03.顔って大事だよ。仕方ないよ。
馬車はどんどんフォーサイス公爵家の屋敷から離れていった。
窓の外に広がる景色は、少しずつ馴染みのない山地へと変わっていく。
途中で宿屋に泊まって日を跨ぎながら、休憩を挟みつつ、旅は続く。
……流石に時間が経ちすぎている。
どこかのタイミングでレイモンドが追い掛けてくるんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなかった。
これは諦めているのか?
それとも味方がいなさすぎて屋敷から出られないのか?
どっちにしても、多分詰んでいる。
あの公爵、最近は私が自発的に動かなくても勝手に詰んでいくんだけど!?
そうして、屋敷を発って3日。
馬車の揺れに慣れた頃、フォーサイス公爵家の屋敷ほどではないけれど、立派な建物が見えてきた。
建物の前に、使用人らしき大勢の人たちと綺麗な服をまとった人が3人並んでいる。
「オリビア、アリシア。……待っててね」
メリッサが、真っ先に馬車を降りる。
その足取りが、少しだけ重い。
メリッサがモタモタしている間に、並んでいた人たちが彼女の元に走り寄り、その身体を抱きしめた——えっ?
何か話している。
ていうか、泣いてる? なにこれ!?
私はオリビアを見た……って、オリビアも何も知らないなこれ!?
めちゃくちゃオロオロしてるじゃん! どういうこと!?
オリビア共々動揺していると、ようやく思い出したと言わんばかりにメリッサが馬車に帰ってきた。
「ごめんなさい! 大丈夫だから、降りてきて?」
そう言われ、私たちは一緒に馬車を降りる。
近くにやってきていた人たちは、どことなくメリッサに似ているような気がする。
え? これ、まさか……。
出迎えてくれた人たちと義母の顔を交互に見ていると、メリッサは困ったように笑い、口を開いた。
「私の前の名前は、メリッサ・ミラー。……実は、ミラー子爵家の三女だったの」
なん……だと……?
アリシアをドアマットにするタイプの義母だから仕方がないけど、小説にはそんな描写は無かった。
だから私は、勝手にメリッサは平民なんだとばかり思ってた。えっ、貴族? どういうこと!?
どうもオリビアもまったく事情を分かってないみたいで、ひたすら「え?」を繰り返している。
オリビア本人も母親を平民だと思ってたんだと思う。……何も聞かされてなかったんだろうな。
「……」
私たちの状況を見て、メリッサと顔がよく似た男性は呆れたように話し始めた。
「メリッサは何も話していなかったんだね。……それも当然か。駆け落ちのような形でここを飛び出したんだ。私が手紙を送らなければ、きっとここには戻ってこなかっただろうから」
彼はふぅ、とため息を吐き出す。
そして私に頭を下げた。
「ミラー子爵家現当主、ハロルド・ミラーと申します。公爵家での話は聞いています。愚妹がご迷惑をお掛けし、申し訳ありません」
めちゃくちゃ遠方の子爵家まで噂が届いてる……。
しかもミラー子爵家って名前聞いたことないから、社交の場にもろくに出てこない人たちなんだと思う。
それなのに、レイモンドの悪評が届いている……。
とりあえず私は全力でドアマットをすることにした。
「頭をお上げください! 私はメリッサお義母様にいつも助けられてきました。……私が父に何かをされても、何度も……っ、今回だってそうです、メリッサお義母様は、私の身も案じてくださって……っ」
最近はやっていなかったけれど、私は久々に『推し』のことを考える作業を始めた。
久々すぎて辛い。過去の傷が抉れる。辛い。うぅ……カイル君……。
すると周囲の人たちは、悲痛に顔を歪めた。
「なんてことを……っ、フォーサイス公爵は一体、何を考えて……!」
「ひどい……っ、あんまりです……っ」
……これ、メリッサが先に手紙送ってたんだろうな。
多分『アリシアが実の父親に命を狙われています。アリシアを助けてください』的なやつ。
メリッサたちと一緒にいても全然不思議そうにしてないし。
「皆様、ありがとうございます。……私は、大丈夫です」
レイモンドの社会的なアレやソレを墓地に送りながら、私はカイル君のことを考えながら美しく涙を拭った。
推しのことを考える作業。同情を誘う的な意味だと効果抜群なんだけど、私もこれ結構辛いんだよね。私の心も墓地に半分めり込んでるんだよね。
そんなこんなで、メリッサの実娘であるオリビアだけじゃなく、私も温かく迎え入れてもらえた。
私は全力で人の愛に慣れていなさそうな振る舞いを心掛けてミラー子爵家の人たちの心をこれでもかと揺り動かしながら、用意してもらった部屋に入った。
ふかふかのベッドの上に転がって、息を吐き出す。
「子爵家……!」
お義母様よくやった。マジでよくやった。
多分絶縁されてたんだろうけど呼び戻されてるし、そもそも血筋的には平民じゃないって、私的にはもう大収穫じゃん!
私はベッドに寝転がったまま、ガッツポーズをしようとして——ノックの音に気づいて、すぐさまドアマットの準備をした。
「はい、今、そちらに伺います」
ドアマットは相手が扉を開けるのを待たない。
慌てて扉を開けに行くフリをしなければ!
……って、思ってたら。
「アリシア? 今、良いかしら……?」
この声はメリッサだ。
すぐに「大丈夫です」と返せば、メリッサはすっと部屋の中に入ってきた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったでしょう?」
本当にな。
でも良い方の喜びだったから、許してやる。
「確かに驚きましたけれど……納得しました。お会いしたばかりの頃から、お義母様には気品がございましたから」
「アリシア……でも、私は、出会ったばかりのあなたに、酷い言葉を……」
えっ、覚えてたの!?
いきなり「立場を弁えてるじゃない」って謎煽りしたの、覚えてたの!?
そういえば結構言いにくそうにしてたな。
立場弁えてない自覚あったんだ……へぇ……。
あ、いけない! ドアマットしなきゃ!
「そんなこと、ありましたっけ……? 申し訳ありません。色々あって、覚えてなくって……」
辛いことがたくさんあったんですー。
細かいことなんて覚えてませんー。
……って感じにしたら、メリッサは悲しそうに目を細めていた。
ごめん、実際はガッツリ覚えてる。
でも、そんなことは良いからとりあえず事情を話してくれ。
少し待っていると、メリッサは重い口を開いた。
「ミラー子爵家のこと、知っていたかしら?」
「……。その、あまり……」
「そうでしょうね。私が公爵家の後妻になって社交界に出るようになってから……一度も、顔を合わせていないから。お兄様たちは目立たないように、隠れるように、領地を経営していたんだと思う」
「それは、どうして……?」
問えば、メリッサは悲しそうに目を伏せる。
「きっと、私のせい。私は偶然出会ったフォーサイス公爵の言葉を信じて、この家を飛び出してしまったの。そんな恥ずかしい娘を出した家が、堂々と振る舞えるはずがないわ」
……ん?
これ、馬鹿公爵が普通に何かやってるな?
「お父様は、一体何を……」
「『君の美しさに惹かれた。私の妻はもう間もなく死ぬから、どうか後妻としてフォーサイスに来てくれ。必ず迎えに行くから、子爵家を出て待っていてくれ』って言われたの。……今にして思うと、本当に愚かだわ」
「わぁ……」
結婚詐欺かな!?
結婚詐欺だね!!
——レイモンド・フォーサイス、普通にやってんな!?
オリビアとアリシアの歳の差って2歳だったんだけど、アリシアが生まれる前に子爵家の若い令嬢に手を出すのはヤバいって分かんなかったのかなぁ!?
最低もいいところだね!? おしまいだね!!
よし……とりあえず、メリッサの話を真面目に聞こう。
「私、結構年上の婚約者がいたの。伯爵家の人で……本当はその人と結婚するはずだったの。顔合わせを済ませて、手紙でやり取りをして……フォーサイス公爵に出会ったのは、そんな時だった」
そして彼女は、「うふふ」と自虐的に笑った。
「……。私、馬鹿よね。私に不器用な愛を囁き続けてくれた伯爵よりも、顔が綺麗な公爵に惹かれてしまったの。『必ず迎えにくるから』って言葉を鵜呑みにしてしまったの」
「お義母様……」
……ていうか馬鹿公爵。
少なくとも15年はメリッサを放置してるんだけど。
アリシアに『平民出身の後妻』だと思わせる程度には放置してるんだけど。
控えめに言っても、最低では……?
「貴族の私生児として惨めな暮らしをさせてしまったオリビアにも、あなたにも酷いことをしてしまった。……私が、愚かだった。本当に、ごめんなさい」
そう言って、メリッサはホロリと涙をこぼす。
確かに彼女は愚かだった。それは決して否定できない。
「お義母様!」
——けれど、私にはどうしても譲れないポイントがあった。
「顔は大事です! お義母様!」
「えっ!?」
フォーサイス公爵の唯一の長所。それは顔だ。
今の今まで気にしていなかったけれど、言われてみればあの男——顔“は”良い!
「お顔は、大事な要素ですよ……!」
分かる。分かるよ、メリッサ。
レイモンドの顔が好みだったんだよね。分かるよ。
人間は見た目じゃなくて中身が大事? 知らんがな。
私たちみたいな面食い人間を否定するな。そういう人間だっている!!
だからこそ、私はメリッサの震える手を両手で握りしめる。
「仕方がないんです! お義母様は、騙されたのです! だから、お義母様は何も悪くありません!!」
むしろファインプレーなんだよなぁ。
あなたが子爵家の人間で、しかもここに戻ってくる選択をしたことって、あまりにもファインプレーなんだよなぁ。
オリビアには『公爵と平民の娘』よりは『公爵と子爵の娘』でいてもらった方が私的にはありがたい。
それなら、(社会的に瀕死な)フォーサイス公爵家の娘に抵抗なさげな王太子をオリビアに押し付ける作戦が成功する可能性跳ね上がるし。
しかもオリビアは良い子過ぎて普通に子爵家でも受け入れられそうだから、その辺も大丈夫そうだし。
「アリシア……」
「だから、もうご自身を責めないでください! お義母様は悪くありません!」
私はこれでもかとメリッサを庇う。
何しろ、彼女に何かしら変なことをされたら困るからだ。
母親が「これからは平民として暮らす」とか言い出したら間違いなくオリビアも一緒に平民に戻ろうとするし、公爵家に戻ろうとすれば、もはや何が起きるか分からない。
そういうことされると、オリビアに王太子押し付けにくくなる。困る。
私は下心を隠しに隠しながら、涙を流すメリッサを懸命に慰める健気な令嬢を演じ続けた。
——やはり中途半端に話を聞いて、変に解釈したまま広めてしまう人間は、いついかなる時も存在するもので。
今度は『フォーサイス公爵は婚約者のいるミラー子爵令嬢を無理矢理連れ去って娘を産ませたあげく、母娘を10年以上放置して貧しい暮らしをさせていた』という噂が社交界で流れた。




