第23話:品評会で、行列が一つだけできました
品評会の朝は、三時に起きました。
ギードさんは二時半にいらしておりました。もう何も申しません。
広場に卓が十四並びます。わたくしどもの卓は、井戸から一番遠い端でございました。日陰にもならず、風下でもございませんので、悪い場所ではございません。
卓に並べましたのは四種でございます。胡桃のもの。乳と卵を使わないもの。蜂蜜のもの。それから、粉と水と塩だけのもの。
その横に、新しい板を一枚立てました。
——食べられないものを、お書きください。
「姉さん、菓子より板のほうが大きいです」
「はい」
「売る気ないでしょ」
「ございます」
朝のうちは、どなたもいらっしゃいませんでした。
人はボードワン様の卓の前におります。砂糖を薄く延ばして貼りつけた大きな菓子が、卓の真ん中に置いてございます。日に当たって、縁のところが光っておりました。町の子どもが指をさしております。
こちらの卓の前を通る方は、板を読んで、それから通り過ぎていかれます。
銅貨は一枚も入りませんでした。
わたくしは焼き上がりの数を数えておりました。四十八。四十八のまま、二刻でございます。
「腹立つな」
「はい」
「なんで怒らないんですか」
「怒っておりません。数えて——」
「数えてるだけ、でしょ。知ってます」
昼前に、ヤンさんがいらっしゃいました。
畑の方でございます。膝の薬の粉が変わってから、甘いものが苦く感じられるようになった方でございます。
ヤンさんは板の前に立たれて、しばらく動かれませんでした。それから炭を取って、字をお書きになりました。
——にがい
書き終えてから、ヤンさんはこちらをご覧になりました。
「もう書いてあるだろう。あんたの店の板に」
「別の板でございます」
「そうか」
ヤンさんは粉と水と塩だけのものを二つ買われて、その場で一つ召し上がりました。
次に来られたのはドランさんでございます。荷運びの方で、左でしか噛めません。板の前でヤンさんの字をご覧になって、それから炭を取られました。
——ひだりだけ
ミナさんが宿の使いの帰りに寄られて、書かれました。
——あさ、みずのじゅんばん
三人ぶんの字が並んだところで、通りかかった女の方が足を止められました。
「これは、何を書くんですか」
「食べられないものでございます」
「……うちの子、パンだけ食べないんです。書いていいんですか」
「どうぞ」
その方が書いていらっしゃるあいだに、後ろに二人並ばれました。
書いていらっしゃるあいだに、また二人並ばれました。
わたくしは炭を持って、書かれた方に一つずつ伺いました。いつからか。何を召し上がったあとか。前の年はどうであったか。伺ったぶんだけ、帳面に書き取りました。書き取りましたら、卓の上の四種のうち、その方が召し上がれるものをお出しいたします。
召し上がれるものがないときは、ないと申し上げます。そのときは、次にお会いするまでに焼いておくと申し上げます。
列が井戸のところまで届いたのは、昼を過ぎた頃でございました。
銅貨は入っておりました。けれど、列に並んでいらっしゃる方の半分は、買わずに書くだけで帰られます。それでも並ばれます。
「姉さん。あっち、誰もいません」
タニアさんが顎で広場の真ん中のほうをお示しになりました。
ボードワン様の卓には、砂糖の菓子がそのまま置いてございました。日が回りまして、縁のところが少し垂れております。卓の後ろで、ボードワン様が腕を組んでこちらをご覧になっておりました。
わたくしは列に向き直りました。
「次の方、どうぞ」
午後になって、組合の親方が三人、卓を回って点をつけていかれました。
こちらの卓では、四種のうち三種を召し上がって、二つ目のところで顔をしかめられました。
「甘くないな」
「はい」
「菓子は甘いものだ」
「はい」
親方はそう書き取って、次の卓へ行かれました。点は、伺っておりません。
日が傾いた頃、ボードワン様がこちらへ歩いてこられました。
列はまだ二十人ほど残っております。ボードワン様は列の脇に立って、板をご覧になりました。板は上から下まで字で埋まっております。
「うちの卓にも板を出した」
「はい」
「誰も書かん。書けと言っても書かん」
「さようでございますか」
「あんたのところには書く」
ボードワン様は板の下のほうを指で押さえられました。震えた字が三つ並んでいるところでございます。
「あんた、三年前に屋敷で怒って出てりゃ、この板は今日一枚も埋まらん」
「……はい」
「三年、誰にも言わずに書いた人間だから、他人も書くんだ。俺には書かせられん」
ボードワン様は指を離されました。
「気に入らんがな。それが数だ」
それから、懐から折った紙をお出しになりました。
「商い名簿だ。屋号を書け」
「ございません」
「じゃあ何と書く」
わたくしは炭を受け取りました。
ハウゼル菓子組合、商い名簿。十五番の欄が空いております。
三年、わたくしの名は屋敷の名簿には載っておりました。ヴァレンティと書いてございました。菓子を焼いた者の欄ではなく、当主の妻の欄でございます。
わたくしは書きました。
アルディ。
「それだけか」
「それだけでございます」
ボードワン様は紙を受け取って、畳んで、懐にお入れになりました。
「粉は明日から通す」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。腹が立つ」
日が落ちるまでに、板の字は五十一になりました。
わたくしが数えました並びは、五十二人でございます。
一人、書かずにお帰りになったことになります。
数え違いかと思いまして、もう一度、卓の上の売れた数と銅貨を数えました。合っております。
「レイフ様」
レイフ様は卓の端に腰かけて、広場の向こうをご覧になっておりました。井戸の向こうの、荷馬車の並んでいるあたりでございます。
「レイフ様」
「……ああ」
「どうかなさいましたか」
「いや」
レイフ様は、そのまま口を閉じられました。それから左手で膝を払って、立ち上がられます。
「明日、店を開けとけ」
「開けております」
「早めにな」
「なぜでしょう」
「客が来る」
【今日の帳面】
品評会。板に書かれた字——五十一。数えた並び——五十二人。
一人、書かずに帰られた。次にいらしたら、伺う。
三年ぶんの帳面は、三年前に怒って辞めていたら、一冊もございませんでした。
次回、店の前に並ぶ背中を一つ、わたくしは存じております。
この店の窯は、薪がないと明日の朝に火が入りません。★やブックマークは、この作品にとっての薪でございます。一本置いていってくださいますと、また焼けます。




