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離縁されたので、焼き菓子の店をはじめました  作者: 篠宮しずく


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23/30

第23話:品評会で、行列が一つだけできました

 品評会の朝は、三時に起きました。


 ギードさんは二時半にいらしておりました。もう何も申しません。


 広場に卓が十四並びます。わたくしどもの卓は、井戸から一番遠い端でございました。日陰にもならず、風下でもございませんので、悪い場所ではございません。


 卓に並べましたのは四種でございます。胡桃のもの。乳と卵を使わないもの。蜂蜜のもの。それから、粉と水と塩だけのもの。


 その横に、新しい板を一枚立てました。


 ——食べられないものを、お書きください。


「姉さん、菓子より板のほうが大きいです」


「はい」


「売る気ないでしょ」


「ございます」


 朝のうちは、どなたもいらっしゃいませんでした。


 人はボードワン様の卓の前におります。砂糖を薄く延ばして貼りつけた大きな菓子が、卓の真ん中に置いてございます。日に当たって、縁のところが光っておりました。町の子どもが指をさしております。


 こちらの卓の前を通る方は、板を読んで、それから通り過ぎていかれます。


 銅貨は一枚も入りませんでした。


 わたくしは焼き上がりの数を数えておりました。四十八。四十八のまま、二刻でございます。


「腹立つな」


「はい」


「なんで怒らないんですか」


「怒っておりません。数えて——」


「数えてるだけ、でしょ。知ってます」


 昼前に、ヤンさんがいらっしゃいました。


 畑の方でございます。膝の薬の粉が変わってから、甘いものが苦く感じられるようになった方でございます。


 ヤンさんは板の前に立たれて、しばらく動かれませんでした。それから炭を取って、字をお書きになりました。


 ——にがい


 書き終えてから、ヤンさんはこちらをご覧になりました。


「もう書いてあるだろう。あんたの店の板に」


「別の板でございます」


「そうか」


 ヤンさんは粉と水と塩だけのものを二つ買われて、その場で一つ召し上がりました。


 次に来られたのはドランさんでございます。荷運びの方で、左でしか噛めません。板の前でヤンさんの字をご覧になって、それから炭を取られました。


 ——ひだりだけ


 ミナさんが宿の使いの帰りに寄られて、書かれました。


 ——あさ、みずのじゅんばん


 三人ぶんの字が並んだところで、通りかかった女の方が足を止められました。


「これは、何を書くんですか」


「食べられないものでございます」


「……うちの子、パンだけ食べないんです。書いていいんですか」


「どうぞ」


 その方が書いていらっしゃるあいだに、後ろに二人並ばれました。


 書いていらっしゃるあいだに、また二人並ばれました。


 わたくしは炭を持って、書かれた方に一つずつ伺いました。いつからか。何を召し上がったあとか。前の年はどうであったか。伺ったぶんだけ、帳面に書き取りました。書き取りましたら、卓の上の四種のうち、その方が召し上がれるものをお出しいたします。


 召し上がれるものがないときは、ないと申し上げます。そのときは、次にお会いするまでに焼いておくと申し上げます。


 列が井戸のところまで届いたのは、昼を過ぎた頃でございました。


 銅貨は入っておりました。けれど、列に並んでいらっしゃる方の半分は、買わずに書くだけで帰られます。それでも並ばれます。


「姉さん。あっち、誰もいません」


 タニアさんが顎で広場の真ん中のほうをお示しになりました。


 ボードワン様の卓には、砂糖の菓子がそのまま置いてございました。日が回りまして、縁のところが少し垂れております。卓の後ろで、ボードワン様が腕を組んでこちらをご覧になっておりました。


 わたくしは列に向き直りました。


「次の方、どうぞ」


 午後になって、組合の親方が三人、卓を回って点をつけていかれました。


 こちらの卓では、四種のうち三種を召し上がって、二つ目のところで顔をしかめられました。


「甘くないな」


「はい」


「菓子は甘いものだ」


「はい」


 親方はそう書き取って、次の卓へ行かれました。点は、伺っておりません。


 日が傾いた頃、ボードワン様がこちらへ歩いてこられました。


 列はまだ二十人ほど残っております。ボードワン様は列の脇に立って、板をご覧になりました。板は上から下まで字で埋まっております。


「うちの卓にも板を出した」


「はい」


「誰も書かん。書けと言っても書かん」


「さようでございますか」


「あんたのところには書く」


 ボードワン様は板の下のほうを指で押さえられました。震えた字が三つ並んでいるところでございます。


「あんた、三年前に屋敷で怒って出てりゃ、この板は今日一枚も埋まらん」


「……はい」


「三年、誰にも言わずに書いた人間だから、他人も書くんだ。俺には書かせられん」


 ボードワン様は指を離されました。


「気に入らんがな。それが数だ」


 それから、懐から折った紙をお出しになりました。


「商い名簿だ。屋号を書け」


「ございません」


「じゃあ何と書く」


 わたくしは炭を受け取りました。


 ハウゼル菓子組合、商い名簿。十五番の欄が空いております。


 三年、わたくしの名は屋敷の名簿には載っておりました。ヴァレンティと書いてございました。菓子を焼いた者の欄ではなく、当主の妻の欄でございます。


 わたくしは書きました。


 アルディ。


「それだけか」


「それだけでございます」


 ボードワン様は紙を受け取って、畳んで、懐にお入れになりました。


「粉は明日から通す」


「ありがとうございます」


「礼を言うな。腹が立つ」


 日が落ちるまでに、板の字は五十一になりました。


 わたくしが数えました並びは、五十二人でございます。


 一人、書かずにお帰りになったことになります。


 数え違いかと思いまして、もう一度、卓の上の売れた数と銅貨を数えました。合っております。


「レイフ様」


 レイフ様は卓の端に腰かけて、広場の向こうをご覧になっておりました。井戸の向こうの、荷馬車の並んでいるあたりでございます。


「レイフ様」


「……ああ」


「どうかなさいましたか」


「いや」


 レイフ様は、そのまま口を閉じられました。それから左手で膝を払って、立ち上がられます。


「明日、店を開けとけ」


「開けております」


「早めにな」


「なぜでしょう」


「客が来る」

【今日の帳面】


品評会。板に書かれた字——五十一。数えた並び——五十二人。

 一人、書かずに帰られた。次にいらしたら、伺う。


 三年ぶんの帳面は、三年前に怒って辞めていたら、一冊もございませんでした。


 次回、店の前に並ぶ背中を一つ、わたくしは存じております。


 この店の窯は、薪がないと明日の朝に火が入りません。★やブックマークは、この作品にとっての薪でございます。一本置いていってくださいますと、また焼けます。

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