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そんなことよりカレーが食べたい。  作者: すけさん
第三章 小麦をめぐる冒険
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小麦の精製に手を出そうと考えたのは、浩二の心境の変化によるところが大きい。

いいんちょたちを救い出すのにはとかく力がいる。財力、暴力、権力、何でもいいから力を手に入れなければ王国などと争うための土台すら確保できない。


そこで異世界で名を成す必要が出てきたとき、浩二の頭の中には様々な考えが渦巻いた。

過去の前例を紐解けば、異世界で成功するには様々な方法がある。


例えば活版印刷などを推進し、世界に文化爆弾を投げ込み文化的に大成するものがいる。

あるいは火薬や銃器を開発し、武装した軍隊を組織し大陸を制覇するものがいる。

ノーフォーク農法やハイパーボッシュ法などの農業革命を起こして土地を富ませ、国を興すものもいる。

転移、転生特典のチート能力におんぶにだっこの安直な俺つえーで世界を牛耳るものもある。


だがこのどれもが浩二の持つスキルや経験、気性などと合わず、浩二にとっては現実的ではないように感じられた。

なにせ最悪計画は頓挫し赤貧の後に頓死する可能性もあるのだから、文字通り自らの命を賭けてでも情熱を注げる何かでないと意味がないのだ。

例えばちょっとした思い付きでリバーシやトランプをこさえて大儲け出来たとして、これが貴族どもの要らぬ反感を買いむごたらしく殺されるような最後を迎える際に、「お前が命を賭してまで異世界で成し遂げたかったことはカードゲームを流行らせることなのか?」と問われて首を縦に振れるものは少ないだろう(ただしMTG命みたいな人を除く)。

修羅の国、異世界で人生を賭けて挑むからには、それなりに思い入れのあるものを題材に選ぶ必要がある。


そんな浩二にとって一番の何かは『カレー』であったがこれはもうすでに始めてしまっている。だがしかしカレーだけで大儲けできるかというと、いずれはカレーでこの世界を盗ってやるなどと息巻いている浩二ではあっても、このままでは時間がかかりすぎるのが現状であった。


そこで、浩二の好きなスパイス・ハーブに関わる何かを考えたとき、真っ先に思いついたのがなにあろう麻薬であった。

大麻やケシ、コカの葉やタバコいった麻薬の原材料は、これは立派にスパイスやハーブの一種である。カレー造りを通じてあまたのスパイス・ハーブに精通している浩二にとって、知らぬ材料というわけでもない。

そしてこれらのいずれをとっても、莫大な富を生み出す金の生る木である。

さらには何より、どれも実に簡単に栽培することが出来て、いくらでも増やすことが出来る。先日浩二が苦労を強いられたコショウなどと比べるまでもなく、ちょっとびっくりするくらい簡単に育てられるのが大麻やケシなのである。どうりで地球においてもいつまでたっても麻薬が撲滅されないわけである。

当然異世界においてもこれを活用しない手はないだろう。


異世界統べるにてっぽは要らぬ。大麻の一つもあればいい。


これは異世界拉致被害者の会事務局長である神崎さんが冗談めかして言った格言であるが、じつはこれ、神崎さん自身の実話を元にしている。神崎さんが異世界に連れ去られた際に、彼は呼びつけた国王の命などはすべてガン無視し、見つけてきた大麻の違法栽培で大金持ちになり、札束で魔術師たちの頬を叩き研究開発をさせ、ゴリ押しで日本に強制帰還してきたそうである。


浩二は子供のころからこの話を聞いて育ったから、いざとなれば違法薬物の力を借りればどうとでもなると安直に考えていた。

今まで浩二がこれら麻薬の力を借りようとしてこなかったのは、中世然とした異世界にこれを流通させると、割と簡単に世界の倫理が崩壊し、再起不能なまでに文明が後退、破壊される可能性が高いという検証データがすでにあり、浩二の中にある善意がこれをためらわせたからである。

しかしいいんちょたちの現状を知ってしまうと、異世界人を人とも思わぬ王国民などがどうなろうと知ったことではなく、「いいやいいや、奴らに麻薬をばらまいたれ」と考えを変えた浩二は悪魔の所業に手を出すことにしたのである。


が、肝心の麻薬がどこにもなかった。

八方手を尽くし、エルフ、ダークエルフ、獣人など森や草原のスペシャリストたちの力を借りながらも、種類の豊富なケシの亜種すら一片も見当たらなかった。


どちらかというとスパイスよりのメースすらない事実に辿りついた時、浩二はこの世界の管理者が意図的に麻薬成分のある植物を排したのだと、遅まきながら思い至ったのだ。


地球産の植物を適当にばらまいているだけの異世界において、どの植物を持ち込むかは管理者の自由である。

この世界を管理する意志ある存在がどういったものなのか伺い知れぬが、どうやらそのあたりは厳格に対処しているようである。

もしかしたら事務局長の神崎さんが滅茶苦茶やりすぎたせいで、その後の異世界管理者たちに要らぬ警戒心を与えてしまったのかもしれない。いや知らないが。


ともかく浩二は困り果ててしまった。ここまでですでに2年を無駄に費やしており、浩二は忸怩たる思いで方向転換をせざるを得なくなった。


そこで浩二が熟慮の上に辿りついたのが白い小麦であった。



さて、白い小麦という、今日われわれが当り前のように目にする食材の歴史は驚くほどに浅い。臼で挽くだけの小麦はすべからず、麦芽の部分なども全て混じった全粒粉にしかならない。

だからほんの200年くらい前までの人類は、白いパンも白いうどんも白いソースも白い焼き菓子も食べたことも見たこともなく暮らしていたのだ。


それが17世紀前後に段階式製法という画期的な製粉法がフランスにて生み出されたことに端を発し、産業革命もいよいよ終盤の19世紀半ばごろ、ローラーを使って段階的に粗挽きから細挽きへと変えつつも、振るいを用いて胚を取り除く技術が開発されて初めて小麦粉は現代と同じ白さとなった。

白い小麦による白いパンは瞬く間に世界を謁見し、驚愕をもって人々に受け入れられた。それまでのパンは茶色かったのである。そして、どうしても味に雑味があった。

白いパンにはこれがなかった。白いパンは見目麗しくさらには、とても美味しかったのである。


こうして地球では今日当たり前となった白い小麦を用いた料理が、150年ほどの間に一斉に花開いたのだ。



浩二が白い小麦に着目した元はやはりカレーである。カレーにとろみをつけるのにどうしても白い小麦粉を必要としたのだ。


カレーとろみをつけるのには様々な技法がある。例えばカレーの三大スパイスの一つ、コリアンダーはそれ自体にカタクリなどと同じとろみ成分を僅かながらも持っている。だから、コリアンダーだけを大量にガンガン追加で足していくだけで、自然とどろりとした粘度の高いカレーが出来上がる。

ただしこうして作るコリアンダーカレーには欠点がある。正直コリアンダーを入れすぎるととても草っぽい味になってしまうのだ。それはそれで好きな人にはたまらないのだろうが、浩二の目指す日本のカレーにはほど遠い味となってしまう。

他にも、片栗粉を使ったとろみのつけ方もある。日本では蕎麦屋のカレーやうどん屋のカレーはだいたい片栗でとろみをつけてある。あれはあれで美味しいものだが、やはり少々気分が違う。


やはり日本人の好きな日本のカレーを作るとなれば、小麦をバターで炒めて水で溶くルゥを用いてとろみをつけるべきと、浩二は割と早い段階から構想を練っていた。


さて、文明の未発達な中世然とした異世界において、水田栽培は望むべくもないため早々にこの世界からうるち米は退場してしまったようであるが、小麦はしっかりと世界に根付き、風に揺れる麦畑は農村の風物詩となっていた。

これにはもちろん訳がある。そもそも小麦は草原地帯に自生出来るだけの強さがあり、あまり手間暇かけなくともとりあえず育てるだけなら簡単に出来る。これが水田を必要とするジャポニカうるち米とは大きく違う大切な点であり、技術の低い異世界の農民たちでも簡単に栽培に取り掛かることが出来るのだ。

地球でも歴史上初めて栽培された穀物が麦であったのは伊達じゃないのだ。

むろん、栽培の容易さを考えればライ麦やエンバク、アワやヒエ等の方が簡単なのだが、味の良さから権力者は小麦の栽培を奨励し、畑いっぱいに広がる麦畑はそれだけで豊かさの象徴とまで言われたりもする。


ところでよく米は取れ高20倍だとか、連作障害がないから水田の方が有利などと賢し気に語る新参異世界論者がいるが、それはあくまで高い技術を維持出来るだけの社会的背景があって実現できる夢物語であり、種さえ植えときゃ勝手に育つ程度の認識で営まれる低レベル農業がせいぜいの世界では麦の栽培がせいいっぱいなのであった。

水田とはそれ自体が高度成熟文明の証であり、これを早期に発明し農民たちを教育、栽培を定着させた古代中国人の頭の良さは特筆に値すべきといっても過言ではなかったりする。水田とは農業史におけるちょっとしたミッシングリンクなのだ。


話が逸れてしまった。

ともかく麦は異世界においても根付いているだろうことは浩二にはある程度予測がついていたことなので、この点についてはあまり心配していなかった。

異世界の麦畑を初めて見た際の浩二の感想は、「まあそうだろうな」程度のものである。


だがしかし、麦を用いてルゥを作る点については色々大変になるだろうという覚悟があった。

これまた先に説明した通りだが、せいぜい臼を水車などの動力でまわして粉にするのが精一杯のこの世界で、流通している小麦粉はすべて全粒粉であるからだ。

ここで全粒粉を知らぬもののために簡単に補足しておくと、麦の外側の外皮であったり、発芽する際の芽のもとになる胚芽といった部分もすべて合わせて粉にしてしまうため、茶色っぽい色の少々癖のある味の粉となる。


さてこの全粒粉、栄養価だけ見れば素晴らしい材料なのだが、とかく料理するにはいろいろな難がある。

例えば捏ねて膨らませてパンにしようとしてもちっとも膨らまなくてガチガチのものが出来るし、パスタやうどんなどの麺にしてもパサパサのボソボソになる。

浩二にとっての肝心のルゥについては、カレーに用いる分には実はそれなりに相性は悪くない。全粒粉は外皮や胚芽等に含まれる油分の影響で、油で炒める分にはよく馴染んでくれるのでルゥを捏ねてもダマになりづらく、簡単にトロミの元となってくれる。

その上で、スパイス・カレーの強烈な香味が全粒粉の持つ苦味、癖を交わると、かえって雰囲気のあるパンチの利いたカレーソースとなってくれる。


だから浩二としても始めのうちは全粒粉でもよいかと安直に考えていたのだが、日本人の好きな日本のカレーを目標にしてしまうと、どうしても味の癖が強すぎるのだ。

だから浩二の目指すジャパニーズカレーの完全再現の前に、研究が進むにつれ障害となりつつあるのが現状だった。


白い小麦粉さえ手に入れば癖のない完璧なルゥが生み出せる。このルゥを用いて完璧なドミグラスソースを作ることが出来れば、王侯貴族も足元にひれ伏す現代日本最強の洋食屋のカレーが作れるようになる。


まあこれは浩二の個人的な趣味の延長上の話ではあるが、とかく白い小麦粉があればこの世界の料理の質や幅が数段階は上がるであろうことは間違いない。

そして白い小麦粉を生み出すに必要なのは、単に新しい製粉機があればよいだけなのだ。

実際、製粉技術の革新が起きた19世紀末のヨーロッパでは、格付け最低ランクの小麦を用いて最上級の白い小麦粉へと精製することで莫大な利ザヤを稼いだ事業者もいるという伝説も残っているほどである。

同じように異世界土着の大雑把な栽培方法で収穫された質の悪い小麦であっても、簡単に高級な小麦粉へとつくり変えることが出来るようになるのである。

ここに大金を生み出すチャンスがある。


「よし、やるか。」


覚悟を決めた浩二の目はギラギラと輝いていた。


異世界に来て早7年、23才の若武者の冒険が始まった。



おまけ、本文中に出てきたスパイス・ハーブの補足について。


■メース

ナツメグを包む身の皮の部分をメースといいます。逆に種の中の部分をナツメグといいます。ナツメグ・メースは多量に摂取することで幻覚作用が働きます。

マリファナに似た作用と聞いておりますが、筆者は試したことないので分かりません!

っていうかナツメグ・メースは多量摂取すると気持ちよくなる前にまず気持ち悪くなると思います。少しでも多めに入れると目に見えて味が悪くなるので、麻薬として規制されずにスパイスの一種として市場に流通しているものと思われます。ほんのちょびっとだけ隠し味に入れる感じのスパイスなのです。用法、容量を守って適切に使ってあげましょう。


なお、味が分からない人のためにどんなものか簡単に説明しますと、「ちゃんとしたハンバーグってなんかフツーのひき肉料理にはない独特の風味があるよなー。高級なちゃんとしたハンバーグだけは香味が違うよなー?」って思った方いたら、その「高いちゃんとしたハンバーグ独特の香味」というやつがナツメグ・メースの香味となります。

筆者個人的には無理してカレーに入れなくてもよろしかろうという印象ですが、チキンカレーとの相性はいまいちでも、例えばビーフカレーに隠し味的に入れると高級感が増してよい気がします。つまり筆者は貧乏人御用達のチキンカレーばっか作っているから縁のないスパイスという事ですね。悲しい。



■コリアンダーによるトロミ

上出の通りですが、コリアンダーはそれ自体にとろみ成分があります。

東南アジア系のカレーで小麦によるルゥを使っていないのにドロッとしているものがありますが、水分少なめにしてコリアンダーをガンガンに入れるだけで簡単に同じとろみを再現できます。興味を持たれた方はぜひお試しを!


なお入れすぎると草っぽい味になります点も前出の通りです。葉っぱであるパクチーに対し、種であるコリアンダーはあの独特の風味は控えめなんですが、沢山入れるとさすがにあの味が全面に出てきちゃうんですよ。

ワタシは調子こいて入れすぎて泣く泣く草カレーを食べた悲しい思い出が一杯あります。



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