18――同族殺しの魔弾と機刃の忌み子
「……メイ。義兄と斑蛾さんが、今何をしているのか知ってますか?」
『ほぇ? 急に何の話? 動向は何も聞かされてないけど……。でもあの二人のことだから、立場を忘れて修羅場に出向き、年甲斐もなく暴れてる頃じゃない?』
「ですよね。ええ、私も今ならそう思います」
不思議なものだ。
心の在り方次第で、それまで見えなかったものが見えてくる。
「今回の事件が大騒動に発展したのは、あの二人が出し抜かれたせい。ですが、若者に尻拭いを丸投げするほど、私たちの保護者は愁傷な性格じゃありません」
『美味しい場面をかっさらわれる未来が、目に浮かぶわ』
保護者抜きで世界を背負う日は、まだ遠い。
自分の敗北が人世の秩序崩壊に繋がるなど、自惚れも同然の危惧だ。
そのことを、おそらくは無意識に理解していたメイが訝しむ。
『で、結局だからどうしたって言うの?』
「ただの確認ですよ。闘っているのは自分だけじゃない。
――そうでしょう、澪?」
ジッと私のPDAが反応を示した。
『……どうしてボクの介入に気付いた?』
「これでも、私は貴女のお姉ちゃんですから」
決まり悪げに問うた澪に、苦笑を返す。もっと早く察していたなら胸も張れたが、この期に及んでようやくでは何の自慢にもなるまい。
メイもまた、特に驚くことなく嘆息した。
『機械人形が静かすぎると思ったら、みぃの仕業だったのね。封印維持に《力》の大半を割いてるくせして無茶なことを……。封印が解けたら元も子もないのに』
『言われなくても分かってるよ。だから本当は樹さまに力添えしたかったところを、我慢したんだ』澪が悔しそうに唇を噛み、金狼の耳を垂らす。『今のボクじゃニグレード戦に介入できない。機械人形への嫌がらせだって難しい。手を尽くして戦闘準備は遅らせたけど、敵の中に別格の情報強度を誇るのが一体いて……』
片手間だろうと、澪が苦戦するような電子情報は少ない。
その正体は明白だ。
「軍実用アンドロイド。現状、物理破壊しか止める手立てがありませんね」
私は緊張感の滲む硬い声で今後の方針を述べた。
すると、澪が主語を省く疑問を寄越してきた。
『……怒らないのか?』
「事件に平坂さんを巻き込んだ件なら、あとでちゃんと叱りますが?」
『ぅぐ……。わ、わざとじゃない。樹さまには事情を説明して、ちゃんと謝る』
私が少し意地悪をすると、澪はばつが悪そうに言い訳してから話題を修正した。
『そうじゃなくて! ほら……いつもなら、過保護を発揮してる場面なのに』
「心配の具合は今も昔と変わりませんよ。良くも悪くも、きっと生涯不変でしょうね。根本的な部分で私は何も変わらず……ただ、ほんの少し成長したようです」
最愛の妹が戦場に出向いた理由は、聞かずとも知れたこと。
平坂さん絡みの案件と、誘拐された二人の救出だ。
澪は歳若いが、私同様に〝生ける伝説〟から英才教育を受けて育った身。戦場の何たるかは重々承知しているはず。
命を落とすことも、逆に命を奪うことも全て覚悟の上で、闘いに挑んだのだ。
その重みを無視して闇雲に危険から遠ざけても、白波澪の心は護れない――そう納得可能なくらい、私はここ数分で急成長を遂げた。
澪とメイと平坂さんと自分のために、何が必要かも理解したから。
さぁ、白波萌の〝真実〟と闘おう。
澪が誇りに思える姉で、メイとつり合う相棒――即ち、理想の自分であるために、今こそ格好を付ける刻だ。
「澪、助力に感謝します。現実世界は、もう大丈夫。平坂さんを信じたように、次は友達と姉を信じて自分の仕事に専念してください。
私も、メイと平坂さんと澪を信じて闘います」
斯く在るべしと祈るがままに、謝辞と祈りと宣誓を紡ぐ。
その意味を、澪より先にメイが理解した。
私が口にした決意に、嬉々と同意を示す。
『そうね。あたしはイツキが、イツキは萌が、そして萌はあたしが護る。
だから……みぃは、みんなが闘う理由を護りながら待っていて』
一年前に私たち三人が失敗したことを、今度は平坂さんも交えた四人で――。
「できますよね、澪?」
『当たり前だ』
心強い返答を最後に澪との通信が途切れ、一秒後に『そうそう』と復活した。
『言い忘れてた。おい、ポンコツ。この件が片付いたら、大切な話がある』
『気が早いわね。改まって何を話すのよ?』
『乙女の初めてについて』
ブチィッ! とやけに大きな音を立てて、今度こそ通信が切れた。
『……ち、ちょ、ちょっと待てぇぇぇええええええええええええ!! 何でっ!? どうして、みぃが今そのフレーズを!?』
泡食った様子で騒ぎ立てるメイ。
しかしPDAは反応せず、事情を知らぬ私も首を傾げる他ない。
「メイ。何の話か知りませんが無駄に騒ぐのは止めてください。それより、私の左肩の脱臼治療に協力を。片腕では狙撃銃が使えません。メイに頼りきりは御免ですよ。私と貴女の二人で敵を殲滅しましょう」
『……ぅん。あぁ……萌が調子をとり戻してくれたのに、また新たな火種が……』
意味不明な愚痴を続けるメイの治療を受けてから、私は淡々と忠告した。
「敵の首魁は軍事用アンドロイド。おそらく銃火器で武装し、他のギアドールを従えて怒涛の攻勢を仕掛けてくることでしょう。……久々の窮地ですよ。油断や凡ミスは封印して、真面目に闘ってくださいね」
『油断や凡ミスが標準装備みたく言わないでよ。それに《カドゥケウス》は不慣れで……って言うか、ニグレードの痛覚設定がさぁっ! やせ我慢してただけで本当は今も超痛いの! イツキ凄い追い詰められてて、マジで泣きそうなの!!』
「この期に及んで、泣き言など受け付けるものですか」
平坂さんが窮地にあるなら、尚のこと私たちの闘いは重要な意味を持つ。
「念のため言っておきますが、くれぐれも平坂さんの実体は傷付けないように。負傷の度合いに応じて後日、私と義兄と菊理さんとで稽古をつけますからね?」
『いやそれ稽古じゃないよね。いぢめの域も超えてるよね? リンチだよね!?』
半泣きのメイを無視して足元の狙撃銃を拾い、ホールの出入り口に視線を移す。
折りよく外部から衝撃が。轟音が響き、扉を塞ぐバリケードが半壊した。
「来る。普段通り私が援護に回るので、メイは新型端末の機械式退魔刀で前衛を」
『りょ、了解。……ところで気のせいかな? 萌、地味に機嫌悪くなってない?』
「気のせいでしょう。機嫌を悪くする理由が何一つありません」
キッパリと断言してから腰を落とし、狙撃銃を構えた。
直後、再びの衝撃と轟音。
今度こそバリケードが全損して、扉が開かれる。小口径の自動拳銃で武装した軍事用アンドロイドを筆頭に、七体のギアドールが雪崩れ込んできた。
絶望的な戦力差を前に、まずはメイが動いた。
『にしては扱いが……あと、そこはかとなく地雷踏んだような悪寒も』
平坂さんの実体を矢面に立たせ、件の刃で正確無比な三正射を叩き落とす。
『うぅ……何がどうなっているのやら。あたし、今日きっと厄日だよ』
例え《カドゥケウス》に不慣れでも、この程度なら愚痴混じりに防ぐ。
IAIのメイが長らくニグレードの直接操縦を担当していた理由にして、〝機刃の忌み子〟という二つ名の所以である、神懸り的な刀剣戦技は健在か。
「何を今さら……」
私は相棒の能力を裸眼で把握しながら、苦言を呈した。
同時に、逆の眼でスコープ越しに標的を捕捉。知覚が爆発的に拡大して、意識が限界まで収束する。
世界が、凍る。
刹那、高ぶる第六感に反応があった。
懐かしい気配が、魂の裏側から。
毒婦の如き〝もう一人の自分〟が、童女の如く無邪気に微笑む。あと半歩のとこで出番を潰されながら、彼女は不思議と上機嫌だ。
さながら、愛娘の独り立ちを祝う母親のように――。
そっと背中を押された気がして、私は必中を疑わずトリガーを引き絞った。
放たれた銃弾が、手前のギアドールの急所を貫通。のみならず、奥に隠れた軍事用アンドロイドの片目を潰す。
「厄日はお互いさまでしょう、メイ」
繋いだ言葉とは裏腹に、私は微笑を浮かべて相手の出方を窺った。
一同は強襲を中止したらしい。敵戦力の大幅な上方修正が理由だろう。
ギアドールが慌ただしく物陰に避難する中、軍事用アンドロイドが銃を乱射した。弾丸が、メイ操縦下の平坂さんが執る機械式退魔刀と、再び火花を散らす。
『それもそっかぁ』というメイの苦笑が、斬鉄の快音に重なった。
私の鼻先でも弾丸と刃が交錯したが、何を憂う必要もない。
単発仕様の狙撃銃を手放して、今度はホルスターから自動拳銃を引き抜いた。最後尾を走るギアドール二体の、無防備な背中に照準を合わせて連射する。
当然のことながら銃弾は迎撃されず、全て標的中枢部に命中した。
……小手調べで、敵首魁の片目と雑魚を三機なら上出来か。
深追いはしない。それより、次の本格的な攻勢に備えるべきだろう。
私は狙撃銃を拾い、空薬莢を排出して次弾を装填。敵の散開具合を記憶しながら、愚痴の続きを紡いだ。
「私もメイも不向きな役回りばかり強いられ、今まで活躍の機会に恵まれず……」
『冷静に考えてみたら、適材適所の成立って今日はこれが初めてだもんねー』
メイの専門は刃物を用いた直接戦闘を。私は狙撃を筆頭に中長距離からの支援火力を。〝機刃の忌み子〟と〝同族殺しの魔弾〟は、相手の短所を補い長所を伸ばし、今日までカクリヨの最前線を支えてきた。
本来の戦闘スタイルで相棒と戦場を同じにする今、恐怖は微塵も感じない。
メイも同じ気持ちなのか、機械式退魔刀を構えて力強く啖呵を切った。
『あたしは《カドゥケウス》越しだし、萌も源果術式を使えないから、ノーハンデじゃないけれど……本領発揮には違いないわ。ストレス発散も兼ねて、電軍《チガエシ》次代エースコンビの真髄を知らしめてやる!
これ以上、イツキにばかり良い格好はさせないんだから!!』
まったくもって同感だ。良い格好をするのは、男性限定の特権じゃない。女には女の意地が――……待て。
待て待て。
待て待て待て待て。
ちょっと、待て。
……二十歳間近の職業軍人白波萌よ。今ナチュラルに何を考えた? まさか……中学卒業したての平坂樹を、年下の可愛い男の子ではなく異性と意識して――。
「――――ッ!!」
『ちょ、萌!? 何でいきなり突っ伏してんの!? 何で床をひっかいてんの!?』
「……何でもありません。ええ、何でもありませんとも。何でもありませんが、小一時間ほど放っておいてもらえませんか?」
『もらえませんよ! 小一時間どころか一分だって無理だよ!!』
「ですよねー……」
呻きながらも、幽鬼のような調子で立ち上がる。
恥死に至らないのが不思議な気分だ……。
でも冷静に考えてみると、平坂樹が男で白波萌が女であることは、生物学上の純然たる事実。しかも彼の年齢不相応加減は、あの菊理さんが賛辞を送ったほど。
惚れた腫れたは抜きに、少し意識するくらい不自然な話じゃない……はず!
開き直る。
途端、今度はふつふつと現状に不満が湧いてきた。
異性を意識しての初陣が、ギャラリー不在とは……世の中ままならない。
いつかと同じ笑顔を浮かべながら、私は己が魂に改めて決意を刻み込んだ。
澪が誇りに思える姉で、メイとつり合う相棒――ついでに、平坂樹が異性として意識する〝良い女〟であるために、生涯闘い続けよう。
…………それと、別段深い理由はないのだが、澪とメイが『乙女の初めて』について話し合う時には、私も絶対に同席しよう。




