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刑事・井森正一の事件簿  作者: はまゆう


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28/31

第十話 再生数という名の怪物(上編)


……


ライブ配信の画面は、一瞬にして闇に飲まれた。

「あっ——」

短い叫び。火花の音。そして、無音。

画面の向こう側にいた三万四千人の視聴者は、何が起こったのか理解できなかった。コメント欄が一斉に止まり、それから——爆発した。


なにこれ

カノン倒れた?

いたずら?

マジでやばくない?


映像は途切れたまま、復旧しない。

配信を管理していたアプリの画面には、ただ一言——「通信エラー」——と表示されるだけだった。


……


その日、登録者数百二十万人の人気インフルエンサー夫婦——久我ヒビキとカノン——は、新企画として「古民家で一晩サバイバル」と銘打ったライブ配信を行っていた。廃墟と化した古民家。朽ちた床。むき出しの配線。そんな場所で、二人はあえて“危険な遊び”を演じていた。

ファンはそれを“演出”だと思っていた。

誰も——本当に人が死ぬとは、思っていなかった。


……


井森正一刑事が現場に到着したのは、通報から二時間後のことだった。

古民家は都心から車で一時間ほどの山間部にあった。周囲には何もない。コンビニもない。街灯もない。ただ、黒々とした木々が風に揺れているだけだ。

「いやぁ、こんなところでよく配信なんてやりますね」

井森はスーツの襟を立て、寒そうに古民家へと足を踏み入れた。

中は広かった。土間、座敷、そして奥に台所。すべてが古びている。埃の匂い。そして——かすかな焦げた匂い。

「被害者はこちらです」

若い鑑識員が、台所の隅を指さした。


そこには、一人の女性が倒れていた。二十代後半。白いワンピース。顔は美しい。まるで眠っているかのように——ただし、手に握られたコードだけが異様だった。

「これ、何です」

「ドライヤーです。古いタイプの。コードが被膜からむき出しになっていて——」

「感電?」

「おそらく。詳しくは解剖結果を待つ必要がありますが」

井森はしゃがみ込んで、コードをじっと見つめた。

被膜の劣化。むき出しになった銅線。手のひらのやけど。

「事故……ですかね」

「現時点では」

「なるほど」

井森は立ち上がり、周囲を見渡した。

「ところで、夫の方は?」

「別室で話を聞いています。久我ヒビキさん。被害者の夫であり、配信パートナーです」

「一緒に配信してたんですよね」

「事故の瞬間は、彼は別の場所にいたそうです」

「別の場所?」

「この家の二階です。別々に探索する、という演出だったらしく」

井森は階段を見上げた。

ボロボロの木製階段。軋む音。二階は真っ暗だ。

「一階には、他に誰も?」


「いえ。監視カメラもありません。この辺りは電波状況も悪く、配信も途中で途切れたままです」

「配信——録画は残ってるんですか」

「視聴者が録画したものがネットに上がっています。私たちも確認しました」

「見せてください」


……


パトカーの後部座席で、井森はスマートフォンを覗き込んだ。

画面には、ライブ配信の録画が映し出されている。

「いやあ、この家、やばいですね。電気も通ってないし、床抜けそうだし」


ヒビキがカメラに向かって笑っている。人好きのする顔だ。爽やかで、少しチャラい。いわゆる“モテる男”の典型。

「でも、それがいいんだよ! 今日は一晩ここでサバイバル。カノン、なんか持ってきた?」


カメラがカノンに向く。彼女は緊張した面持ちで、手にドライヤーを持っている。

「これ。古民家でドライヤー使うの、面白くない?」

「え、電源あるの?」

「台所のコンセント、生きてた。多分、不思議と」

「やめときなよ、そんなの。危ないって」

「大丈夫だよ〜」


視聴者のコメントは、既に一万を超えている。

カノン天才

それやばくない?

配線チェックしろw

楽しそうでいいな


——途中から、映像が不安定になる。


カノンが台所へ向かう。ドライヤーのコードを伸ばす。コンセントに差し込む。

「え、本当に使えるの?」

「ほら——」

ドライヤーのスイッチを入れる。


ブオン——と音がして——次の瞬間、画面が一瞬白く光り、そして真っ暗になった。


「あっ——」


カノンの声。それだけ。


画面は復旧しない。コメント欄だけが動き続ける。

えっ

なに今の

感電?

やばいやばい

カノン大丈夫?

ヒビキ、行ってあげて


この後、配信はそのまま終了した。ヒビキが二階から降りてきたのは、それから数分後だったらしい。


井森はスマートフォンを置き、深く息を吐いた。

「事故……にしては、出来すぎてませんか」

「どういう意味です」

「いや、なんとなくです」

井森は車を降り、古民家へ戻った。


……


ヒビキは、座敷で毛布をかけられて座っていた。顔色は青白い。目はうつろだ。

「お気の毒です。お辛いと思いますが、少しお話を聞かせてください」

井森は向かいに座った。

「あなたは、事件の瞬間、どこにいましたか」

「二階です。一階から声が聞こえて——すぐに降りてきたんですが……もう、遅くて」

「コードのことは、ご存じでしたか。被膜が劣化していたこと」

「いいえ。カノンが持ってきたものなので」

「カノンさんが」

「ええ。彼女はいつも“サプライズ”を考えてくるんです。今日のドライヤーも、多分その一つで……」

ヒビキは声を詰まらせた。


井森はしばらく黙って、彼の様子を観察していた。

(悲しんでいる……ように見える。でも、どこか“作り物”っぽい。いや、気のせいか。)


「配信のコメント、見ましたか」

「いいえ。すぐに切れたので」

「後から、録画を見ましたか」

「……いいえ。まだ、見る勇気がなくて」

「そうですか」


井森はポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き込んだ。

「最後に一つだけ。あなたとカノンさんの関係は——良好でしたか」


ヒビキの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

「……ええ。とても」

「そうですか。ありがとうございました」

井森は立ち上がった。


……


署に戻ってから、井森はネット上の反応を調べ始めた。


事件は瞬く間に拡散していた。カノンの名前はトレンド入り。コメント欄には、哀悼の意から犯人探し、陰謀論まで、あらゆる言葉が渦巻いている。


井森は、配信の録画を何度も見直した。

カノンがドライヤーを手に持つ。コンセントに差し込む。スイッチを入れる。光。闇。

——何度見ても、異常は見当たらない。


ただ、一つだけ。

コメント欄が、あまりにも速く動きすぎている。

事故が起きる瞬間より前に、何人かの視聴者が——

これ、やばいこと起きる予感

カノン死ぬんじゃね

また炎上狙いでしょ


——この種のコメントは、ネットでは珍しくない。誰でも適当なことを言う。たまたま的中することもある。


だが。


井森はあるコメントに、指を止めた。

感電事故 時系列 3:21:40 死亡確定

タイムスタンプは、事故が起きるより二十秒前。

このアカウントの投稿は、直前にもいくつかあった。

コードの被膜、劣化してる

あのコンセント、アースなし

カノン、今日死ぬよ


井森はディスプレイをじっと見つめた。

「……事故が起きる前に、“事故の詳細”を予測している?」

彼はこのアカウントのプロフィールを開いた。

ユーザー名は 「truth_seeker_1029」。登録されてからまだ一ヶ月。フォロワーは十数人。投稿履歴はすべて、この配信に関するものだけ。

——つまり。

「このアカウントは、“この日のために”作られた」

井森は背もたれに寄りかかった。


「もし、このコメントの主が、事故の結果を“知っていた”としたら……それは、事故ではなく——“計画”だったことになる」

彼はスマートフォンを手に取り、若い部下を呼んだ。

「斎藤くん、ちょっと頼みがある」

「何ですか」

「このアカウントのIPアドレス、特定できる?」

「できるかどうかは——調査次第です」

「やってみて。それと、久我ヒビキのSNSアカウントも調べて。サブアカウントを持っているかどうか」

「サブアカウント?」

「ええ。誰にも知られていない、もう一つの顔」


井森はメモ帳を閉じた。

「人間は完璧を装えば装うほど、どこかで“綻び”を見せる。今回の綻びは——あまりにも正確な未来予測」

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