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刑事・井森正一の事件簿  作者: はまゆう


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第十話 再生数という名の怪物(中編)

調査は二日後に進展した。

「井森さん、わかりました」

若い斎藤刑事が、興奮した面持ちで報告に来た。

「あのアカウント——『truth_seeker_1029』のIPアドレスは、いくつものVPNを経由していて簡単には特定できませんでした。でも、投稿時間のパターンを分析したところ——」

「パターン?」

「ええ。このアカウントは、事件の前日から事件当日の配信中まで、合計三十四回のコメントを残しています。そのうち、事件後は一切ありません。つまり——」

「事件が終わったら、用済みになった」

「そうです。そして、この投稿時間です」


斎藤がプリントアウトした紙を広げる。

3:20:15 「コードの被膜、劣化してる」

3:20:33 「あのコンセント、アースなし」

3:20:58 「カノン、今日死ぬよ」

3:21:40 「感電事故 時系列 3:21:40 死亡確定」


井森は首をかしげた。

「この最後のやつ、“死亡確定”って、まだ死んでなかったはずだよね。実際にカノンが倒れたのは、3:21:45くらいだったはず」

「そうです。ネットの情報では、正確な時刻までは出ていません。なのに、このアカウントは“ピンポイント”で時刻を指定している。しかも、事故が起きる五秒前です」

「つまり——」

「このアカウントの主は、“事故がその時刻に起きること”を知っていた。または、自分でその時刻を“設定”していた」


井森は顎に手を当てた。

「久我ヒビキのアカウント調査は?」

「本アカウントは『Hibiki_Kuga』。登録者数百二十万人。投稿履歴はすべて公開されています。サブアカウントについては……」

「あった?」

「少し怪しいものを見つけました」

斎藤が別のプリントを差し出す。

ユーザー名は 「kanon_fan_2024」。アイコンはカノンの写真。フォロワーは三百人ほど。投稿内容はすべてカノンへの応援コメント——ただし、その中にいくつか特徴的なものが混ざっている。

「カノンはヒビキと別れるべき」

「あの男、金だけが目当て」

「離婚した方がいい。暴露すればいいのに」


「これ、全部ヒビキのことを叩いてますね」

「ええ。一見すると、カノンの熱狂的なファンに見えます。でも——」

「でも?」

「このアカウントの投稿時間が、ヒビキの配信時間と完全に被っているんです。彼が配信中、このアカウントは一度も動いていない。むしろ、配信が終わった直後に集中的に書き込んでいる」

「つまり、ヒビキ本人が自分のことを叩くために使っていた?」

「可能性は高いです。さらに——」

斎藤は一枚の比較表を広げた。

「このアカウントの書き込みと、『truth_seeker_1029』の書き込みを比較したところ、文体の特徴——特に句読点の打ち方と、アルファベットの使い方——が一致する確率が九十二パーセントでした」

井森はゆっくりと頷いた。

「つまり、同じ人物が二つのサブアカウントを運用していた——片方は“熱心なカノンファン”を装い、もう片方は“不気味な予言者”を装っていた。で、合ってる?」

「はい。ただし、これだけでは彼と断定できません。同じ熱狂的なファンが別に存在する可能性もありますから」

「そうだね。でも——」

井森は椅子を回転させた。

「決定的な証拠は、別にあるんじゃないかな。現場の、物理的な証拠」


……


井森は再び古民家を訪れた。

今度は、廃墟の中をくまなく調べる。

台所。ドライヤー。コンセント。コード。

「鑑識の報告では、ドライヤーのコードの被膜が、自然劣化ではなく、“意図的に削られた”可能性があるそうです」

「カッターで?」

「いえ。サンドペーパーのようなもので、薄く削った可能性が高い。ある程度電気の知識がある人間なら、被膜を削って銅線を露出させ、感電を誘発することができる」

「それをやったのが、誰か」

「カノン自身かもしれません。でも、彼女には動機が——」

「離婚と暴露です」

井森は静かに言った。

「調べたんですが、カノンさんは最近、弁護士に相談していたらしい。離婚と、それに伴う“何か”の暴露を考えていたとか」

「夫からすると、それはまずい」

「ええ。もし暴露されたら、彼のキャリアは終わる。登録者数も収入も、すべて失う。だから——」

「先に殺した、と」

井森はうなずいた。

「問題は、どうやって。こういう場所で、ライブ配信中に、“事故”に見せかけて殺す方法」

「私たちの仮説では——」

斎藤が図を広げた。

「ヒビキは事前に、ドライヤーのコードの被膜を削っておいた。それから、カノンに“サプライズ企画”としてドライヤーを使うことを提案した。彼女がそれを承諾したのは、配信を盛り上げたかったからでしょう」

「で、事故の瞬間——彼は二階にいた」

「はい。でも、彼は“タイミング”を知っていた。自分が二階に上がった直後に、カノンがドライヤーを使うように仕向けた。もし彼がその場にいれば、自分も感電する可能性がある。だから、離れた場所から——」

「どうやって“タイミング”を合わせた?」

斎藤は一瞬、言葉に詰まった。

「それが——まだわかっていません」

井森は笑った。

「いいんだよ、わからなくても。刑事の仕事は、わからないことを解き明かすことだからな」

彼は古民家を一周し、天井を見上げた。

二階と一階を隔てるのは、薄い板だけ。声も響く。

「もし、何らかの方法で——タイミングを合わせられる仕掛けがあれば……」

井森は考え込んだ。

「例えば、スマートフォンの振動。 Bluetooth。遠隔操作できる何か。」

「ドライヤーのスイッチは、手動です」

「じゃあ、カノンが自分で入れたんだ。でも、その“タイミング”をヒビキは知っていた——ということは、彼が何らかの合図を送ったのか?」m

「声を張り上げれば、二階からでも指示できます。でも、配信に残ります」

「そうだね。配信に残らない方法——」

井森は突然、立ち止まった。

「待って。配信に残らない方法って、あるのかな?」

「例えば……文字?」

「文字?」

「スマホのメッセージ。でも、カノンが配信中にスマホを見るとは思えません。視聴者も気づくでしょうし」

「うーん……」

井森は頭をかいた

「別の方法を考えよう。まずは、もっとシンプルなことから」


彼はドライヤーを手に取った。

コードは四十センチほど剥き出しになっている。銅線が錆びている。古い。自然に劣化したものか、意図的に削られたものか——判断は難しい。

「感電死させるだけなら、コードを触らせればいい。でも、ライブ配信中の“アクシデント”に見せかけるには——彼女が“自ら”スイッチを入れなければならない」

「その通りです」

「だから、彼女に“自ら”ドライヤーを使わせる必要があった。それが“サプライズ企画”の提案。彼女はそれを面白いと思って飛びついた。」

「でも、カノンが死ぬとわかっていながら、よくドライヤーを使う気になりましたね」

「それが問題だ」

井森はドライヤーを置いた。

「彼女は“自分の死”を予期していなかった。つまり、ドライヤーに仕掛けがあるとは思っていなかった。コードの被膜が劣化していることにも気づいていなかった——もし気づいていたら、使おうとは思わない。」

「じゃあ、ヒビキだけが知っていた。コードの危険性を」

「しかも、彼は“配信を見ている視聴者に事故をどう見せるか”まで計算していた。感電事故。不可抗力。誰も彼を責められない——そういう筋書きだ。」

井森はため息をついた。

「あとは、コメント欄の“予言”をどう使うか。あれを証拠にするには、あのアカウントがヒビキ本人であることを証明しなければならない。」

「IPアドレスが特定できれば——」

「VPN越しだと難しい。でも、別の方法があるかもしれない」


井森はスマートフォンを取り出し、『truth_seeker_1029』の投稿をもう一度表示した。

「このアカウントの最初の投稿を見てみよう」

一番古い投稿は、事件の前日。

明日、カノンは死ぬ。ヒビキが殺す。

「なんて明確なんだ」

「これだけでも、脅迫罪とか——」

「うん。でも、犯人の特定には至らない。ただ——」

井森はその投稿日時を見た。

2024年11月15日 23:47:33

「この時間、ヒビキは何をしていた?」

「調べてあります」

斎藤が別の資料を開く。

「ヒビキはこの日の夜、別の配信をしていました。21時から24時まで、自宅で雑談配信。タイムスタンプは完全に一致しますが——」

「でも、サブアカウントを使えば、スマホからでもコメントできる」

「そうです。つまり、配信中にスマホを見て、このコメントを書き込んだ可能性があります」

「視聴者には気づかれずに?」

「配信画面はパソコンのメイン画面。スマホは机の下に隠せば、バレません」

「なるほど」

井森はメモ帳に何かを書き込んだ。

「“機会”はあった。次は“動機”と“手段”だ。」


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