの牛刀を打ち出したりと、異世界由来の新しい食器、調理器具を次々と生み出し、当然のことながらこれらも他の店にも高値で売りつけることでミモザは大儲けしていた。
結果として浩二たちの住む南方都市は新しい食器や調理器具の情報発信地としてにわかに注目を集め、腕のいい職人や料理人がじわじわと集まりつつあった。
やにわに活気立つ都市の中でミモザは流行の発信源の一人として頭角を表し始めている。ミモザはドワーフ王国を離れ数十年にしてようやっと手にした栄光の入口にあり、その原動力である浩二の頼みとあらば断ることなど出来なかった。
こうして浩二と二人三脚の小麦製粉機の試作が始まった。
米の精米は砥ぐと言うが、小麦の製粉は挽くと言う。その違いについて少しふれておこう。
そもそも精米の歴史は古く、日本では中世平安時代にはすでに貴族たちは白い米を食べていた。なぜこのような事が可能であったかというと、米は白い胚乳の部分がとても固いので、米粒のお互い同士をぶつけ合わせることで簡単に外側の色づいた部分を削り落とすことが出来るからである。文字通り米同士を『砥ぐ』訳だが、これをどう実現するかといえば、臼と杵を用意して乾燥した米をひたすら叩けばよい。
水車小屋で棒が臼に向かって上から下へとぎっこんばっこんと突いている装置が一昔前の精米装置である。これだけで簡単に白い米を生み出すことが出来る。
もっとも水車を使ったような自動化はかなり後になってからで、江戸時代も中期になってようやっと精米された白米は庶民の食べ物となった。
とはいえ仕組み自体は大昔には発明されていたため、白米の歴史はすでに1000年以上となる。
対する小麦だが、米と同じことをしようとするとバラバラに砕ける。米と違って胚乳が柔らかく脆い麦は、杵などで上から叩いてしまうと簡単に崩れてしまう。だからお互いをこすり合わせて砥ぐことが出来ないのだ。そこでまとめて全部砕くしかなく、そうすると胚芽や外皮が混じった全粒粉にしかならない。胚乳部分だけを分離することがとても難しいのだ。
ではどうするか?
ここで考案されたのがローラー式の粉砕機による瞬間粉砕である。石臼のように完全にすりつぶしてしまう機構と違い、ローラー式粉砕機は麦の粉砕点は2つのローラーが挟み込む一瞬だけである。つまり瞬間的に砕くだけで終わる。
すると麦のような柔らかい穀物は、より柔らかい胚乳部分は細かく砕け、比較的固い外皮や胚芽は大きな塊のままになる。
これを振るいにかけると、細かく砕けた白い胚乳だけが下に落ちてきて、胚芽などとの分離が叶うようになるのだ。
とはいえこれはとても大雑把なふるい分けとなるので、幅の微妙に違うローラーを複数回くぐらせつつ、大きさの微妙に違うふるいに何度もかけることで少しづつ胚乳とそれ以外を振り分けて行くことになる。
ローラー式粉砕機と振るい、そして多段式の製粉機、これらがすべて揃って初めて白い小麦の歴史が幕を明ける。言葉にしてしまえば簡単な手口だが、人類がこの発想にたどり着いたのは17世紀ごろ、さらに改良や改善が功を奏し小麦を真っ白に出来るようになったのは19世紀も終わり近くとなる。
地球人類にとっても本当についこの間開発されたばかりの、とても新しい技術なのだ。
さて、そんなこんなで始まった製粉機製作だが、小型の試作機を作る時点で早くもつまづきを見せていた。
まずなによりローラーの形が整わないのだ。円柱型のローラーを2つ並べてゴロゴロ回して巻き込むように粉砕しようとするとき、円柱を形作る円の部分が正確な真円でないと、二つのローラーが重なる部分の隙間が大きくなったり小さくなったりし、同じ大きさで粉砕できない。
だがこの異世界は「正確な真円に加工するための工作機械」というものがそもそもないため、職人がどう頑張っても不揃いな円柱しか生み出せない。
早速発生する難問に頭を抱える浩二。
だがこれを解決して見せたのはミモザであった。ミモザはともかく大雑把にでも円柱型のローラーを作ってしまい、ヤスリによる研磨で並行面を削り出すという荒業でこれを成し遂げてみせた。とはいえ言葉で説明すると簡単そうに見える話だが、これですら大変な困難さを伴った。そもそもローラーを平行に揃えるための直線的なヤスリ自体が簡単には作れなかったからだ。これについては浩二のアイディアで布の上にヤスリの元になる金属片を塗布しヤニで固め、水平に削り出した木の上に当てる手法をとった。
いわば布ヤスリのようなものを即席で自作したのだ。
ようやっとひと課題こなしたかと思えば、次に立ちふさがったのが「同じ目の粗さを持った正確なフルイ」であった。
小麦を細かく砕けた胚乳と荒く砕けた胚芽、外皮に分けるには、微妙に目の細かさが違う正確なフルイを複数用意し、麦の砕け具合に応じて差し替えつつも、具合の良いフルイを適切に選択してゆかなければならない。
ところでこの世界のこの時代、金属網で出来たフルイなどが存在するわけがない。そもそも一定の細さで金属を糸のように加工することが出来ないから、金網を作ることすら夢物語である。
だからといって糸のようなもので網を作ろうとすると、穴の大きさはまばらな上に、麦を振るおうとすればたわんですぐに大きさが変形してしまう。
これを解決したのは、工房にてミモザの助手を務めるカリンであった。
カリンは一定の大きさで穴をあけられるドリルのようなものをこさえ、木板に大量に穴を空けてこれをフルイとしてみせたのだ。穴の大きささえ一定であれば、かなりの制度で大小をふるい分けることが出来る。
「よくやったぞカリン!」「おめぇは人族にしておくのは勿体ないくらいのいい女だ!」浩二とミモザはそばかすだらけで痩身のこの女をこれでもかというくらいに褒めそやした。すっかり照れてしきりに指で鼻を擦るカリンが、このプロジェクトの欠かせぬ三人目となった瞬間であった。
しかしこの方法では穴がすぐに目詰まりしてしまい、少量づつを少しづつ振るってはよけ、振るってはよけを繰り返さねばならず、改良を余儀なくされた。
木板は極限まで薄くした金属板へと差し替えられたが、これに均等な大きさの大量の穴を空けるための金属用のドリルを工作するだけでひと月を要した。
他にも様々な難問が降ってわき、小規模な試作品の完成にこぎつけるにも1年以上の月日がかかった。
浩二はつくづく痛感した。何故地球における工業機器の性能が産業革命以降に一挙に花開いたのか。
全ては精度の問題である。
精度の高い機器を作るには、精度の高い工作機械が必要で……
精度の高い工作機械を作るには、精度の高い工具が必要で……
精度の高い工具を作るには、精度の高いものさしが必要で……
精度の高いものさしを作るには……
機械を作るための機械を作るための機械を作るための機械……、といった何百年にもわたる機材の開発、改良の果てのブレークスルーが産業革命であったのだ。
革命自体は17世紀ごろから突如発生したように見えて、実際には何千年もの水面下での研究開発が特定の一点を超えた成果なのだ。これを無視していきなり現代基準の最新の設備を作ろうとしても、そりゃあうまくいくはずがない。
日本には異世界ものの成功物語として知識チートで世界の歴史を塗り替えるようなエピソードがいくつも紹介されているが、半分以上が眉唾物の誇張内容であると、浩二は肌で実感した。
ネジ一つ作るにもとてつもない技術の革新がいくつも必要なのだ。そしてこれは個人の知識だけで成立出来るものではない。社会そのものが成熟して、高精度の機器を生み出す能力や知識、経験を持った人間が沢山集まって相互に関係を持つようになって初めて生み出せるものなのだ。
こんな場末の商業都市の片隅で、ミモザと浩二とカリンが三人だけで頑張っても作れるものはたかだか知れている。
浩二は始め、もっと簡単に作れるものだと勘違いしていた。理屈は簡単なのだ。ローラー式の粉砕機と大小をふるい分けるフルイ。この2つがあればいいだけのはずだったのだ。
だがたったそれだけのことが、この未開の世界では果てしなく難しい。
浩二の異世界知識、ミモザの卓越した技術、カリンの自由でのびやかな発想、これらはどれも強力な武器であったが、それでも目的の機械が形になるには時間がいくらあっても足りなかった。
それでもまずは1年5か月で試作品が出来た。
それはもはや調理器具とは似ても似つかぬ、巨大な機械の群れであった。




