表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刑事・井森正一の事件簿  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/55

第十八話 査定 (中編)

査定 中編



 事故。そう処理された。過労。精神的ストレス。営業成績不振。


 村瀬は周囲へ話していた。


「彼女、かなり追い詰められてましてね」


「ちょっと危ない感じだったんですよ」


「実は、最近ミスも多くて」


 皆、納得した。人は、説明のつく死を好む。ただ一人を除いて。



「いやぁ……歩くの遅いですねぇ」


 井森正一刑事は、駅防犯カメラを見ていた。


「は?」


と若い刑事、牧田が聞き返す。


「白石さんですよ」


 映像の中の奈緒は、ゆっくり歩いている。


「追い詰められてる人って、もっと速くないです?」


「人によるでしょう」


「ふうん」


 井森は巻き戻す。奈緒はスマホを見て、少し笑っていた。


「死ぬ人の顔じゃないんですよねぇ」


「井森さん、それはさすがに感覚論では」


「感覚論、好きなんですよ、僕」


 牧田はため息をついた。



 だが井森は、映像を何度も再生していた。もう一つ、気になる点があった。奈緒の後ろ、少し離れたところに、同じ方向へ歩く人影。顔ははっきり映っていない。だが、歩調が奈緒に合わせて変わっている。速く歩けば、速く。止まれば、止まる。


「これ、偶然ですかねぇ」


 牧田は画面を覗き込む。


「……確かに、距離が一定ですね」


「でしょう」


 だが解像度が粗く、人物特定には至らない。



 捜査本部は、まず社内関係者への聞き込みから始まった。最初に浮上したのは、意外な名前だった。奈緒の元交際相手、同じ業界の営業マン、黒木という男。半年前に別れていた。


「別れ方、揉めましたよね」


 牧田が事情聴取で切り込む。


「揉めたっていうか……向こうが一方的に、研究に戻りたいからって」


 黒木は苦い顔をした。


「正直、まだ未練はありましたよ。でも、殺すほどのことじゃない」


 アリバイを確認すると、事件当夜は東京都内の別の得意先と会食中だった。同席者複数、レシートの時刻も一致。


「シロですね」


「ですねぇ」


 井森はあっさり黒木を候補から外した。


「あの人、未練はあっても、恨みじゃなかったですよ」


「顔見りゃ分かります」


 牧田は少し呆れる。


「そういうの、いつも当たるから困るんですよね」



 次に浮上したのは、奈緒が以前担当していた顧客、大学病院の研究員だった。試薬の納入トラブルで、一度強くクレームを受けたことがある人物。だが調べてみると、クレームはとうに解決済みで、むしろその研究員は奈緒の対応の丁寧さに感謝していたという。


「これも違うか」


 牧田がメモに線を引く。


「井森さん、本命は最初から決まってるんじゃないですか」


「決まってはないですよ」


 井森はとぼけた顔で言う。


「ただ、気になる人はいますけどね」



 数日後。井森は奈緒のデスクを見る。空っぽだった。営業資料も少ない。


「あれ?」


 名刺入れ。空。


「変なんですよねぇ」


「何がです?」


「辞める気だったんですよ、この人」


 井森は言う。


「営業名刺、全部処分してる」


「なのに出張?」


 静かな沈黙。井森は引き出しを開けた。中には、退職願の下書きが三枚あった。どれも書きかけで、最後の一枚だけ、署名まで済んでいた。


「これ、提出前ですね」


「はい」


「つまり、まだ誰にも辞めるって正式には言ってなかった」


 牧田がメモを取る。


「口頭では伝えていたかもしれませんが」


「口頭、ねぇ」



 井森は、同僚たちへの聞き込みを始めた。最初に話を聞いたのは、田辺という女性社員だった。


「白石さん、最近すごく明るかったんです」


「明るい?追い詰められてたんじゃなく?」


「逆です。何か良いことがあったみたいで」


「詳しくは?」


「教えてくれなかったですけど……多分、転職とかそういう話じゃないかって、みんな噂してました」


「その噂、部内でどれくらい広まってました?」


「うーん……私と、あと二、三人くらいには話してたと思います」


「村瀬部長の耳にも入ってたと思います?」


 田辺は少し口ごもった。


「……たぶん、薄々気づいてたと思います」


「白石さんの様子が変わったこと、部長にも見えてたはずなので」


「あと、一度見たんです」


「何を?」


「白石さんが電話してる後ろで、部長がじっとこっち見てたの」


「電話の内容までは聞こえてないでしょうけど、様子はおかしいと思ったはずです」



 井森は次に、村瀬本人へ話を聞きに行った。


「事故ですよ」


 村瀬は言う。


「精神的に限界だったんでしょう」


「そうですかねぇ」


 井森は頷く。


「でも白石さん、大学決まってたんですよね」


 一瞬。村瀬の顔が動く。


「……何の話です」


「いやぁ、同僚の方から聞いたんですよ。最近明るかったって」


「知りませんね、そんな話」


「そうですか」


 井森はメモ帳を閉じた。


「ちなみに、出張の手配って誰がされたんです?」


「彼女自身ですよ、もちろん」


「宿泊先とか、新幹線の時間とか、部長は把握してました?」


「……一応、報告は受けてましたね。管理職ですから」


「細かいところまで?」


「そりゃ、部下の出張ですから」


 井森は小さく笑った。


「戻れる場所、あったんですよ」


 静かな声。


「大学に。だから、死ぬ理由なくなってるんですよね、この人には」


 村瀬は黙る。だが、その沈黙は長すぎた。井森はそれを、しっかり見ていた。



 署に戻る車内で、牧田が聞いた。


「井森さん、黒木も、病院の研究員も外れて、結局残るの村瀬部長だけですよね」


「そうなりますね」


「でも、物証は?」


「これから探すんですよ」


 井森は窓の外を見ながら、ぽつりと言った。


「小さいことなんです、いつも」


「大きな嘘は、みんな注意して隠す。でも小さい嘘は、本人も忘れちゃうんですよねぇ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ