07.動くイケメン尊い!
うきゃ~~~~!
イケメン~~~~~!!
……って、駄目だ。
正気を保たないと。
私は穏やかに、にこりと微笑んでみせる。
「アリシア・フォーサイスと申します」
イケメン……じゃなかった。
ルーファスはちょっと顔を引きつらせて笑った。
「……ど、どうも」
ヤバい。透けたかもしれない。
透けたんだとしたら、ここから先は微笑んで押し通すしかない。
さっき見たのは気のせいだと思ってもらうしかない。
「ルーファス・ウィンチェスターだ。……出迎えができず、申し訳ない」
「いえ、お気になさらないでください」
ルーファスが! 動いてる!!
これは! ヤバい!!
「……」
眉間にシワ寄せられてる! ヤバい!!
……ダメだ。これは一旦、部屋にこもらせて欲しい。
不審者感を抑え込む自信が無い。突然の生ルーファスは心臓に悪すぎる。
ていうか、思ってたより早めに対面しちゃったのが大変よろしくない。
帰ってくるまでに1週間掛かるって聞いてたのに、3日で会っちゃったせいでこうなった。覚悟が決まってなかった。
「その……私の方こそ、申し訳ありません。ちょっと、緊張してしまっているみたいで……」
なんとルーファス、私のためにだいぶ無理して早めに帰ってきてくれたのだ。
彼の誠意が、私の寿命を早めにきた。そんなことってある!?
「……すまない。これでも色々、洗い流して帰ってきたのだが……何か、付いていたか?」
「そういうことではないのです! とても、魅力的なお方で……驚いて、しまって……」
嘘じゃない!
嘘じゃないよ、ルーファス!!
でも、あなたが『魅力的』って言葉をストレートに受け取ってくれないのは知ってるよ!!
アリシアが使用人たちに受け入れられた後も、ルーファスは小説丸々2巻分「アリシアを怖がらせているんじゃないか」って拗らせちゃうもんね!!
「ほ、本当にお気になさらないでくださいね? 屋敷の皆様に大変よくして頂いたので!」
「……そうか。それなら、良かった」
んー、どうしよっかなぁ。
必死に仕事して大慌てで帰ってきてくれたのに、勝手に拗らせて悩ませちゃうのは辛すぎる。
使用人たちがアリシアを普通に受け入れてくれてるから、小説とはかなり違う展開にはなりそう。
だけど、領外で陰口叩かれ散らかしてるルーファスはアリシアの好意を素直に受け入れてくれないんだよね。
そしてアリシアが公爵家出身なのもよろしくない。
ただでさえ身分が釣り合ってないのにってなっちゃうから。
「……」
うーん……さっさとラブラブしたいから、どうにかならないかな。
それこそ、裏で腹黒フェアリーが暗躍しててくれないかな。
ルーファス側からは何も言ってくれなさそう。えーと、何か、話題……。
「そ、そういえば! 王太子殿下と親しいと聞きました!!」
あっ、やば。
口止めされてたのに言っちゃった!
「……そうだな」
塩!
でも私は知ってる! 何を言って良いか分からないから、基本形態がこれになっちゃうんだって!!
態度が悪い訳じゃなくて、単純に「ルーファスが女の子に慣れてなさすぎるだけ」っていうのは知ってる!!
「……」
私はコンラッドお爺さんに視線を向けた。
コンラッドお爺ちゃんは、何とも言えない顔をしていた。
——ほら、ルーファス! 老執事ですら困る対応してるよ!!
本格的に何を言って良いやら分からないっぽいルーファスは、「あー」だの「えー」だの言いながらも口を開く。
「君は……良かったのか? セドリックではなくて」
あっ、なるほどね。
唐突に腹黒フェアリーの名前を出したから、変な感じに受け取っちゃったんだ。
んー、それは悪いことしたなぁ。
じゃあ、正直に言おうっと。
「? 何故、王太子殿下に? 興味がありません」
「興味がありません!?」
え、そこ驚く!?
仕方ないじゃん。興味ないんだから。
「その……ルーファス様のことを褒めても、信じていただけない気しかしないので、辺境伯領のお話をします」
私はもう、これでもかと。
これでもかと辺境伯領を褒めちぎった。
何故か使用人たちが全然屋敷から出してくれないから「きっとこうなのですよね?」が混ざりに混ざったけど、本当に好きなんだもん。
漫画で見た景色、すごく綺麗だったんだよね。
本当はアニメでも見たかった。
けれど、実物が見れたから文句は無いかな。
「窓の外から見る風景は、まるで宝石のように美しくて。それだけで、この町はどこまでも素敵な場所なんだろうなと思っています。あと、毎日お野菜やお肉を届けにお屋敷にやってくる方々も生き生きしていて。
ですから、いらっしゃる方々とお話するのが、本当に楽しくて。初めての経験ばかりで……ここに来て良かったって、心の底から思っているのです」
食料品の類を持ってきてくれる人とちょこちょこ会ってるんだけど、なんか、冗談抜きですごく生き生きしてるんだよね。
なんだろう「ここに来るのが楽しみだ」って感じがするの。小説とか漫画で読んだ通りというか。
格が高すぎて仕方無いんだろうけど、公爵家に来る人たちは緊張してガッチガチになってたし。一切粗相をしてはいけない! ……みたいな。
「……」
ルーファスは眉間にシワを寄せて、近くにいたメイドのボスっぽい人に声を掛けた。
「アクセサリー商、ドレス商。その他もろもろ。……近いうちに、呼べるか?」
「勿論ですわ! 早急に手配いたします!」
あっ、これは良くない!
これは良くない!
ドアマットにそんなものを与えてはいけない!
でも露骨に「自分のために呼ばないで」って言うのは調子乗ってる感がすごくて良くないよね。
……そうだ!
「言い忘れておりました。その辺りのことは、堂々としてくださって大丈夫ですよ」
「ど、堂々と……?」
「ほら、よくあるじゃないですか。隠れて愛人に会う、的な……急に私が来たので、その辺りのことが処理できていないんじゃないかって、私、不安だったのです」
「……え?」
ど、どうしよう、分かんない。上手くまとまらない。
ドアマットでここまで悩んだの、初めてかも。
「その、恐らくご自宅でこっそりアクセサリーやドレスを買って、誰かにお渡しするのかな、と思うのですが……私は平気ですので、愛人の方とお店に行っていただいても……いや、愛人の方をお招きいただく方が早いのでしょうか?」
「君は、一体何を……?」
どう言えば良いかな?
例えばカイル君が誰かからプレゼントを貰うのも、サイン色紙とか贈るのも、私は別に気にしなかったんだよね。
……いや、まあ、流石にちょっとは気にしたけど。
でも人気者なんだから、その手のやり取りが発生するのは当然というか。
それこそカイル君、1回パパラッチ案件起きてたし。ネットでボコボコに叩かれてたけど、魅力的な人なんだから仕方がないよねって思ってたの。
……だから、
「? それが普通でしょう?」
うーん、駄目だ! ドアマット難しすぎる!
ここは仕方ない! 適当に流そう!
「どうか、私のことはお気になさらず」
何か定型文みたいになっちゃってるけど、これはもう「私のことはお気になさらず」をひたすら言い続けるしか——
「あ、愛人などいない!」
ガシ、と肩を掴まれてしまった。
ちょっと強い。ちょっと痛い。
でも、握りつぶさないように細心の注意を払ってくれているのは分かる。優しいなぁ。
「話には、聞いていたが……一体、一体、君は、どんな目に……!」
「と、特に何も……?」
「そんなことは無いだろう!? 俺は君を都合の良い存在として扱うつもりはない!!」
わ、ルーファス、思ってたより激情家タイプだぁ。
原作でも似たようなイベントはあるけど、もうちょっと落ち着いてて……って、また使用人の人たちが嘆いてる……。
ルーファスは周りにいる人たちを見回して、頷く。
なんか暗黙の了解みたいな謎のやり取りが発生した。置いて行かないで欲しい。
「俺がいようがいまいが、君は好きに振る舞ってくれ。ここでは、何も我慢しなくて良い。俺は君に対して、何もしないから」
えっ! 嫌なんだけど!!
「何もしない」は流石に嫌なんだけど! 何かしらアクションは欲しいんだけど!!
「そんなっ、わ、私は望んでここに来たので……ですので、私に何をしてくださっても……」
「そんなことを言うな! ……っ、くそ……、一体、何がどうなったらこうなるんだ……!!」
なかなかの激情家タイプだぁ。
ちょっとびっくりしたけど、こういうのも良いなぁ。……うん、普通にアリ。素敵。
黙ってるわけにはいかないから、ちゃんと会話しよっと。
「あの、ウィンチェスター辺境伯様?」
「頼むから『ルーファス』と呼んでくれ。気軽に接してくれ。公爵家のように振る舞わなくて良いから……頼む」
「は、はい……ルーファス様……」
「様はいらない……と言ったところで、簡単には外せないんだろうな。少しずつ、変えていってくれればいい」
「ええと、分かりました……?」
とりあえずドアマットは上手い感じに噛み合ってそうで良かった。
まあ、ちょっと……炸裂しすぎてる気がしなくもないけど……。
メイドのボスっぽい人が、ルーファスに話し掛ける。
「何が何でも明日呼びますわ」
「ああ。……申し訳ないが、彼女の傍に付いていてくれ。どうして良いか分からなくなる可能性があるし、分かったとて遠慮に遠慮を重ねそうだ」
「そうですわね。最悪、私たちがアリシア様にお似合いの物を選びます」
あ……これ、屋敷に来るアクセサリー商とかその辺と会話したことないって思われてる?
いや、普通に会話したことあるし、買ったこともあるんだけど!?
「だ、大丈夫です! 私は、自分でできます!」
「俺はその言葉を信じない!!」
辺境伯ルーファスと王太子セドリックは親友だ。
しかし、表立って会うことはしていない——ゆえに、手紙でのやり取りをかなり頻繁に行っている。
その日、ルーファスはとんでもない長文の手紙をセドリックに送った。
……要約すると、以下の通りである。
『セドリック、アリシア嬢は一体何なんだ? 家に商人の類を呼んでもらえなかったようで、まともに買い物をした経験が無いようだ』
『何なら俺に愛人がいることが当然だと思い込んでいる。それどころか、まだ正式な婚姻関係を結んでいるわけではないのに、勝手に俺に身を捧げる覚悟を決めていた』
『そこまでならまだ良い。アリシア嬢は「それを望んでいる」とまで言い放った。俺に愛人がいることが大前提だというのに、そんなことを言うんだ。それが自分の役割だと思い込んでいるんだ』
『なあ、フォーサイス公爵は彼女に何をしたんだ? 鬼畜なのか? 俺はどうしたら良いんだ? どうすれば彼女の心の傷を癒せるんだ?』
『そもそも彼女を血塗れた獣の傍に置いていて良いのか? 正直、物理的にフォーサイス公爵領から離れていること以外の利点を感じないんだが』
『頼む、セドリック。助けてくれ。俺は傷ついた女をどう扱えば良いのか分からないし、アリシア嬢には何を言っても響かない気しかしない。彼女は自分の今までの境遇を普通だと思い込んでいる。頼むから助けてくれ』
(あまりにも面白過ぎるし)親友の名誉回復にちょうど良いと考えたセドリックは、アリシアとルーファスを社会的に終わらせないように細心の注意を払いつつ、この手紙の内容を社交界に流した。
最悪な環境で育ってきたアリシアに、普通の喜びを与えようとするルーファス。
——それはまるで、恋愛小説。
傷ついてきたふたりの、不器用な恋物語。
そうしてアリシアもルーファスも知らない場所で、ふたりをモデルにした小説がサラッと刊行された。
誰がモデルか分かりやすいそれはもう、色んなところで売れに売れた。
……当然ながらフォーサイス公爵の評価はさらに落ちた。




