19――事実より大切な真実・前
元軍人と素人の第三ラウンドは、当然の如く一方的な展開が続いていた。
水無瀬は先刻の舌戦で、平坂樹に対する認識を改めたらしい。〝八つ当たり対象の玩具〟から、〝排除すべき怨敵〟へ。
言動に遊びを差し挟むことなく、本気で殺しにきている。
「っ、くそ!」
背後で死霊が放たれた気配を察知し、俺は苦渋の思いで逃走の足を止めた。振り返って懸命に死霊を斬り祓う。
同時に《HIRUKO》の支援武装が吼えた。
間合いを一足跳びに埋める大跳躍からの、稲妻めいた強烈な斬撃。
辛うじて後退が間に合う。しかし、まだ気は抜けない。
自機の胸部をかすめて床に落ちた大剣に、奇妙なノイズが奔る。大剣が消えて、入れ替わりに純白の戦斧槍が登場した。
即座に地形操作の《力》が発動。俺の真後ろに巨大な壁が生じる。
退路を断たれたか……!
なら、正面突破だ!!
「そうくると思ったよ」
床と接触中の戦斧槍を踏み越えようと足を出す。が、それを見越して水無瀬が戦斧槍の顕現を解除しやがった!
空を踏んでバランスを崩した俺は、前のめりで動きを止めてしまう。
「しま――っ!?」
「そろそろ沈め!!」
すかさず《HIRUKO》が飛び出した。得物の再顕現も待たず、鉄拳と蹴撃で嵐のようなラッシュを仕掛けてくる。
壁際に追い込まれた俺は、防御に専念する他ない。
首を狙って奔る手刀を紙一重で躱し、関節技を求めて蠢く魔手を刃の牽制で振り払い、マサカリのような踵落としを上段蹴りで相殺。
見過ごせば致命傷の三手を確実に防ぐ。
代わりに、他の十数発に及ぶ連撃が自機を激しく痛めつけた。
「が、ッ……!」
ダメだ。このままサンドバッグが続いたら、遠からず負ける!
乱打に一息挟まるのを感じた瞬間、俺は真上に起死回生の大跳躍を決行。続けて背後の壁を蹴ることで《HIRUKO》を飛び越す。
着地の間際、ゾ――ッと激烈な悪寒に襲われた。床に足が着くや否や、脚部関節の悲鳴を無視して横転する。
しかし、それでも間に合わない。
背後から暴風を伴って薙ぎ払われた大剣が、自機の肩装甲に斬痕を刻んだ。
「ちょこまかと!」
水無瀬の舌打ちを耳に、俺は横転の勢いを殺さず跳ね起きた。
即座に遁走を再開する。
こ、これは予想以上にキツイ……ッ!
俺だって、持ち前の運動能力で必死に食い下がってるつもりだ。
でも、相手は電軍《チガエシ》正規兵の出。厳しい訓練を乗り越えた専門家。
どう贔屓目に見たって、分の悪さは否めない。
彼我の実力差は歴然としていた。技術が、経験が、支援兵装の有無が――多くの要素で、平坂樹は水無瀬真昼に劣っているのだ……!
笑えてくるくらいの敗北濃厚な旗色を、俺は過たず理解した。
≠ ≠ ≠
ザクッ。
≠ ≠ ≠
理解し認めた上で、改めてどうするべきかを考えた。
問題は意外とシンプルだ。
逃走時は、地形操作の能力で三百六十度揺さぶられる。
中距離で足を止めようものなら、死霊の洗礼を浴びてしまう。
接近戦に至っては論ずるまでもなく――でも、メイの刃が届く以上、芥子粒ほどには勝機がある!
刹那に思考を束ねて、俺は被害の抑制を優先順位のトップから蹴落とした。
「方針変更」
遁走から一転、床に火花を散らして荒々しいターンを決める。
「反撃開始だッ!」
「!?」
踵を返した俺を遠目に、水無瀬が狼狽を匂わせる挙動で追走の足を止めた。逃げ道を塞ぐために用意したらしい戦斧槍を、大剣に変更して構え直す。
「まさか、IAIがっ」
「いいや。ただ――」
自機はパーツ耐久値こそ芳しくないが、しぶとく設定されていた。
傍目スクラップ間際に追い込まれても駆動に支障をきたさず、シャットアウトの注意喚起も響かない。
問題があるとしたら、メイに偏った苦痛くらいなもの。
しかし、それを気に病み臆するなど愚の骨頂。メイだって望むまい。電軍上官からメールが届く前、自分に遠慮するなと遠回しに忠告してきたじゃないか。
そもそも、痛みを抱えているのは俺だって同じ。
さっきから左の掌がとんでもなく痛い。
「ただ――時間稼ぎだけってのも芸がないし、趣味じゃないんでね!!」
苦悶の叫びを決意の咆哮に代えて、久しく忘れていた感覚を噛み締めた。
たぶん《カドゥケウス》で遠隔操作中の実体が、傷を負ったのだろう。実態との感覚カット機能を超過した激痛が、ダイレクトに伝わってくる。
銃弾でも貫通したのか何なのか、洒落にならないくらい痛い……!
自分が死に瀕している現実を、嫌が応にも痛感した。
同時に気付いた。
例えどんなに痛くとも、自分がこうして生き永らえている意味に。
「メイと白波さんが闘ってる。護られてばかりは御免だッ!!」
爆ぜる闘志の赴くまま、俺は死の刃圏に自ら踏み込んだ。
【■■■■同調率九%・閾値未満確認――再定義が実行されます】
損傷報告に変な警告文が紛れ込んだ気がしたものの、今の俺には水無瀬の迎撃以外に注意を割く余裕がない。袈裟に奔り出した大剣に、意識を集中。斬撃として成立するより早く、刃の軌道上に左腕を割り込ませた。
涼やかな斬音に遠い、鈍い破砕音が鳴り響く。
いくら威力重視の大剣といえど、勢い不足では手甲を砕くのが精々だ。付属の剣まで失ったのは誤算だが、悔やむのは後でいい。
破片が降りしきる中、俺は大剣を掻い潜り《HIRUKO》の懐に跳び込んだ。
「ふぅ――、ッラァア!!」
吼えて、至近距離から右の剣を突き出す。
一撃を放った直後の水無瀬は、防御を諦めたらしい。支援機構をフル稼働させて、地を滑るような常識外の動きで後退した。
捨て身の刺突が不発に終わる。
しかし、それがどうした?
簡単に届かないことなど百も承知!
「ォォオオオオッ!!」
俺は野獣のように咆哮を発し猛追して、斬線を重ねた。
武器を片方失った悪影響はない。むしろ逆。左手で右の手首を支える俺の動きは、自画自賛したくなるくらい劇的な進歩を遂げていた。
すぐに刃が届くほどじゃないが、反撃の余裕を水無瀬に与えない。
「何だ……? 貴様っ、その動きは僕の!?」
「見取り稽古からの模倣は上達の基本。条件さえ揃えば、ざっとこんなもんだ!」
専門家である水無瀬の一挙手一投足を記憶に、太刀筋を鋼鉄の肉体に刻んだ。二刀流を止めて攻勢に転じ、同じステージに上がった今、これまでとは違うぞ!
「ふんっ、しょせん付け焼き刃の猿マネだ。返り討ちにしてやる!!」
「やれるもんならやってみろよ! こちとら多趣味が身の上でね。付け焼き刃の鋭さには自信があるッ!!」
意気揚々と足を止めた水無瀬と、俺は烈火の如く激しい剣戟を交えた。
【再定義中……■■■■同調率七%・強制起動――戦技支援/演算リンク】
先述通り、強者は水無瀬だ。
故に優勢なのも水無瀬だ。
接近戦に移行して埋まる実力差など、たかが知れていた。
今まで以上のダメージが、自機に刻一刻と積み重なっていく。
なのに、大破に至らない。
致命傷を喰らわない。
水無瀬が本命と睨む剛撃に限って、全て紙一重で躱し防ぎ受け流す。俺は多趣味で培った地力と神懸った勘で、死神の大鎌に対処し続けた。
それどころか――キンッ!! と玲瓏たる斬音が。
敵機|《HIRUKO》の頭部、逆しまの道化仮面に斬痕が奔った。浅くはあるが、《カドゥケウス》起動以来の出来事だ。
「窮鼠猫を噛むってね。敗北の可能性を思い出した気分はどうだ?」
大剣の反撃を受け流して、俺は純度百パーセントの悪意で水無瀬を挑発した。
「命乞いなら要らないぞ。元々、俺の方にお前を殺す気は無い。それに例え命乞いをされたところで、見逃す気も無い!」
「かすり傷一つで調子に乗りやがって……!」
圧倒的優位に立ちながら決着が遠いせいか、水無瀬の声に焦りの色が宿った。
「そろそろ正体を現したらどうだ!!」
「ッ!?」
突然、俺の中の〝何か〟が悲鳴を上げた。
窮地を直感し、緊急避難を試みる。直後|《HIRUKO》の大剣に膨大な数の死霊が噴出して、瞬く間に許容量を突破した。
【再定義中……■■■■同調率六%・強制起動――移動支援/バースト】
爆ぜる怨恨。
情報が容を成す空間で、それは猛毒となって近辺を汚染した。
「あ、危ねぇっ」
効果範囲外で足を止めて、胸を撫で下ろす。
後退の初動がコンマ数秒も遅れていたら、と思うとゾッとした。最悪、センサー類が熔けて敗北が決定した可能性もある。
「今の超反応は、やはり――……あぁ、畜生……素人が〝勘〟で僕と斬り結ぶのかよ! これだから天然もののバケモノは嫌なんだ!」
手の届かない場所に立つ俺を凝視して、水無瀬がうめく。
いい加減、言葉は語り尽くしたと思うのだが、まだ喋り足りないご様子で。
「今度は何だ? クレームなら締め切ってるぞ」
「そう邪険にするな。貴様も白波萌と同じ、バケモノってことを確信しただけさ」
白波さんと同じ?
俺が人外の《力》を秘めてるってことか?
「ホルダーと称される、人間のイレギュラー。総じて常人より〝勘〟が鋭い。俗に言う第六感が発揮されてるわけだ。
……心当たりがない、とは言わせないぞ?」
なるほど。訳知り声で語られる水無瀬の推理には、必要最低限の説得力があった。今日一日だけで、何度〝勘〟に命を救われたことか。
けど、そこに俺が惹かれる要素はなかった。
「IAIが軽々しく自分の命を預けたことにも、これで合点がいったよ。端末使用中なら、素人でも《力》が発現しやすい。死に瀕すれば、なおさらだ」
「…………」
「どうした? 喜べ。貴様には英雄の資格がある。神に選ばれた特別な存在だ。上手くいけばIAIや世界を、それに――白波萌だって救えるかもしれない」
詐欺師さながら饒舌に騙る生粋の人間、水無瀬真昼。
端々に嘲りを含む語調は、隔離扱いが常の異端に対する優越感からか、あるいは力不足を嘆く劣等感からか。
……考えても詮無いことだ。
俺は思考を打ち切り、水無瀬の推察を否定した。
「王道と書いて、陳腐と読む展開だな。そんな都合の良い話が現実にあるものか」
「夢見がちかと思えば、妙なところで冷めてるな……。だが、貴様がどう思おうと事実は事実。あの新型端末を使って無事でいるのが、いい証拠だ」
「待て」
自分が神に選ばれた存在など信じる気は微塵もないが、今のは聞き捨てならん。
「どうして、そこで新型端末が出てくる?」
「愚図め。少し考えれば分かるだろ。白波萌とIAI対策だよ。僕は二つあった端末の片方を奪わず、ウイルス型の呪式プログラムを仕込んだのさ」
「…………へぇー」
もしかして、初回アクセス直後の拷問めいた苦痛や、ニグレードに関する諸々の謎は、そのウイルスとやらが元凶か?
そう俺が素人考えで推理していたら、水無瀬が奇妙な事柄を口走った。
「対象を違えたとは言え、並大抵の異能じゃ抗体代わりにもならないはず。なにしろ《力》の源は、IAIやニグレードを生んだ、あの穏健派筆頭の研究成果。それも劣化コピーの戦斧槍とは違い、唯一無二のオリジナルだ」
「っ!」
刹那、俺の脳裏に天啓の如く閃くものが。
「呪式プログラムは正常に発動し、今も端末と平坂樹の魂に憑依してる。なのに術者の僕は貴様の精神を掌握できず、変調一つ感じられない。
異常だよ……。平坂樹は特別だ」
「そいつで最後か……?」
俺は水無瀬の弁舌を遮り、震える声で問い質した。
「お前が穏健派筆頭の研究所を襲撃して得たもの。戦斧槍のデータコピーとネイエン誘拐。そして、新型端末に仕込んだ無色の《力》……この三つで打ち止めか?」
「ああ、そうだ」
至極あっさりと、水無瀬が大失態を自白した。
「別の切り札でも警戒してるのか? 無駄な真似は止せ。バケモノはバケモノらしく、現世を犯す《力》に縋ればいい。僕は人間として、それを蹴散らしてやる!!」
間抜けが戯言を重ねていたが、俺に構う余裕はない。
さっきの自白を契機に、記憶が連続でフラッシュバックする。
――誘拐された〝二人〟は――可能性の塊みたいな無色の魂が。
――IAIコネクションの緊急要請を確認――この文面、初回起動時にも。
――■■■■削除失敗――■■■■同調率。
これらの意味を導き出すより先に、怒涛の如く疑問が噴出した。
例えばメイとの出会い。あんな異音に、何で俺は無警戒に近付いた? ダンボールの発見自体、おかしいじゃないか。
メイはスニーキングの真っ最中だったのに。
まだまだあるぞ。
骸骨武者と対峙した時に、発破がけの如く生じたフラッシュバック。ログアウト後の眠りを妨げた違和感。俺に狐耳と尻尾を弄られた白波さんの過剰反応。素人が自由自在に操れる機体の秘密。異様に鋭くなった第六感。その他、ご都合主義な展開の数々――どれもこれも、今まで真剣に考えなかったのが不思議な異常事態だ。
でも、この期に及んで思考停止に陥るほど、俺は愚鈍じゃない。
――ずっとそこで【情報開示/■■■■→ウイルス】一緒に闘ってたのか?
水無瀬の自白を裏付けるシステムメッセージが、絶妙なタイミングで記された。
……そうそう、システムメッセージと言えばだ。戦闘に夢中で半ば無視していたが、何度か謎の表記が届いた気がする。
再定義がどうとか――と思案した矢先、再びメッセージが。
【再定義中……ウイルス同調率/二%・ERROR――虚数干渉装置が見付かりません・再定義が一時中断されます】
虚数干渉装置。
聞き覚えのある単語だ。あれは確か……。
『武装セット――虚数干渉装置/アマヌマノホコ』
無機質なアナウンスを思い出す。
すると、またしても疑問が芽生えた。
本来システム上で片付くはずのメッセージを、なぜ〝彼女〟は発声したのか?
全ての謎が一本に繋がり、起死回生の〝答え〟を導き出して――
「……ははっ」
気付くと、自機の外部マイクから場違いな自嘲が漏れていた。
理性を他所に心中を蝕む、不安と恐怖と虚無感。
他人どころか自分すら信じられない俺は、この手の〝問題〟と相性が悪い。
笑えてくるじゃないか。ここまでお膳立てを整えてもらいながら、導き出したはずの〝答え〟が、ゴミ屑同然の妄想という危惧を拭えないだなんて……ッ!
……できることなら、逃げ出したかった。
せめて安全策を貫きたい。勝利への渇望より、敗北への忌避感の方が強い。死にたくない。不確かな妄想で命を賭すなど、冗談じゃない――この腐った考えこそ、何を隠そう平坂樹の本音である。
我ながら、笑えるくらい格好悪い。
でも、それは永久不変の真実だ。目を逸らさず認めよう。弱さは消えない。魂の真価は最初から決まっていて――――その代わり、虚飾で自由に彩れる。
例え嘘でも、格好良くなれる。
だから俺は諦めない。
さぁ、拳を固めて剣を構えよう。自機|《MUMEI》の隅々にまで意識を巡らせて、不安も恐怖も虚無感すらも抱えたまま、屈することなく決意を声に!!
「大バカ上等」
自分自身が報われずとも、別の誰かが――例えば、誇り高き勝者や名も無き胎児が――救われますようにと祈り、俺は格好を付けて踏み出した。
「勝負だ、三流悪役! 損な性分ってやつの真価を見せてやる!!」
「面白いじゃないか! 生まれ落ちての素質……僕はそんなものに屈しない!!」
勘違いに気付かない水無瀬が、痛ましい咆哮を発して戦斧槍を振り下ろす。
半月状の刃が床と接触、歪みが染み込み――この瞬間こそが狙い目だ。
俺は三人分の情報強度を秘める自機のフルスペックを、満を持して解き放った。
「い……ッ、けぇぇぇええええええええ――――――――――ッ!!」
「な、何ぃッ!?」
正真正銘、最高速度での吶喊。
ありもしない《力》ばかりを警戒していた水無瀬は、この期に及んでの地力勝負に反応が遅れた。大慌てで戦斧槍を構え、専守の姿勢に移行する。
対して、俺は右腕の剣をブレーキ代わりに、足元へと突き立てた。
退魔の刃が、歪みで表現される戦斧槍の《力》を祓う。断末魔の叫びめいた異音を発して、床を抉るように裂いていく。しかし、それも瞬きの間の出来事。
肩が外れかねない負荷に襲われたが、自機は急停止に成功した。
正面の《HIRUKO》はフェイントに引っ掛かる形となり、戦斧槍を振り上げて硬直中。決定的な隙だ。
俺は今も激痛を発す左手を伸ばして――エラーの原因である戦斧槍を掴んだ。
……さて、鬼が出るか蛇が出るか。
あるいは何も出てこないか。
もしこれが無駄骨なら、手詰まり。と言うか、最悪だ。貴重な勝機を失った上に、仕切り直すのも厳しい。深刻なダメージを覚悟する必要があった。
【START HACK】
システムメッセージが閃く。
まるで、懸念は杞憂だと伝えるかのように――。




