09.とどめを刺そうじゃないか。
——フォーサイス公爵家は、かつて『アストリアの懐刀』と呼ばれていた。
今でこそアストリア王国は『大国』として世界中に知れ渡っているが、内乱の類や隣国による侵攻が絶えなかった暗黒の時代が存在する。
その時代に生まれた青年、レオナルド・フォーサイスは、国をひとつにまとめんとする王に襲い掛かる火の粉を払い、隣国の魔の手を叩き落とし、平和をもたらすことで王と国を支え続けた『救国の剣豪』として知られている。
そんな彼が王から『公爵』の位を賜ったことに対して不満を挙げる者はおらず、平和となった今も、フォーサイス一族は公爵であり続けた。そのことに異議を唱える者はいなかった。
……当時は。
膨大な書類の処理を終え、私——セドリックは自室に戻った。
周囲を軽く見回す。誰もいないし、近くに気配もない。
私は背中から勢いよくベッドに飛び込み、深々とため息を吐いた。
「レオナルドさーん、若干名前が似てる子孫の方があなたの顔に泥塗ってまーす」
もうさぁ、フォーサイス公爵家潰しちゃ駄目なの?
剣豪レオナルドさんの顔が泥で見えなくなる前に潰しちゃ駄目なの?
そんな疑問が1日に10回くらい頭の中を占領する。
「ま、駄目なのは分かってるんだけどね……」
アリシア虐待問題その他で当主レイモンドが社会的に死にまくっているが、フォーサイス公爵家を憐れむ人間は一定数存在した。
——何故なら、初代当主があまりにも偉大すぎたからだ。
そう、レイモンドではなくレオナルドが憐れまれている。
初代という名の救国の剣豪が残した功績が偉大すぎて、子孫という名の最低馬鹿男の奇行を憐れむ人々が存在しているのだ。
もう平和なんだから良いじゃないかと言いたいところだが、救国の剣豪が被害者になるのは流石にどうかと思う。国外的な意味でも国内的な意味でもよろしくない。
「『救国の剣豪』の子孫が『窮国の無能』だって言われてるのは笑うしかないよねぇ」
国を困窮させた無能ってことは一切否定しない。
窮国になってることに関しては猫被りのお転婆令嬢が元凶っちゃ元凶なんだけど、本人に自覚がないだけで、彼女は普通に被害者だ。ただおもしれー女ってだけだ。
「むしろ、良いきっかけをくれてありがとうというか……はぁ……」
私は目を閉じる。
脳裏を過るのは、数多の書類と証言。
「レイモンド・フォーサイス……怪しい資金繰りの類はかなり目にはついたが、それ以上に……」
理解できない。
理解できなさすぎて、私は頭が痛くなった。
「かなり早期に家督を継いだのは良いが、メリッサ殿だけでは飽き足らず、各地に愛人を作って遊び惚けていた」
忘れもしない。
レイモンドの悪評が広まっていくと同時に、泣き寝入りしていた自称愛人たちがありとあらゆる手で名乗りを上げてきた。
何人かは詐称だったが、ほぼ全員が真実を語っていた。
いずれも「君だけだよ」などと囁かれ続けた被害者だった。
——父上は「せめて比率が逆であってくれれば」と珍しく嘆いていた。
「こっそり避妊薬や堕胎薬を飲ませて第二のオリビア嬢を生み出さないようにしていたのは良いが、その薬のせいで、ありとあらゆる意味で酷い目に遭ったと思しき女性が多数」
愛人という名の被害者の群れの中には、もう耳を塞ぎたくなるほどに酷い目に遭っている人間が混ざっていた。……そして、同性だからだろうか。
話を聞いているうちに母上が「殺してやる……殺してやる……」としか言わなくなってしまった。見たことのない形相をしていた。
——その母上に関しては、母上が茶会と称して招いた被害者ことメリッサとオリビアが頑張って癒してくれた。本当にありがとう。
「ありとあらゆる事象を公爵家の資産で誤魔化し続けていたが、本人は決して行動を改めなかった。そして公爵夫人は懸命に彼の行動を咎め続けていた」
今は亡き公爵夫人、エリーザ・フォーサイスは前宰相の娘だった。
何故そんな優良物件が転がり込んできたかというと、レイモンドの今は亡き両親が頑張ったからだ。……恐らく、彼らは息子に並々ならぬヤバさを感じていたのだろう。
レイモンドには兄弟はいない。俗に言うひとりっ子だ。
ぶっちゃけ弟とかその辺がいれば、王家は容赦なく家督を譲れという命令を出していた。
何がどうなったとて、レイモンドよりはマシだと思うからだ。
しかし、残念ながら彼に兄弟はいない。
その結果、フォーサイス公爵家を潰さずにレイモンドをあの家から追い出すことができない。
当主を退場させるためには、国の法律的に『男性の後継者』が必須だ。女性でも爵位を継げる法律なら、メリッサにすべてをぶん投げることもできた。しかし彼女は女性だ。どうすることもできない。
「……で? その宰相の娘にしれーっと毒を盛り続けて殺したと」
殺されかけた私の療養中、前宰相は傷心の父上を支え続けた優秀な臣下だったそうだ。
今でも父上は彼の墓に定期的に花を供えに行く。そのくらいには、大切な相手だった。
そんな彼の娘を——レイモンドが、殺した。
流石のこれには強固な精神を持つ父上でさえも「殺してやる……殺してやる……」としか言わなくなってしまい、それを見た母上も夫の苦しみを理解して「殺してやる……殺してやる……」としか言わなくなってしまった。
レイモンドを殺してやりたい気持ちは大いに分かるし、何なら私も釣られそうになった。
しかしそうはいかないため、頼れる臣下に両親を託し、私は自分を律して走り回った。
もう、なるべく両親を巻き込みたくない。
あまりにも不憫すぎる。不憫すぎて、目も当てられない。
私でどうにかなる部分は、どうにかしなければならない。どうにかしたい。
「本当に、オリビアとアリシアの件が無ければなぁ……」
救国の剣豪の子孫だろうと、ありとあらゆる場所に毒を盛り散らかした男を生かすのは正直どうかと思う。
だが、彼を置いておかなければ、フォーサイス公爵家を存続させなければ、オリビアとアリシアの立場が怪しくなる。
……ここでフォーサイス公爵家を潰してしまえば、彼女らの爵位が無くなってしまう。
オリビアはミラー子爵令嬢として生きていく術があるが、アリシアにその手は使えない。
最初はエリーザの実家である前宰相の家に打診する予定だったが、父上を狂気に陥れた案件が出てきた時点で却下だ。
高位貴族と養子縁組を結ばせる手もあったが、そもそも『ヤバいとこのお嬢さん』を誰が引き取りたいと思うだろうか? そもそも被害者を『命令』で押し付けたくはない。
ルーファスが引き受けてくれたのも、彼の立場が特殊だったからこそだ。
そうでなければ、彼は決して、自分の意思でアリシアを招き入れることはなかっただろう。
親友の元で良い意味で大暴れしているらしい彼女に感謝しつつ、私は腕を伸ばした。
「さて……早いとこ、表向きの罪状を出さないとね。公爵位を取り上げない代わりにすべてを失ってもらうために。時間稼ぎをしないと」
エリーザ殺害の罪が公になればどう足掻いても公爵家の取り潰しに繋がる。
そのため王家として取れる手段は『お飾りの公爵として置いておき、後継ぎが決まると同時に退場させる』ことだ。
いっそ空席にしてしまっても良かったのだが、公爵家の椅子が宙に浮いたまま放置されているというのも醜聞に繋がりかねない。形だけでも存続させる必要がある。
コンコン、とドアがノックされた。
私はベッドから起き上がり、軽く衣服を整えてから返事をする。
目の前に現れた侍女の表情を見て、察した。
「ヴェルダンディ伯爵が来たかな?」
「はい」
「分かった。『よろしくね』って、ミラー子爵の方にも声掛けといて」
さて——面白く、なってきたじゃないか。
父上と母上を苦しませた罪。
全てではないけれど、一部ではあるけれど、ここで清算してあげようじゃないか。
私は父上の名を借りて、レイモンド・フォーサイスには既に登城命令を出している。
そうでなければ、高位貴族を対象とした式典にさえ来ないことは目に見えていた。
この式典は、レイモンドに対する罠だ。
アストリア王国と深く関わっている口の堅い一族を対象に行う式典なのだが、だからこそ派手にやってやる。
何も知らずにノコノコやってきた彼の前で、『断罪劇』を繰り広げてやる。
——そうして私は念入りに打ち合わせをした男を高壇に立たせ、全参加者に向けて叫ばせた。
「レイモンド・フォーサイス! 私とメリッサの婚約を破棄させた貴様の罪は重い!!」
叫んだ男の名は、アロイス・ヴェルダンディ。
かなり年齢を重ねているにも関わらず、未婚の伯爵子息——そう、メリッサ・フォーサイスの『元』婚約者だ。
彼は『フォーサイス公爵がメリッサを無理矢理連れ去った』という噂が流れ始めるより前から、メリッサがレイモンドによって人生を狂わされた被害者なのではないかと王家に訴え続けていた。
どう考えてもややこしくなるという理由で父上と母上と一緒になって逃げ回っていたのだが、件の噂が流れた時点で放置できない状況と化していた。
どうやらアロイスは心の底からメリッサを愛しており、次の婚約者を見つけることができなかったようだ。
そのメリッサが完全に被害者だという噂が流れたのだ。行動に移すのは当たり前だろう……かなりややこしい事態と化したが、面白くもあった。
そこで私は、ミラー子爵家およびメリッサに対して「全力でアロイスに話を合わせて、全力で被害者を演じろ」と命じた。
そうすれば「婚約者を捨てて家出した娘がいる」ことを理由に社交界に出られなくなったミラー子爵家に名誉挽回のチャンスを与えられるし、メリッサの被害者説を『説』ではなく『事実』にできる。
そして暴れ回っているアロイスを大人しくさせることができる。
——本当に、レイモンド・フォーサイス以外は幸せになれるのだ。
唯一幸せになれないことが確定した窮国の無能は、叫ぶ。
「違う! メリッサは自分から私についてきたのだ!!」
「ならば何故、貴様はメリッサを長年放置した!? 仮にメリッサが自らの意思でついていったのだとすれば、そんなことをするはずがない!! 無理矢理連れ去り、弄んだとしか思えない!!」
「そ、それは……っ」
私は少し離れた場所で、実質無関係者なオリビアと共に断罪劇を見ていた。
「そうなんだよなぁ。仮に無理矢理じゃなくても、長年放置したことは事実なんだよなぁ」
……結局のところレイモンドがどう足掻いても冤罪を晴らすことができないのは、一部『本当にやらかしている』からだ。
本当にやらかしているせいで黙秘を続けるしかなく、黙り込んでしまうせいで疑いが加速するのだ。
これに関してはもう、同情の余地すらない。本当にどうしようもない。
実の父が社会的にとどめを刺されている様を見ながら、オリビアは狼狽えている。
「あの……父は、これからどうなるのですか……?」
「あー、うん。実質退場。でも現状、公にする罪はこれだけだから、公爵家の取り潰しはギリギリ抑え込む。そうじゃないと君とアリシア嬢が危うくなっちゃうからね」
「え……?」
「君たちの『公爵令嬢』っていう肩書きが消えてしまうじゃないか。それは駄目だよ」
アリシアは放っておけば、辺境伯夫人という名の椅子を手に入れるだろう。
降嫁も良いところだが、本人が幸せそうだから良しとする。馬鹿みたいな長文の手紙を送ってくる時点で親友も満更でもないんだろうし、きっと幸せになるだろう。
問題はオリビアだ。
彼女にはギリギリまで公爵令嬢でいて欲しい。
「ところでさ、短期間に圧縮されてる上に、絶望的なレベルで厳しい教育に耐えきる自信ある? 耐えきってさえくれれば、君の椅子も確保できるんだけど。すごく眺めの良い場所にある椅子だと思うよ」
「……っ!?」
——国内外に存在が知れ渡っているフォーサイス公爵家の血を途絶えさせるわけにはいかない。
それなのに、レイモンドのせいでとんでもない事態が起こっている。
後にウィンチェスター辺境伯夫妻に子どもが生まれれば、その次男を引っ張ってくるという案は出た。しかし、『辺境伯』の子に『公爵』を継がせるのは少々問題がある。
いっそルーファス・ウィンチェスターの爵位を上げてしまうという案も出た。
謎の小説が出回ったこともあってウィンチェスター辺境伯家への偏見は多少マシになっていたからだ。
しかしまだまだ払拭しきれてはいない上に、そもそもこの国における辺境伯の立ち位置はかなり特殊だ。
その時点で、ウィンチェスター辺境伯の爵位を上げるという手段はとれない。
——そして、アリシアを辺境伯領から引っ張り出すことも難しい。
レイモンドがやらかしにやらかしてくれたせいで、王家としては逆の動きをすることしかできなかったのだ。
間違っても『王家もレイモンドの味方だ』と国民に思わせるわけにはいかなかった。
本当に窮国の無能だな。
それさえなければ、アリシアの意思を無視して政略結婚という手段を取る選択肢が残っていたのに。
……そうなってしまうと、もはや取るべき手段はひとつだ。
「え、ええと……セドリック殿下……」
「捻らずに考えて。これは私の独断じゃない。安心して欲しい」
オリビアは血筋的には、救国の剣豪の子孫となる公爵令嬢。
それならば、どうにかこうにか足掻けば認めて貰えるだろう。
これは国のためとはいえ、私としても好ましい結論だ。
……彼女のことは、嫌いではない。
意味を理解したオリビアは顔を赤らめ、おもむろに頷く。
「耐える、ではありませんね。……期待を上回る結果を出して見せますわ」
「よろしい。じゃ、数日以内に準備して登城するように」
「……はい」
アロイス・ヴェルダンディの演説という名の公開処刑が終わるのを待ってから、私は前に出る。そして、集まった人々に告げた。
公爵家の人間であるレイモンドが、爵位的には格下とはいえ子爵令嬢を無理矢理連れ去り、ミラー子爵家およびヴェルダンディ伯爵家を貶めた罪は重い。
本来であれば爵位取り潰しに値する罪ではあるが、彼が救国の剣豪の子孫であることは見過ごせない——よってレイモンド・フォーサイスは名目だけ『フォーサイス公爵』という立場を残し、後継ぎには王家が定めた人間を指名する。
これは、一部の人間のみが知る話。
社会的に詰んでいたレイモンド・フォーサイスは、この日——貴族としても、事実上終わった。




