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22――因果応報



「っ」


 微震動を感じて、俺は目を覚ました。


 板書中の教師の背中を一瞥し、ブレザーの内ポケットから携帯電話をとり出す。

 流行に喧嘩を売るデザインで、厚さと重みは骨董品クラス。価値に至っては国宝クラスだ。世界中探したって、これより値段の張る携帯電話は見付かるまい。


 携帯電話の外部ディスプレイで着信相手を確認後、振動を一旦オフに。

 直後、真横から鋭い視線が届いた。


「…………」


 ダークグレーの女子用ブレザーに、胸元の赤いリボン。下は膝上十五センチのミニスカートという、今時の女子高生スタイルが似合う華奢な女の子。

 アイドル顔負けの美貌だが、表情には愛想の欠片も見当たらない。


 三白眼を輝かせる隣席の彼女は、俺が口を開く前に立ち上がった。


「先生。平坂さんの具合が悪いようなので、保健室に連れて行きます」


 矮躯を裏切る存在感にクラスメートがどよめくも、彼女に動じた様子はない。転入一週間とは思えぬ、天晴れな度胸で教師にたたみかけた。


「親類縁者として看病役を頼まれた私も、彼の発作が治まるまで退席しますので」

「あ、あぁ。平坂の持病と、投薬に関しての件はうかがってる」


 教師の反応は驚きと圧倒が全てで、疑念は感じられない。

 疾患の偽造書類は効果を示していた。


「平坂、歩けるか? 何なら〝白波〟だけでなく、保険委員に肩を貸させるが」

「いえ、大丈夫です。でも、軽度のうちに投薬をしたいので……すみません」


 教師に一礼して、鞄から薬箱(仮)を持ち出す。投薬用の器具が入っているとの触れ込みで、厳重にロックされた箱だ。見た目は工具箱か金庫のよう。


「行きましょう、平坂さん」


 言動に焦燥感を滲ませた白波さんの先導で、教室を出る。

 授業という名の日常を壁越しに隔て、二人無言で廊下を通り抜けた。

 階段まで歩みを進めてから、着信表示の続く携帯電話をとり出す。


「すまん、少し遅れた。状況は?」

『二分前に第三防衛線が突破。現在最終手前で二体の《禍異》を足止め中よ』


 思ったより切羽詰まってやがる。

 火急の事態を把握した俺は、それ以上の自力移動を諦めた。電話を切って足を止め、階段の踊り場に座り込む。



「白波さん。悪いが、俺の実体を任せた。保健室まで運んでくれ」

「お任せを」


 絵面は最悪だろうが、贅沢は言っていられない。こんな時のために、彼女は恥を忍んで歳を偽り、高校一年生に扮しているのだから。


 そう自分を説き伏せて、ツールボックスの錠に指をかざす。指紋認証で開錠。俺が上段から首輪とコードを、白波さんが下段から自動拳銃をとり出した。


「授業中の校舎内で、二十歳間近の女生徒が銃を握る……シュールな光景だ」

「事実ですが、しみじみ言わないでください」


 軽口を叩きながらも、お互い手は休めない。


 拳銃を内ポケットに仕舞う白波さんを横目に、俺は首輪と携帯電話を専用コードで連結した。お次は首輪の留め金を外して装着。

 これで準備完了だ。


【IAIコネクションの緊急要請を確認・許可しますか? YES/NO】


 携帯電話の画面に、お馴染みのメッセージが表示される。


「平坂さん」


 不意に白波さんが膝を折り、俺と目線を合わせて尋ねてきた。


「明日は非番ですよね。何かご予定は?」

「特に無し。たぶん、日付変更直後から趣味に没頭すると思う」

「でしたら、午後から私に時間をいただけませんか? 仕官学校出身のせいか、どうも高校生という立場に馴染めていない気がして……」

「だから俺に高校生らしい遊び方を教えてほしい、と?」


 緊急時なのは重々承知していたが、俺は白波さんの意図をくんで話題に乗った。


「遠回しなデートのお誘い?」

「で、っ!? あ、う……まぁ……そう受けとってもらっても構いません」

「ははっ、そりゃ光栄。――何が何でも負けられないね」


 鼻先に人参ぶら下げられた競走馬さながら、躊躇なく【YES】を選択した。

 










 事件が幕を降ろしても、解決しない問題があった。

 それは水無瀬の置き土産とでも言うべき、呪い。《禍異》と闘う際の主戦力であるIAIメイは、今もニグレードの設定を弄れずにいた。


 てっとり早い解決策は、元凶である新型端末の呪いを解くことだ。

 ただし、それは水無瀬に呪詛化された〝子〟の完全消滅を意味する。

 被害者のメイを含む関係者一同、この手段には決して首を縦に振らなかった。




【FAKE ISORATE……認証コード/二代目イレギュラー・機械仕掛けの生命樹/同調率一%・……COMPLETE】




 電軍としても、急進派と袂を別った穏健派は大切な交渉相手だ。その筆頭である斑蛾晶の関係者を、無得に殺すというのは如何にもまずい。ましてや、電軍内部の裏切りが問題の発端とあっては、なおさらだ。


 だが、仮に解呪を先送りするとして、別の穏便な手段の確立には時間が要る。

 穏健派という枷を失った新生《ディエスイレ》は、今まで以上に汚い謀略を仕掛けてくることだろう。妖魔も機神の抑止には限界がある。また、いつ大侵攻が始まるとも知れない。迫る無数の危機を、どう処理するか。


 白羽の矢が立ったのが、この〝俺〟だ。











 異世界カクリヨ。

 逢魔ヶ刻を想起させる、血のように紅い空の下。最終防衛線という名の果てある荒野で、直属の上官――IAIメイが、俺の到来を待ち構えていた。


「やっと来たわね、イツキ。遅かったじゃない。萌と何かあったの?」

「風変わりな激励の言葉を頂戴したよ。それより、指示をくれ。状況説明もだ」


 拠点待機外時の緊急招集は初めて。現場に直接アクセスしたので、ブリーフィングもまだだ。上官のお言葉抜きには動きようがない。


「あたしたちの仕事は四日前と同じ、最終防衛線で専守防衛よ」


 表情を引き締めたメイが、よどみない口調で戦況を開示する。


「雑魚は第二防衛線止まり。問題の《禍異》も、第三防衛線でニグレード大隊が交戦中。陣形の完成前に二体突破されたけど、工作員が働いてるわ。晶ちゃんが提供してくれた結界で足止め中よ。一匹ずつ間を空けて、順次こちらに送り出すって」

「お膳立ては完璧か、ありがたい。一対一の勝負なら、今の俺でも何とかなる」


 なにせ、実質三対一だ。


「ん……?」


 略式のブリーフィングを終えたところ、視界に【CALL】の表示が。


 ――斑蛾さんが改良した、ネットワーク機能の広域維持結界は絶好調だ。思い出深いあの施設は放棄されたままだが、ログアウトや通信には不自由していない。


 俺は意識を傾けることで通信用アプリを操作し、発信相手を調べた。


「司令から通信だ。追加任務かな? 念のため、メイにも回線を開くぞ」


 メイとの回線共有を確認してから、通信を繋ぐ。視界に外部通信用のウィンドウが出現。白波那雲司令と菊理女史の姿が映し出された。


『いよぉ、二代目イレギュラー。シフト外だってのに悪いな』


 司令特有の酸味と渋味の利いた挨拶に、俺は微苦笑で応じた。


「構いませんよ。元々学生続けてるのが、不思議なくらいなんですから」


 護衛役の転入に始まり、擁護教諭の根回しまで。諦めていた俺の高校生活は、司令と菊理女史の計らいで維持されている。感謝こそすれ、恨む理由がない。


 その辺の想いを察してくれたのか、菊理女史が底意地の悪い声で囁いた。


『相変わらず面白い男じゃ。のぅ、メイ?』

「な、何であたしに振るのさ!?」

『別に深い理由などありゃせんが?』菊理女史が艶めかしい微笑を浮かべた。『強いて言うなら、代名詞を奪われた気分はどうかと思うて』

「意味深すぎるわよぅ!」


 そういう弄り甲斐のある会話は、識閾共鳴が生きてる状態でやってほしい。


「ところで御二方は何用で?」


 あからさまに狼狽するメイの姿を、動画アプリで記録しながら本題へ。


「雰囲気的に、私的な通信みたいですけど。何でまたこのタイミングに?」

『今でなきゃ意味のない伝言を預かってる。うちの愚妹……じゃねーや。第二防衛線で大暴れ中の正義の味方からだ。――〝御武運を〟だとさ』


 その一言に、俺は胸を締めつけられるような強い想いを感じた。


『用件はそんだけだ。仕事の方は死なない程度で気張ってくれ。民間協力者に責任を押し付ける気はない。万が一の保険として、俺と菊理も待機してるしな』

『うむ。仮に数匹突破されようと、死者が百を超える惨事にはなるまい』

「……それ逆に言うと、俺の活躍次第で百人近くは死ぬってことですよね?」


 答える声はない。

 地味なプレッシャーを残して、通信は切断された。


 途端、大地が微振動を始めた。他意を感じるタイミングだ。まるで、御二方の気配が完全に消失するのを待っていたかのよう。


「通信越しでも御二方は怖かったのかな?」

「その可能性を否定できないのが怖いわ」


 メイと並んで、思わずといった風に笑い合う。


 この間にも地響きは力強さを増している。自ずと震源の接近が知れた。


「――本当はさ」


 地響きを無視して、メイが独白のような調子で囁いた。


「改めて、イツキの意思を問う予定だったの。学校生活を邪魔したのは今回が初めてだし、いい機会でしょ? 今ならまだ、イツキは闘いと無縁の日常に戻れる。

 でも……不思議ね。イツキの顔を見ていたら、聞く気が無くなっちゃった」

「突然どうした? そこまで変な顔をした覚えはないぞ」

「うん。イツキは普段と変わらず、平然としてるわ。胡散臭いくらいにね」


 ドォ――ッ! と一際強い地鳴りを伴って、周辺に巨大な影が差し込んだ。


「……悪かったな、胡散臭くて」


 そう言って振り返ると、視線の先に仁王立ちする御伽噺の住人の姿が。

 赤銅色の巨躯に天を貫く大角。顔面は醜悪な狂笑に歪み、不揃いな牙が覗く口元からは、唾液が止め処なく滴り落ちている。

 食欲旺盛、結構なことだ。無視が一番困る。


 鬼に餌と見定められたのを感じながら、俺は飄然と肩を竦めた。


「それが〝平坂樹の限界〟だ」

「知ってる。別に責める気なんて無いわよ。萌とみぃは、イツキの胡散臭いところに救いを見出したんだから。その在り方には、きっと二人が憧れを懐くような〝尊い何か〟があるんだと思う」


 メイは真っ直ぐ俺を見つめると、いつかと同じ綺麗な笑顔を浮かべた。




「実際、あたしも二人と似たようなものだしね。

 イツキのこと、格好良いと思ってるよ」




 言ってから照れたのか、すぐに「ほんの少しだけど!」と修正が続く。


 だが、例えほんの少しでも――――報われた気がした。


 涙が零れそうな歓喜を隠し、俺はいつものように胡散臭い態度で口を開いた。


「乙女の初めて分は、そろそろ支払いが終わったかな?」

「それはまだ」


 再び笑い合い、俺とメイはどちらからともなく掌を重ねた。


【IAI/MEI・LINK……OK】


 さぁ、鬼退治を始めよう。


【SYSTEM NEGLADE・呪式展開/機械仕掛けの生命樹+アマヌマノホコver1.1……SETUP】


 桃太郎とは違う、自分が望む在り方そのままに。


【機体識別名/《MUMEI》……IGNITION!】


 ――格好良く。




 これにて完結となります。

 お読みいただき、ありがとうございました。


 続編の構想も練ってはいますが、何か確約できる段階ではありません。まずは新作の方に集中したいと思います。どうか気長にお待ちください。

 詳しくは、活動報告の方へどうぞ。


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