08.砂浜遊び、懐かしい!
辺境伯領に来てしばらく経った。
……ここでようやく、外出許可的な何かが出た。
何とかもぎ取った権利を行使して、私はコンラッドお爺ちゃんと一緒に、港でルーファスが部下に指示を出して船にあれやらそれやらを積み込んでいる姿を少し離れた場所で見ていた。
アリシア・フォーサイスよ。
私は君の身体に感謝している!
君!
めっちゃ!
目が!
良い!!
おかげで少々離れていてもルーファスの首に汗が伝う、セクシーさ全開の光景が見れた。
額から流れる汗を無造作に拭うのも良い! えっ、何!? 部下にタオル投げた!? 優しすぎか!? あっ! 笑った!!
働く男、良~~~~~~~!!!!
もはや動悸息切れで救急搬送されそうな情緒だったけど、流石にもう慣れた。
いや、情緒は慣れてない。どう足掻いてもときめく。それは無理。
そうじゃなくて、ドアマットな淑女の顔を保つことに慣れた。
コンラッドお爺ちゃんが、こっちを見ている。
「お嬢様、その……気にならないのですか?」
「何をですか?」
「……。私どもは誇りに思っているのですが、爵位持ちの人間が汗水たらして働く様をみっともない、恥ずかしいと言う人間が本土にはいるのです。お嬢様は、公爵家の方ですので、正直なところ、旦那様の働いている姿が見たいとおっしゃった時には驚きました」
あ、あったな。
あったな、そういうセリフ。厳密に言うとルーファスが言うんだけど。
ルーファスが約20万字の拗らせ期間のうち、17万字目くらいのタイミングで言うんだっけ。うわ、字数でカウントしたらそこそこ長いこと拗らせてるな!?
でも、酷い話だよね。
「一生懸命に働いている方を見て、そんなことを言う酷い方がいらっしゃるのですね。……信じられません」
そりゃルーファスも拗らせるって。
誰が国を守ってんだって話だよ。まったく。
「私はむしろ、ルーファス様のことを聞いた時には憧れを抱きました」
「憧れ?」
「はい。真に評価されるべきは、このような人なのだろうと」
コンラッドお爺ちゃんは、何故そんなことを言うのかと言いたげな表情をしていた。
小説には書いてなかったけど、お爺ちゃんは多分、ルーファスの前の当主の代からいるんだろうな。戦死したルーファスのお父さんの代から。
国を守って戦死したのにろくな扱いはされず、その後を継いだ息子も同じような扱いをされる。そりゃ、思うところはあるだろうね。
「そもそも、私は当主が自ら、率先して仕事をするということ自体が大変素晴らしいことだと思うのです。それこそ、適当な誰かに任せて『私がやりました』と言うことだってできるはずなのに」
ルーファスの立場ならまさにそれができると思う。
屋敷で適当に書類仕事だけをこなして、現場に出るのは適当な誰かに任せる。
辺境伯領に来てしばらく経ったけれど、本土から誰かが様子を見に来る気配は一切ない。
この状況なら、適当にサボってもバレないのに。
コンラッドお爺ちゃんは、目を丸くしている。
「適当な誰かに任せて……?」
「はい。ルーファス様のお仕事とは異なりますが、私は領主としての仕事をこれでもかと叩きこまれております。その手のものであれば、お役に立てると思います」
レイモンドはアリシアのことを政略結婚の駒としてしか見てなかったんだろうね、当然だけど。
アリシアは淑女教育的なのもだけど、経営学とか言語学とかそっち系もバシバシ仕込まれてたし、私になってからもバシバシ仕込まれたからなぁ……。
コンラッドお爺ちゃんは、息を呑んだ。
「まさか! お嬢様は、お父上の仕事を、代わりに……!?」
「そうですね」
それこそレイモンド・フォーサイスが社会的に終わりすぎてるから、もう私がやるしかなかった仕事も多々あったし……って、ちょっと心配になってきたな。
「今、フォーサイス公爵家はどうなっているのでしょうか。誰か、代わりに仕事をしている者がいれば良いのですが……」
私どころか、メリッサとオリビアも消えた。
本当にどうなってるんだろう。なんだか怖くなってきた。
レイモンドはこの際どうでも良いとして、使用人たちが酷い目に遭ってたらどうしよう。
状況次第では引き抜き交渉とかしてみようかな。ルーファス許してくれるかな。
あの屋敷には良い人たちもたくさんいたし、私にだって感謝の気持ちくらいはあるし。
「確認した方が良さそうですね。場合によっては——」
「ッ、お嬢様が気にすることではありません!」
コンラッドお爺ちゃんに肩を掴まれてしまった。
……あれ? ちょっと泣いてる?
「お嬢様は、もう、辛い思いをしなくて良いのです……!」
「は、はぁ……」
「ここに来てまで、フォーサイス公爵家の仕事をしようだなんて……そんなお気持ちは、お忘れください。本来は当主がすべき仕事なのです。気にされなくて、大丈夫です。もう、良いのですよ」
やば。
これは間違いなく『フォーサイス公爵は娘にすべての仕事を押し付けていた』的な流れになってる。だからルーファスを尊敬してるんだって思ってる。
……まあ、いっか。
「ありがとうございます。……その、ルーファス様は素敵ですね。もうしばらく見ていても良いですか?」
「はい、勿論でございます!」
〇
ルーファスの仕事を見に行って、数日後。
唐突に、屋敷を脱走する隙ができた。
外に行きたいって言っても、謎の「お嬢様は何もしなくて良いのです!」って思想で本当に屋敷から出してもらえなかった。
仕方ないからって素直に従ってたから、多分気が抜けたんだと思う。
私が怖がって逃げ出す気配を醸し出してなかったのも良かったんだろうな。
「なんか、良い感じに丈の短いスカートとぺたんこ靴も手に入ったし」
ルーファスの仕事を見に行った時の服が、そんな感じの服だった。
やっぱりウィンチェスター辺境伯領だと本土と同じような服装では過ごしにくいみたいで、仕事を見に行くってなった時に用意してもらえたんだよね。
あの時はルーファスを褒めちぎることしか考えてなかったし実際に褒めちぎったけど、まさか、こんなメリットもあったなんて……!
「早めに帰ってきたら、大丈夫かな」
今日も今日とてルーファスは仕事に出ている。
陽が落ちるまでに戻ってきたら、お出迎えもできるかな。
「よし! サクッと行ってサクッと帰ってこよう!」
私は窓枠を乗り越えて、町へと駆けだした。
〇
——結論から言う。最高かよ。
車窓越しに見てはいたけれど、やっぱり実際に見る風景はまるで違う。
活気ある町並みに、港町特有の潮風。行き交う人々の服は、本土とはちょっと違う。
お金が無いから何も買えないけれど、たまたまバザーみたいなのやってて楽しそうだった。
なんだろう、お祭りの出店みたい。夏祭りとかそういうのを思い出すなぁ。
「花火、上がらないかな」
ウィンチェスター辺境伯領には、何かのイベント事のたびに花火を打ち上げる文化がある。
本土だと「野蛮な儀式が行われているに違いない」とか「野鳥を撃ち落として島を血みどろにしてる」とか、悲惨な言われようだったっけ。
でも、実際のところは普通に花火なんだよね。本土にその文化と技術がないだけで。
ルーファスと初めて花火を見に行くシーンは小説の挿絵も漫画の描写もロマンチックで、変な声が漏れたなぁ。……うーん、イケメン尊い。
私は軽くバザーを見て回って、その先にあった砂浜に降りる。
歩くごとに、サクサクと軽い音が響く。あまり海に近づくと、足を取られそうだ。
「ん?」
綺麗な砂浜に、一本の枝が流れ着いていた。
ゴミの無い綺麗な砂浜だから、ちょっと浮いているように見える。
「懐かしいなぁ……」
小さい頃、親に砂浜に連れて行ってもらったことがある。その時、枝を使って砂に絵を描いて遊んだ。
でも、犬を描いてるつもりなのに「芋虫?」って言われて、大泣きしたことを思い出す。
……今なら、ちゃんと犬描けるかな。せっかくだから、大きく書いてみよう。
私は枝を手に取り、先端を砂に突き刺す。
スーッと線を引いて、犬を描く。さっき出会った柴犬っぽい元気なワンコがモデルだ。
やっぱり昔よりは上手くなってる気がする!
少し時間がかかったけれど、立派なワンコが——
「芋虫!」
「……」
後ろから子どもの声が聞こえた。
振り返ると、目をキラキラと輝かせて走り寄ってくるちびっ子が3人。
「お姉ちゃん! 芋虫上手だね!」
「……芋虫じゃないんだ、ワンちゃんなの」
「え……?」
子どもに同情の眼差しを向けられた。とてもつらい。
とはいえ私はもう芋虫って言われて泣きわめく子どもじゃない。
一番近くにいる子に枝を渡して、笑いかける。
「だったら君がワンちゃん描いてみてよ! 私より上手に描ける?」
「描ける!」
おうおう、やってみろー。
私のワンちゃんのが絶対に上手いからー。
子どもたちと、砂に絵を描いて遊ぶ。
途中で前世の遊びを思い出して、丸を描きまくったり線を描きまくったり、砂浜を走り回ったりして遊んだ。
公爵令嬢やってると、こんなこと絶対できないもんね。
ていうか、全然できなかったもんね。アリシアもやったことないっぽいし。
久々すぎてめっちゃ楽しい。童心にかえるというか。
「アリシア!」
「……」
やべ——☆
子どもたちが「領主様!」って叫んでる。
振り返ったらルーファスがいた。普通に息が上がってる。
これ絶対探し回ってたやつだ。今日も今日とて早く帰ってきたパターンだ。
わー、子どもたちニッコニコじゃん。
ルーファスったら、子どもたちにモテモテじゃん。
すごーいすごーい……じゃなくて。
「申し訳ありません、つい……」
呼び捨てしてもらえたこと自体は嬉しい。
でも、晒した姿がもはや淑女どころかドアマットですらない。
これは普通に駄目かも。幻滅された気しかない。
……って思ってたけど、ルーファスは疲れた様子ではあったけれど、優しく微笑んでくれた。
「それが本当の君か。……普段は、頑張って取り繕っていたのか。セドリックが話していた通りだ」
「えっ、王太子殿下が……!?」
なにやっとんねん腹黒フェアリー!!
……でも、これに関してはファインプレーかもしれない。
「はしたない、ですよね。申し訳ございません」
「そんなことはないと思うぞ。ウィンチェスター辺境伯領で暮らすなら、それくらいの元気は無いとな」
一応は淑女の皮を被ってはみたけれど、そんなの必要ないみたい。
むしろルーファスは本来の私を見て、安心したって感じがした。
ああ、そっか。
汗水たらして働く姿がみっともないとか言われてる人だもんね。
そんなことないとは言ったけど、素直に信じてくれるタイプじゃないし。
だから、私が子どもたちと全力で遊んでる姿を見て、納得してくれたのかも。
自分が仕事する姿を見て、ドン引きするタイプの公爵令嬢ではないって思ってくれそうだし。
まあ、「変な子が来たなぁ」とは思ってそうだけど……。
服に付いた砂を払っていると、ルーファスがそっと手を差し伸べてきた。
「本土では好き放題に言われているんだが、今日は『花火』が上がる日なんだ」
えっ、花火!? やったぁ!!
……でも、花火が上がるってことは脱走しちゃいけない日だったんだ。
「申し訳ありません、今日は何かの記念日だったのですね?」
ルーファスの手を取りながら、砂浜から出る。
今日ってなんの日だろう。
そんなことを思いながらルーファスを見上げると——彼は、片手で顔を覆っていた。
「おい、嘘だろ……? この子、自分の誕生日すら覚えていないのか……?」
あ。
やばい、私の誕生日は覚えてたけど、アリシアの誕生日を覚えてなかった。
そっか、今日か。えーと、えーと……とりあえずドアマットしとくか。
「えっ、わ、私の誕生日!? い、祝ってくださるのですか!?」
「当たり前だろう!?」
——王太子セドリックの元に、繋げたら数メートルは余裕で行きそうな手紙が届いた。
送り主は当然のようにルーファスで、要約すると以下の通りである。
『何度だって言おう。アリシア嬢は一体何なんだ!! 何をどうしたらあんなことになるんだ!!』
『うちの領地に来ている以上、砂浜やら潮風やらに対して抵抗が無いのはありがたい。子どもを筆頭に領民たちの距離が近い傾向があるから、そこに対して一切嫌悪感を抱いていなさそうなのは本当にありがたい。だが、おかしいだろう!?』
『抑圧されて育ったとしか思えない!! 砂浜で子どもと遊んでいる姿はとんでもなく微笑ましかったが、何かの反動が出ているとしか思えない!!』
『コンラッドから色々聞いているが、アリシア嬢はフォーサイス公爵家で、公爵の代わりに仕事をさせられていた可能性が高いそうじゃないか!! そのせいで幼少期から一切娯楽を与えられていなかったに違いない!!』
『どうせ娘を政略結婚の駒としてしか見ていなかったんだろうが、娯楽を一切与えないというのは一体どうなっているんだ!? あの子は自分の誕生日すら覚えていなかったぞ!!
誕生日であろうがなかろうがお構いなしに、1年中机に縛り付けられていたんじゃないかと不安で不安で仕方ない!! 何なら鞭を打たれていたと言われても俺は驚かないぞ!!』
『しかもアリシア嬢はフォーサイス公爵家の現状を気にしているそうだ!! 一体どうなっているんだあの家は!! アリシア嬢がいないと回らないような家なのか!? 公爵の癖に何が起こっているんだ!!』
『あと、本土では謎の小説が出回っているそうじゃないか!! 俺の方はどうでも良いとして、実際のアリシア嬢はもっと健気で可愛らしいぞと作者に言っておけ!!』
面白過ぎる手紙が届いてしまったので、とりあえずセドリックは(大笑いしながら)便箋の群れを廊下に並べてみた。4mはあった。
——なお、腹黒フェアリーの現在地は『ミラー子爵家』である。
王太子の奇行を後ろから眺めていたオリビアは、何とも言えない顔をしつつ、苦笑する。
「あながち……間違ってないと思うんですよね……」
アリシアは本当に政略結婚の駒として育てられていたし、オリビアが出会った頃には既に完成されていた。その時点で、机に縛り付けられていたんじゃないか疑惑が濃厚だ……というか、オリビアが知らないだけでアリシアは本当にそういう目に遭っていた。本当に間違っていなかった。
セドリックは並んだ手紙を見下ろしてふんふんと頷き、口を開いた。
「なら、今回も出てきそうな噂は全力で放置しちゃって良いね?」
王家がフォーサイス公爵に対する噂を一切修正しないどころか止める気配すらないのは、アリシアという名の梨乃の想像通りで「フォーサイス公爵を庇う意味が見いだせないから」だ。
そしてそれは、フォーサイス公爵家に仕えている人間や領民に関しても同様。
だいぶおかしなものも混ざっているにも関わらず、噂を否定する人間が一切現れないのはその辺の事情が関わっている。
沈みゆくを通り越してとっくの昔に沈んだ船にわざわざ乗る人間はいない。
「まあ、フォーサイス公爵家はお父様が社会的に終わりすぎているせいで、本当に回ってませんからね……」
「そうなんだよね。……アリシアがどうにかしてた場面は本当にあったし。その辺も全く嘘じゃないし」
そもそも王家はフォーサイス公爵家に対して相当に思うところがある。
調べれば調べるほどに、レイモンドは自分の立場を盤石にするために、そこそこアレなことをしていた。そのせいで、彼の後に据える人間がいなくて困っている。
……妻に毒を盛っていた情報が出てきた時は、流石のセドリックでも胃が痛くなった。
王家はいっそフォーサイス公爵家を取り潰してしまおうかとも考えたが、国家反逆罪レベルならともかく、社会的死を理由に公爵家を取り潰すのは国の威信に傷がつく。
国内外問わず面白がって調べる人間が数えきれないほど出てくるだろう。そのダメージはあまりにも大きい。
もはや既に終わっているようなものだが、公爵家のやらかしをフォローできない国だと思われるわけにはいかない。この際、国の威信さえ守れればどうでも良い。
面白がって並べた手紙を回収した後、セドリックはオリビアと、彼女の後ろに並ぶメリッサを含めたミラー子爵家一行へと目を向ける。
「……まあ、その辺のことは後々考えよう」
そうして腹黒フェアリーは、にこりと笑った。
「あなたたちには利益しかないから大丈夫だと思うけど、打ち合わせ通りに動いてね? ——終わるのはレイモンド・フォーサイスだけにしないと、ね」




