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断章――伝説のお仕事




 カクリヨの主戦場から離れた僻地に、粗末な小屋がポツンと建っていた。


 俗に数奇屋と称される、茶の湯用の建物だ。古めかしい建築様式。それ自体は、不老の情報生命体が住まうカクリヨだと、大して珍しいものではない。

 ただし、立地が砂漠のど真ん中ともなれば話は別。

 この建物は、条理を無視した《力》で辛うじて存在を許されている、仮初めの会談場。電軍に共闘の是非を問いたい、《ディエスイレ》急進派の仕業だ。


 手狭ながら格式高い室内では、すでに両組織の代表者が顔をつき合わせていた。


「ふむ、やはり主役はこぬか。……まぁいい。それなら此方から出向くまでよ」


 急進派の側には、胡坐を組んだ男性像を紡ぐ青白い燐光が。《ディエスイレ》立役者の一角にして、日本の礎を築いた第六天魔王――織田信長その人である。


 カクリヨ統一以来、楽隠居していたはずの彼こそ急進派の切り札だ。


 信長公の意向を阻める人間は〝生ける伝説〟くらいのもの。

 電軍が大人しく共闘を受け入れるなら、それで良し。否やの場合は蹂躙する。仮に那雲や晶が出張ってきても、二人を欠いては現実世界の問題が片付くまい。


「不服なら止めてみせよ。乱波なれど、貴様も先の大戦の勇士。聞くところによれば、我や〝生ける伝説〟とも並ぶ魔女の系譜だとか。前座には足る」


 どう転ぼうと、目的達成は時間の問題――急進派の誰もがそう考えていた。

 しかし、電軍側の代表者は違った。


「ご冗談を。興を削ぐようで悪いんすが、勝ち目の薄い勝負はしねー主義なので」


 スーツ姿に黒ぶち眼鏡の地味な男性が、冷や汗を滲ませながら苦笑を浮かべた。


 彼の名前は椎名弥勒。

 比奈枷と並んで那雲の信が厚い、電軍《チガエシ》正規兵だ。その腕前は、実力派が揃う《チガエシ》の中でも五指に入るほど。

 無論、信長公には遠く及ばないが。


「第一、自分は単なる隠れ蓑。信長公のお相手は、本命にお預けしやす」

「うむ。三年ぶりじゃのぅ――サル」


 弥勒の後方、特殊なローブで全身を隠す女性が、唇を三日月状に歪めた。


 信長公の来歴を知って、なお『サル』呼ばわりする者など、唯一無二。

 彼女のネームバリューは絶大だ。現実世界では信長公の方が上だが、此処カクリヨでなら誰にも劣らない。


「…………くっ。……か、カッ、カカカカカカカカカカカカッ!!」


 信長公が狂ったように感情を爆発させる。

 楽隠居に飽いた以外の参戦理由がない彼にとって、それは〝生ける伝説〟に対して敗北を認めるに十分な、奇跡の再会だった。


「よォく覚えておるぞ。斑蛾晶と入れ替わりの如く消えたので、当時も首を傾げたものだ。しかし……よもや受肉に成功していたとはなァ。

 カクリヨで産まれし機神の主格――菊理姫よ!!」






          ≠          ≠          ≠






 同時刻――現実世界、日本。

 とある集合墓地の入り口で、くしゃみが二つ綺麗に重なった。


『くしゃみが重なるとは奇遇だね』

「きっと、誰かが俺たちのことを噂してんだろ」


 那雲が晶の軽口に応じて舌打ちする。

 スニーキングミッションの真っ最中とは思えない暢気な言動だが、当然備えはある。那雲が装備したフルフェイスマスクは最先端科学技術の結晶で、各種電子機能に防音対策まで完備の優れもの。不用意に音を漏らす心配はない。


 武装の電子機能を管理する晶が、ディスプレイ兼バイザーの隅で微笑んだ。


『お菊さんかな? それとも萌君あたりかな?』

「後者だと思いたいね。手前のバカさ加減を自覚するには、いい頃合だ」


 那雲は軽く鼻を鳴らすと、軍事用アンドロイド四機の残骸を睥睨した。


「一機、萌のとこに向かったらしい。正念場だ。お子ちゃまトリオがどうなるか」


 嘆息して、目的地の集合墓地内部に踏み入る。


 晶のハッキング支援があったとはいえ、禁術だらけの敵地で軍事用アンドロイド四機を人知れず機能停止に追い込むのは、さすがの那雲をしても面倒だった。

 タイムロスも少なくない。


 案の定、すでに墓地の中心部はギアドールの巣窟と化していた。


『三百弱ってところかな。到着直後に那雲がわざと発動させた警報のせいで、市街地に出ていたギアドールは大半が集まったみたいだ』

「懸念の一つは解消だな。ギアドール以外に警報の影響は?」

『そちらは私が封じた。ネットの方もウイルス一掃まで、あと四分前後だ。中国期待の新星AIが頑張ってくれたおかげで、楽ができたよ』

「例の最新型か。俺をコンセプトに、費用対効果ガン無視で奇跡的に完成したとかいう……。しかし、いくらなんでも助力の動き出しが早くないか? 他国の本格介入は趨勢が決してからだと思ったが」

『その子の独断専行。先見の明があるのか、純粋に〝良い子〟なのかは謎だね』


 ふぅん……と、那雲はまだ見ぬ縁者に思いを馳せながら、相方に疑問を投じた。


「他に目立った動きを見せてる国は?」

『とりあえず、アメリカは完全沈黙。このタイミングでホルダー保護施設の不祥事が発覚したらしい。急進派の告発かな? あと危なそうなのは近隣諸国だねー。過激派の声が高まってる。空爆とかの勝手な横槍を入れられる前に、主要軍事施設と衛星関係を掌握させてもらったよ』

「回収対象がA(-)級の呪具でなきゃ、問答無用の物理破壊も有りなんだが……。汚染による土地の異界化や国家間の軋轢を考えると、最後の手段にしたい」

『念のため私の方で準備はしてある。メイ君にも、三分早いリミットを伝えて余裕をもたせた。タイマーは残り時間四分で停止中。

 ……いいね? 待てるのは二分までだよ。タイマーが二分を切ったら那雲も必ず退避してくれ。爆撃に巻き込んだりしたら、私がお菊さんに殺されてしまう』


 那雲は晶と状況を確認し合いながら無造作に歩を進めていく。

 しかし、ギアドールの大軍が侵入者の迎撃に動く気配はない。炉端に転がる石ころ以下の認識は、言わずもがな晶の仕業だ。


『ただでさえ、私の株価は現時点で驚きのストップ安なのに』

「俺も似たようなものさ。嫌われ役は望むところだが、無様晒すのはいけねーや」

『とはいえ電脳空間の主戦場にしゃしゃり出て、大人気なく暴れ回るのも……ね』


 新兵紛いの水無瀬真昼など那雲の敵ではない。

 術理に長ける晶なら《パンドラ》の再封印も容易い。

 二人が主戦場に出向いていたなら、事件はすでに一つの幕を迎えていただろう。


 にもかかわらず那雲が晶を従えて、現実世界で暗躍中の理由とは?


『それじゃ急場凌ぎにしかならないからね』


 事件を真の意味で解決に導くには、百鬼夜行を封じ込めたPCパンドラの確保は絶対条件だ。でなくば最悪、いたちごっこになってしまう。


「俺たちの仕事は、事件の根っこを断つこと。地味で華がないのは当然か」


 上手いこと言ったつもりで皮肉気に笑う那雲に、晶も苦笑で同意を示した。


『《パンドラ》確保と、精神支配系統の呪に犯された高位術者の救助。そして、黒幕並びに関係者一同の生け捕り――どれも萌君は当然のこと、ひなたち那雲の子飼いですら荷が重い』


 敵も馬鹿ではない。潜伏場所は強固な防備が敷かれていた。

 各種機械式トラップの群、超常の《力》を用いた結界並びに迎撃術式、軍事用アンドロイド四機、etc……と、ちょっとした要塞にも匹敵しよう。

 真っ当な手段での攻略は現実味に欠けた。


『見せ場は若者に譲って、私たちは裏方に徹するべきさ』

「はいはい、わかってますよ……」


 されど、不可能を可能にしてこその〝生ける伝説〟だ。IAI抜きで数多の人外化生と渡り合い、カクリヨを統一に導いた二人の戦歴は伊達じゃない。


「禁――狂い咲く呪詛の華。神意を越えて神威に至れ」


 那雲が言霊を紡ぎ、棒手裏剣めいた刃物を地面に突き立てた。


 紫電が瞬き火花が散って、空間そのものが悲鳴を発す。術の基点を潰されて制御を失った《力》が、行き場を求めているのだ。

 やがて間欠泉の如く《力》が爆ぜた。

 この余波が、今度は別の術に影響を及ぼす。数秒後には遠間で銃声めいた炸裂音が連鎖し、哨戒や見張り役の悲鳴まで飛び交う大騒ぎに。


 蟻の子一匹通さない鉄壁の布陣が、もはや見る影もない。


「これで表の障害は粗方潰したはず。晶、そっちはどうだ?」

『電子機器含めてオールクリア。相変わらず、那雲の術式干渉の腕前は卓越してるね。外円なんて、生贄を用いた禁呪紛いの結界だったのに、よくも小刀一つで』

「自発的には、まともな術一つ行使できない出涸らしの意地さ」


 元本職ならではの手際で数多の妨害を突破した那雲は、黒幕の隠れ家を胡乱気に見上げた。廃屋と見紛うばかりの寂れた洋館で、屋根の上には根腐れの十字架が。


『教会……あ、そうそう。教会と言えば、那雲。結婚式、まだなんだって?』

「あー……まぁ、うん」

『この甲斐性なしめ』


 晶が唐突に罵倒する。

 しかし那雲は動じる素振りも見せず、淡々と反論した。


「仲人待ちだ」

『――……正気? お菊さんが可哀相だ。やっと、ただの〝菊理〟になれたのに』

「その菊理が望んだことさ。証拠に、あいつは帰郷を躊躇わなかった」

『…………』


 鼻白む相棒を、那雲は気負わぬ調子で笑い飛ばした。


「憐れと思うなら、さっさと諸問題を解決しろ。有識者が揃って認める〝新しい法則〟を構築してから、堂々と帰ってきたらいい。誰が編み出したかも定かじゃないような、ちゃちな結界如きに手間どってんじゃねーよ。

 俺もせめて、三十代では身を固めたい」

『……努力はしよう』


 三年越しの決意表明を終えて、二人は敵地に踏み込んだ。






          ≠          ≠          ≠






 過去。白波那雲と斑蛾晶の出会いと時を同じくして、AI以外の情報生命体と真の意味での異世界は実在が証明された。

 数年後、那雲は晶の研究成果で人類初の異世界干渉を成し遂げる。

 そこで那雲と晶を待っていたのは、厭世主義なお姫さまとの出会い。

 カクリヨを統一に導く物語は、こうして始まり…………終わったのだ。


 されど、世界は閉じず――那雲は人類の守護職に就き、晶は隔離被害の憂き目に遭い、お姫さまは愛する男の傍で人生を謳歌し――今日へと至る。

 三人は見せ場を後進に譲って、舞台裏に退いた。今後は後進の世話をしながら、カクリヨ統一に負けず劣らぬ難関に挑むことだろう。


 とびきり大切で幸せな〝未来〟のために。




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