20――事実より大切な真実・後
「は、ハッキング!? バカなっ、ありえない!!」
慄然と吐き捨てる水無瀬を他所に、戦斧槍は異変を嬉々と受け入れた。
【上位権限/MADARAGA・INSTALL――コード/虚数干渉装置】
戦斧槍が放電して、仮の所有者を傷付けた。
偶然とは思えない紫電の洗礼を浴びて、《HIRUKO》が手を離す。警戒心からか、そのまま素早く後退した。
晴れて自由をとり戻した戦斧槍は、意思を懐くかのように蠢いて――溶けた。
「い!?」
溶解した戦斧槍に、自機の左腕が侵食されていく。
痛くも痒くもないが、見た目は最悪だ。反射的に腕を動かして振り払おうと試みるも、粘度が高いようで離れない。
【…………COMPLETE・ウイルス同調率一%……再定義終了】
困惑も束の間、侵食は二の腕を境に停止した。
【情報更新/ウイルス → 機械仕掛けの生命樹――……THANK YOU】
……、……律儀だね。
でも、礼はキミのお姉さんを助けてからでいいぞ。
【OK/DUAL LINK!!】
ガチンッ!! と、歯車が噛み合うような接続音。欠けたパーツを取り戻し、動力不足で休眠状態にあった機構が駆動する。
自機|《MUMEI》の真価が、ついに発揮されようとしていた。
【KEY LOAD――大アルカナ/正義の逆位置】
視界に機体心臓部の構成が表示される。
十の歯車と二十二の回路で繋がる機構は、まさに機械仕掛けの生命樹。唯一廻る六番目の歯車から、無色の《力》が流出した。
【仮名アマヌマノホコ――虚数展開/ティファレト → ゲブラー】
五番目の歯車が廻り出す。
刹那、自機の左腕に見覚えのある〝歪み〟が生じた。
左腕の構成情報が、凄まじい速度で書き換えられていく――。
肥大化が進み、ニグレードと同等近くまで質量が増加。属性は無機から有機に、それでいて鋼鉄以上の強度を宿す。さらに、メイの退魔刀にも見劣りしない怜悧な刃が左右合わせて六つも生じ、天を支配せしめる雄大な双翼が広がった。
しめやかに開かれる、金色の魔眼。
【吼えよ、盟友・不死喰らいの機竜/ベイゼルド!!】
「グゥルゥゥウウウウオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!」
己が生誕を祝福する歓喜の咆哮が、電脳世界の隅々にまで轟いた。
……鬼が出るか蛇が出るかなど、我ながら的外れな慣用句を持ち出したものだ。
自機の左腕から生える伝説の生物を確認し、俺は震える声でその名を告げた。
「ドラゴン。しかも、これはメイが祓ったはずの……!」
あの時の腐竜とは、大きさを筆頭に見た目の差異が少なくない。あちらが完全な成体とするなら、左腕のそれは幼体が精々だ。
しかし機体で繋がっているせいか、同一の存在だと俺は半ば確信を懐いていた。
『その認識は是でもあり否でもある』
「な――っ」
識閾共鳴!?
しかも、メイのものとは一味違う。重厚なイメージが、意念越しでも伝わってきた。相手は左腕のドラゴン以外に考えられない!
『我が真なる御魂は永久の眠りについた。これは忌々しい呪縛を解いてくれた礼の〝設計図〟が、宿主の《力》で結実したもの。意思の発露は、その副作用だ』
『……貴方は、ドラゴンの残留思念的な存在だと?』
メイ相手と同じ調子で意念を送ってみる。
するとどうだろう、返答があった。
『似たようなものだ。宿主が〝無色の魂〟故か、在り方の一角として定着した。死霊術の類とは違い、心の頚木は解き放たれている。
末期の夢としては中々に趣き深いな』
気風の良い御仁だこと。
安い遠慮は侮辱に通じかねない。お言葉に甘えよう。
『礼の方、確かに。誓って悪夢にはしないよ』
『悪夢になどさせんさ。この我、ベイゼルドがな!!』
ぎょろりと蠢く竜の魔眼が、慌てて大剣を顕現させた《HIRUKO》の挙動を捉えた。視線が瀑布のような威圧を放ち、水無瀬の矮小な意識を襲う。
「は、ハッタリだ! そうに決まってる!」
事情を理解できない様子の水無瀬が、恐怖を拭うかのように刃を振り回した。
斬撃に乗って死霊が放たれる。これを祓うべく俺は右の刃を構えたが、間合いの到達前にベイゼルドさんが顎門を開いた。
「爆ぜろ」
音に聞いた竜の吐息が放たれる。
黄金に煌く浄化の炎は、死霊を瞬く間に一掃した。
「……本物……なのか」
死霊相殺を目の当たりにして、水無瀬も現実を認めたようだ。
恐々と疑問を発す。
「……死霊術の類じゃない。まさか、蘇生? それとも転生か……?
けど、何で……《力》に目覚めたての素人が! 機神以上の奇跡を起こしておきながら、何で隔離されないんだよ!?」
「一から十まで俺の《力》じゃないからさ。
と言っても、無自覚の負け犬には通じないか」
混乱する水無瀬を他所に、俺は確証のない〝闘い〟に想いを馳せた。
IAIメイの妹ネイエンが、誘拐犯に挑んだ儚くも壮絶な死闘。結果的に、彼女は呪縛に囚われ、今こうして俺たちの前に立ち塞がっている。
だが、それは果たして敗北だったのか?
俺は違うと思う。
真実の隠蔽。
ネイエンは無力な胎児の姉として、水無瀬真昼に勝利したのだ。
「これ以上ヒントをやる気もない。ベイゼルドさん、何か言いたいことは?」
「ベイで構わん。……墓荒らしにかける言葉など、何もないさ」
死を玩ばれながら、本気で眼中にない様子でベイが鼻を鳴らす。
その屈辱的な扱いに、《HIRUKO》がブルブルと震えた。
「どいつもこいつも……身の程を弁えず、僕を虚仮にして!! どんなペテンかは知らないが、どうせそこの邪竜で打ち止めだろ!? 何千年と生きて《力》を蓄えたオリジナルならまだしも、赤子同然じゃないか!!」
ベイ、さっきの炎でも赤子扱いされちゃうのかよ。
「少し勘が鋭いだけで戦技は猿まねの糞ガキに、元の《力》の大半を失った幼竜。タッグを組んだところで、僕の敵じゃ――」
「あら、誰か忘れてない?」
俺が今、この世で最も聞きたくない声が響いた。
続いて、支援武装が息を吹き返し、見るも無残な自機の損傷が片っ端から修復されていく。……これらが意味する事実とは、即ち。
『メイ!』
『待たせたわね、イツキ!』
『早いよ!!』
本音が漏れてしまった。
当然、メイは『はぁあ!?』と大騒ぎ。俺は慌てて謝罪した。
『……ごめん、何でもない。忘れてくれ。それよりベイ――左腕の説明いる?』
『ログを閲覧したから大丈夫。想像はつくわ。さすが、あたしの家族よね!』
ログが存在するとか初耳なんだが、まぁ話が早くて助かったと思っておこう。
意念の応酬が途切れる。
水無瀬が目に見えて狼狽し始めた。
「IAI……? そ、そんな……嘘だろ? ありえない。まさか本当に……白波萌の《力》抜きで、あの軍事用アンドロイドを撃破したっていうのか!?」
「そのまさかよ。あたしと萌を舐めるな!!」
今まで以上にテンション高めのメイ。
……それも当然か。軍事用アンドロイドといったら、歩兵が裸足で逃げ出すレベルの極悪兵器だ。その脅威は、一般人の俺ですら聞き及んでいる。
『水無瀬が余裕ぶっこいてたはずだよ。軍事用アンドロイド相手にガチンコとか、正気の沙汰じゃない。無理せず、時間稼ぎに徹してくれたら良かったのに』
『お生憎さま。イツキばかり格好付けようったって、そうは問屋がおろさないわ』
メイ抜きで勝負を決める腹積もりは、悟られていたらしい。
無念よりも、舌を巻く思いが上回る。
苦笑を返す他ない俺の代わりに、ベイが応じた。
『異性に良く見られたがるのは、どんな雄も雌も変わらんな』
『そっ、そ、そそ、そそそそそんなんじゃなーい!』
メイが狼狽を露に否定したものの、ベイはケラケラと笑ってとり合わない。
一方で、笑えないのが水無瀬だ。
「く、クソがぁっ!! あれだけ準備したのに、何でこう上手くいかないんだよ!?」
大剣で床を激しく叩き、怒り狂った様子で声を荒げる。今までの比ではない怒髪天の激昂ぶりは、どこか深い絶望を孕んでいた。
「……平坂樹。……そうだ、貴様が……貴様さえ邪魔をしなきゃ、今頃は!」
「負け惜しみか逆恨みって言うんだぜ、そういうの」
「黙れ……黙れ黙れ黙れッ!! 殺してやる! 貴様も、IAIもだ!!」
子供のように喚き立てて、大剣を振り回す水無瀬。
湧き出た死霊が、ベイが放ったブレスで焼き尽くされる。
しかし、後続の《HIRUKO》は残り火をものともしない。手中の刃から怨恨を止め処なく垂れ流して、脇目も振らずに駆け寄ってきた。
こ、この野郎……近距離から自滅覚悟で死霊を解き放つ気か!?
『させるかよッ、メイ!』
『任せて!』
俺の踏み込みにタイミングを合わせて、加速用の支援兵装が一斉に駆動する。自機が爆ぜるかのように飛び出して、敵機が残す間合いまでの空隙を刹那で埋めた。
水無瀬の自棄に付き合って、共倒れする気はない。まずは禍根を断つ!
肉薄と同時に俺は右腕を振りかざして、退魔の刃を大剣に重ねた。メイの《力》が働き、死霊攻撃を不発に終わらせる。
残す脅威は大剣本来のもの。
単純な膂力と重量が全て。
自機と敵機のどちらが有利か、頭上で衝突する互いの得物を見比べれば一目瞭然だろう。水無瀬が勝利を確信したかのように、狂笑を上げた。
「やはり貴様は大バカだなァッ!!」
「イツキは、そうかもね」
メイの不敵な声に続いて、手甲が大量の蒸気と火花を撒き散らす。
ブースターがオーバーヒート寸前まで酷使され、絶大なパワーを生んだ。片腕で支える退魔刀が、両手持ちの大剣と拮抗する。
「でも、あたしたちは違う」
長くは続くまい。
続かせる理由もない。
両機が動きを止めた瞬間、ベイが一吼え。
鋭利な三本爪が奔り、敵機|《HIRUKO》の右腕が千切れ飛んだ。
大剣も明後日の方向へ弾かれる。怨恨を産む凶器は床に落下すると、ニグレード仕様の道理に従って、儚くも派手に砕け散った。
……小気味良い破砕音に宿る欣喜の調べは、果たして俺の気のせいか否か。
片腕ごと抗う術を失った水無瀬に、メイが死刑宣告さながら冷ややかに告げた。
「今さっき、イツキの端末を汚染する呪詛の解析が終了したわ」
「――――」
後退する《HIRUKO》の挙動が、なぜか急に鈍った。
「年貢の納め時よ。どうせ全ては、自分が報われると信じた上での行動でしょ? それならまず、あんな俗っぽい呪詛に縋った報いを受けなさい」
続くメイの意味深な言葉が、呪縛のように水無瀬の動きを封じる。
その意味を理解してやる義理はない。
俺は退魔の刃を構えて、堂々と踏み込んだ。
「人を呪わば穴二つ。水無瀬真昼は、イツキと萌に負けたのよ。
……いろんな意味でね」
魂を込めた斬撃で《HIRUKO》を袈裟に両断する。
上下に別たれた敵機の全体像に乱れが生じて、一拍遅れて爆散した。
ニグレードが大破した衝撃で、意識を失った水無瀬とネイエンが床に倒れ伏す。
――大逆無道のロマンチストと、理想嗜好のリアリスト。
似て非なる二人の勝敗が、決した――。
≠ ≠ ≠
埃っぽい舞台袖で、私は平坂さんの手当てを行っていた。
穴の開いた左の掌に消毒液をぶちまけて、私自身が左腕に使っていた治療用の呪布と同じものを巻きつける。他にも細かな傷は無数にあったが、急を要する重傷はこれくらいのようだ。
まさか掌を盾代わりに、敵のナイフを受け止めるだなんて……。
メイは『イツキなら許してくれるわよ。お互いさまだし』と笑っていたが、彼が許しても私が許さない。
「……戦闘訓練に説教も追加しますか」
嘆息して、壁に背を預ける平坂さんの真横に腰を落ち着けた。
――幕引きの刻は近い。
スポットライトの落ちた舞台上、役目を終えた機械人形どもに一瞥をくれる。
軍事用アンドロイドは戦力逐次投入の愚を避けた。こうして一波の全機を撃破した今、現実世界の安全は確保されたと見ていいはず。
あとは電脳空間での決着を待つばかりだ。
私は水無瀬真昼と同期なので、彼の実力をよく知っている。
使役術の冴えは他の追従を許さず、格闘戦にも通じていた。私同様に新兵で、隔離という爆弾を抱えてはいるものの、総合的には《ディエスイレ》中位幹部級の実力者だ。素人の勝機など、高く見積もっても一パーセントに届くまい。
けれど、零ではない。
ニグレード戦なら、メイの支援が再開されたなら、平坂樹なら――。
「妄信じゃありませんよ」
眠るように瞳を閉ざした平坂さんの頬に、そっと手を添えて独白を続ける。
「もっと酷い。これは無根拠で身勝手な……私の期待です」
下手な〝信〟を預けるより、彼はこちらの方が喜ぶ気がした。
もちろん、期待して待つだけというのは歯がゆい。
しかし、問題の戦場は電脳空間だ。干渉手段はPDAくらいで、他には――瞬間、私は悪魔の囁きというものを聞いた気がした。
「……、……いや……まぁ……」
付き合いの長いメイと違って、平坂さんとは出会って半日と経過していない。それでも彼は己が命を賭して、白波萌の存在を護ってくれた。
私は彼に恩がある。
口頭で感謝の言葉を述べるくらいでは、とても足りない大恩が。
「……………………其は白を斑と謳うもの」
呪の詠唱は、しかし《力》を求めてのことではない。この期に及んで隔離の危険を孕む行為など、誰がするものか。求めるのは、術理に頼らぬ小さな奇跡だ。
「其は我なり」
呪鍵の流用による封印緩和は、ここまで。
以降は祈りを言霊に込めて紡ぐのみ。
「故に我は其を謳う。声高らかに言祝ぐのだ。其の新たな意味――」
別に、これを報酬代わりと言うほど自惚れてはいない。だが白波萌の御魂が人外の域にある以上、気休めくらいの効果があるのは事実だから。
「永久の祝福を」
唇を噛み切って血を含み、私は平坂さんに口付けた。
――人外との交わりは、それだけで奇跡と相成る。
古の女神が勇者に与えた加護然り。乙女の口付けは原初の祝福と謳われるほど。劇的な変化は望めずとも、御守り代わりとしては申し分なく……、……だから……そう、断じて他意はない。ないのだ。ないったらない。
……ないんだってば!!
「ん……」
自分に強く言い聞かせて、極力冷静にコトを済ませようとした。がしかし、ありとあらゆる言い訳を吹き飛ばす激烈な破壊力を秘めた感触が舌に――。
「っ、ぁ……~~ッ!」
半ば反射的に唇を離すと、あろうことか私の口から名残惜しげな声が漏れた。
微かに朱の滲む液体が今も唇同士を繋ぐのを見て、大慌てで拭きとる。今しがた重ねたばかりの彼の唇に指で触れてしまい、よりいっそう身悶える羽目に。
ひとしきり悶絶してから、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「…………忘れましょう」
幸い、ナニが起きたか知悉する者は自分だけ。
事実を闇に葬り去るのは容易い。
「そうです、それが一番です」
「何が一番だって?」
独白に、まさかのあいの手が。
ピシッと音を立てて我が身が凍りつく。
微動だにできない私の鼻先で、平坂さんの双眸が開かれた。
「ただいま、白波さん」
「……お……お早い、お帰りで」
ちょっと記憶にないイヤな汗を流しながら、出迎えの声をしぼり出す。
平坂さんは特に気にした風もなく、泰然自若の軽い口調で応じた。
「まぁね。メイが戻ってきた時点で勝負は半ば決していたから」
「貴方という人は……」
開いた口が塞がらない。なんという出鱈目っぷりだろう。期待の斜め上にもほどがある。祝福の送り損じゃないか。まるで、ただ単にキスを――……いや、考えるのは止そう。薮を突付いて竜を出しなかねない。
「ところで白波さん。俺の顔を覗き込んで、何やってんの?」
「特に何も」
私は憮然とした態度を装って身を離すと、逆に次々と質問を投じた。
「そんなことより、電脳空間の出来事について報告をお願いします。メイと澪は無事ですか? 水無瀬と、彼が誘拐したという子は? 《パンドラ》の封印は?」
「メイにも澪にも傷一つなし。水無瀬は、ネイエン――誘拐された子の片割と一緒に気絶中。もう一人の方の説明は、長くなるからまた今度。《パンドラ》も、今頃は再封印が施されているはず。問題は現実世界での確保だが……」
「そちらは私の義兄と師が対処するはず。考えられる限り、最良の結末ですね」
意図して平易に応じる。
すると唐突に平坂さんが眉を顰めて、自身の唇を指でなぞった。
「どっ、……どうしました平坂さん。唇に何か?」
「いや、唇じゃなくて口の中。切ったのかな? 血の味がする」
私は全身全霊で顔面の筋肉を硬直させた。
ピクリとも動かすものか……!!
「でも、血にしては仄かに甘いような?」
「…………」
「ちょっと癖になりそうな味だ」
「っ!?」
無理でした。
だって、今のは卑怯でしょう……。




