17――真実より大切な事実
戦斧槍という新たな脅威を前に、俺は心を奮い立たせて刃を構えた。
「死霊と同じ類の超常機能か。内実はただの地形干渉っぽいが、何か曰くでも?」
「期待を裏切るようで悪いが、知らないよ。これは穏健派筆頭の隠し玉。研究所を襲撃した時の数少ない戦利品だ。厳重な保管具合から、お宝に違いないと見てコピーしたが……詳細は不明。正しい使い方も、何のために構築されたかすら謎だ」
「少なくとも、鬼ごっこで遊ぶためじゃないと思うぞ」
皮肉を返しながら、内心でほぞを噛む。
障害物の量産――遁走での時間稼ぎを予定してた俺にとって、厄介な能力だ。メイの剣も地形を弄くる《力》はともかく、変化した地形そのものは祓えまい。
「可愛気のないガキだ」
水無瀬も優勢を自覚しているらしく、言葉とは裏腹に声色に苦味はない。
「軽口叩く暇があるなら、命乞いでもしたらどうだ? 敗北必至の相手に命を賭して歯向かうだなんて、今時流行らない。不気味に感じるくらいだ」
「生憎と、流行り廃りには疎い性質なものでね。って言うか、不気味は俺の台詞だろ。《カドゥケウス》の起動に気付きながら、前にも増して饒舌じゃないか」
「時間稼ぎに付き合ってあげているんだ、ありがたく思え」
水無瀬は、あくまで余裕を崩さない。
現実世界の手駒に、よほど自信があるのか?
メールで示唆された戦力以外に、切り札を用意していたのかも……。
俺が現実世界の趨勢を憂慮していると、水無瀬が真面目な声色で問うてきた。
「礼代わりに教えてくれよ。どうして《カドゥケウス》の起動を承認した?
聞き及んでいるはずだぞ。白波萌が訓練を受けた専門家、それも凶悪な半妖であることを。いざとなれば、あの女は絶対に《力》を解き放つ。そうすれば、どんな窮地も独力で切り抜けてしまう。加勢なんて、必要ない」
「…………」
ああ知っているとも。
前半はカクリヨで本人の口から、後半はメールを受信直後にメイから教わった。
白波さんの切り札である超常の《力》が、諸刃の剣も同然と理解したからこそ、俺は《カドゥケウス》の起動を承認したんだ。
「まさか白波萌の隔離を懸念して、IAIを譲ったのか? だとしたら道化だな」
無言の俺に痺れを切らしたのか、水無瀬が追及の手を深部に伸ばす。
「隔離は死と似て非なるもの。まして、あの女には数多くの後ろ盾がある」
「それがどうした」
答える義理はないが、時間を稼ぐ必要はあった。
気分の悪さを我慢して、自分と向き合う。
「もし、白波さんの《力》で事件が解決されたら……」
隔世結界が発動して、彼女は異世界の住人となる。民間人の俺に再会の可能性は零だ。平坂樹を『損な性分』と称した白波萌を――あの笑顔を、失うのは惜しい。
そんな傍迷惑な想いを丸々伏せて、俺は外連味たっぷりに啖呵の続きを切った。
「俺の格好が付かないだろ?」
しばし、寒々しい沈黙が流れた。
「……。……は、は……はは、あはははははは。何だ、そりゃ?」
やがて水無瀬が乾いた声を搾り出すように笑い、その癇癪玉を破裂させた。
「そんな曖昧な理由があってたまるか! まだ状況を理解してないのかっ? 自分の命が……世界の行く末が懸かっているんだぞ!!」
「お前が言うな。第一、俺だって全くの考え無しじゃない」
若干呆れ気味に突っ込んでから、かねてより暖めておいた言い訳を披露する。
「出会い頭に騙ってくれた、正当性云々――《ディエスイレ》視点の正義は、何だかんだで最低限の筋が通ってたよ。仮に俺が失敗しても、人世がそこまで悪い方向に転がることはないさ。他の懸念はメイの安否くらい。でも、彼女は貴重なIAIだ。問答無用で殺されるとは考え難い」
ネイエン同様に配下とするも良し、電軍との交渉材料に使うも良し。
平坂樹のそれと違って、メイの命には使い道が多い。
……ま、さすがに命以外の安全は保証しかねるんだが。
ほぼ確実に生き永らえるのだから、それで御の字としてもらおう。白波さんの援護のためだ。メイも文句はないはず。
「…………さっきのバカ呼ばわりは撤回してやる」
俺が内心で言い訳を重ねていると、水無瀬が眩暈を起こしたようによろめいた。
「平坂樹はバカじゃなく、大バカだ。
そこまで打算の働く頭があって、何で別の選択肢を選ばない!? 挙句、格好がどうのと……〝無知な子供〟じゃあるまいし、笑わせるな!!」
「いろいろ出来が悪いのは否定しないよ。笑いたきゃ笑え」
……そう。
悲しいかな、平坂樹は自然体で格好良い輩と根本部分のつくりが異なる。今も本当は恐怖や後悔に屈しそう。命乞いも、選択肢の一つとして考慮したぐらい。
惰弱で利己的。頭の片隅で常に打算を働かせているような、真正の小悪党だ。
自覚してるさ。
でも――〝ありがとう。……格好良かったですよ〟――諦められないんだよ!
それが理想嗜好のリアリスト、平坂樹の全てだ。
大勢の賛同を得る生き方ではあるまい。むしろ、唾棄する者の方が多いはず。
ああ、全て承知の上だとも。報われないことを覚悟している。侮蔑も嘲笑も何もかも、甘んじて受け入れよう。
「いいんだ。例え誰に笑われようと、誰かさんのような三流悪役よりマシだから」
「さ、三流……悪役? それは、もしかして……僕のことを言っているのか?」
「大正解。いやだって、格好付けることを笑う今の水無瀬真昼は、格好悪くて笑えない三流悪役そのものだろ?」
「――っ、ふ……ざけるなァッ!!」
水無瀬はいとも容易く激昂すると、三文芝居さながらの口上を吐き散らした。
「よく恥ずかし気もなく! 貴様のように不出来なガキが、僕の何を知ってる!?」
「見聞きしての感想を告げた程度で、そこまでキレるなよ。確かに、お前のことなんて何も知らないさ。知りたくもない。当然だろ。それの何が不満なんだ?」
「……っ」
俺が首を捻っても、水無瀬は何も言い返してこない。
今さっきまでとは打って変わって、突然のだんまりだ。
この急変に、俺は皮肉を我慢できなかった。
「もしかして、上っ面じゃない〝自分の真実〟を知ってほしいとか? ……こっちが必死こいて〝そいつ〟を偽ろうとしてる、ってのに……贅沢な話だね」
「ち、違――っ」
「でも、諦めろ。それこそ俺の知ったことじゃない」
正義をなして、悪をも救う――。
そういう本物の格好良さを、平坂樹に期待しないでくれ。
「何しろ、いろいろと出来が悪いもので。三流悪役向きの同情や説教は、自分用で品切れ。いくら〝乙女の初めて〟が前報酬でも、無理なものは無理なんだよ。
水無瀬真昼は俺の引き立て役として、格好悪く朽ち果てろ!!」
「ぐっ、この……チクショウ! 好き勝手ぬかすな、糞ガキめ!!」
嘲笑を買う気で本音を吐いたのに、なぜか水無瀬は逆上して襲い掛かってきた。
「僕は三流悪役じゃ終わらないぞ! あの時と同じ思いを繰り返すものか! 例えどんな手を使っても、いつか必ず絶対に――ッ!!」
「…………」
どこか未練がましく言い募る水無瀬に、俺は無言で背中を向けた。
≠ ≠ ≠
カドゥケウス。
原典はギリシャ神話に登場するヘルメス神の杖の名だ。二頭の蛇が絡まる独特な形状から、双頭蛇の代名詞として用いられることが多い。端末使用者の実体保護が目的の呪式プログラムに、この名が採用されたのも頷ける。
ただし《カドゥケウス》は未完の技術。
斑蛾さんが隔離されてからは一向に研究が捗らず、AI側のマルチタスクのリソース分配効率が非常に悪い。実体操作を十全に行うと、IAIのメイですらニグレードの維持以上の余力が失われてしまう。
つまり――今、平坂樹は孤立無援も同然で。
出会って間もない私を救うために、命を賭して闘っているのか。
「嘘でしょう……?」
肺腑が融けるような強い恐怖に、眩暈を覚える。
少しでも気を緩めると、意識まで遠のきそうだ。熟れた果実の如く甘美な現実逃避の誘惑に必死で抗いながら、私はメイを問い質した。
「何で――っ、メイ! どうしてこんなバカな真似を!?」
『もちろん、一年前と同じ過ちを繰り返さないためよ』
意味不明な切り返しだ。
メイの真意を計りかねて、私は戸惑いながら過去を振り返った。
「何の話です? 一年前と言われると、どうしても澪の隔離事件を連想してしまいますが……あの事件で、メイに非などありません。私一人が失態を演じただけで」
『みぃの件で正解よ。独りで闘った萌の罪も否定しないわ。でも、そこから先は別問題。あたしは、みぃのしたことを――そして何より、大切な友達を救えなかった自分自身のことをっ、今でも許せずにいる……!』
白波萌の罪の在り処を正した上で、メイが懺悔に遠い糾弾の言葉を紡ぐ。
『一年前と似た現状、萌はみぃと同じ方法で窮地を打開する気でしょ?
自分の存在と引き換えに、仲間を助けて現実世界も護る――それを、例え誰が美談と語っても、あたしはイヤ! そんなの絶対許せない!!』
「メイ……」
がらんどうのホールを震わせる悲痛な叫び。
断じて単なるプログラムではない、無垢な幼子の我意が、私の魂を雁字搦めに縛る〝贖罪〟という名の鎖に罅を入れた。
一年前の隔離対象が澪から私に代わっても、メイは救われない。
……薄々予想してはいた。だからこそ、私は澪を追って自分から隔世結界に囚われることを、今までずっと躊躇していたのだ。
しかし今は、これまでと全く状況が違う。
人世の秩序維持と、平坂さんやメイ本人の安否が懸かっている。
「……貴女に重苦を強いる件は申し訳なく思います。ですが、平坂さんの敗北は絶対に回避しないといけません。彼が負けたらどうなるか、想像は容易でしょう?」
『イツキが殺されるのは確実ね』
メイは自身の安否を差し置くほど、平坂さんの身を深く案じている。
そして、だからこそ退かなかった。
『萌の言うように想像は容易。イツキ本人にとっても、例外じゃなかったわ』
「――え。ま、まさか……平坂さんはっ」
『やっと気付いた? そう、そのまさかよ。イツキは、萌の《力》も敗北時の自分の末路も全て理解した上で、《カドゥケウス》の起動を承認した。
これであたしたちが諦めたら、イツキの決意が報われないじゃない!!』
悲痛な色が滲むメイの訴えに、私は反論の言葉を失ってしまう。
その時、不意に新型端末からノイズが生じた。続いて、メイではない第三者の声が響く。聞き覚えのある冷たい声だ。
『礼代わりに教えてくれよ。どうして《カドゥケウス》の起動を承認した』
「この声、水無瀬真昼!?」
唐突な展開に戸惑いながらも、私は発言相手の正体を看破した。
すぐにメイの声が蘇る。
『うん、電脳空間でのイツキと水無瀬の対話。ちなみにリアルタイムよ。イツキにも萌の説得を頼むつもりで意識を傾けたら、興味深い問答をしてて……。せっかくだから、内緒で繋がせてもらったの』
平坂さんにも無許可の盗み聞きということか。
どう考えても、褒められた所業ではないが……。
私が何か言う前に、再び現実世界と電脳空間が繋がる。
業を煮やした様子で問い詰める水無瀬と、相も変わらず胡散臭い平坂さんの応対が、演目の如くホールに木霊した。
『まさか白波萌の隔離を懸念して、命綱のIAIを譲ったのか? だとしたら道化だな。隔離は死と似て非なるもの。まして、あの女には数多くの後ろ盾がある』
『それがどうした。もし、白波さんの《力》で事件が解決されたら……』
平坂さんは、私が人外の《力》に縋る免罪符を一蹴して、飄然と告げた。
『俺の格好が付かないだろ?』
「――……、……し、……信じられない」
数秒の絶句を挟んでから、言葉を搾り出す。
何が信じられないって、こんな非常識な発言を想定外に感じず、苦もなく受け入れた私自身の〝心〟が、信じられない。
『この絶体絶命の状況下で、性質の悪い冗談みたいな理由よね』
メイですら、声には苦笑の色が濃い。
ただし、彼女の感想はそこで終わらず、どこか熱っぽく続いた。
『でも、あたしは今みたいな感じの啖呵、嫌いじゃないなぁ……。萌はどう?』
「好き嫌い以前に、あんな子供じみた発言が平坂さんの本音だとは、とても……」
『んもぅ! そういう野暮な答えは聞いてないの! 命懸けで格好付けた男の子の面目、丸潰しにする気? 例え嘘だとしても、イツキが選んだ嘘なのに!!』
「っ、え」
ドクン! と私の鼓動が音高く跳ねた。
「嘘、だと……しても――?」
……、……あぁ……そうか。
そういう……ことか!
平坂さんの啖呵を聞いて、想定外に感じないのは当然だ。
例え嘘だとしても――〝格好付けなきゃ、格好良くなれないだろ!〟――何年も昔、私はそれを教わった。
かつては自然と笑顔が浮かんだ事実まで、一緒に思い出す。
今回、あの時と同じ笑顔は浮かべられそうにない。
子供なら微笑ましい発言も、大人の場合は笑えないのだ。
小さな幸せの記憶と一緒にリフレインする平坂樹の言動は、どんな愛の囁きより魅力的に、白波萌の心を揺さぶった。
『ねぇ、萌。多くの人は声高に真実の重要性を訴えるけど、あたしは虚飾もそれが事実なら、護るべき大切な〝リアル〟だと思う。
イツキが示した決意もそうよ。真偽は不明のまま、それでも――!』
「……一端の口を利くじゃありませんか、珍しい」
皮肉気に聞こえるかもしれないが、感心したのは本当だ。理性とは別の部分で、深く賛同もしていた。
電軍の理念に通じるところがあったからか、あるいは――。
いずれにせよ、もう人外の《力》で事件を解決に導こうとは思えなかった。
……でも、軍事用アンドロイド相手に《力》抜きで、どう立ち向えばいい?
答えは出ない。岐路で道を見失い、立ち尽くす。
そんな迷子のような私の心境を理解して、相棒が手を差し伸べてくれた。
『あたしが一端の口を利くのは、これからよ。
同じ過ちを繰り返さないために――うん。一年前、みぃと萌に伝えられなかったことを、今なら胸を張って言えるわ』
大切な宝物を披露する子供さながら、メイは声を弾ませて謳うように告げた。
『ピンチの時は犠牲を生む安っぽい《力》の前に、この〝あたし〟を頼りなさい!
絶対に後悔させないから!!』
「――――」
……腹の底から猛烈な怒りが湧き上がって、押し黙るのも一苦労だった。いい加減、自分の愚昧っぷりが許せなくなりそうだ。
こんな素敵な相棒と一緒にいながら、何を思い悩んでいたのやら。
例え生きる世界が違えども、平坂さんの橋渡しがある。
これまで同様に、メイに背中を預けて闘える。
それなら、犠牲ありきの《力》など不要。軍事用アンドロイドが何だ。世界を滅ぼせるワケでも、神を殺せるワケでも無し。
私とメイの敵じゃない――ッ!!




