9.5.とんでもねぇ王太子と公爵令嬢
拗らせ辺境伯の視点で書いた結果、ちょっと浮いちゃったので10話とは分断して投稿します。
——俺が王太子セドリックと出会ったのは、4歳の頃だ。
何の知らせもなく、夜分遅くに意識の無い少年が屋敷に運び込まれてきた。
服の間から覗く血で染まった包帯を見て、小さく悲鳴を上げてしまったことをよく覚えている。……悲鳴を上げた俺を見て、少年と一緒にやってきた使用人に「『血塗られた獣』の癖に」と嘲笑われたからだ。
……美しいウィンチェスター辺境伯領が、そして父上が本土で何と呼ばれているのかを知ったのは、その時が初めてだった。
そして、その扱いは長らく続いた。
彼らは事実上、居候だというのに、父上も俺も小間使いのように顎で使われた。
俺たちでこれだ。屋敷の使用人たちはもっと悲惨な目に遭っていたと思う。
わざわざ聞こえるように悪口を言われているのに、何も言い返さない父上に対して思うところはあった。父上の代わりに、何かしら言ってやろうかと思ったこともある。
……けれど「言っても無駄なんだろうな」という諦めの気持ちも幼心にあった。
だから、何も言わなかった。
すべての状況が変わったのは、ずっと意識を失っていたセドリックが目を覚ましてからだ。
セドリックは目覚めた直後は「痛い」、「やめて」、「怖い」と酷く錯乱していたが、落ち着いていくにつれて、自分が置かれている状況を理解したのだろう。
彼は容赦なく、本当に容赦なく……自分の使用人たちを、責め始めた。
「お前たち、私が眠っている間に随分と情けないことをしていたそうだな?」
「ウィンチェスター辺境伯家が何をしているか、どんな仕事をしているかは4歳の私ですら知っている。お前たち大人が知らないだなんて、アストリアの恥だな? 終わっているな?」
「そもそも助けてもらっているのは私たちの方だ。仮に噂が事実だったとしても、横柄な態度を取るのは間違っているだろう? 『恩を返す』という言葉を知らないのか? 幼子でも知っていると思うのだが?」
「ああ、そうか。私が代わりに頭を下げれば良いのか? 彼らに土下座すれば良いのか? お前たちがやっていることは、それに値する行動だ。……私の顔に、泥を塗る気か?」
「お前たちの存在そのものが恥ずかしい。私の話が気に入らないなら、とっとと出ていけ!」
い、言うなぁ!?
なかなか激しいことを言うなぁ!?
——同い年とは思えないくらい、強気な子だなぁ!?
俺は2度見どころかガン見した。
ガン見が普通に許される状態だった。
何故ならセドリックは屋敷のホールに使用人たちを全員正座させ、ウィンチェスター辺境伯家に少しでも関係する人間たちの前で、説教という名の公開処刑をぶちかましてくれたからだ。
俺は思った。
とんでもねぇのが来たな、と……。
そのとんでもねぇのがアストリア王国の王子だと知った時は大いに納得もしたが、この国は大丈夫なのかと心の底から不安になった。
そしてセドリックがここまで言っても、それでも俺たちに横柄な態度を取る人間に関しては本当に容赦がなかった。
もう片っ端から領土から追放するわ、それに対して裏で文句を言おうものなら王子権限で過激にしょっぴこうとするわ、俺たちに捨て台詞を吐いた人間もえげつないレベルで過激にしょっぴこうとするわで、何度か父上と一緒になって止めた。
それに対するセドリックの回答は「父上も母上もウィンチェスター辺境伯家に無礼な振る舞いをする人間は容赦なく潰せって言ってた」だ。
俺たちがその言葉を真に受けずにいた結果、王家から「それは事実。本当に言った」という意味合いの書簡が届くという由々しき事態も発生した。
ウィンチェスター辺境伯家の人間としてはありがたいけど、王家にとんでもねぇ奴しかいない。この国は大丈夫なのかと心の底から不安になった。
そんなとんでもねぇ王子・セドリックが王都を離れてウィンチェスター辺境伯領にやってきたのは、彼が暗殺未遂に遭い、生死の境を彷徨ったことが理由だった——つまり、療養および犯人捜索のためだった。
ウィンチェスター辺境伯領は本土から物理的に離れていること、戦力を持っていることを理由に、王家が父上に頼み込んだらしい。
……まあ、そういう事情ならセドリックがブチ切れるのも納得だ。
ありがとう。この国は大丈夫なのかと心の底から不安になったけど。
同い年ってこともあって、俺たちは深く交流することになった。
セドリックはとにかく真面目で勤勉家で、本土から来た教師から受けていた王太子としての教育も問題なく突破できるくらいに優秀な少年だった。
だが……何というか、彼は腹黒かった。
まあ、複雑な育ちのせいだろうな。控えめに言っても壮絶だもんな。
彼は優秀さを発揮しながらも、事あるごとに笑顔で平然ととんでもねぇことを言い放つ愉快な男だった。
……とはいえ、当時のセドリックが見せていたそれは虚勢混じりでもあった。
目が覚めたばかりの時は恐怖心で酷く錯乱していた。
その後も落ち着いたように振る舞っているだけで、本当は全然落ち着いてなんかなかった。
それこそ、夜、眠ることすら難しい日もあったみたいだ。
外に出られるようになるまでも、かなり長かった。
護衛がいようが、父上や俺がいようが、セドリックはとにかく一歩が踏み出せなかった。
「ごめんね」とほほ笑む彼の顔を、何度見ただろうか。
セドリックの王都への帰還が遅くなった理由は表向き『身体に何の後遺症も残っていないと証明されるまでが長かった』というものになっているが、どちらかというと精神的な理由が大きかった。
そんなこんなで、セドリックは14年間ウィンチェスター辺境伯領にいた。
——まあ、最後の方は油断すると屋敷から脱走して砂浜で貝を拾って持って帰ってくるようになったから、頭痛に襲われながらも「良かった」と思ったことを覚えている。
そうして、セドリックが辺境伯領を出る日。
俺は「俺たちの関係性を公の場で喋るな」と彼に念押しした。
しばらくセドリックは「それはおかしいだろ」と食い下がった。
だが、それでも俺は親友を突き放した。
王子が14年間もどこにいたのか。
それがバレると、良くないってのもある。
手紙でやり取りはできるのだから良いじゃないか。
俺はどうせ領地から出ないから、公にしたところで意味がないと強引に送り出した。
だって血塗られた獣と呼ばれている俺が、王太子となる君と。
国を背負う人間と、堂々と関わって良いはずがないだろう?
いつか、縁も切れるだろう。
それで良い、それが正解だと、俺は自分に言い聞かせた。
……って、思ってたんだけどな!?
流石にセドリック本人は来ない。
物理的に来ない。ていうか来れない。それは仕方ない。
でも、代わりにバンバン手紙が来る。
日記かと言いたいくらいの頻度で手紙が来る。
必然的に、俺も日記かと言いたいくらいに手紙を書いた。
それが年単位で続いた。
手紙が来るにしたって、2週間くらいで終わると思っていたのに。
なんかもう、当たり前のように縁は切れなかった。
内心嬉しくはあったが、公務に支障が出ていないか不安になった。
王太子がはっちゃけ過ぎている。この国は大丈夫なのかと心の底から不安になった。
だから、俺の方は極力短く返すようにしていた——色んな意味で『とんでもねぇ公爵令嬢』がやってきた時以外は!!
あの時ばかりは、俺はもう取り憑かれたように長文を書いた。
アリシアがやってきて、そこから1ヶ月くらいは長文を書き続けた。
腱鞘炎になるくらいには長文を書いた。痛みに耐えながらひたすら書いた。
書いても書いても書き足りなかった。アリシアがヤバすぎた。
迷惑かもしれないとは思いつつ、セドリックならどう考えても手紙の向こうで爆笑していると思って送り続けた。容赦なく送り続けた。俺はとにかく必死だった。
……そんなこんなで、しばらく経った。
アリシアとの生活も落ち着いてきて、彼女の謎に満ち溢れた振る舞いにも慣れてきた。
彼女のことを知るにつれて、俺がセドリックに長文を送りつけることもなくなった。
ただし、彼から日記のような頻度の手紙は相変わらず来る。
相変わらず来るから、相変わらず返す。
今日もその流れになるんだと思いながら、封を開いた。
——中から出てきたのは、手紙だけではなかった。
「これは……」
コンコン、とドアをノックされた。
タイミング的に、アリシアだろうか?
きっと彼女の元にも同じ物が届いているのだろう。
軽く返事をして立ち上がり、俺はドアを開けた。




