第十八話 査定 (中編)
査定 中編
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事故。そう処理された。過労。精神的ストレス。営業成績不振。
村瀬は周囲へ話していた。
「彼女、かなり追い詰められてましてね」
「ちょっと危ない感じだったんですよ」
「実は、最近ミスも多くて」
皆、納得した。人は、説明のつく死を好む。ただ一人を除いて。
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「いやぁ……歩くの遅いですねぇ」
井森正一刑事は、駅防犯カメラを見ていた。
「は?」
と若い刑事、牧田が聞き返す。
「白石さんですよ」
映像の中の奈緒は、ゆっくり歩いている。
「追い詰められてる人って、もっと速くないです?」
「人によるでしょう」
「ふうん」
井森は巻き戻す。奈緒はスマホを見て、少し笑っていた。
「死ぬ人の顔じゃないんですよねぇ」
「井森さん、それはさすがに感覚論では」
「感覚論、好きなんですよ、僕」
牧田はため息をついた。
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だが井森は、映像を何度も再生していた。もう一つ、気になる点があった。奈緒の後ろ、少し離れたところに、同じ方向へ歩く人影。顔ははっきり映っていない。だが、歩調が奈緒に合わせて変わっている。速く歩けば、速く。止まれば、止まる。
「これ、偶然ですかねぇ」
牧田は画面を覗き込む。
「……確かに、距離が一定ですね」
「でしょう」
だが解像度が粗く、人物特定には至らない。
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捜査本部は、まず社内関係者への聞き込みから始まった。最初に浮上したのは、意外な名前だった。奈緒の元交際相手、同じ業界の営業マン、黒木という男。半年前に別れていた。
「別れ方、揉めましたよね」
牧田が事情聴取で切り込む。
「揉めたっていうか……向こうが一方的に、研究に戻りたいからって」
黒木は苦い顔をした。
「正直、まだ未練はありましたよ。でも、殺すほどのことじゃない」
アリバイを確認すると、事件当夜は東京都内の別の得意先と会食中だった。同席者複数、レシートの時刻も一致。
「シロですね」
「ですねぇ」
井森はあっさり黒木を候補から外した。
「あの人、未練はあっても、恨みじゃなかったですよ」
「顔見りゃ分かります」
牧田は少し呆れる。
「そういうの、いつも当たるから困るんですよね」
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次に浮上したのは、奈緒が以前担当していた顧客、大学病院の研究員だった。試薬の納入トラブルで、一度強くクレームを受けたことがある人物。だが調べてみると、クレームはとうに解決済みで、むしろその研究員は奈緒の対応の丁寧さに感謝していたという。
「これも違うか」
牧田がメモに線を引く。
「井森さん、本命は最初から決まってるんじゃないですか」
「決まってはないですよ」
井森はとぼけた顔で言う。
「ただ、気になる人はいますけどね」
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数日後。井森は奈緒のデスクを見る。空っぽだった。営業資料も少ない。
「あれ?」
名刺入れ。空。
「変なんですよねぇ」
「何がです?」
「辞める気だったんですよ、この人」
井森は言う。
「営業名刺、全部処分してる」
「なのに出張?」
静かな沈黙。井森は引き出しを開けた。中には、退職願の下書きが三枚あった。どれも書きかけで、最後の一枚だけ、署名まで済んでいた。
「これ、提出前ですね」
「はい」
「つまり、まだ誰にも辞めるって正式には言ってなかった」
牧田がメモを取る。
「口頭では伝えていたかもしれませんが」
「口頭、ねぇ」
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井森は、同僚たちへの聞き込みを始めた。最初に話を聞いたのは、田辺という女性社員だった。
「白石さん、最近すごく明るかったんです」
「明るい?追い詰められてたんじゃなく?」
「逆です。何か良いことがあったみたいで」
「詳しくは?」
「教えてくれなかったですけど……多分、転職とかそういう話じゃないかって、みんな噂してました」
「その噂、部内でどれくらい広まってました?」
「うーん……私と、あと二、三人くらいには話してたと思います」
「村瀬部長の耳にも入ってたと思います?」
田辺は少し口ごもった。
「……たぶん、薄々気づいてたと思います」
「白石さんの様子が変わったこと、部長にも見えてたはずなので」
「あと、一度見たんです」
「何を?」
「白石さんが電話してる後ろで、部長がじっとこっち見てたの」
「電話の内容までは聞こえてないでしょうけど、様子はおかしいと思ったはずです」
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井森は次に、村瀬本人へ話を聞きに行った。
「事故ですよ」
村瀬は言う。
「精神的に限界だったんでしょう」
「そうですかねぇ」
井森は頷く。
「でも白石さん、大学決まってたんですよね」
一瞬。村瀬の顔が動く。
「……何の話です」
「いやぁ、同僚の方から聞いたんですよ。最近明るかったって」
「知りませんね、そんな話」
「そうですか」
井森はメモ帳を閉じた。
「ちなみに、出張の手配って誰がされたんです?」
「彼女自身ですよ、もちろん」
「宿泊先とか、新幹線の時間とか、部長は把握してました?」
「……一応、報告は受けてましたね。管理職ですから」
「細かいところまで?」
「そりゃ、部下の出張ですから」
井森は小さく笑った。
「戻れる場所、あったんですよ」
静かな声。
「大学に。だから、死ぬ理由なくなってるんですよね、この人には」
村瀬は黙る。だが、その沈黙は長すぎた。井森はそれを、しっかり見ていた。
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署に戻る車内で、牧田が聞いた。
「井森さん、黒木も、病院の研究員も外れて、結局残るの村瀬部長だけですよね」
「そうなりますね」
「でも、物証は?」
「これから探すんですよ」
井森は窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「小さいことなんです、いつも」
「大きな嘘は、みんな注意して隠す。でも小さい嘘は、本人も忘れちゃうんですよねぇ」




